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異世界に歌声を  作者: くらげ
最終章[幸せのかたち]
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7-10 ギルドでの一日

「しっかし、本当に瑞樹は話題が尽きないな。あたし達と初めて会った時とは比べ物にならない程立派になったもんだ」


「う、うん、そうだね。あの時は何かと心配が尽きなかったけど……いや、今でもそうかも。話しを聞く限り無茶ばかりしてるみたいだし」


 お互いの日常の様子や周りで起きる他愛の無い話題を主菓子代わりにお茶を興じていると、いつしか話題は瑞樹の古龍討伐の件に移った。別段宣伝を触れ回っていないのだが民草にとっては最高の話しの種らしく、話題性だけで言えば六柱騎士にも引けを取らないようになりつつあるようだ。


「べ、別に俺は何にもしてないさ。少し手伝いをしてきただけ」


「本当かぁ?」


「う、噂だと古龍と真っ向から対峙して討伐せしめたとか、瑞樹の歌で大量の翼竜が空へ還っただとか言われてるよ?」


「いやいや、噂にしてもそれは誇張し過ぎでしょ。真実のしの字も無いじゃん……」


 多少なりとも語り草になる事は不本意ながら瑞樹も覚悟していたようだが、まさかここまで尾ひれがついているとは思わなかったようで、ハァと深い溜め息を吐きながら項垂れる瑞樹。そんな彼を良い気味だと言わんばかりに笑っていたビリーとオットーだが、ふとオットーは何かを思い出したらしく立ち上がり、自身の執務机にある引き出しを漁り始める。


 ガタガタゴソゴソと音を立てながら何かを探すオットーに、ハンナが「何探してんですか?」と視線を向けると、「ちょっとな……おぉ、あったあった」と探していた何かを手の内に隠してそのまま先程のソファへと戻る。


「瑞樹、これが何か分かるか?」


 そう言って瑞樹のテーブルの前に置いた物は、ギルドの登録証。瑞樹も随分久しく目にしていなかった物だがこれくらいは覚えていた。ただ、その色は初めて見る物のようで、手に取りながら繁繁と見つめている。


「金色? でもこんな階級あったかな? ビリー、見た事あるか?」


「いや、俺も無いが……まさかこれを拝む日が来るとはな……」


 ハンナとシーラも同様に驚愕した様子で目を丸くしていたが、瑞樹はそのリアクションの意図が分からなかったらしく、首を傾げながらオットーの方へ視線を向ける。


「オットーさん、この色ってどの階級なんですか?」


「金色はな、冒険者の階級で最上級の証だ。実際俺の代で金色を発行したのはこれが初めてになる」


「へぇ~、それはまた凄い。でも何でそんな物を俺に?」


「馬鹿かお前、そんなのお前が古龍を討伐したからに決まってるだろうが」


「はっ!? え、これ俺のだったんですか!? でもこれ名前が刻まれていないですけど……」


 瑞樹は驚愕した様子ながらも再び手に持っている登録証を見るが、何度確認しても名前はどこにも刻まれていなかった。この時失念していたようだが瑞樹はその昔、ギルドに登録した頃まで遡るがビリーから階級云々の話しを触りだけ聞かされていた。


 最上級の条件は伝説級の何かを討伐する。確かに条件だけなら当て嵌まるだろうが、こんな物に認定されても困るのが正直な所のようである。そして瑞樹の意思を察していたのか、オットーも「まぁ、そう言うと思っていた」と腕を組みながら僅かばかり視線を逸らす。


「じゃあ何でこんな物を発行したんですか?」


「一応規定だからな。ただ、お前としてもこれ以上名を売るのは本意では無いだろうと思って、あえて名前は刻まなかった。もし欲しいと言えば名前を刻むくらい訳ないからな」


「お気遣いありがとうございますオットーさん。ですが、俺には身に余る代物ですよ」


「そうか。俺の代で伝説級の最上級冒険者が輩出されたと、少しだけ宣伝効果を期待したんだがな」


「アハハ……本音くらい隠し通してくださいよ。……伝説は伝説のままで良いんです。存在するべきじゃない」


 在ったとしても、居てはいけない。それは実際に伝説と対峙した瑞樹だからこその言葉だろうか。オットーもそれ以上語る事無く、伝説の最上級登録証は再び引き出しの闇へと封印される事となる。


