6-29 続・古龍対策会議
「ねぇ瑞樹卿、一つ聞いても良い?」
「はい、何でしょうかフレイヤ様」
「さっきも命を賭けるって言ってたけど、まさかあの魔法を使うつもり?」
瑞樹とフレイヤの双方の脳裏に浮かぶ「あの魔法」など言霊しか無く、瑞樹は「はい」と頷くが一方のフレイヤは何とも言い難い様子で眉尻を下げる。
「ですがその魔法で古龍を殺すなんて事は今の所考えておりません。あくまで古龍の動きを止める為に使用します」
「でもそれって大丈夫なの?下手したら……」
「それは私にも匙加減が分かりませんから、何とも言えません。ですが相応の危険を被らねば、成功はあり得ないと思います」
「おいちょっと待て。二人して分かった風に進めてるけど、こっちは何の事だかさっぱりだ。一から説明してくれよ」
アスラが腕を組みながら深く椅子にもたれ掛かり、姿勢を直しながら瑞樹に視線を送りつけた。すると瑞樹もこくりと頷き、自身の魔法について説明を始める。
「私の固有魔法である言霊は、凄まじい魔力消費と引き換えに万物の事象に干渉出来るのです」
「って事は何だ、お前の望んだ事が実際に起きるって事か!?」
「砕いて説明するとそうです」
その言葉を受けたアスラやウィンディそれにライド、さらにはその他側近までもが目を丸くして驚き、衝撃を受けていたようだ。ただ、それと同じくらい不信感もあるらしく、アスラは「ハッ」と少々小馬鹿にした様子で肩を竦める。
「おいおい冗談だろ、そんな魔法ある訳ねぇ」
「いや、瑞樹卿の魔法の効果は私が保証しよう。そもそもお主も私の報告書を確認している筈だが?」
「あぁあれだろ?古龍と翼竜に発見された時、瑞樹卿の魔法で事無きを得たとか何とかって書いてあったな。でもよ、流石に信じられるかと言われると疑問だぜ?」
「とすると、私が虚偽の報告をしたと言いたいのかね?」
「いや、そこまで言って無いだろ」
ダールトンは心外と言わんばかりに渋い表情でアスラを睨み付けると、流石に彼も僅かに困惑したようでダールトンから目を背けた。
「ダールトン殿がそう仰っているのですから、信に値すると思いますよ?アスラ」
「ウィンディてめぇ……お前も真偽を疑ってた癖に良く言うぜ」
「あら、私がそのような考えをする訳が無いでしょう?それはさておき、瑞樹卿はその魔法を使用して何を為すおつもりですか?」
不満げに流し目を送るアスラをしれっと受け流したウィンディは、瑞樹に疑問を投げかける。
「先程も申し上げましたが、あくまで古龍の動きを止める事に使用します」
「ふぅん、ではその後は?貴方が命を賭して古龍を止めても、奴に致命傷を与えなければ何の意味がありません。勿論相応の案があるのでしょうね?」
微笑みの中に何処か棘を感じるウィンディの視線に、瑞樹はたまらずごくりと固唾を呑む。さながら圧迫面接の様相が滲んでいるが、二、三度息を整え自身の考えを言葉にし始める。
「現状では魔鉱石を使用するつもりです。ただ、多量の魔鉱石が必要になると思いますので、その分が確保出来なければ頓挫してしまいますけど。最悪は私の屋敷を潰してでも数を揃えます」
「そういえばお主の屋敷は魔鉱石製だったな。だが、そのような事をせずとも国庫にそれなりの在庫があるが、簡単に渡す訳にもいかん。お主はそれをどう使うつもりだ?」
珍しく国王陛下が先に反応を示し、顎を撫でながら瑞樹に問いかけた。魔鉱石は国主導で厳重に管理されている、その為国王陛下の興味を惹いたのあろう。
「伝承通りなら古龍の体表は硬い鱗で覆われている筈です。実際私達が古龍を目にしたとき目立った傷は一つも確認出来ませんでした」
「確かにな。ありゃあ武器がどうの以前に俺達の魔法すら効くか怪しいもんだった。だがいくら魔鉱石とはいえ硬さは鉄並み、どうやっても歯が立たねぇと思うぞ?」
眉間に皺を寄せながら瑞樹に問うウォルタ。瑞樹は「確かに」と呟きながらも存外自信あり気に薄く笑みを浮かべる。
「どれだけ硬い鱗を持っていたとしても、絶対に覆い隠せない場所が一つあります。それが目、眼球です」
瑞樹はそう言いながら右手で自身の目を指を指し、さらに続ける。
「順を追って説明すると、まず最初に私の魔法で古龍の動きを止めます。次に動けなくなった古龍の眼球へ、槍状に形を変えた魔鉱石を突き刺します。そして眼球の奥は基本的に脳がある筈、そこへ到達したら魔鉱石を変形させ、脳をグシャグシャに破壊します。相手が生物である以上、脳が破壊されれば生きていられません。万が一生きていたとしても両目さえ潰しておけば、今後の被害を抑えられる筈です」
理に適っている筈の瑞樹の案だが、何故か皆の顔は決して明るく無く、何処か渋い様子だった。もう少し良い反応を期待していた瑞樹はあれ?と首を傾げていると、フレイヤがじっとりとした視線を向けた。
