6-36 予想外の
「そもそも説明なんて必要な訳?」
フレイヤが顔をむすっとさせながらアスラに問うと、「だから一応だって言ってるだろ」と答える。いまいち興味の無さげなフレイヤだが、それでも致し方無くアスラの後を付いていった。
アスラの案内を受けながら、資材庫や馬の厩舎、さらには人一人分程の小さい個室に深い縦穴が掘られている簡易トイレなどを見て回った瑞樹は、どうしても気になる事があるらしくアスラの横に並び立ち声を掛ける。
「アスラ様、一つ質問をしてもよろしいですか?」
「あぁ、何だ?」
「何処を見ても柱のような物が一つも見当たりませんけど、どうやって支えられているのですか?」
「良い質問だ、何処ぞの馬鹿とは大違いだな」
ちらりと後ろを見たアスラ、その視線は間違いなくフレイヤを捉えていたが当の本人は気付かなかったらしく、大きな欠伸を漏らしている。
「俺の属性は土って知ってるな?」
「はい。以前教えて頂きましたので」
「土属性持ちはこうやって大地を操作する事に長けているのさ」
アスラはそう言葉にした後、詠唱を始めると、瑞樹の視線の先の地面が隆起と陥没を繰り返した。それはそれで瑞樹も驚いていたが、疑問は解決されていない。
「操作出来るのは理解出来ましたけど、それだけではこの広大な空間は持ちませんよね?」
「勿論だ。並みの土属性持ちが同じようにやれば、俺らは全員地中に生き埋めさ。だが俺は違う。魔法で土を圧縮させて硬質化しているから、こうやって保たせられるんだよ。あとついでに言っとくと、地中で明るいのはライドの魔法、湿気を感じないのはウィンディの魔法のお陰だ」
アスラの話す事は瑞樹も理解出来なくも無いが、その通りになるかは甚だ疑問だったようだ。だが現状アスラの説明通り保っているし、何より瑞樹もその目で見ている。その為瑞樹は魔法だからという何とも曖昧な理由で納得したらしい。
そんな事を考えているうちに、瑞樹達は細い通路の行き止まりへと到着した。先程までと比べると薄暗く空気もじめじめとしている。
「ねぇちょっとアスラ、何でこんな所に連れてきた訳?」
案の定フレイヤが愚痴を漏らすと、アスラは「ちょっと待ってろ」と詠唱を始める。すると行き止まりだった筈の壁に人の顔大の穴がぽっかりと開き、外の風景が見えるようになった。
「フレイヤ、ちょっと覗いてみな」
「全く、何だってのよ」
ブツブツ言いながらもアスラ従い、フレイヤが外を覗き込むと突然身体がピシリと固まった。その様子に疑問を感じ、ウォルタは「何が見えたんだ?」と訝し気に問いかける。
「町が見えるわ……」
「……町?って事はまさか!?」
「ウォルタの想像通り、この穴は町に一番近い偵察場所になっている」
フレイヤが目にした風景は、廃墟と化したあの町である。それも目と鼻の先にあり、炭化した瓦礫の匂いを錯覚するほどだった。
「ダクも見る?」
「あたしは良い」
「瑞樹は……駄目そうね」
後ろを振り向いていたフレイヤがダクから瑞樹に視線を移すと、瑞樹は小さく首を横に振り続けていたので、聞くまでもなかった。最後にウォルタが覗き込むと、再びその穴は閉じられると、外の明かりも遮断され再び薄暗い風景へと戻った。
そのまま踵を返し広間に戻る四人は廃墟となった町を見た事で、いよいよ戻って来たのだと実感が沸いたらしく、ある者は闘志を燃やし、またある者は凄惨な情景を想起したのか、身体を小刻みに震えさせていた。各々の胸中は様々だが、ふとアスラが何か気になったようで、後ろに居るフレイヤに顔を向けながら話しかける。
「そういえばフレイヤ、翼竜とかは居たか?」
「いや、見えなかったわね。何処かに隠れてるのかしら」