「いやまぁ、良いもん見させてもらったぜ瑞樹。生きてる内に金色の登録証なんて見れるとは思わなかったよ」


「う、うん。珍しい物見れて満足」


「まぁ俺だけの力で討伐した訳じゃ無いから、あれを貰うのは心苦しいもんがあるって」


「そんでも古龍と戦って生きて帰って来てるんだ、それだけで十分凄いと思うけどなあたし。……それにしても古龍が出たのって聖都の方だったっけ?」


「違うだろ、古龍が出たのは王都側の町だ。ハンナ、お前変な噂ばっかり聞き過ぎて頭おかしくなってんのか?」


「うっさいなビリー、少し間違えただけじゃん。まぁ、そんな事はどうでも良いんだけど、正直聖都ってあんまり良い印象無いんだよなぁ」


 頭の後ろに手を当てながら背もたれに寄りかかるハンナに、シーラが一瞬だけ反応し眉を顰めた。ほんの一瞬の出来事だったが偶然にも瑞樹はそれを見ていたらしく不思議そうに眉を吊り上げる。ただ、別段言及はせずにいるとシーラが「ボ、ボクは行ってみたいけどなぁ」と僅かに棘を感じるような語気で告げる。


「ねぇハンナ、そもそも何で聖都に良い印象が無いんだ?」


「ん? あぁ、よそから来た瑞樹は知らないか。聖都に行く連中って、何でか知らないけどそこに移住しちまうんだよ。別に誰も帰って来ないって訳じゃ無いけど、どっちにしたって人が減って町が寂れると金にならないしさ。だから人が減るのが単に嫌ってだけ」


「へぇ……じゃあシーラも聖都に移住したいって思ってるのか?」


「い、いや……そんなつもりは無いよ? ただ興味本位なだけ」


「変な事聞いてやんなよ瑞樹。なぁシーラ」


「う、うん。ボク達は一緒だからねハンナ。でももしそんな機会があったら付いてきてくれる?」


「……ん~。まぁ考えとく」


 口ではそう言うがどうにも気乗りはしていないらしく、いまいち歯切れの悪いハンナ。そんな彼女に何とも悲しそうな、恨めしそうな視線をシーラが送っていると部屋の扉が叩かれる。


「あの、ごめんなさい。ハンナ、シーラ、下の方手伝ってくれる? もうじきお昼だから私じゃもう手が回らなくて」


 声の主はカーシャだった。今までは比較的暇な時間だったお陰でカーシャの厚意で下の酒場の面倒を見てもらっていたが、流石に人が増える昼時はお手上げなようだ。


「何だぁもうそんな時間か。もっとお喋りしたかったのに」


「し、仕方無いよ。ほら行こ? あんまりカーシャさんに迷惑かける訳にもいかないよ」


「ちぇっ。……下の野郎共の尻蹴っ飛ばして全員叩き出すか」


「め、名案かも」


「お前らそんな事やったら給料から差っ引くからな。くだらん事言ってないでさっさと仕事してこい」


「げっ、しょうがねぇいっちょ行くとするか」


 ブツブツ愚痴を漏らしながらも重い腰をようやく上げたハンナとシーラは、面倒くさそうに部屋から出て行った。


「やれやれ、あいつらも全然変わんねぇな」


「そうだな」


「まぁそれがあの馬鹿達の良い所でもあるがな。時にお前らはどうする? もうじき昼になるが」


「瑞樹、どうする? お前が決めろよ」


「ん~、そうだなぁ。せっかくだし久し振りにむさ苦しい連中に囲まれて飯でも食うか」


「そう言うと思った。と、俺の雇い主が言ってるんでそうさせてもらうわ」


「あぁ分かった。なら払いは俺が持とう、久し振りに食べる庶民の味ってのを堪能していくと良い」


 随分と太っ腹なオットーに感謝の意を述べた後、瑞樹とビリーはそのまま下の酒場へと駆け出していく。部屋から出てすぐ見えたが、一階に降りてみればより一層混雑具合が様々な角度から感じられる。見た目のむさ苦しさや汗臭さ、それらから起因する多湿な空気、さらには至る所から汚い罵声が大声で飛び交っている。もしこんな場所にエレナを連れてこようものなら卒倒してしまうような酷い有様となっているが、今の瑞樹にとっては何もかもが懐かしく、ともすれば不思議と良い気分と錯覚してるような不思議な感覚だったようだ。


