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異世界に歌声を  作者: くらげ
第六章[災厄と呼ばれし者]
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6-16 惨状

 瑞樹は新年の宴以来ドリオスを嫌っている。その評価は恐らく今後も変わる事が無いだろう。それでも瑞樹にとってはこの世界で初めて味わう知人の訃報に、彼は酷く錯乱する。


「ゼ、ゼルランダー様、冗談ですよね!?」


「金で雇われていただけとはいえ私も護衛騎士の矜持があります。主の命を冗談で申せる筈が無いでしょう……!」


 瑞樹に冗談かと問われた事が非常に不愉快だったらしく、彼に怒りと憎悪が入り混じった視線を送りつけたが、何か様子のおかしい瑞樹を見た途端逆にぞっとしてしまう。


「そんな……だって、いや……嫌だよ」


「お、おい瑞樹卿大丈夫か!?」


「うぅ……あ、あはは……」


 頭を抱えたまま不気味な笑みを浮かべる瑞樹の視線は、焦点が合っておらず身体もぶるぶると震えさせていた。人の死に触れるのは幼少の頃瑞樹にトラウマを植え付けたあの時以来なようで、どうやらその時を想起してしまったらしい。ゼルランダーの声は瑞樹の心に届く事無く、徐々に黒い靄が滲み始めていた。


「瑞樹卿、良いから落ち着け、落ち着きなさい!」


「いや、いやぁ……」


 ぶつぶつとうわ言を呟き続ける瑞樹の身体からは今も黒い靄が滲み出ている。会議に参加している他の者にも動揺が色濃く出始め、六柱騎士達も万が一に備えて国王陛下の護衛に付く。そんな折、はぁと深い溜め息を吐いたダールトンが徐に瑞樹へと近付き、そして──


──スパァン!


「……え……?」


「漸く戻って来たか?瑞樹卿」


 ダールトンが瑞樹を無理矢理立たせたと思えば、彼の右手が瑞樹の頬を振り抜いた。瑞樹の顔は赤く染まり、じんじんと痛みが伴っている。だがそのお陰で瑞樹の錯乱は多少収まったようで、少なくとも耳に言葉が届くようになっていた。


「ゼルランダー、ドリオス卿の死はその目で確認したのか?」


「い、いえ、残念ながら。私は伝令を命じられたので、後の事は存じません」


「聞いての通りだ瑞樹卿。気休めにもならんかもしれんが、もしかしたらまだ生きているかもしれない。今だけはそれで納得しなさい」


「は、はい……みなさん取り乱してしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 瑞樹が深々と頭を下げて謝罪すると、六柱騎士に囲まれた国王陛下がふぅと軽く息を吐き、六柱騎士を離れさせた。


「瑞樹卿が落ち着いた所でゼルランダーに一つ問いたい。何故ドリオス卿はそのような無謀をしたのか?」


「私がドリオス卿の真意を測る事は難しいですが、恐らくドリオス卿は古龍の調査を独自に行なっていた節があります」


「むぅ……なればその調査で古龍の位置を特定していた訳か?」


「恐らくは違います。もしドリオス卿が本気で古龍の寝床に攻め入るつもりだったのであれば、もっと戦力を充実させている筈ですから……偶然という言葉で片付けてしまうのは非常に口い惜しいですが、そうとしか思えません」


「ふぅむ、成る程な、委細承知した。では今日はもう遅い故、ここまでにしておこう。続きは追って連絡する」


 国王陛下の一言で皆一様に会議室から離れた。瑞樹も会釈をして退室しようとしたその時、国王陛下から「少し待て」と制止した。


「どうか致しましたか?」


「いやなに、少し話しがしたくてな。ダールトンは人払いを」


「御意」


 国王陛下の命を受けたダールトンが見張りをするべく退室した後、国王陛下は椅子の背もたれに深く寄りかかりながら大きな溜め息を吐く。


「よもや、既に甚大な被害が出てしまうとはな……初動を見誤ったか」


「いえ、国王陛下のせいではありませんよ。何処に居るか、何をするか、人の遥か上に位置する存在を把握するなどほぼ不可能でしょうし」


「ふっ、お主に慰められると存外心地良いものだ……一つ聞いても良いか?」


「答えられる範囲であれば」


「ドリオス卿が死んでいるかもしれないと聞いた途端のお主は、はっきり言って異常だった。確かお主は彼奴の事を嫌っていた筈だが、何故だ?」


「……あぁそれは、幼少の頃色々とありまして──」


 瑞樹が続きを言葉にしようとすると、国王陛下は「あぁ待て待て」と顔を顰め、手をパタパタとさせながら止める。


「お主をそうさせた過去など恐ろしくて聞きたくも無いわ。まぁ儂が言うのも何だが、お主の過去はもう良い。それよりも一つ頼みたい事がある」


「古龍の討伐ですか?」


「それもある、が、そうでは無い。後日被害に遭った町へ調査隊を送るつもりだ。その際お主にも同行してもらいたいのだが……どうだ?」


「どうだ?……と申されましても、断れば受け入れてくださるのですか?」


「駄目だ、と言いたい所だがお主の場合は儂も要求を呑まざるを得ぬ。ゼルランダーの報告をそのまま受け取れば、恐らくそこはお主にとって地獄絵図だろう。不確定のドリオス卿の死でさえあそこまで錯乱したのだ、下手をすればお主の精神が崩壊しかねないからな」


