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異世界に歌声を  作者: くらげ
第六章[災厄と呼ばれし者]
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6-21 続・対峙

 彼らは驚愕していた、眼前に映るその衝撃的な光景に。


「一体どうしたんだこれは……」


「な、何よこれ……何が起きたって言うのよ……?」


「こ、これが神の奇跡か……?」


 フレイヤとウォルタ、それにゼルランダーが酷く困惑した様子で呟いている最中も、さながら何かに操られているかのようにバサバサと音を立てながら続々と何処かへ飛び去って行く翼竜達。さらには古龍も自身の体躯以上はありそうな翼を広げ、暴風と砂嵐を巻き起こしながら山の奥深くへと姿を消した。


 未だ混乱を極めていた様子のウォルタだったが、ひとまずうっとおしい砂嵐を消すべく魔法で霧雨を出した。すると徐々に視界も晴れ周囲は平生に戻っていたが、フレイヤを羽交い絞めにしていた瑞樹が突然その場に力無く倒れ込む。


「え、ちょ、何!?どうしたのよ!?」


「おい瑞樹大丈夫か!?しっかりしろ、おい!」


 ギョッとした様子で倒れ込んだ瑞樹を覗き込むフレイヤをよそに、ビリーは血相を変えて瑞樹を抱きかかえ、肩を揺さぶるが反応らしい反応は何一つ返って来ない。それどころか瑞樹の顔色はみるみる内に青白く染まっていき、まるで命を吸い取られているかのようだった。


 ビリーは一度瑞樹を地面に仰向けに寝かせ、耳を胸元に押し当てた。だが彼の耳に届くのは微弱な鼓動音のみで、いつ止まってもおかしくは無いようだった。


「瑞樹!死ぬなこの馬鹿野郎!」


 ただ偶然にもビリーは瑞樹から心肺蘇生、つまり心臓マッサージの手ほどきを以前受けていた。冒険者という危険な職業だとしても最低限の処置は知っておいた方が良いと、瑞樹の提案だったらしい。だが、まさかこんな時を想定していたかは定かで無いが。


「まさかお前自身で実践するとはな……」


 ぶつぶつと呟きながらも瑞樹の胸を力いっぱい圧迫するビリー。周囲の皆も次々と起こる事態を飲み込み切れない様子だったが、少なくとも瑞樹の身がひっ迫している事自体は察したらしく、ビリーの応急処置を固唾を呑んで見守っていた。


 額に汗を滲ませながら必死の形相で処置を続けるビリー。時折胸に耳を当てながら鼓動音を確認していると、次第に──


 ──


 ──トクン


 ─トクントクン


 と、僅かながらも次第に音が増していき、遂にはマッサージ無しでも自発的に鼓動するまでに回復した。それを確認したビリーはふぅと深いため意を吐きながら、心底ほっとしたようにその場にどっかりと腰を下ろす。


「ねぇ。ホッとしている所悪いんだけど、一体何がどうしたのか説明してくれない?」


「待て、それは私から説明しよう」


 座り込んでいるビリーの後ろから話しかけたフレイヤだが、横から入って来たダールトンへと彼女は視線を移す。


「ダールトン殿はこの状況が説明できるの?」


 若干訝しそうなフレイヤの問いに、ダールトンは「概ねは」と首を縦に振りさらに続けた。


「伊達に国王陛下の側近はやっていない。恐らく瑞樹卿は言霊の魔法を発動させたのだろうな。そうであろう?ビリーよ」


「その通りだと存じます」


 ダールトンの問いかけにこくりと頷くビリー。それを一瞥したフレイヤはさらに疑問をぶつける。


「それでことだま?とやらの魔法で何が起きる訳?」


「確か……万物のあらゆる事象に干渉出来る。だったか」


「それって、つまり……?」


「噛み砕いて言えば、瑞樹卿の言った通りの事が起きる、という事になるな」


 その言葉にフレイヤのみならず、近くのウォルタとゼルランダーも驚愕したようで目を剥いた。


「はぁ!?何よそれ、そんな魔法あり得るの!?言った通りになる魔法なんてずる過ぎるわよ!」


 余程衝撃的だったのだろう、フレイヤは興奮した様子で視線を瑞樹とダールトンの間を行ったり来たりさせながら声を荒げさせた。だがそんな彼女の頭にウォルタの手刀が振り下ろされ、ゴチンと小気味良い音が周囲に鳴り響く。


「取り乱し過ぎだ、少し落ち着け」


「うぅ、だってウォルタ爺だってそう思うでしょ?」


 少し目に涙を浮かべ、頬を膨らませながらフレイヤが問いかけるとウォルタは無言で首を横に振った。


「いや、俺はそう思わん。確かに効果は凄まじいとは思う。だがなフレイヤ、お前魔法の使い過ぎで死にかけた事はあるか?」


「えっ?そりゃあ魔法の使い過ぎですっごい身体が重く感じたりとかは経験があるけど……使い過ぎただけで死にかけるなんてあり得ないわよ」


「普通はそうだな、大抵の場合は虚脱感に襲われるだけで命を落としたなんてのは俺も聞いた事が無い。……じゃあそれを踏まえて今の瑞樹卿を見て同じ事が言えるのか?」


「あ……」


 フレイヤははっとしたように少し目を丸くした後、うぅと唸りながらばつの悪そうに目を背けた。そんな彼女を見ながら、ふぅと軽く息を吐いたウォルタがさらに続ける。


「恐らく魔力の消費量が凄まじいのも一つの要因だろうが、俺には命を削って魔法を使っているようにしか見えん。危険性を重々知っている筈の本人がそれでもと使った魔法を、ずるいなどとは思えんな」


