7-3 問題に次ぐ問題
「中間報告? わざわざ? 一言言ってくれたらあたしがやってあげたのに」
訝しそうに片眉を上げるフレイヤだが、ダールトンはフゥと小さく溜め息を吐き「よもやここに居るとは思ってもみなかった故」と刺々しく言い放つ。痛い所を突かれたフレイヤはウッと唸り声を上げて、ばつの悪そうに目を逸らすと、やれやれとダールトンは肩を竦める。
「フレイヤ嬢の行動に対する処遇はともかくとして、早速本題に入ろう。瑞樹卿も問題無いな?」
「はい。私は問題ありませんが、正直な所私がそのような事を聞いてもあまり意味が無いような気が……」
「そうは言ってもお主は当事者の一人だ。聞く権利もあるし、何より国王陛下の命だ。私に言われても困る」
「それもそうですね。では改めてお願いします」
瑞樹は会釈をして佇まいを直すと、ダールトンも「うむ」と一つ咳払いをしてから本題に移る。
「まず最初に、あの騒ぎを扇動したのは先の貴族でも、側近の老人方でも無かった」
「私は老人連中の誰かだと思ったんだけど、違ったの?」
フレイヤが意外そうな声を上げて目を丸くしているのには相応の理由があった。それは先の騒動で貴族の一人が「聞けばより安全な策があった」と漏らしていたが、表向きは貴族諸兄の気持ちを勘案した結果、国王陛下が作戦を考案した事になっている。勿論裏の事情は違うが、その事情を知っているのは本来一番最初の古龍対策会議に参加したメンバーしかあり得ない。
瑞樹は当然あり得ないとして、ゼルランダーが情報を漏らす事はうま味が無いとして除外、六柱騎士もそれぞれ瑞樹に思う所があったものの、払拭されただろうと判断され除外。国王陛下とダールトンは瑞樹という貴重な人材をわざわざ自ら陥れようとは考えないだろうと除外。となれば、フレイヤも消去法で側近の老人方しか考えられなかったのも無理は無い。
「うむ。こちらとしても当初は老人方が大方嫉妬だ何だとの理由でやったと思っていたのだが、聴取の結果そうではないらしい」
「嘘をついている、という事はありませんか?」
瑞樹に言葉以上の他意は無いようだが、ダールトンはニヤリと口角を上げながら「ふむ。我々の聴取
に興味があるというのなら、お主も体験してみると良い。少々辛いかもしれんがな」と皮肉を効かせた様子で告げた。一体どんな聴取をしたのか瑞樹には到底想像もし得なかったようだが、「いえ、遠慮させてください」と冷や汗を掻く程度には恐ろしさが伝わったらしい。
「まぁあんた達の聴取って中々くるものがあるからねぇ……疑われてた老人達に少しだけ同情するわ」
「疑われる方が悪い」
「フレイヤ様もその聴取を受けたのですか?」
「うん、まぁ、一応、ね?」
アハハと苦笑するフレイヤの顔は、どうやら当時の事を想起しているらしく何処か影を感じさせる。
「フレイヤ嬢がそのような所業するとは思えないが、一応疑わしい者には行なっている。それはともかく、では一体誰がという事になったが現時点では皆目見当も付いていない」
眉間に深い皺を寄せ、非常に苦々しそうに口にする辺り、本当にくやしいのだろうと瑞樹も察した様子で見ていた。その後、ダールトンが現在も捜査は継続して行なわれているとの旨を伝え、ひとまず中間報告を終了させると、もう一つ話したい事があるらしくお茶で喉を潤した。
「ところで、先程とは全く違う話しなのだがお主に聞きたい事がある」
「はい、何でしょう」
「先日の古龍討伐の折、魔導士部隊の方から突然魔法の発動がし辛くなったという報告が挙がっていたのだ。お主は何かそのような事はあったか?」
瑞樹は顎を撫でながら当時の事を振り返ってみるが別段そのような事を感じた事は無く、そもそも意識が朦朧とした状態で過ごしていたので殆ど覚えていなかったらしい。
「私は身に覚えがありませんね。フレイヤ様も同様の事を感じていらっしゃたのですか?」
「いや、報告だと召喚魔法陣が出て来てからそうなったらしいんだけど、正直な所あたしも良く分からないのよね。その頃って魔法よりも剣に頼ってるような状態だったし」
「うむ。他の六柱騎士も同様の事を言っていたが、魔導士部隊の大半が同様に経験したらしいので気のせいと断じる訳にもいかない状況なのだ。故に瑞樹卿の意見も聞きたいのだが」
「と、言われましても……全く身に覚えがありませんし、何より魔法に長けている訳でもありません。それこそ魔導士部隊の方が専門でしょう?」
「確かにそうだが、我々はこの世界での常識に凝り固まっているからな。お主のように外からの見方が中々出来ん。何か気になった事があれば遠慮無く言って欲しい」
ダールトンがそう言うと、瑞樹は腕を組みながら思案に耽った。ただの魔力枯渇の線もあり得ない事では無いが、それにしては同じタイミングで感じた人数が多過ぎる。その時、ふと瑞樹の頭に召喚魔法は悪魔しか扱えない、そんな言葉が思い出されたようで「……悪魔の仕業だったりして」と呟いた。
「……悪魔?」
「あぁいえ、何でもありません」
「いや、何を思ってそう口にしたのか聞きたい。頼む」
