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異世界に歌声を  作者: くらげ
第六章[災厄と呼ばれし者]
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6-19 調査、そして邂逅

 町へと近付くにつれて、その異様で悲惨な雰囲気の全容が少しずつ見え始める。恐らく各々にも思う所があったようだが、どうにもそんな雰囲気に呑まれているのか町の入り口に辿り着くまで誰も声を上げる事は無かった。


「近くで見ると……想像以上に酷いですね」


「あぁ、無事な建物など一つも無い。ひとまずドリオス卿を探してみよう、ゼルランダー、最後に彼が居た場所は何処だ?」


「町の中心部から少し離れた場所です。ご案内致しましょう」


「頼んだ」


 先頭をゼルランダーに代えながら一行はさらに町の奥へと歩を進めた。人どころか動物の気配さえしない異様な雰囲気に、かたかたと震える瑞樹。そして恐らくそこに民家があったであろう倒壊した家屋に視線を向けたその時、彼は見てしまった。真っ黒になっている人の形をした何かを。


「……ひっ……!?」


「ちょっ!?おい、どうかしたか瑞樹!?」


 偶然にも最初に発見してしまったのが瑞樹だったらしく、不意に抱きすくめられたビリーは思わず素で返事をすると、瑞樹はかたかたと手を震わせながらそれを指差した。彼の異変に気付いた皆も一様に差された先を目で追うと恐らく確認出来たのだろう、皆も酷く不愉快そうに顔を顰める。


「見るな瑞樹」


「だって……あれって……」


「良いから見るな。この先同じ光景があったとしてもだ、下手すりゃお前の方が壊れちまう」


「でもこれは流石に歩き辛いってば……」


「暫くそうしてろ」


 ビリーは瑞樹の目元を手で覆い隠すと、先頭のゼルランダーに頷いて再び先へと進む。結局ビリーにされるがまま歩き始める瑞樹に、最後尾に居た筈のフレイヤがいつの間にか近付いていた。


「ねぇ、あんたって瑞樹卿のなんなの?」


「えっ、私は只の従者ですけど?」


 しれっと話すビリーに腹が立ったのか、フレイヤは彼の太ももを思い切り抓った。


「あいててて!」


「おいどうした、後ろで何かあったか?」


「いんや、なんにも無いから気にしないで進んでよウォルタ爺」


 フレイヤの一言で騙せてしまったらしく、ウォルタは訝しそうに彼女を一瞥した後再び前を向いた。


「ちょっと、声が大きいでしょうが」


「そんな事仰られても、痛かったら誰だって声を上げます」


「それよりも、さっきあんたが瑞樹卿に敬語使わなかったの聞いてたんだから。何?あんたらって男同士なのにそういう関係なの?」


「ちょっと待ってくださいフレイヤ様!?流石に話しが突飛過ぎますよ」


「そうやって瑞樹卿が否定するのも何となく怪しいし、というか見た目が完全に女の子なんだからうっかり気の迷いとかで襲われててもおかしく無さそうだし?」


 瑞樹からは見えないがニマニマと笑みを見せるフレイヤに対し、瑞樹は恥ずかしそうに「うぅ……」と唸り声を上げながら頬を赤くさせた。


「はぁ……フレイヤ様は瑞樹卿が元平民なのはご存知でしょう?」


「まぁ話しくらいはね」


「俺はその時からの腐れ縁って奴ですよ。別に恋仲とかそんな訳じゃありません」


「ふ~ん、腐れ縁、ねぇ?」


「……何ですかその笑みは」


「べっつにぃ?」


「おい、さっきから後ろでこそこそと何喋ってるんだフレイヤ」


「だから何でも無いって、小言は程々にしてよウォルタ爺」


「誰のせいだ全く……」


 ぶつぶつと呟きながら再び前を向くウォルタに、あっかんべぇをするフレイヤ。それから程無くして町の中心部に到着した一行だったが、ドリオス卿と思しき姿は誰の目にも確認出来なかった。


「ここが私がドリオス様と別れた場所ですが、如何致しますかダールトン様?」


「ふぅむ、致し方あるまい。少し手分けして探すとしよう。一応言っておくが瑞樹卿はここで待っているように」


「何故ですか?私も手伝います」


「大馬鹿者、先程死体を見て狼狽したのはどこの誰だ?自分の口で言ってみたまえ」


「……私です」


「理解しているなら良い。ビリー、お主はくれぐれも主が勝手な行動をしないよう監視せよ」


「承知致しました」


「万が一翼竜の気配を感じたら、その魔物に一度だけ鳴かせるように。良いな?瑞樹卿」


「……はい、委細承知致しました」


「結構。では各自離れすぎないよう散開、翼竜でなくとも死肉を求めて魔物が来るかもしれん故、警戒は怠らないように努めよ」


「食える肉ならまだマシだったかもね」


「うるさいぞフレイヤ、黙って動け」


「少しくらい良いでしょウォルタ爺」


 フレイヤとウォルタの言い争いの声はどんどん離れていき、瑞樹の耳には何も届かなくなった。ぽつんと取り残された瑞樹とビリーは、はぁと大きく溜め息を吐く。


「なぁ、もう良い加減目隠し止めて欲しいんだけど」


「あんまりきょろきょろすんなよ?うっかり見ても知らねぇからな」


「分かってる」


 ようやくビリーの目隠しが外された瑞樹は、少し眩しそうに目を開けた。その眼前に広がるの光景は、どこをどう見ても焼けて倒壊した家屋ばかりで、案の定瑞樹の顔色が少しずつ悪くなっていく。だがそれ以上に一つ気がかりな事があったらしく、ぽつりと呟いた。


