6-23 帰路にて
一行は数時間程進んだ先で昼食を兼ねた小休止を取っている時、ふと何かを思い出したようにゼルランダーがダールトンへと話しかける。
「ダールトン様、そういえばあれは瑞樹卿に見せたのですか?」
「おぉ、今朝の一件ですっかり忘れていた。ビリー、あれを持って来てくれ」
「大丈夫ですか?正直な所瑞樹様には、衝撃が強いような気が致しますけど」
「隠し立てした所で何れは知る事になる。早いか遅いか程度の差でしかない」
「承知致しました。少々お待ちください」
そう言ってビリーが荷物用の馬車へ姿を消したが、いまいち状況の掴めない様子の瑞樹は首を傾げていた。
「あの、あれとは一体何の事です?あと、先程のビリーの言葉ってどういう意味ですか?」
「見れば恐らく分かるだろう。それに、変な所で察しの良いお主ならば、もしかしたら朧気でも理解しているかもしれんが」
「それは、買いかぶり過ぎです」
口ではそう言う瑞樹だったが、明確な答えは出せないにしても少なくとも、喜ばしい物では無い事は察しがついていたようだ。
それから程無くしてビリーが戻ってくると、その手には白い布にくるまれた何かがあり、何故か瑞樹は無性に胸のざわつきを感じていたらしく、身体をぶるりと震わせる。
「どうぞ、瑞樹様」
「え、えぇ。ありがとうビリー」
ビリーからそれを受け取った瑞樹だが、どうにも包みを開く踏ん切りがつかない様子で、キョロキョロとダールトンやゼルランダーに視線を向ける。するとそんな彼を察したのか、ダールトンが僅かに口角を下げながら口を開く。
「先程はあぁ言ったが、正直それはお主が本当に見て大丈夫か疑問ではある。今朝の事もあるし、お主が望むなら包みを開けずとも良い。私が口頭で説明するが、どうする?」
正直な所瑞樹は包みを開けたく無かったらしく、暫し逡巡していたが遂には意を決したようで包みに手を掛けた。
「先程ダールトン様は遅かれ早かれ知る事になると仰いました。ならば、私は今知りたいと思います」
「承知した。ならば私からは何も言うまい。包みを開けなさい」
「はい」と頷いた瑞樹はごくりと固唾を呑み、ばさりと包みを開くと中には煤や泥で酷く汚れていたが、その形自体は瑞樹にも見覚えがあった。
「これは……貴族章?まさか、ドリオス卿の……」
瑞樹が手にしている物は間違いなく貴族章だった。声を震わせながらゆっくりとダールトンの方へ視線を移した瑞樹へ、ダールトンは「うむ」と小さく頷く。
「お主は魔法を使用した後気を失ったから知らんだろうが、実は翼竜が荒らした瓦礫の中で偶然これを見つけたのだ」
「これがあるというという事は、ドリオス卿は……」
「……お主が想像している通りだ。実を言えば貴族章の近くにあった遺体も損傷が激し過ぎて、本当に本人なのか判別も付かなかったのだが、状況的に見ても生存は無いだろうと判断するに至った」
目を閉じながら酷く不愉快そうに話すダールトンの隣では、まるで歯ぎしりが聴こえそうな程グッと力いっぱい歯噛みしているゼルランダーの姿があった。雇い主の死というのは瑞樹も察するに余りあるようで、沈痛な面持ちを見せる。
「それで、ご遺体はどうなされたのですか?」
「残念だがあの場で手厚く葬っていられる程の余裕は無いと判断し、そのままにした。それに先程も言ったが損傷が激し過ぎて、遺体を持って帰る事すらままならなかったのもある」
「そう、でしたか。ゼルランダー様の心中お察し致します……」
「お気遣い感謝致します。確かに無念ですが、あの日瑞樹卿の歌によって心安らかに逝かれた事でしょう」
「……そうあって欲しいです」
「さぁ、小休止もそろそろ終いにしよう。極力早めに情報を伝えねばならん」
「承知致しました」
ダールトンの発言で馬車へと戻る瑞樹達だったが、瑞樹がふと何かを思い付いたようにあっと声を漏らした。すると片眉を上げて不思議そうにしているダールトンが振り返り、瑞樹へと視線を向ける。
「どうかしたか?」
「あ、いえ。取り合えず出発してからに致しましょう」
「む、まぁそうするか」
瑞樹達を乗せた馬車は再び動き始め、ゴトゴトと揺れ動く。それを皮切りに先程の続きを聞くべく、ダールトンが「さて」と切り出した。
「瑞樹卿、先程何を考えていたのだ?」
「はい。情報を伝えるだけなら、私の魔法が役立つかなと思いまして」
「何と、瑞樹卿はそのような魔法も使えるのか?」
ゼルランダーが目を丸くさせながら驚いているのをよそに、隣に座っているダールトンは顎に手を当てながら「そういえば……」と呟く。
「ダールトン様はご存知なのですか?」
「私も発動している様を見た事は無いが、確か天啓とか言ったか」
「はい。文章を特定の人物に伝える魔法なのですが、私から一方的に伝えるだけ、なおかつごく短い文章しか伝えられないという欠点があるので、あまり使用した事が無いんですけどね」
「うぅむ、正直な所を言えば信用に欠ける魔法だ。瑞樹卿、試しに私に使ってみたまえ」
「承知致しました」
瑞樹はそう言いながら目を閉じ、意識を集中させてダールトンへと向けた。そして何かを思い浮かべると彼の身に魔力を消費した時特有の軽い虚脱感が訪れ、さらには瑞樹の対面に座っているダールトンが小さな声でむっと唸る。
「届きましたか?ダールトン様」