「ん……? おぉビリーじゃねぇか! お前まだ生きてたんだな!」


 二人で座れる場所を探していると、偶然ビリーの古い知り合い冒険者が声を掛けて来た。そのまま手招きされた二人は少々迷ったようだが、まぁ良いかとこの男性と相席した。無論瑞樹は再びフードを被っているので現時点では正体はバレていない。


「で、何しに来たんだ? 話しでは瑞樹の姉御の小間使いになったとか何とかって聞いてたが、愛想でも尽かされたか?」


「お前な、顔合わせていきなりそれかよ」


「当然だろ。姉御の小間使いなら端金でもやりたいって奴が居たんだからな、後釜を狙う奴はたくさん居るぜ?」


「そりゃ生憎だったな。俺ぁ別に暇を出された訳じゃねぇ、それに──」


 ──バサリ。ビリーは瑞樹が被っていたフードを上げると、中からじっとりとした目つきで唇を尖らせる瑞樹が現れた。いや待て、こんな場所に居る筈が無い。男はそんな事を思いながら自身の至る所をつねってみるが、夢でも幻でも何でもない。間違いなくそこに居る。


「げぇぇっ!? あ、姉御!? 何でこんな所に!?」


「うっさいバーカ。誰がビリーに愛想尽かすかっての、それにお前らみたいな連中を雇う筈無いだろ」


「こ、この切れ味の鋭さ……間違いなく姉御だ……」


 男が大声を上げたお陰で衆目が瑞樹の方へと向き、俄かに酒場が騒めき始める。


「マジかよ、本物の姉御だ」

「あれがか、俺は初めて現物を見たぜ」

「あぁ……久し振りだがなんて麗しい……」


 先程まで汚い言葉ばかり吐いていた冒険者達の口からは、瑞樹がどうのという話題にすり替わっていた。結局酒場内は大騒ぎとなってしまったが、ハンナとシーラの一喝によりひとまず外の方まで漏れ出なかったのは不幸中の幸いだろう。こうして瑞樹とビリーは久し振りに貴族社会では到底出来ないようなドンチャン騒ぎに加担する事になってしまったのである。




 久し振りに馴染深い味を堪能した瑞樹達は帰宅の途に付いていた。日もとっくに中天を過ぎていたが、むしろ日差しが弱まったお陰でより一層冷たい風に心地良さを感じたらしく、瑞樹ははしたなく窓から顔を伸ばしながら火照った肌を覚ましていた。


「瑞樹、良い休暇になったか?」


「あぁ勿論だ。こんなに羽を伸ばしたのも随分久し振りに感じる」


 瑞樹は先程まで顔を出していた窓を閉じ、御者側の方へと移りながら再び窓から顔を覗かせる。「そりゃ良かった」とビリーは話すが、何処か表情に冴えなかった。


「ビリー、どうかしたのか? もしかしてメウェン様に怒られる、とか心配してるとか?」


「まぁ、それも無くは無いが……気付いてたか? ギルドマスター室で話し込んでた時、お前の身体からうっすら黒い靄が出てたぞ」


「……本当か?」


「こんな事冗談で言わんだろ。お前のそれ、確か敵意に反応するんだろ? でもそれにしちゃあ何でか反応が小さ過ぎるから、不思議に思ってたんだよ」


「確かに……考えたくも無いけどあの三人の誰かが俺に敵意を向けたとしたらもっと目で分かるような反応をする筈。……畜生、分かんねぇ。せっかく良い気分だったのに冷めちゃったよ」


「悪いな。でも一応言っとかねぇと」


「あぁごめん、ビリーが謝る必要無いよ。俺自身がもっとこれについて理解していれば……」


 徐々に口数の少なくなる二人の場を保たせたのは、ゴトゴトと響く車輪の音と時折聞こえる風や鳥の声のみだった。


 以前にもあった誰かが凝視しなければ分からない黒い靄の謎の反応。それはさながら水面に浮かぶ波紋のように、瑞樹の心に嫌な不安を広げていった。

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