「町の規模にしては……死体が少なすぎるような……?」


「うん?あぁ、確かにそうかもしれねぇな。お前の目を塞いでいる間、建物の下敷きになったのは幾つか見たが、道には一人たりとも居なかった。……よくよく考えるとなんかおかしいな」


「黒焦げでも死体が残っている以上、火で消滅したとは考えにくいし……」


「とすると可能性があるとすれば生き残った連中が片付けたか、もしくは──」


「──ダールトン様が言っていた通り、魔物はが死肉を漁ったのか」


「まぁ正直な所そっちの線が強いと思うけどな」


「……俺も。翼竜がそこまで雑食かどうかは知らないけど。……ちょっと鎮魂歌歌っても良い?」


「どうせそれが目的だったんだろ?早めに済ませな」


「あはは、バレてたか。じゃあ周囲の警戒はお願いね」


「おう」


 ビリーと頷き合った後、瑞樹は深呼吸をしながら心を落ち着かせてゆっくりと口を開く。いつ振りかの鎮魂歌を歌う瑞樹だが、その感覚は身体が覚えているようで、ブランクなど一切感じさせない綺麗で透き通った、少し悲し気な歌声が町全体を包み込む。すると所々から一つ、また一つと光の粒子が沸き上がり、そのまますぅっと青空に昇って行った。


「それ、久し振りに聴いた気がするな」


 歌い終わった瑞樹に、ビリーが噛みしめるようにそう言うと、瑞樹は「そうだっけ?」と首を傾げる。


「確か最後に歌ったのは……シフマで邪神を討伐した後だったような気がするけど」


「それってどうせ船の上だろ?なら聞こえる筈無いだろうが。俺の記憶だと……あれだ、ニィガでアンデッド騒ぎがあった頃だな」


「あぁあったね、そういうの。……何か懐かしいかも」


「お前って中身は無駄に爺くさいよな」


「いやそんな事は無いと思う、多分」


 二人が話していると、瑞樹の視線の脇からフレイヤが映り込み、徐々に彼女が近付いてくるのが見えた。


「お疲れ様ですフレイヤ様。どうか致しましたか?」


「うぅん、大した事じゃ無いけど歌が聴こえたから、何かなと思って来ただけ」


「そうでしたか、申し訳ありません。お手を煩わせてしまって」


「別に良いわよ、気にしてないし。それよりさっきの歌って瑞樹卿でしょ?何で急に歌なんか歌い始めたの?」


「先程の歌はれっきとした魔法なんです。それで亡くなった方々の魂を慰めようと思い立った次第です」


「要はさっきの歌が浄化魔法代わりって訳ね。まぁ変わってるとは思うけど、悪くは無いんじゃない?あたしも嫌いじゃなかったわ」


「フレイヤ様にそう言って頂けると私も嬉しいです」


「……こうして見て聞いていると、あんたがほんとに男なのか疑わしくなってくるわね。……っと、何だウォルタ爺達も戻って来たのね」


 フレイヤの言う通り、瑞樹の後ろからウォルタを筆頭にダールトンとゼルランダーが戻って来ていた。瑞樹も後ろを振り向き、お辞儀をしながら「お疲れ様です」と労うと、ダールトンが軽く手を挙げながら応える。


「あぁ。それよりも先程の歌はお主か?」


「はい、その通りです。亡くなった方々がアンデッドになる前に浄化してあげようと思いましたので……駄目でしたか?」


「いや、別に叱るつもりは無いからそう心配そうにするな、まるで私が悪者のようだ。だが強いて言うならせめて一言相談くらいは欲しかったぞ」


「あぁ……それは申し訳ありませんでした。以後気を付けます」


「うむ。それはさておきこちらは収穫が無かった。さて、これからどうしたものか」


「別の場所を探してみますか?」


「そうしてみるか。時に先程からその魔物は一体何をやっているのだ?」


「分かりません。……ちょっとシルバ一体どうしたの?」


 先程からダールトンの視界にちらちらと移り込んでいるシルバは、何故かしきりに瑞樹の袖を口で咥えながら引っ張っていた。様子がおかしいのは瑞樹も一目見て感じ取ったようだが、こんな事は瑞樹にも初めての事だった。


 シルバが怯えている、あの古龍の伝説の片棒を担いでいるような翼竜にさえ、怖気づかないあのシルバが。


「……何か危険が迫っているかもしれません。すぐに離れた方が良いかと存じます」


「む、承知した。では速やかにここを──」


 離れようとダールトンが告げようとした瞬間、瑞樹の黒い靄がぶわりと噴き出す。その直後──


 グオォォォ……!


 何処からともなく聞こえてくる地鳴りのような鳴き声。そこから滲み出てくる彼らへの明確な敵意と殺意。そして彼らは、瑞樹はその姿を目にする。古龍の姿を。

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