6-24 手向け
屋敷に戻った瑞樹は到着早々、ギルバートからメウェンの執務室へと向かうよう告げられた。どちらにせよ瑞樹も翌日の件を聞く予定だったので、そのままギルバートと共に執務室へと向かった。
瑞樹が室内に入ると、中でお茶を飲みながらくつろいでいたメウェンは、ほっと安堵したような表情を彼に向ける。
「あぁ瑞樹、疲れている所をすまない。まずは調査ご苦労だった、無事で何よりだ」
「はい。色々とありましたが、誰一人欠ける事無く戻って来られました」
「うむ。もう国王陛下の元には行ったか?」
「はい、一番最初に。そこで国王陛下から聞かされました。その……翌日の事を」
少し目を伏せがちに話す瑞樹に、メウェンも「そうか……」と目を閉じながら沈痛な面持ちで返した。
「君がこの世界に来てから誰かの葬儀に出た事はあるか?」
「……ありません」
「まぁ、そうだろうな。とりあえず葬儀用の服は私の方で何とかしたので、そこは気にしなくて良い。というよりも私としては、君を葬儀に出して良いものか悩ましい」
「それはどういう意味ですか?」
「国王陛下から少しだけ聞いた。ドリオス卿が亡くなったかもしれないと報告があった時、君は酷く取り乱したそうだな」
それはゼルランダーが古龍出現の報を持ち帰った時の事で、瑞樹も大いに心当たりがあるらしく、より一層目を伏せる。
「別に叱責しようとかそんな話しでは無い。あれ程嫌っていたドリオス卿でもそのような感情を抱くのは正直意外だったが、まぁ君という人間を知っていれば想像は付きやすい。それはさておき、何が言いたいかと言うと葬儀の場でもその時のように取り乱されたら困る、という訳だ」
「あの時は心の準備が出来ていなかったので……今回は多分大丈夫だと思います」
「君がそう言うのなら私も止めはしないが、決して無理はするな。侯爵の葬儀ともなれば参列者も多い。変な所を見せれば、付け入る隙が生まれてしまうぞ」
「承知致しました。私からも良いですか?」
「あぁ、だがまずは座りなさい。ギルバート、お茶を用意してくれ」
「かしこまりました」
メウェンに促された瑞樹は自身の机に歩み寄り、腰を下ろした。一方でギルバートも手際良くお茶を用意し、瑞樹とメウェンに供される。久し振り嗅ぐお茶の匂いで少し気持ちも和らいだらしく、瑞樹の表情が柔らかくなった。
「さて、聞きたい事とは恐らく葬儀の事だろう?」
「はい、その通りです。その辺の知識は私に全く無いもので、基本的な事だけでも知っておきたいと思いました」
「うむ。死者は埋葬するのが基本になるが、六柱はそれぞれ少し異なる」
「異なる?それは弔い方がですか?」
「そうだ。葬儀の大前提は御霊と肉体を神の元へ還すのが目的となる。故に六柱に限っては、それぞれの属性に則した弔い方をするのが慣例になっている」
「成る程。それでドリオス卿は何の属性だったのですか?」
「風だ。普通なら魔法の火で遺体を焼き、その灰を風魔法で天へと還す。のだがドリオス卿の遺体は、葬儀に無いらしい」
「……申し訳ありません。やはり無理をしてでも待ち帰るべきでした」
「その口振りだと、遺体はあった、という事か」
「私は実際に見ておりませんが、ダールトン様達が確認なされたようです」
瑞樹の顔は後悔の色が濃く出ており、再び目を伏せ始めた。だがメウェンは首を横に振り「気にするな」と宥める。
「どういう経緯かは分からんが、ダールトン殿がそういう判断をされたという事は、何かしらの止むに止まれぬ事情があったのだろう。君に非などありはしないさ」
「そう、でしょうか……」
「割り切りなさい。それに遺体の有無も大事だが、それより我々残された側の人間がしっかりと送ってやらねば、ドリオス卿も浮かばれんぞ?」
「……はい」
「ふぅ、この話しは終いにしよう。食事は済ませたか?それとエレナには逢ったか?君が居ない間寂しそうにしていたぞ」
「そうですね、食事は屋敷に戻って軽く取ります。エレナお嬢様には……申し訳ありませんが明日以降お逢い致します。少し、疲れました」
「それもそうだな。分かった、エレナには私から伝えるから君は休みなさい。明日の日程等はギルバートが知っているから、彼に任せれば良い」
「承知致しました。では失礼致します」
「あぁ、少しでも疲れを取りなさい」
メウェンと挨拶を交わした瑞樹は屋敷へと踵を返すと、彼の従者との挨拶もそこそこに軽い夕食を取ってすぐに眠りへと付く。今回の調査での負担は瑞樹が思っている以上に重かったらしく、ベッドに倒れ込んだと思ったらすぐに泥のように眠ってしまったのだった。
翌日、その日は珍しくギルバートが瑞樹の目覚ましの任を務めた。
「お早うございます、瑞樹様」
「……ん、ぅん……?ギルバートが来るなんて珍しいですね……」
「はい。本日はドリオス様の葬儀がありますので、本日のお世話は私がさせて頂きます」
「そういう事でしたか」
どことなくいつもよりも重たそうに身体を上げ、ごしごしと目を擦りながらベッドから出た瑞樹。そのままギルバートに連れられて軽く朝食を取り、食事を済ませて自室に戻るといつの間にか新しい服が用意されていた。
