6-17 調査隊出発
「あの……ダールトン様は何故ここに?」
「私が居ては不服か?」
「いえ、滅相もありません」
首と両手を振りながら全力で否定する瑞樹を、ダールトンがじろりと睨み付けながらふぅと小さく溜め息を吐く。
「まぁ良い。私が同行するのも、護衛騎士に六柱を選んだのも全ては国王陛下の命令だ」
「そうだったのですね」
「私はともかくとしても、六柱の半分をこの程度の馬車隊に付けるなど異例だ。それ程国王陛下は事態を重く見ているという事だろう」
「成る程。話しは変わるのですがゼルランダー様は同行しても良かったのですか?……その、色々と」
瑞樹がダールトンからその隣に居るゼルランダーに顔を向けるが、途中で目を伏せてしまう。どうやら瑞樹の中にはもしかしたらゼルランダーはかの地がトラウマになっているかもしれない、そんな心配があったようだ。
だがそんな心配とは裏腹に、ゼルランダーは瑞樹にふっと笑みを零す。
「お気遣いは嬉しく存じますが、心配はご無用です。それに私にも町のその後を確認する義務がありますので」
「それもまた、護衛騎士の矜持ですか」
「いえ、若干違います。強いて言うなればそうですね……そこで生まれ育った者の意地、でしょうか」
ゼルランダーの口元はニヤリと上がっていたが、目は全く笑っておらずむしろ怒りと憎悪が顕著に表れていた。その様子に思わずひっと声を漏らす瑞樹にいち早く気付いたのは、意外にもダールトンだった。
「ゼルランダー、瑞樹卿が怯えているぞ。殺気を放つのはそこまでにせよ」
「おぉ、これは失礼。しかし瑞樹卿はこう何というか、まぁある意味見た目通りかもしれないが随分と弱々しいのですね」
「ふん。弱々しいだけならまだ可愛げがあるが、彼が情緒不安定になると非常に危険だ。留意するように」
「は、はぁ承知致しました」
鼻を鳴らしながら忌々しそうに話すダールトンに、何とも言えない困惑した様子で返事をするゼルランダー。そんな二人のやりとりが何処か気恥ずかしい様子の瑞樹が、ふと隣に座っているビリーへちらりと視線を向けると、顔を逸らして必死に笑いを堪えている姿が映った。
そんな彼を腹正しく思ったのか、瑞樹がふとももをつねってやろうとした丁度その時、窓に映る景色が一気に変わった。
「ここって……?」
「む?瑞樹卿はここに来るのは初めてか?」
「はい、ダールトン様」
「ここは北の宿場町で名はテイワと言う」
「という事はここがドリオス卿の……」
「管轄になる……そういちいち表情を曇らせるな。こっちまで気が滅入る」
その時の瑞樹には昨日の事が過ったらしく、それが思わず顔に出てしまったようだ。ダールトンに指摘された瑞樹ははっとした後、ふるふると首を振ってダールトンに軽く頭を下げる。
「申し訳ありませんでしたダールトン様。ところで一つ伺ってもよろしいですか?」
「あぁ」
「ドリオス卿の事はその、ご家族の皆様はご存知なのですか?」
「当然知っている。昨日のうちに報告が済んでいるし、それに古龍出現の報も各地に触れ回らせているぞ」
「……親の死って子供にとってどうなのでしょうね」
「……私も独身故、何とも言えんがまだ死んだと決めつけるのは早いのではないかね?」
「そう、でしたね」
口ではそう言うもののダールトンも、そして瑞樹も恐らく察しているし諦めている。それでもなおそう思い続けるのは、藁にも縋りたいからだろうか。
町を通り抜けた一行は先程と比べて口数も随分と減っていた。瑞樹も退屈そうにぼんやりと窓を眺めながら欠伸をかみ殺す。そんな時間が数時間程続いた頃には陽も傾き始めており、ふと窓の外を確認したダールトンが停車と野営の準備を御者台の者に命じた。
「瑞樹卿、今日の移動はここまでとする」
「はい、承知致しました」
「今回は事態が事態なだけに少人数だ。故にお主も野営の準備を手伝ってくれ」
「はい」
ダールトンへ頷き返した瑞樹は、ビリーを伴いながら外へと降りた。外は文字通り見渡す限りの平原で、アートゥミの道中のような野営拠点は一つも無かった。若干残念そうにしている瑞樹にシルバが駆け寄って来たので労いの意味も込めて、瑞樹は一通り身体を撫でまわした。
「よしよし、歩くのも疲れるだろうけど頑張ってねシルバ」
「シルバを労うのはそれくらいにして、テント張るのを手伝って頂けませんかねぇ瑞樹様?」
「はいはい、分かってますよっと」
ビリーの刺さるような視線を背中に受けた瑞樹は、やれやれといった様子で立ち上がり彼の元へ駆け寄った。テントは一本の支柱を立ててそこに動物の皮を継ぎ接ぎした布を被せただけの非常に簡素な物だ。
「テントなんてこの世界にもあったんだな」
「まぁな、行商人なら何日も野宿なんてざらだろうし、そういう意味で旅の必需品ともいえる」
「でも俺らって使った事無いよな?」