「あんたって……意外と残虐な発想するのね。正直あんたの事怖くなったわ」
「別に、弱点を突くのは当然だと思うのですけど」
「いや、そりゃそうかもしれないけどさ……」
「残虐性はともかくとして、発想は悪くない。もし実行するならば貸与を許可しよう」
コホンと咳払いをした国王陛下がそう告げると、瑞樹は「ありがとうございます」と深く頭を下げた。ただ、瑞樹から見え隠れする狂気のようなものに寒気を感じたらしく、国王陛下は「うむ」と頷きながらも背筋に冷たい物を感じていた。
「ねぇ、皆さん肝心な事を忘れてない?」
「ライド様、肝心な事とは?」
ゼルランダーが訝し気な視線を向けると、ライドはふぅと若干呆れた様子で息を吐き、ちらりと瑞樹の方へ視線を送る。
「古龍への対策は僕もまぁまぁだと思うけど、翼竜の対処はどうするつもり?ダールトン殿の報告書を見る限り、あの時は十匹程度だったかもしれないけど、もし古龍と共存関係にあるなら翼竜は本気で止めに来る筈。そうなれば尋常じゃない数の翼竜に襲われる可能性だってある筈さ」
「……あ」
ライドの言葉に皆一様にはっとした様子で目を丸くした。特に瑞樹は翼竜の事を失念していたらしく、酷く悔しそうに歯噛みしている。ただ古龍討伐の肝はまさにそこであり、古龍の討伐は一度軌道にさえ乗ればそれなりに勝機はある。だがライドの言うように翼竜が大挙して来たとなれば苦戦は必至だ。
「して、如何するかね?瑞樹卿。翼竜への対処がままならなければお主の案も残念ながらお流れ。ダールトン殿の案も拒否するとなれば、やはり静観しかあるまい」
口元をニヤつかせた一人の側近が瑞樹にそう告げるが、明確な案が浮かばないのもまた事実。困り果てた様子の瑞樹を愉悦そうに眺め、老人の男性側近が再び国王陛下に具申しようとしたその時、意外な人物が待ったをかける。
「ちょっと待ちな爺さん方。翼竜対策があれば文句無いんだろ?」
「う、うむ。それは、そうだがアスラ殿に策でもあるのか?」
「単純な事だ、俺らで食い止めりゃ良い」
瑞樹の案に否定的だったアスラがまさか彼の肩を持つとは思わなかったようで、その他側近達は困惑した様子で互いの顔を見合わせていた。ただ意外と感じていたのは瑞樹も同じで、そんな視線をアスラに向けていると不意に彼と目が合い、フンと鼻を鳴らされる。
「何でって顔してんな瑞樹卿」
「あ、いえ……はい。アスラ様は私の案に否定的だった筈。何故、急にそのような事を仰ったのですか?」
「勘違いすんな、別にお前の案を否定してた訳じゃねぇよ。最初は全容が見えなかったからダールトン殿に付いたに過ぎねぇ。まぁ正直な所、今でもそう思う。けどな、どこぞの阿呆が命を張るって言ってんだ。なら、俺らが先陣切らねぇとどうすんだって話しだ」
「めっずらしい事もあるもんだね。まさか面倒くさがりのアスラがそんな事言うなんてさ」
「うっせぇよライド。で、お前らはどうすんだ?」
「僕は元から賛成よりの反対だったしね。勿論古龍討伐に賛成さ、間近で命のやりとりが出来るなら最高じゃないか。あぁ、考えただけでゾクゾクする」
何故か興奮している様子のライドは身をよじり、ハァハァと息を荒げさせた。そんな彼の様子に若干顔を引きつらせながらも、アスラは視線をウィンディの方に移す。
「……お前のイカレ具合もある意味何処の誰かとそっくりだな。ウィンディはどうすんだ?」
「あら、私は初めから瑞樹卿に賛同していましたけど?」
「ハッ良くもまぁ軽々と嘘がつけるもんだ」
「私の主神は風。ならば風の向くままひらりひらりと華麗に舞うだけです」
ウフフと艶やかな笑みを浮かべるウィンディをよそに、アスラはある種の侮蔑を含んだ視線でその他側近を睨みつける。
「さぁてどうする爺さん方。俺らは概ね瑞樹卿の案に賛成だが?」
「グッ、本当によろしいのですか!?いくら六柱とはいえ相手が古龍と翼竜では苦戦は必至ですぞ!?」
「なれば城の兵と魔導士部隊を動員すればよかろう。いざという時の軍だ、今使わないでいつ使う」
「国王陛下……いやしかし──」
「──別に爺さん方に命張れって言ってる訳じゃねぇ。けどな、静観してる間にもし王都に現れたらどうすんだ?相手を見た頃には既に遅し、全員揃って黒焦げだ」
「グゥ、ですが──」
「──良い加減にしな、でももへったくれもあるか。俺らはお飾りで六柱、ましてや貴族をやってんじゃねぇんだ。いざって時に命張らなきゃ筋が通らねぇだろうが……!」
語気は変わらずともアスラの言葉は明らかに怒りを孕んでおり、その他側近達は彼の気迫に気圧されたらしく遂に押し黙ってしまった。
「真意はどうあれ人命を第一とした爺さん方の考えは立派だ。けどな、時には覚悟を決めなきゃいけない時もあんだよ。今が、その時だろ」




