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異世界に歌声を  作者: くらげ
第六章[災厄と呼ばれし者]
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6-6 豊穣祭

 五月に行なわれる豊穣祭まで十日を切ったある日、瑞樹は執務の合間にメウェンから説明を受けていた。


「あれ、ですが以前居るだけで良いと仰っていませんでしたっけ?」


「まぁな、あの時は出立前だった故そう言っただけだ。それに強ち間違いでも無いしな」


「はぁ、であれば何を説明する事があるのですか?」


「それはだな、この祭りの項目に奉納の儀というものがある。この儀は神々へ豊穣を願う為の供物として、我々来賓貴族が魔力を捧げるのだ」


「へぇ、具体的にはどのようにして行なうのですか?」


「具体的には人間の頭程の水晶に魔力を注ぎ込むだけだ。君は全く問題無いだろうが、この水晶に魔力を満たせるかがある種貴族足り得る為の指針ともなる」


「成る程、ちなみにその魔力は何に使用するのです?来賓がどの程度来るか存じませんけど、結構な量になりますよね」


「その水晶は周辺の村や町に配られ、土壌の安定化や害獣への簡易的な対策に用いられる事になっている。その昔教会の司祭が行なっていたらしいが、司祭とは言え平民の出身も多い故からを揃えるのに苦慮したのだろう。故に貴族にその役目が回って来た、という訳だ。理解出来たかね?」


「えぇ、存外貴族も人々の役に立っているのですね。少しだけ感心しました」


 貴族という存在自体快く思っていない瑞樹だが、この時ばかりはふむふむと感心したように頷いていた。そんな様子の瑞樹に苦笑いを向けながら、メウェンは彼に忠告を促す。


「ただ君には一つ注意せねばならない事がある。それは君が稀に発動させる黒い靄だ。確かあれは魔力を消費し過ぎると出てきてしまうのだろう?万が一観衆の前で発動してしまうと混乱が生じかねないからな、留意するように」


「承知致しました。私も少しは制御出来るようになったので多分大丈夫だと存じます」




 それから日が経ち、豊穣祭の当日を迎えた瑞樹は任命式以来となる衣装に袖を通し、メウェンと共に王都の教会へと向かった。その道中、メウェンは朝から何度も瑞樹のその姿を見ている筈なのだが、再び感嘆の声を漏らしながら口を開く。


「ふぅむ、やはり着飾ると瑞樹とは思えん仕上がりになるな」


「メウェン様、褒めて頂けるのは嬉しいですが……流石にもう十分です。恥ずかしいですよ」


「ふっそう言うな。どちらにせよ教会に着けば嫌でもそういう目で見られるし、ドリオス卿もいるだろうしな」


 言葉通り恥ずかしそうに頬を赤らめる瑞樹に対して、メウェンは僅かに笑みを零した後真剣な眼差しを向けながらそう告げた。すると瑞樹は聖女の欠片も無いような渋い顔をメウェンに向ける。


「うえぇ……途端に億劫になってきました。もっと早く仰ってくださいよ……」


「致し方無いだろう。どうせ先に言えば行きたくないだのと駄々をこねるだろうからな」


「良い加減私も大人なのですから大丈夫ですよ。それに心構えという物が……」


「ふっどうだかな、まぁ留意するとしよう。……さて、着いたようだから降りる準備をしなさい」


「承知致しました」


 教会入り口に着いた瑞樹達は、案内役であろう司祭に連れて行かれ教会脇の待合室のような場所へと通された。中には既に大勢の貴族諸兄らが談笑しながらその時を待っていたが、特に瑞樹は人見知りしがちなのでメウェンと共に隠れるように隅で待機を始める。


「その人見知りも良い加減治したらどうだ?」


「治したくても治せませんよ。私が小心者なのは知っているでしょうに」


「……はぁ、これで良くも人前で歌を披露出来るものだ。私にはそっちの方が理解に苦しむぞ」


「確かに人前で歌うのは緊張しますけど、歌っている間は楽しい方が勝りますからね」


「調子の良い奴だ。まぁ無理はせず私の陰に居ると良い、下手に心を痛められても後が面倒だからな」


「はい、ありがとうございます」


 それでも幾人かに声を掛けられた瑞樹だったが、幸いな事に部屋の最奥に居たドリオスには気付かれず開始時刻となった。


 貴族諸兄らの成す列に混ざりながら、会場である大聖堂に足を踏み入れた瑞樹。初めて入るその場所に厳かな雰囲気を感じつつも、興味が勝っている様子の瑞樹はしきりに周りを見回していた。