 それは暗に、住民への甚大な被害を目の当たりにしてしまった時の瑞樹を、心配しているようだった。瑞樹は人の死に同情し、忌避感を抱きやすい事は先程の一件で確証が得られた。だからこそ大勢の人の死に触れた際どうなるか、それは国王陛下そして瑞樹自身も容易に想像出来たようだ。


 瑞樹は逡巡し暫く口を噤んだが、遂には覚悟を決めた様子で国王陛下と向き合う。


「……行きます。確かに現地で何を見て、結果どうなるかは私も怖いです。ですが、それでも行きます」


「分かった。では出立の際は事前に伝える故、今日はさっさと帰って休め」


「承知致しました」


 国王陛下との会話を済ませた瑞樹は早々に屋敷へと戻った。会議の場では余りの衝撃で眠気の事などすっかり忘れていたようだが、屋敷へ戻る頃にはすっかりと眠気が戻っていた。


 外は既に夜が明け始め、山の影がうっすらと確認出来る程になっている。早く部屋に戻ろう、瑞樹は再びモヤモヤし始める頭でそんな事を考えながら馬車から降りると、ギルバートが彼を出迎えた。


「お疲れ様でした瑞樹様」


「あれ、もう起きていたのですか?」


「はい。他の者は再び休ませましたが、私はそのまま起きておりました」


「そうだったのですか。別に私に気を使わなくても良いのですよ?」


「大した事ではありませんので、どうかお気になさらないでください。それよりも瑞樹様もお休みになられますか?」


「そうしたいと思います」


「承知致しました。では他の従者とメウェン様には私の方から伝えておきます。それとよろしければ二階の奥の部屋を使用してください。あそこは適度に暗く、それなりに防音も出来ますので」


「そう、ですね。そうさせて頂きます。お気遣いありがとうございますギルバート」


「いえ、礼には及びません。では参りましょう」


「はい」


 当初仮眠程度に済ませる予定の瑞樹だったが、再び目を覚ましたのは陽が中天にかかった頃。結局瑞樹はそのまま休暇を取る事になった。


 ただ同日の夕方頃に国王陛下から一通の手紙が届く。書かれていた事は調査隊の出発日が明日だという事だった。瑞樹にも大方予想が付いていたようだが、国王陛下の行動の速さに目を丸くさせながら、メウェンへとその旨を報告した。




 翌日の朝、瑞樹は執務室でメウェンと過ごしていた。


「もうそろそろ城から迎えが来る時間か」


「はいメウェン様」


「ふぅむ、しかし瑞樹よ。連れて行く従者はビリーだけで良かったのか?」


「……はい。今回はあくまで調査ですが危険が無いとは言い切れません。ですから本当に最低限の人選にしました」


「そうか、それに関しては私がとやかく言う事では無い。まぁ気を付けて行きなさい……そういえばエレナにはもう挨拶は済んでいるのか?」


「はい、昨日の時点で既に。それに今回もシルバに同行してもらわなければいけませんし」


「あぁ、そういえばあ奴は偵察やら危険予知に適していたのだったな」


 瑞樹がこくりと頷くのとほぼ同じくして、扉をノックする音が鳴り響いた。外から女性の従者が迎えが来たとの報告をすると、瑞樹も「はい、承知しました」と返す。


「では瑞樹よ、再三言うがくれぐれも気を付けなさい」


「はい、無事に帰って来る事をお約束します」


 最後にメウェンともう一度向き合い言葉を交わすと、瑞樹はそのまま踵を返して部屋を出た。


 玄関では既にビリーが待機しており、瑞樹は彼に目配せをして互いに頷き合ってから徐に外へと足を踏み出す。そこで二人の目に映った物は、瑞樹所有の馬車よりも若干小さめの馬車が二台と護衛騎士が三人。しかもその護衛騎士は何と六柱騎士で、瑞樹も思わずギョッとする。


「えぇ!?何故に六柱騎士の皆さんが?」


「それは私から説明するから、さっさと馬車に乗るのだ」


 馬車の窓から顔を覗かせながら言葉を発したのは、これまた瑞樹にとって意外な人物のダールトンだった。疑問は尽きないがともかくと乗車する瑞樹と、荷運搬用の馬車に荷物を載せてから乗車したビリー。すると中には先程のダールトンの他にもう一人、ゼルランダーの姿があった。


「では瑞樹卿、忘れ物は無いな?」


「えっあ、はい。大丈夫です」


「よろしい。では出発だ」


 ダールトンの号令でゆっくりと動き始める馬車。ただ瑞樹の胸中はどうにも穏やかでは無かったらしい。理由は勿論古龍では無く、眼前に居るダールトンが原因なようだ。


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