6-18 到着
「あの、それでフレイヤ様とどう接すればよろしいですか?」
「あぁ、適当にあしらってくれ。その隙に俺が拳骨を食らわせてやるさ」
「は、はぁ。ではその際はウォルタ様にお願い致します。時にもう御一方の姿が見受けられませんが……?」
「あぁ、奴は人と群れるのが得意では無いからな。まぁ仕事に関しては忠実だから何処かに居るだろ」
「確か黒色の鎧でしたよね。という事は属性は闇ですか?」
「その通りだ。皆属性に則した色の鎧を着ているからな、故に俺の属性は水、そしてあの馬鹿は火だ」
すっかり話し込んでいた瑞樹達を流石に訝しく思ったのか、テントの陰からダールトンが姿を現して瑞樹達の方へ歩み寄る。
「お主ら先程から何をやっているのか?」
「これは失礼したダールトン殿。おいフレイヤ、いつまでも睨み付けてないでお前も持ち場に戻れ」
「……ちぇ」
今にも瑞樹に噛みついてきそうなフレイヤだったが、未だに頭を手でさすっていた。いくら自業自得とはいえ少々瑞樹も罪悪感を覚えたらしく、立ち去ろうとする彼女を呼び止める。
「なにさ、勝負する気にでもなった?」
「いやいや、そういう訳じゃ無くて。ちょっとじっとしててください」
「……変な事しないでよね」
「しませんよ」
顔をむぅっとさせながらじっとりとした視線を送りつけるフレイヤに、瑞樹は苦笑しながらもすぅっと息を大きく吸い、癒しの歌を歌う。初めての歌魔法でフレイヤも最初は怪奇そうな表情をしていたが、高ぶった感情が自然と落ちつき、そして気が付けば痛みもすっかり引いていた事に目を丸くして驚いた。
「……話には聞いてたけど、これがあんたの魔法なのね」
「はい。……出来れば仲良くして頂ければ私も嬉しいです」
「ふぅん……まぁ、考えてやらなくも無いかもね。でもあたしはあんたとの勝負を諦めた訳じゃ無いから、そこは勘違いしないように!」
ビシッと瑞樹を指さすフレイヤは、むふふんと決め顔をしながらそのままウォルタに引きずられていった。
「全く、お主の周りはいつも騒々しいな」
「ダールトン様、今回に限っては私のせいではありません」
「ふん、大元が謁見の間の出来事であればお主も無関係ではないだろう?……まぁそこを深く掘り下げると危険故、もう何も言わんが」
「是非そうしてください。危うく当時の事を鮮明に思い出してしまいそうです」
こうして瑞樹は少し乱暴な形になったが、今回の護衛騎士の内二人と言葉を交わす事が出来た。残る一人ともせめて挨拶が出来れば、そんな風に思いながら瑞樹も夕食の準備を手伝った。
陽はすっかりと落ち、辺りは夕食で使用している焚火とランタン風の魔道具、それにフレイヤが出している篝火代わりの魔法以外の灯りは誰の目にも全く確認出来なかった。
「パンに野菜のスープとは、何とも豪勢な事だ」
「皮肉しては面白くありませんよ?ダールトン様」
「いや、別段皮肉を言ったつもりは無い。私はこのように野宿をする事自体滅多に無いからな、故に存外まともな食事で驚いただけだ」
「褒めているのか、けなしているのか、いまいち分かりかねます」
「まぁ褒めていると言っても差し支え無いだろう。瑞樹卿が料理を出来るとは思わなんだ」
「そうですか、まぁ素直に受け取らせて頂きます。……一つ伺ってもよろしいですか?」
「何だ?」
「調査隊と銘打っている割には随分と悠長ですね。正直昼夜問わずの強行軍を覚悟していましたけど」
「目的地まで五日もあるのだ、流石に身体が持たんだろう。そう思うとつくづくゼルランダーはよく城に辿り着いたと思う」
「確かに。……それにその傷……」
左手でスプーンを使用している様はどうにもぎこちなく、利き手では無い事が瑞樹でも理解出来たようだ。そんな視線と話しを受けて、ゼルランダーはすっと顔を上げながら遠い目をする。
「私の力では到底辿り着けませんでした。私に伝令を命じて自らを囮としたドリオス卿や、文字通り命の限り走り続けた我が馬のお陰です」