 石材と木材で作られた所謂チャペルのような内装で、正面には複雑な紋様のステンドグラスが掲げてある。壁際にも何かの銅像が六体あり、どれも瑞樹の興味をそそらせた。


 そんな貴族らしからぬ行動を取り続けている瑞樹を見かねたのか、メウェンは彼の手の甲をギュッと抓り、じろりと睨み付ける。突然訪れた痛みに危うく悲鳴を上げそうになる瑞樹であったが何とか堪え、佇まいを治して席に着く。


「あの、メウェン様。一つだけよろしいですか?」


「じきに始まるから簡潔にな」


 瑞樹は囁くように傍らのメウェンに話しかけると、彼は軽く溜め息を吐いた後渋々な様子で了承した。


「この壁際にある六体の銅像って何ですか?」


「何だ、知らないのか?」


「ここに初めて訪れたのですから当然でしょう」


「そう言えばそうだな。この六体の銅像は、所謂六柱を模した物だ」


「へぇ、そうなのですね」


「あぁ。……っと大司祭が出て来たな。始まるから静かにしていなさい」


「はい」


 瑞樹達が使用した正面口とはまた別、建物の奥側にある扉から白髪で顔以上もありそうな長い髭が特徴的な大司祭が数人を引き連れて姿を現した。なおその中には瑞樹もお世話になっているレヴァン司祭の姿もあり、瑞樹は意外だというような面持ちで眺めていた。それから程無くして貴族達の正面にある演台に歩み立った大司祭は、徐に口を開き挨拶を始める。


「今年もこうして皆々様と顔を合わせられた事、深く感謝致します。旧年は未曽有の危機に瀕しましたが、神々は我々を見捨てる事は無く救ってくださいました。神々の御業に感謝し、この一年国が豊穣となるよう祈りを込めて、皆々様のお力添えを頂きたい」


 別段瑞樹はこの国の信仰深さをとやかく言うつもりは無いが、この世界に来る直前彼にもたらされた事件は神という存在に多大な影響を与えてしまい、大司祭の言葉に苛立ちを募らせたらしい。


 ただ瑞樹の苛立ちなど誰かに伝わる筈も無く、場内は粛々と進めていた。神々を敬う詩を述べたり舞いを奉納したり、そこまでは然程瑞樹も気にしていない様子だが、事ある度に祈りを捧げなければならないという決まりにはとても辟易していたらしく、最後の方は祈りと呼べない程雑になっていた。


 それでも何とか耐え抜くと、漸く最後の項目である魔力の奉納が始まった。


「瑞樹、彼等を真似るだけで良いから、しっかりと見ておきなさい」


「はい。我々も同じように五人程度の組で動くのですか?」


「そうなるな。大体は座っている椅子事で行動する事になる。魔力を込めるだけだから心配は無いが、万が一混乱したら私を真似るだけで良いから、せめて冷静でいなさい」


「はい。お気遣い感謝致します」


 それから暫くしていよいよ瑞樹達の番となり、司祭に先導されながら前の方へと歩み寄った。無色透明の丸い水晶の前に立った瑞樹は、それを挟んだ対面で立っている司祭に目を向けると、額には玉のような汗が浮かんでいるのが目に映った。流石に何十人もの頭大の水晶を入れ替えるのは疲れるらしい。


 ともかく瑞樹もメウェンと同じように司祭と礼を交わした後、集中しながらゆっくりと目を瞑り水晶に手をかざす。魔力を注ぐ事自体は瑞樹も何度もやっている事なので難なく出来たのだが、その量は今まで経験した事の無いようなもので瑞樹も少し焦ったらしい。だが何とか黒い靄を出す事無く済ませ水晶を見やると淡く輝いているのが分かり、先に終わらせていたメウェンと向き合いながら互いに安堵の表情を見せあった。