「かもな。夕暮れ時になると何処かに姿を隠す習性でもあるのかもしれねぇ」
「鳥じゃあるまいし」
二人が話し込んでいるうちに広間へと到着すると、兵士達は夕飯の支度を始めていた。適当な場所で火を起こしては鍋を火にかけ、もうもうと湯気や煙を立ち昇らせる。普通ならこのような閉鎖空間で火を起こすと酸欠になりそうなものだが一切そんな事は無く、常識の壁を軽々と壊す魔法に瑞樹は驚きを通り越して呆れてすらいるようだった。
ともかく、瑞樹達も夕飯の準備を始めたが、献立は相変わらず硬いパンに野菜と干し肉のスープ。ただ、輸送部隊が事前に持って来た少量の果実酒がおまけ程度に供されるのは、普段お酒を嗜まない瑞樹でもありがたい事らしく、ちびちびと舐めるように飲んでいた。
夕飯が済めばこのような場所に娯楽などある筈も無く、後は眠るだけになる。瑞樹もウォルタの水魔法で身体を小綺麗にした後、お世辞にも寝心地が良いとは言えないベッドへと横になり、瞼を閉じる。
ウトウトと瑞樹がまどろみ始めた頃、突如部屋の扉をノックする音が静かに響き、瑞樹も現実世界に引き戻される。目をこすりながら、うんと背伸びをした後「はぁい、どうぞぉ」と返事をすると、扉を開けたのは寝間着を着たフレイヤだった。
「ごめんね瑞樹、寝てた?」
「いえ、大丈夫です」
瑞樹は欠伸を噛み殺しながら身体を起こし壁にもたれ掛かると、フレイヤも同様に瑞樹のベッドへ腰を下ろす。
「ところで何か御用ですか?」
「う~ん、用って程でも無いんだけど、ね」
平生ばっさりはっきりと物事を伝えるフレイヤが、何故か逡巡するかのように口を噤んでいた。話しも全く進まず瑞樹はどうしたものかと、少々曇った脳で思考するとふと何かを思ったらしく「そういえば」と口にする。
「何故、フレイヤ様は私を気にかけてくれるのですか?」
「うぇっ!?何でってそれは……もしかして迷惑だった?」
何故か慌てた様子のフレイヤは瑞樹から顔を背け、視線だけ送りながらそう問うと、瑞樹は「いいえ」と首を横に振る。
「迷惑だなんてそんな、むしろ嬉しかったです。ですが、そこまで気にかけてくださるのには何か理由があるのかなって、不思議に思っただけです。答えられないのであればそれで構いません、忘れてください」
「あ、う~ん……分かったわ、教えてあげる。実はねあんたの従者にビリーっているでしょ?そいつに頼まれてるのよ」
「ビリーがフレイヤ様に?何故ですか?」
まさかフレイヤの口からビリーの名前が出てくるとは思わず、瑞樹が少し前のめりになりながら問いただすと、彼女は頭をポリポリと掻きながら言い難そうに答え始める。
「実は城を発つ数日前に手紙が届いたのよ。あんたの従者からね」
「それがビリーですか。でも何故フレイヤ様に?そもそも一従者が手紙を出しても、そう簡単に上に届くとは思えませんけど」
「あんたの言う通り、普通なら検閲を重ねるから時間もそこそこかかるし、何よりあんたという主の頭を飛び越えてやってるもんだから、下手したら大事よ?それでもビリーと取り合ったのが偶然あんたと顔見知りの文官だったから、内緒であたしの所に届いたって訳。多分あたしなら一番届きそうだって思ったんでしょうね」
「そんな事があったのですね、全く知りませんでした」
「でしょうね。手紙にも内緒でやってるって書いてあったし」
「そういえばその手紙には何て書いてあったのですか?」
「ん~、まぁ簡単に言えば瑞樹をよろしく頼むって書いてあったわ。多分あんたの事が余程心配だったんでしょうね。本当は秘密にしておいてくれとも書いてあったんだけど」
「……そうでしたか」