「大変失礼ですけど……正直ドリオス卿の取った行動は私にとって意外でした。あの御方のみならず、貴族の皆さんは我先にと逃げる印象がありましたし」
「さもありなん。平民出身のお主ならばそういった感情を強く抱いていてもなんら不思議ではない。ドリオス卿の色好きは辟易する面もあったが、彼は貴族として決して勝てぬだろう相手の矢面に立った、という訳か」
「……ほんの少しだけ見直しました」
貴族という存在自体快く思っていないどころか、憎んでさえいる節のあった瑞樹。だが初めて知った有事の際の覚悟とある種の矜持に、彼も口にした通り少しだけ改めたようだ。こうして夜も更け、一日目が終わった。
それからさらに四日が過ぎた日の朝。一行は森林を伐採して作られたであろう街道の中で最後の野宿を済ませて出発した。
「ゼルランダー様、もうそろそろ到着する頃ですか?」
「あぁ、その筈だ。だがやはりと言うべきか、様子がおかしい」
「ほう、具体的には?」
ゼルランダーの傍らに座っているダールトンが唐突に興味を示すと、ゼルランダーもこくりと頷き返して再び口を開く。
「平生であればこの時間帯は野鳥の声がうるさい程なのですが、それが全く聞こえてきません」
「ふぅむ、野生動物の生態に関しては全くの門外漢だが、そういう事はあり得るのか?」
「私も正直な所経験則でしか無いのですが、野鳥などの野生動物は何かしらの危険を察知すると何処かへ逃げ出すようです」
「あぁ、それなら私も聞いた事があります。でもそれは自然災害とかだと思っていましたけど」
「ふん。相手は災厄そのものだ。そういう面から見れば古龍の存在自体が災害とも取れる」
「成る程、確かにそうかもしれませんね」
「自然災害ならまだ諦めもつくかもしれんが、それをわざと起こす古龍など迷惑以外の何物でも無いがな」
酷く忌々しそうに鼻を鳴らし、ダールトンが吐き捨てるように言ってからおよそ二時間。ようやく目的地付近まで着いた調査隊一行だが、彼らが目にしたものは想像を絶する物だった。
「何よこれ……何をどうやったらこんな綺麗に森を焼けるのよ」
この五日間頻繁に瑞樹にちょっかいを出してきた男勝りのフレイヤですら、絶句する程の光景。それは偶然そうなったのか定かで無いが、まるで境界が決められたかのように森が綺麗に焼かれていた。
「薪にすらなっていない大木の芯まで黒焦げだ。どう考えても古龍の仕業だろうが……フレイヤ、同じ事が出来るか?」
「そりゃ数日あればやって出来なくは無いだろうけどさ……それでもこの熱量は難しいわね」
ウォルタが腰に付けている剣を鞘ごと外し、近くの真っ黒になった木にぐりぐりと突き立てた。すると焼けた木はボロボロと身を崩しながら突き立てられた剣を想像以上にすんなり受け入れ、遂には貫通してしまう。
「それも驚きですけど……ゼルランダー様、あの奥に見えるのってやはり……」
「……あぁ、町があった筈の場所だ。まさかここまで見る影も無いとは……!」
「感傷に浸るのは後だ、我々がここに来たのはあくまで調査が理由だからな。遠目で良く分からんが翼竜は居ないように見受けられるが、瑞樹卿はどう思う?」
「そう、ですね。シルバも反応はしておりませんし恐らく町の中には居ないかと思います。ただ、調査中に来ないとも限りませんし、悪目立ちしそうな馬車は森の中に隠した方が良いかもしれません」
「うむ、一理ある。ならここに馬車と護衛を一人置いて行くとしよう。ウォルタ、誰を置いて行く?」
「ではあいつを置いて行こう。ダク、ここはお前に任せるぞ」
ウォルタが一向から少し離れた場所に立っていた黒の鎧に身を包む、ダクと呼ぶ者に話しかけるとその者もこくりと一つだけ頷く。
「では行こう。瑞樹卿の言う通り翼竜、それに古龍が出現する可能性もある。各員は間違っても単独行動はしないように努めよ」
町へ近づく前に最後の注意をダールトンが促すと、同行組はこくりと頷きながら各々返事をした。瑞樹も「はい」と小さく返事をしながら、ビリーと互いに頷き合う。