「うぅ……もう分かったから、あたしが悪かったです!」


「俺に謝るのは筋違いだろう。っと話し込み過ぎたな。瑞樹卿の言葉通りなら奴らは寝床に帰った筈だが、戻って来ないとも限らん。すぐにここを離れよう」


 流石のフレイヤも悪いと思ったのか、しゅんとした様子で少し俯いた。そんな彼女を一瞥した後ウォルタがダールトンにそう提案すると、彼も「うむ」小さく頷いて同意する。


「ではここを速やかに離れるとしよう。ビリーよ、瑞樹卿は頼んだぞ」


「承知致しました」


 と、ダールトンが言ったほんの直後、彼は翼竜が荒らした瓦礫の中から何かを発見したらしく、唐突に足を止める。


「む、どうかされましたかダールトン様」


「あぁ、少し、な。すまんがゼルランダーとウォルタは私と来てくれ。ビリーとフレイヤは先に馬車へ」


「分かったわ」


「承知致しました。一応シルバはそちらに付けさせます。シルバ、大丈夫だな?」


 ビリーは視線をシルバに向けたが、正直な所乗り気では無いように感じたようだ。だが渋々ながらも三人に付いて行ったシルバを見送りながら、フレイヤとビリーは再び歩き始めた。


「ねぇ、一つ聞いても良い?」


 町と馬車の中間程に差し掛かった時、ずっと沈黙を保っていたフレイヤが視線を前に向けたままビリーに話しかけて来た。


「えぇ、私に答えられる範囲であれば」


「あんたって瑞樹卿と腐れ縁だって言ってたわよね?」


「はい」


「じゃあ彼の過去も知ってたりするの?」


「いいえ、腐れ縁とは言っても瑞樹様とは一年と少し前に初めてお会いしましたし、そこまで詳しくは無いですけど」


「ふぅん……」


「それで、一体何を聞きたかったのですか?」


 不思議そうにしているビリーがフレイヤを見つめるが、彼女は僅かに目を伏せた。


「別に、大した事じゃ無いんだけどね。ただ……」


「ただ?」


「ただ、瑞樹卿って昔からあんな感じだったのかなって。そう思っただけ」


「あぁ……そういう事ですか。正直な所、確かに瑞樹様は最初から変ではありました」


「ふぅん、どんな風に?」


「多分、心が壊れているんですよ。そのせいか、縁を持った人に対して異常に執着する傾向にあるんです」


「だから自分を犠牲にしてでも、あの魔法を使ったって訳か……でもどうしてそんな風になっちゃったのかしらね?」


「……昔、色々あったらしいです。私も詳しくは知りませんが」


 以前瑞樹から酒の勢いで彼の過去を少しだけ聞かされたビリーだが、その詳細までは知らない。だが彼にとって相当トラウマとなるような体験をしたのだろうとは、何となく察しが付いているらしい。フレイヤもそれ以上は聞こうとはせず、再び沈黙を守ったまま馬車へと到着した。


「待たせたわねダク。こっちは大丈夫だった?」


 無事に馬車へ到着したフレイヤとビリーに、少し慌てた様子で駆け寄って来るダク。馬車へと到着して漸く人心地付いたフレイヤがダクに話しかけると、ダクは何故か無言で彼女を抱きすくめる。


「ちょ、ちょっとダク!?」


「凄い心配した」


 黒い鎧の中から聞こえて来たのは意外な事に女性の声で、ビリーもこっそりと驚いていた。そんな事など露知らず、ダクは淡々とした様子でさらに続ける。


「空を飛ぶとても大きな魔物を見た。あと小さい魔物も」


「あぁ、多分古龍と翼竜ね」


「……やっぱり、それでどうなったの?」


「見ての通り無事よ。他の皆は何か町で見つけてゴソゴソやってたけど、多分じきに戻ってくると思うわ」


「そう、なら良かった。でも瑞樹卿はどうしたの?」


「色々あって古龍共に気付かれちゃったんだけどね、瑞樹卿が魔法で何とかしてくれたのよ。まぁその結果瑞樹卿は死にかけちゃったけど」


「死にかけたって、大丈夫なの?」


「大丈夫、死んではいないわ。そこのおんぶしている彼の処置のお陰でね」


「そう、それは良い働きでした」


「いえ、当然の事をしたまでです」


 ビリーが会釈をして返してから程無くして、後ろの方から「戻ったぞ」という声が聞こえて来た。フレイヤ達が後ろを振り返ると、そこにはダールトン達とシルバが無事に戻って来ていた。


「ご無事で何よりです、ダールトン殿」


「あぁ、心配をかけたようだなダク。他の者は無事か?」


「はい、御者は全員無事です。幸運な事にこちらには翼竜の一匹も来ませんでした」


「結構。では速やかにここを離れる。各員は支度を」


 こうして紆余曲折あった初調査は、瑞樹の機転もあって何とか全員無事に終了する。だが肝心の瑞樹が目を覚ましたのは、それから二日後の夕暮れ時の事だった。

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