「あれ、この服は?」
瑞樹の目に映ったそれは華美、とまではいかないがシンプルながらも完成度の高さを伺える白いスーツ。瑞樹はそれに手を触れながら首を傾げ、ギルバートに問いかけた。
「その服は葬儀用の服でございます」
「へぇ、ここでは白い服を着るのですね」
「瑞樹様の故郷では違うのですか?」
「はい、私達は黒い服でした」
「ほぉ、我々とは真逆なのですな」
意外な所で知った自身の常識の差異に驚いた様子で、瑞樹とギルバートは大きく目を開けた。ともかくギルバートに手伝ってもらいながら喪服に袖を通した瑞樹は、メウェンの執務室へ向かった。
執務室の中には既に着替えを済ませたメウェンが、何処からか引っ張り出して来たであろう姿鏡の前で立っており、自身の身だしなみの確認をしていた。
「あぁ瑞樹、お早う。予想より早かったな」
「お早うございます、メウェン様。予想とは一体何の事ですか?」
「いやなに、昨日は随分と疲れている様子だったからな。寝坊でもするかと思っていた」
「子供では無いのですから、ちゃんと起きますよ」
「ふっ許してくれ。それはさておき、私の準備は今少し掛かるから座って待っていなさい」
「承知致しました」
髪を櫛で梳かし、ネクタイや衣服を何度も確認した後、メウェンは漸く「待たせたな」と瑞樹に声を掛けた。瑞樹も「いえ」と返し、二人はギルバートを供に外で待機させていた馬車へと乗り込んだ。それから程無くして、ゴトゴトと揺られている瑞樹がふと何か思い出したかのように、メウェンへと顔を向ける。
「そういえば、一つ聞くのを忘れていたのですが葬儀って何処で行なうのですか?」
「教会だ。あの場所は神事や祭事を行なう他、葬儀場も兼ねている」
「成る程。では今は教会に向かっているのですね」
「そうなるな。……しかし良い天気になったものだ」
「はい。……本当に」
二人は窓の景色を眩しそうに顔を顰めて眺めていたが何処か表情は暗く、もしかしたら陽の明かりを疎ましくさえ思っていたのかもしれない。
瑞樹達が教会に到着する頃には、既に白い喪服を着た参列者らしき人物が大勢居た。その中には瑞樹が知る顔もそこそこあり、少し驚いた様子で辺りを見回していると、一人の大柄な男性が瑞樹達の方へ歩み寄って来る。
「よぉ姫、久し振りだな」
「ちょ、ちょっとゴウセル殿、こんなに大勢居る中で私を姫呼ばわりしないでくださいよ。それに今日だって男性服なんですし」
「固い事言うなよ。それに、そうは言ってもお前さん女の声のまんまだぜ?」
ゴウセルに指摘された瑞樹はハッとしすぐさま顔を背けると、ゴウセルは面白そうにガハハと豪快に笑い飛ばした。そんな様子を見ていたメウェンはハァと深い溜め息を吐き、眉に皺を寄せながらゴウセルに話しかける。
「ゴウセル殿、そこまでにしてくれ。私にも気付かなかった落ち度があるしな」
「分かった分かった、程々にしとこう。しかしまぁ何だ、折角の瑞樹との再会が言っちゃ悪いがこんな辛気臭い場所になるなんてな」
「それは……致し方ありませんよ。ところでゴウセル殿は既に家長では無い筈なのに何故いらっしゃるのですか?」
「ん?おぉ、まぁ何だ、奴とは色々と縁があってな。お前さんはあいつを嫌ってるみたいだが、根っこは悪い奴じゃ無かったんだよ」
「へぇ、意外です。話しを聞く限りだと、金に物を言わせて下位の貴族を従わせてるとか何とかって、聞いた事がありますけど」
「まぁ強ち間違ってないしな。俺らみたいな下の貴族は慢性的に金不足で、お前さんみたいなお人好しなんざ普通はいない。俺らが食ってく為には少し汚れた仕事でもやる必要があって、それがたまたドリオス侯爵だったってだけだ」
「ふぅん……汚れ仕事なんてさせていたんですね」
「おいおい、そんなに怖い顔すんなよ。あいつの女癖の酷さは知ってるだろ?それがちょっとだけ行き過ぎてたってだけの話しさ」
「……ここ最近ドリオス卿の事を少し見直していたのですけど、やっぱり私はあの人大嫌いです」
自身の気持ちを返せと言わんばかりに顔をぶすっとさせている瑞樹に、困惑した様子で苦笑し、弁明するゴウセルだったが結果としては火に油を注ぐ形になってしまう。どうしたものかとゴウセルがメウェンの方へちらりと視線を向けると、致し方ないといった様子で首を横に振りメウェンが口を開く。
「瑞樹、ここはドリオス卿の葬儀の場だぞ。思う所があるのは分かるが、まずは手向けの気持ちが先決だろう?」
「あ、はい、そうでした……」
メウェンに窘められた瑞樹がしゅんとした様子で目を伏せると、ゴウセルとメウェンはほっと胸を撫で下ろし、互いの顔を合わせる。
「ま、ともかくだ。先に献花しに行ったらどうだ?」
「おぉそうであった。そもそもゴウセル殿が話しかけてきたのだろうが」
「おっと、そりゃ悪かった」
メウェンが眉に皺を寄せ、じっとりとした視線をゴウセルに送り付けるが、彼はガハハと笑いながら右手をプラプラとさせた。そんな彼にやれやれといった様子で頭に手を当てたメウェンだったが、気を取り直して瑞樹へと顔を向ける。
「瑞樹、いつまでも顔を暗くしていないで良いから、私に付いてきなさい」
「あ、はい。承知致しました」