喜べば良いやら怒れば良いやら、瑞樹の胸中は複雑だったようだが、少なくとも顔が綻んでいる辺り前者の気持ちの方が強いようだ。
「という事はわざわざそれを言う為に来てくれたのですか?」
「ん~、それとはまたちょっと違うのよ。……実はね、手紙にはもう一つこう書かれてたのよ。瑞樹に呪いをかけて縛り上げてくれって」
「まるで意味が分かりませんが……?」
「あたしも最初はそう思ったけど、読み進めていくうちに理解したわ。あんた、死にたがりらしいわね」
じっとりした視線を送りつけながらフレイヤが言い放つと、瑞樹は一瞬目を丸くした後、ふいっと顔を背ける。瑞樹の返答も無く沈黙を続けると、フレイヤはハァと軽く溜め息を吐いた。
「沈黙もある種肯定の意思表示よ。まぁそれはさておき、だからこそビリーは危惧したんでしょうね。もしかしたら瑞樹は死ぬ気でいるんじゃないかって」
「そんな事は……」
「無いって言いきれる?もしビリーがこっそり付いて来たとして、目を合わせて胸を張れる?」
「……分かりません」
「ハァ……どうしてこんな捻くれた性格になったか知らないけど、あんたの身内の心中察すると胸が痛いわ。で、本題に戻るとあたしにも呪いをかけてその気を起こさないように縛り上げる。まぁ言ってみればお目付け役って感じかしら」
「私は別に……死ぬつもりは毛頭ありません」
「どうだか。口ではどうとでも言えるからね。そんな訳であたしもあんたに呪いをかけるから。ときにあんたって貴族の子の話しって何か知ってる?」
「話しって、どんなお話しですか?」
「例えば強い神力を持つ者同士で子を生すと、より強い血を持った子になるとか、聞いた事無い?」
「えぇ、それなら結構前に国王陛下から伺った事があります」
国王陛下という単語を聞いた途端、フレイヤの顔がピクリと反応した。瑞樹も不思議に思ったがフレイヤに「じゃあ話しが早いわね」と遮られる。
「あんたとあたしで子供を作るわよ」
フレイヤのあまりにド直球な発言に、瑞樹は石のように固まった。まさかな、聞き間違いだろう。そうに決まっている。そんな事を考え瑞樹が再び問うと、一言一句そのまま返され、思わず「うぇっ!?」と素っ頓狂な声を上げる。
「フフフ、フレイヤ様!?何を仰っているのかお分かりですか?」
「ガキじゃあるまいしそれくらい知ってるわよ。あぁ一応言っておくけど、あんたを好いてるとかそんなのは微塵も無いから」
「で、では何故にそのような事を……?」
「以前言ったわよね、あんたとの勝負を諦めてないって。でも悔しいけどあたしじゃ万に一つも勝ち目が無い、けどあたしと瑞樹の血を受け継いだ子なら或いは、って思った訳」
「えぇ……」
「と~に~かく!あんたが勝手に死なれるとあたしの野望が潰える訳。だから絶対に死んじゃ駄目よ!分かったなら返事!」
「は、はぃ……」
「声が小さい!」
「はい!」
声が漏れる事もお構いなしに、フレイヤは瑞樹を指差しながら返事を強要した。何度か同じような問答を繰り返すと、フレイヤも満足したのか「じゃああたしは寝るから」と部屋を後にした。彼女の後ろ姿を見送り扉が閉じた後、瑞樹が特大の溜め息を吐いた途端再び扉が開かれる。
するとじっとりとした目つきのフレイヤが顔だけ覗かせ「言い忘れたけど、もし死のうとしたらあたしがあんたを殺すから」と言い放った。その目は間違いなく本気で、瑞樹が怯えながらこくこくと首を縦に振ると、彼女は満足気に「よろしい。じゃあお休み」と言いながら再び扉を閉じた。
頭の処理が追い付いていない様子の瑞樹は、そのままずるずると倒れ込むようにベッドへと横たわり、酷く悶々とした気持ちを抱えたまま、浅い眠りにつく羽目になってしまった。