「……ダールトン様にそう言われては断れません。ただ、召喚魔法陣が出てからという点が気になったので、もしかしたらその時に悪魔が何かをしたのかな、と」
ダールトンに荒唐無稽と一笑に付されるかと内心ビクビクしていた様子の瑞樹だったが、存外ダールトンに響いたらしく「うぅむ」と感嘆したように顎を撫でていた。
「確かに、あり得るな」
「うん。悪魔が召喚魔法と同時に別の何かをしていたのなら、確かに辻褄は合うわね」
「いえ、自分で言うのも何ですが辻褄は半分合っていないんです」
「どういう事?」
「私自身いつまで意識があったか全く覚えていませんが、少なくとも私が歌魔法を使用したのは召喚魔法が発動してからです。本当に悪魔が何かをして魔法自体に影響を及ぼしていたのなら、私が何も感じなかったのは不可解です」
「成る程な、一理ある。だがお主は意識が朦朧としていたのだろう? ならば影響が出ていたが気付かなかった可能性もあり得る。ただ、悪魔が根源かもしれないという点はいささか気になる。少し調べてみるとしよう」
「あたしもちょっと色々当たってみるわ。悪魔と戦った事がある貴族とか、もしかしたら何か分かるかもしれないし」
「うむ。良い仮説を聞けた故、私はこれで失礼する」
そう言いながらダールトンが立ち上がると、フレイヤは「じゃあまた後でね」とダールトンに手を振った。するとダールトンは顔を顰めながら「馬鹿者、フレイヤ嬢も戻るんだ」と手を掴み、そのまま連れ去ってしまった。部屋の扉が閉まる前「この事は国王陛下に報告するからな」だの「嫌だ~! 叱られるから止めて~!」だの瑞樹の耳にも届いたが、素知らぬ顔で扉が閉まるまで手を振って見送った。
話し込んでいる内に昼も過ぎ、瑞樹が遅い昼食を取っていた頃メウェンは宴から戻り、瑞樹の屋敷へと足を運んだ。
「戻ったぞ瑞樹。む? 今昼食をとっているのか。随分と遅いな」
「はい、急な来客がありましたので。どうか致しましたか?」
「そうだったか。いや、すまんが君に急な来客があってな。出来る事なら会いたいそうだ」
わざわざメウェンを介しているという事は、それなりに重要な人物、かつ会わせても良いというメウェンの許可が下りている事に他ならない。どちらにせよ無下に返す訳にもいかないと思ったらしく、瑞樹は食事を途中で切り上げた。
「ところで、そのお客さまとは一体どちら様ですか?」
瑞樹が食堂から客間の僅かな時間でそう質問したが、メウェンは「なに、言わずとも一目ですぐ分かるさ」とはぐらかした。別に言っても良いだろうにと僅かに不満げな表情を見せる瑞樹だが、じきに客間へと着き、中へと入ると「ほっほっほ」と独特な笑い声で瑞樹を迎える一人の老人の姿があった。
「お久し振りですな、瑞樹殿」
「ファルダン様、ご無沙汰しております」
中に居たのはファルダンだった。曰く、ここ数か月連絡も取り合っていなかったので情報のすり合わせと新年の挨拶をしに来たらしい。メウェンは軽く挨拶をした後退室し、瑞樹とファルダンは互いに向き合いながら椅子へと腰を下ろした。
「お変わりないようで安心しましたファルダン様」
「ほっほっほ、そういう瑞樹殿は随分と派手に動いておられるようですな?」
「な、何の事でしょう」
「惚けなくてもよろしいでしょう? 古龍討伐の件、今や民衆の語り草となっているのですから、わたくしが知らぬ筈がありません。それにしても、いやはや当初の目立たない生き方とは真逆の道を歩んでいりますな」
悪戯っぽい笑みを浮かべるファルダンに痛い所を付かれた瑞樹は、「それ以上は勘弁してください」と顔を俯かせた。どうやら今も本来の生き方、目標は変わっていないようで、このように注目されるのは非常に不本意らしい。無論その事は察しがついているらしく、ファルダンはさてと話しを変え、一つの相談を瑞樹に始める。
「本日瑞樹殿の所へ来たのは、勿論新年の挨拶も理由ですが実はもう一つ、相談があって参ったのです」
「相談、ですか?」
「えぇ。例の計画に全くと言って良い程進展が無いのです。原因は瑞樹殿の知る通り──」
「──気球部の素材ですね」
瑞樹がそう言うと、ファルダンは意気消沈した様子で「その通りです」と答えた。現代ならば化学繊維で作られた軽くて頑丈な生地が簡単に手に入るが、この世界ではそうもいかない。様々な家畜の皮、果ては魔物の皮と色々試したようだが、結局は多少浮く程度で大空へと浮き上がるまでは到底いっていないらしい。
「ですから瑞樹殿に相談しに来たのです」
「正直な所、難しいですね。私の知識って理屈止まりなんで詳細までは何とも……それにこの世界では再現不可能な素材かもしれませんし」
「とすると、計画の進行はこれ以上難しいですなぁ。わたくしとしても是非とも空に昇る気球を一目見たいのですが……」
二人がう~んと思案を重ね唸っているが、決定打とも言える案は出てこない。さてどうしたものかとファルダンが瑞樹を何となく眺めていると、ふと何かを思い付いたらしく手をパチンと鳴らした。
「……古龍を素材としてみるというのは、如何ですかな?」