「そりゃ近くに家があったんだから使う用事なんか無いだろ。それに冒険者連中は面倒くさがってあまり持ちたがらないしな、それに荷物もかさばるし」
「成る程ねぇ……不謹慎かもだけどこういうのって結構わくわくする」
「なんだそりゃ……まぁ俺も分からなくも無いけどさ……ん?誰か来たな」
こそこそと小声で話している瑞樹とビリーの二人に、一人の影が近付いてくる。足音と同時に擦れる金属音で護衛騎士だろうと察した瑞樹が後ろを振り向くと、彼の予想通り赤い鎧に身を包んだ者が歩み寄って来た。
「あぁ六柱騎士様、どうか致しましたか?」
立ち上がった瑞樹はそう問いかけるが、返事どころか反応の一つも示さなかった。鎧のせいで仰々しく見えるが、いざ並び立つと瑞樹とそう大差ない身長で、それも含めてあれ?と不思議そうに瑞樹が首を傾げると、その者は唐突に頭全体を覆う兜を持ち上げた。
「ぷはっ、やっぱり鎧なんて暑いしダサいし着たく無いわね。あんたが瑞樹卿よね?」
「えっあ、はい。そうですけど……?」
「ん?なぁによ、あたしの顔になんかついてる?」
「い、いえ、そうではないのですが」
「じゃあなんだってのよ、ちゃんとはっきり言いなさい」
「あの、その、大変失礼かもしれませんが、女性だった事に驚きました」
兜を脇に抱えるその者は、薄めの褐色肌に赤い瞳、赤みの強い橙色の髪の毛が首元で綺麗に切りそろえられているれっきとした女性だった。その為勝手な勘違いをしていた瑞樹は非常に驚き、面食らっていた。
「む、本当に失礼ね。でもま、仕方無いか。こんな格好だし無理も無いわ」
「は、はぁ……ところで六柱騎士様、御用は何でしょうか?」
「その前に六柱騎士様って止めて。何か一纏めされてるみたいで腹立つの」
「あ、それは申し訳ありませんでした。では何とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「フレイヤ」
「ふれいや?」
「あたしの名前よ。全くもう鈍いんだから、そんなので良くあたしら全員に勝てたわね。という訳で勝負よ、瑞樹卿!」
「えぇ!?話の意味が分かりません!?」
「うっさい!折角最強の名を求めて六柱になったのに、何処の誰かも分からない奴に負けたままなんてあたしは嫌なのよ、さぁ覚悟しなさい!」
「えぇ、そんなぁ!?」
瑞樹は慌てた様子でビリーに助けを求めようと視線を移すが、当の本人は危険を察知したらしくシルバと共に離れて眺めていた。彼らを恨めしそうに睨み付ける瑞樹だったが、そんな事はお構いなしにじりじりと詰め寄るフレイヤ。
涙目になりながらひぃぃと悲鳴を上げる瑞樹と、そんな彼を実に愉悦そうな笑みで眺めているフレイヤ。さながらいじめの現場だが、ここにもう一人ずんずんと地響きが聞こえてきそうな勢いで近付いてくる者が居た。
「止めんか大馬鹿者!」
「げっ!?」
そうフレイヤが漏らしながら振り返ろうとした直前、青色の鎧を着た者が彼女の頭に鉄拳を振り下ろす。ごつん!と良い音が鳴り響き瑞樹も思わず目を瞑り、恐る恐る再び瞼を開くとそこにはうずくまって頭を抑えるフレイヤの姿があった。「おぉぉ……」とさながら獣のような声を上げながら耐えるフレイヤを一瞥した後、青色の鎧の者も徐に兜を取り外す。
「すまなかったな瑞樹卿、こ奴は見ての通り大馬鹿者だ。どうか許してやってくれ」
先程の声色で瑞樹も察していたようだがその者は男性で、大分白髪が混じった青色の短髪に白い肌、青い瞳をしていた。彼は瑞樹に深々と頭を下げているが、どうにも困った様子の瑞樹はしどろもどろになっている。
「え、ちょ、えぇ……?あの、状況がいまいち掴めないのですが……」
「ちょっと何すんのさウォルタ爺!あんただってこいつに負けたまんまじゃ悔しいでしょ!」
「やかましい!お前は黙ってろ!……こんな状況で自己紹介もどうかと思うが俺はウォルタ以後よろしく頼む」
ウォルタと名乗る男性がフレイヤを睨み付けながら再び拳を掲げると、彼女は「うげ!?」と漏らして後ずさる。そのままぐぬぬと口をへの字にさせて瑞樹を遠巻きから睨み付けているが、そんな彼女に特大の溜め息を漏らし、ウォルタは再び瑞樹と向き合う。
「あれは旧年、謁見の間での出来事が非常に悔しかったらしくてな、この隊の同行も国王陛下に直談判してまで付いて来たんだ」
「それはなかなかの執念深さですね。……でもあの時の私は正気では無かったので……言い訳にしか聞こえないでしょうけれど……」
「その件に関しては承知している。……俺も実の所を言えば、最強を歌われた自身がこうまであっさりやられた事は悔しくもあったし、情けなくもあった。だが、今は違う。あえてフレイヤを人選に組み込んだのも、憂いやわだかまりを無くせとの国王陛下の気遣いだろう」
正直な所瑞樹はそう思っていなかったらしく、むしろ国王陛下なら面白おかしく人選していてもおかしくない。そんな風に思っていたようだ。