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異世界に歌声を  作者: くらげ
第六章[災厄と呼ばれし者]
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6-34 いざ決戦の場へ

「おはようございます」


「あぁ瑞樹、おはよう。ん?あんたにしては珍しく男の恰好してるのね」


 椅子に座ってお茶を飲んでいたフレイヤがおかしそうに笑みを零すと、瑞樹は「変ですか?」と自身の服装に視線を向ける。


「いや、まぁまぁ似合ってるんじゃない?ただ珍しく思っただけよ。でもどういう心境の変化でそんな恰好してるの?」


「別にこれといった事はありません。ただ戦場に赴くならなこちらの方が動きやすいだろうと、メウェン様が仰っておりましたので。でも一応は事前に預けた荷物の中に、いつもの服も入ってますけどね」


「ふ~ん。限りある持ち込み物の中にわざわざ入れるなんて、やっぱ物好きね」


 この行軍に従者なり側仕え等一切同行しない。一人一人が自身の管理を行なう事になっている。それが六柱だろうと瑞樹だろうと同様で、なおかつ総勢百人近くの大所帯ともなれば物資の輸送だけでも一苦労となれば着替え等々を含めた私物は最低限とするよう通達されていた。そんな中にわざわざ女性物の衣服を入れたとなれば物好きというか、酔狂だと思われるのも無理は無い。



「フレイヤ、瑞樹卿、もうそろそろ部屋を出るぞ。国王の訓示が始まる時間だ」


 少々重たそうに腰を上げたウォルタがそう告げると、二人も頷きダクを含めて一緒に部屋から退室した。そのままウォルタ達に付いていきながら廊下を少し歩くと、エントランスの最奥、つまり並んでいる兵士達の最前に到着する。


 フレイヤのお陰で少し収まっていた緊張もすっかりぶり返し、隣に居るフレイヤに届きそうな程鼓動が高鳴っていると、瑞樹達の向かい側にある二階部分、エントランスを一望できる場所から国王陛下とダールトンを含む側近達が現れる。


 そのまま中心の方へ歩み寄ると、フレイヤ六柱を含めた兵士達が一斉に右手で拳を作り、胸の真ん中に当てた。どうやら騎士や兵士流の敬礼らしいが、意外にも瑞樹はその事を知らず、慌てた様子で真似をする羽目になった。



 国王陛下が中心部に到着するとダールトンに目配せをした。するとダールトンがすっと右手を上げると、それを合図にして兵士達も一斉に手を降ろし、再び直立に戻る。瑞樹も視線を一生懸命動かし、少し遅れながらも同様に行なった所で、国王陛下が徐に口を開いた。


「今、ここに居る者は全て自ら志願し、覚悟を決めた勇気ある者達だ。故に余はお主らに最大限の敬意を表し、ここに感謝の意を示す。そしてはっきりと言おう、余がお主らに抱いている思いは期待では無い。確信だ。お主らが悪しき伝説に終止符を打ち、再びここで相まみえると確信を持っている!それに六柱騎士全てがお主らの盾となり、剣となる!存分に力を揮え!以上だ」


 最後に敬礼を行ない、立ち去る国王陛下を見送った後、ゼルランダーの指揮の下移動を開始した。ちなみに何故ゼルランダーが指揮を執っているのかと言うと、理由は大別して二つある。一つは土地勘がある事、そしてもう一つは古龍と対峙した経験がある事が挙げられる。


 土地勘云々は実際の所理由としては弱く、古龍とも本当に意味で対峙したとは言い難い。それに軍の最高位である軍団長も自分が行くべきだと志願するなど、複雑な論議を重ねた結果、最終的にゼルランダーの言い分に軍配が上がり、指揮を任される事となった。その結果に最初こそ不満を漏らしていた軍団長だが、国王陛下に王都防衛の要だと直接窘められては、文句の一つも言えなくなり渋々了承する事になっていた。


 ともかく、ゼルランダーの指揮により外へ向かった兵士達はそのまま乗馬し、隊列を組む。さらに瑞樹達も続くと、何と専用の馬車が用意されておりフレイヤ達と乗り込み、遂に城を出発する。


「いよいよ、出発ですね」


「そうね。なぁにあんた、もしかして緊張してる訳?」


「それはしますよ。私はフレイヤ様みたいに強く無いんです」


「何よそれ、馬鹿にしてる訳?」


「いや、そんなつもりは……」


「おいフレイヤ、あまり瑞樹卿を苛めてやんな。お前も口ではそう言うが内心ドキドキしてるだろ」


「むぅ、うっさいわよウォルタ爺」


「大丈夫。フレイヤはあたしが守る」


「ん、ありがとねダク」


 話しをしている間に城下町を進む一行。ふと瑞樹が窓の外に視線を向けると、早朝である事もそうだが不気味な程人気が無く閑散としていた。


「瑞樹、何さっきから外ばかり見てんの?」


 対面に座っているフレイヤが同様に窓を覗き込むと、瑞樹は視線をそのままにしながら「いえ、誰もいないと思って」呟いた。するとフレイヤは再び背もたれにどっかりと深く座り、何処か遠い所を見るような視線を外の景色に向ける。