「あぁ。これを国王陛下に使用します、とはなかなか豪胆な考えだ」
ダールトンの言葉は一言一句瑞樹が思い浮かべた物らしく、しっかり届いた事で瑞樹はほっと胸を撫で下ろし「はい」と頷く。
「国王陛下に直接魔法を使用するのはいささか気が引けるが、致し方あるまい。私が許可した事にしておこう」
「本来は駄目なのですか?」
「当然だろう。下手をすれば不敬罪なり反逆罪なりでそのまま極刑にもなり得る。お主も間違ってもそれを独断で使用するな」
極刑という言葉が出た途端瑞樹とビリーはギョッと目を丸くするが、冷静に考えれば至極当然の事。瑞樹も真剣な面持ちで「肝に銘じます」と噛みしめるように答えた。
「まぁ、あの国王陛下ならば最初こそ驚くだろうが、貴重な体験をしたと嬉々として仰るだろう」
「あぁ、それは確かに……目に浮かびます」
ふぅと小さく息を吐きながら、ダールトンは眉に寄った皺を指で解す。瑞樹もそんな様子を見ながら苦笑し、小さく肩を竦めた。
「それはともかく、何と送れば良いのでしょう?私、要点だけ纏めるのはあまり得意では無いので」
「ふむ、確かに何を伝えるかの取捨は往々にして難しい。相手も相手だ、私が考えよう。お主はその通りに国王陛下へ送れば良い」
「承知致しました」
こうしてダールトンとついでにゼルランダーも混じり、今回の調査報告をごく短い文章に纏める作業が始まった。二人があぁでもないこうでもないと議論し、馬車に備え付けられている小さなメモ用紙に内容を纏めていく。そして全てが決まったのはそれから一時間程経った後だった。
「待たせたな。伝える要点は三つ、町は完全に滅んでいた事、古龍が実在した事、そしてドリオス卿が死去した事だ」
「承知致しました」
瑞樹は先程と同じように意識を集中し、国王陛下イグレインを頭に浮かべながら、心の中で三つの要点を復唱する。そしてもう一つ、瑞樹は最後にもう一つだけこっそり付け加えた。それは、調査隊は全員無事である、という事である。
勝手に付け加えた事を知られたらダールトンに怒られるかな。瑞樹はそんな事を考えていたようだが、彼の顔は随分と青ざめており、かなりの魔力を消費した事が他の者にも容易に感じ取れる程だった。
「瑞樹卿、大丈夫か?」
「はい、少し気分が優れないだけです……やはり相手が遠ければ遠い程魔力を大量消費するようです」
「全くお主という奴は……そういうのは事前に言わねば分からんだろうが。やれやれ、要点を三つに絞って正解だった」
不愉快そうに眉を顰めているダールトンから目を逸らし、苦笑しながら「申し訳ありません」と答えた。ただ流石に一つ付け加えましたとは言えなかったようで、そのまま口を噤んでいるとダールトンが訝しく思ったらしく、より一層眉の皺が深くなっていく。
「何か良からぬ事でも考えているのかね?」
「い、いいえ、何にも。想像以上の消費で戸惑っているだけです」
「まぁ、お主に免じてそういう事にしておこう。少し横になっていると良い」
「お気遣い感謝致します。では、ビリーちょっと失礼しますね」
「お、おう」
瑞樹が一瞬視線をビリーに向けたかと思えば、そのまま頭を彼の太ももに乗せて早々と寝息を立て始めた。実は瑞樹が目覚めるまでの道中も全く同じ事をしていたビリーだが、やはり気恥ずかしさが勝るらしく耳を赤くさせていた。
「これで男だというのだから驚きだ。これでは生殺しではないか、なぁビリーよ」
「……どうして私に振るのですかゼルランダー様」
「ふっ、さぁてな」
ニマニマと笑みを浮かべながらゼルランダーが視線を送りつけてくるが、ビリーはふいっと顔を窓の外に背け、以降は頑なに顔を合わせようとはしなかった。
翌日の朝には瑞樹も目が覚め、一行は危険な目に遭いながらも何とか調査を終え、その日の夜には無事に城下町へと辿り着いた。
詳しい報告等は全てダールトンが請け負うとの事で、瑞樹達は国王陛下と挨拶を交わす程度だったのだが、別れる際に一つだけ国王陛下から告げられる。
「瑞樹卿にとっては急に思えるだろうが、翌日ドリオス卿の葬儀が行われる故、そのつもりでいるように。詳細はメウェン卿にでも聞くと良い」
「……承知致しました」
その後、六柱騎士やゼルランダーと別れた瑞樹とビリーは、二人だけで帰路に着き馬車に揺られていた。分かっているつもりなのだろうが、いざ葬儀と聞くと思う所があるらしく、瑞樹はぽつりと呟き始める。
「誰かが死ぬって、分かってても辛いな……知ってる人なら尚更」
「まぁ、な。お前のは病的が過ぎるけど」
「そんな事無いだろ」
「じゃあ俺とかノルンが死んだらお前、どうする?」
「さぁね。そんなの、その時になってみなきゃ分からん」
「間違っても何かに逆恨みすんなよ」
「……さぁどうだか」
「否定しない辺りがお前の怖い所だ」
「うっさい」
人はいつか死ぬ。それは本来誰にも変えられぬ筈だが、この世でたった一人、瑞樹だけはその運命すら捻じ曲げる力を持っている。だが死の運命を変える代償は計り知れなく、以前エレナに使用した時は瑞樹も本当に死を迎える寸前だった。
それでも瑞樹は大切な者を救う為なら、自身の命を代償にしてでもあの魔法を使うだろう。それをビリーは危惧して止まなかったようだ。
その後二人は何となく重くなった空気に辟易した様子で馬車に揺られ、言いようも無い不安を振り払いながら屋敷へと戻って行った。