 席に戻った瑞樹達が何組か見送った後、再び大司祭が演台の前に姿を現したので瑞樹はごく僅かに眉を顰めながらそれを見つめた。


「皆々様のお陰で今年も素晴らしい魔力を奉納する事が出来ました。これで今年も神々へ我々の祈りが届き、豊かな恵みがもたらされる事でしょう。では最後に神々へ祈りを捧げて終了にしたいと思います」


 彼の言葉に従い、皆一様に両手の指を絡めながら祈り始めたので、渋々瑞樹も従い祈りのポーズだけした。


 祭りが終了した後、瑞樹達は厄介な人物と顔を合わせたくないが為にそそくさと大聖堂を後にして馬車に乗り込む。取り敢えず車内でほっと人心地付く瑞樹だったが、何やら馬車の進む方向がおかしい事に気付いたらしく、不思議そうな面持ちでメウェンに尋ねる。


「あれ、邸宅へ戻るのでは無いのですか?」


「あぁ。折角だからニィガの方に寄ろうと思ってな」


「意外ですね。まさかメウェン様の口からそのような言葉が出るとは思いませんでした」


「馬鹿者、私だってたまに視察位するさ。それに豊穣祭はもう一つ違う顔があるからな」


「違う顔?それは何ですか?」


「多分行けば君にも分かる筈だ」


 何度か聞いても行けば分かるの一点ばりのメウェンに対して、瑞樹は少し顔をむっとさせるが仕方無く彼の言う通りにしてニィガへの到着を待つ。


 町に近付くにつれ何か騒がしいような声が瑞樹の耳にも届く。不思議に思った瑞樹が窓から外を覗き込むと、町の住民らしき人達が楽しそうに騒いでいるのが見えた。その中には随分着飾った子供が多く見受けられ、瑞樹は再び視線をメウェンに向けて尋ねてみる。


「今日はやけにおめかしした子供が多いですね」


「そうだろう。それが豊穣祭のもう一つの顔だからな」


「う~ん、その関連性がいまいち掴めないのですけど?」


「豊穣祭とは文字通りその年の豊穣を祈念するのと同時に、子供の成人を祝うものでもある。子が大人になりまた子を生す、さながら穂が実を付ける事になぞらえた結果らしい」


「へぇ。……そもそもこの世界の成人って幾つからでしたっけ?」


「む?あぁ君に言ったか定かで無いが、この世界では十五を境にしている。故に親元を離れるかは別にしてその年を迎えた者は子供扱いされなくなり、大人同様に扱われる事となるのだ。……まぁ子供がそのまま大きくなったような者も稀にいるが、な」


 悪戯っぽく笑うメウェンの瞳にはしっかりと瑞樹が映っていた。流石に直球の皮肉に気付かない程瑞樹も鈍くはないようで、顔をぶすっとさせながらじっとりとした視線を送りつけると、彼は実に愉悦そうな笑みを浮かべる。


「……私はそんなに子供ではありません」


「はっはっは、誰も君の事を言った覚えは無いぞ?そのような反応をするという事は、君もそう思っているのでは無いかね?」


「全くもう……私は言い争いで勝てる程頭も心も強く無いのですから、そこまでにして頂けませんか?」


「くくっ、いやすまん」


 口ではそう言うものの、メウェンの顔は必死に笑いを堪える為に手で覆い隠されていた。そんな様子に僅かに苛立つ瑞樹だったが、ふと何かが頭を過ったらしくふぅと軽く息を吐いた後メウェンに尋ねる。


「そういえば十五という事はトリエも今年成人を迎えるのですか?」


「いや、トリエは丁度前の年に迎えたばかりだ」


「あぁそうだったんですね。ではささやかなお祝いを考えておきますか」


「好きにすると良い。では屋敷に戻ろうか」


「はい」


 町を通り過ぎてから再び馬車を反転させ、瑞樹は楽しそうにはしゃぐ子供達を目を細めながら眺めた。まだ不敬という言葉も、その意味も理解出来ないであろう小さな子供が時折手を振って来るので、瑞樹もそちらへ顔を向けながらにこやかに手を振り返した。


 その親御達は目を白黒とさせていたが、そんな事お構いなしに笑顔を振りまく瑞樹。その胸中は彼の身内の誰かが想起されていたのかもしれない。

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