「今は外出の制限令が出てるからね、無理も無いわ」


「えっ?そんなものが出ていたのですか?」


 ギョッとした様子で瑞樹がフレイヤに顔を向けると、フレイヤは少し呆れた様子で眉を顰め、瑞樹を見つめる。


「あんた知らなかったの?」


「はい、知りませんでした。メウェン卿も何も仰ってくれませんでしたし」


「貴族連中にも触れが回ってる筈なんだけどねぇ。まぁ良いわ、さっきも言った通り今城下町には外出の制限令が出されてるの。その理由は簡単、うちら六柱が全員、それに精鋭部隊が抜かれたとなれば城の戦力もそこそこ落ちる。そこへ平民が群れて大挙したとしても、城に残った防衛部隊が負ける事なんてまず無いだろうけど、念の為ってところでしょうね」


 要するにクーデター対策かと、瑞樹は脳内で変換しながらふむふむと頷いた。基本的に甘い考えに至る傾向のある瑞樹は、国民を信用していないのかと浅はかとも取れる思考を巡らせていたようだが、そんな単純な話しでは無い。


 確かにクーデター対策である事には間違いないだろうが、そこに国民への信用や信頼云々は政を行なう者にとって分けて考えるべき事。この機に乗じて国民を扇動しようとする者が居ないとも限らない、対策に取り過ぎなど存在しないという大前提があるからこそ、国王陛下は発令を決断したのだろう。


 悶々と考えている内に城下町を、さらには北の宿場町も抜けた一行。流石は精鋭部隊と称されるだけあり、行軍速度は以前瑞樹が調査に出向いた時より比較にならない程素早く、午後の初めには一日目のチェックポイントを通り過ぎていた。


 瑞樹達の調査隊と比較しておよそ1.5倍の速度で行軍が進み、一日目の野営をする頃には結構な距離を進んでいた。野営時の食事は基本的に各々で用意するのが決まり事のようだが、大抵は何人かでグループとなり、煮炊きをするのが慣例になっているらしい。


 勿論そういった訓練も積んでいる兵士たちは然程苦も無く火を起こしたり、煮炊きをしたりテキパキと行動をしていくが、六柱の三人はどうにも動きがぎこちなかった。無論彼ら同様に訓練自体は積んでいる筈だが根底が貴族のせいか、心の何処かに何で自分がといった思いがあるのかもしれない。


 フレイヤに強引に六柱とのグループに混ぜられた瑞樹は、その惨状とも言うべき光景に思わず頭を抱える。


「フレイヤ様達って、以前調査隊でも野営をしている筈ですよね?何でこんな有様なんですか?」


「うっさいわよ瑞樹。だってあの時あんたの従者が居たし、御者も居たからあたしら何にもやってなかったもの」


「認めたくないがフレイヤの言う通りだ。俺らは煮炊きなぞ自分でやらんしな」


「同じく」


 瑞樹がそう言えばと当時を振り返ると確かにその通りで、しかも六柱はその時周辺の警備に付いていたので基本的に野営の手伝いはしていなかった筈である。より一層頭が痛くなった気がする瑞樹だが、とにかく現状で煮炊きできるのは自分だけだと、自身を奮い立たせる。


「分かりましたから、そんなに睨まないでください。私が代わります」


「あらそう?じゃあ後はよろしくね」


 とは言うものの物資が限られている以上出来る事は少ない。行軍用に作られた硬めのパンを火で焙ったり、干し肉と野菜で簡素なスープを作るのが精いっぱいだったが、フレイヤ達には存外受けが良く、高評価だった。


「あんたって意外と料理出来るのねぇ。まぁ見た目通りと言えばそうかもだけど」


「それ、どういう意味ですか?」


「べっつにぃ?その見た目通りなら良いお嫁さんになっただろうなって思っただけよ。ねぇダク?」


「良く分からないけど、フレイヤの言う通り。それにスープも結構美味しい」


「ハァ、そういう冗談は止めてください」


 モグモグとパンを頬張る二人にじっとりとした視線を向ける瑞樹だが、何となく違和感を覚える。ただそれが何か正体は分からずその日を終え、さらにもう一日過ぎた辺りで漸くそれに気付く。


 食事の際に談笑しているのは瑞樹達だけだったのだ。それが兵士特有の規則なのかは瑞樹に分からなかったようだが、その実は違う。日を追う毎に近付いていく決戦の場に、兵士の口数が極限まで少なくなっていた事が要因である可能性が高い。


 そんな重苦しい空気は徐々に瑞樹も感じ取り、心を暗く染めていった。だからこそ彼にとって六柱、特にフレイヤは格好の清涼剤となり、精神面で助けられている事に疑いの余地は無く、何とか耐える事が出来ていた。


 そして出発から四日後の正午前、遂に町に一番近い森の入り口へと着いた一行だが、先発隊どころか本隊より先に出た筈の輸送部隊の姿さえまるで確認出来ず、瑞樹が酷く不安そうな表情をフレイヤに向けると、彼女は苦笑しながら瑞樹の肩をポンと叩いた。


「そんな心配しなくたって大丈夫よ。あぁウォルタ爺、見つかった?」


「あぁ。あの野郎、巧妙に隠してやがったぜ」


 先に斥候として森の中を探索していたウォルタが本隊と合流すると、何かを発見したらしく口角をニヤリと上げる。何の事だがまるで分からない様子の瑞樹だが、ウォルタはお構いなしにゼルランダーと話しを進める。


「取り敢えず目的地まで俺が先導する。ゼルランダー達は後に付いてきてくれ」


「了解致しましたウォルタ様」


 それから再び動き始めた本隊は、連日の雨でぬかるんだ地面に注意を払いながら森の奥へと進んで行く。じっと窓から顔を出し、行き先を見つめる瑞樹の眼前には驚きの光景が映っていた。


「大きな……穴?」 

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