6-2 続・災厄を呼ぶ者
ローゼの言葉に他意は無く、むしろ自身も本気でそうは思っていないようだった。彼女の傍らに居るアーノルドも何を言っているんだというような目で見つめていたが、瑞樹だけは違う。思わず「それだ! 」と叫び客車の天井から飛び降り、戦闘中の二人に向かって天啓の魔法を送りつける。瑞樹の頭に浮かんだ策を行なう為には、どうしても戦いの歌無しで凌いでもらわなければならなかったのである。
「ちょっと瑞樹様、飛び降りたら危ないですよ! 」
「ごめんなさいアーノルド、それどころではありませんので後にしてください! 」
アーノルドの制止を振り払った瑞樹は一目散に従者の居る客車へと向かう。
「この中に光属性が得意な者は居ませんか!? 」
突然瑞樹が姿を現したかと思えば、いまいち要領の得ない発言に皆は少しだけ困惑したが、三人が手を挙げた。
「一応私と──」
「それにあたし、後ギルバートさんが光属性ですね」
「何か良い策でもありますか? 」
アンジェとアンリエッタ、それにギルバートが各々顔を合わせながら名乗りを上げる。
「えぇ、説明は後でしますので降りてもらって良いですか? 」
三人は疑問に思いながらもすぐさま指示通りに馬車から降り、アーノルドとローゼを交えて作戦の説明を始める。
「作戦内容は至って単純です。数日前の邪神討伐戦でリンディ様が使用した閃光の魔法、あれを貴方がたに使って欲しいのです」
「ちょっと待って瑞樹様ぁ。あの魔法って眩しいだけの筈だから攻撃には向かないわよぉ!? 」
「勿論承知しています。それで倒すつもりは毛頭ありません、奴が太陽を背にして襲い掛かって来るのなら、それを逆手に取ります」
「もしかして……さっきの冗談を真に受けちゃったのぉ!? 確かに閃光魔法なら少しくらいは不意を突けるかもしれないけど、事態は好転するとは思えないわぁ」
「いや……ローゼ殿、瑞樹様の考えている事は多分そうじゃない。もしかしたら奴の尋常では無い降下速度を利用して、地面に叩きつけようとしているのでは無いですか? 」
「アーノルド殿良く分かりましたね、仰る通りです」
「本当にそう上手くいくかしらぁ……」
「ローゼ様の御心配は尤もですが、我々は瑞樹様の指示に従うのみです」
「もう……アンジェは固過ぎるわぁ。下手を打てばどうなるか分からないのよぉ? 」
「それでも、あたし達は瑞樹様に付き従う身ですから、ねぇギルバートさん? 」
「ふっ、アンリエッタにしては珍しくまともな事を口走ったものです」
「えぇ!? 何か辛辣過ぎません? 」
緊迫した状況とは思えない程マイペースなやり取りをしている彼らに、ローゼは遂に観念したらしく深い溜め息を吐きながら肩を竦める。
「分かったわぁ、これ以上口を挟むのは止めにしましょう。それで具体的にはどうするのぉ? 」
「一応奴の目を盗む為に、脇の木々へ潜みながらイレイナ達に近付きます。そして私の合図で閃光魔法を放つ。その後は結果次第、としか言えませんが」
「承知致しました、ではそこまでの護衛は僕が努めます。最悪森を燃やして煙に巻きながら逃げましょう」
「そうしましょう。ではローゼ殿は車列の護衛をお願いします」
「分かったわぁ」
「では、作戦開始します……! 」
瑞樹の発言を受けた従者達とアーノルドは速やかに行動を始め、戦闘中の彼らを視認出来る距離まで移動する。その間にも瑞樹は天啓で何とか二人に作戦内容を説明してはいるが、一方通行なうえごく短い文章でしか送れない事に非常にやきもきしていたようだ。
それから暫くして、戦闘中の二人を間近に捉えられる程の距離まで接近した瑞樹達。ただ戦いの歌無しではかなり厳しかったらしく、立っているのがやっとのようだ。
瑞樹はそんな様子の二人を痛ましく、そして翼竜を忌々しそうに思いながら歯ぎしりをして、上空で優雅に旋回しているそれをじっと睨み付ける。二人の状況を見ても恐らく次が最初で最後のチャンス、詠唱を済ませている従者達の視線を一身に受けながら機会を待っていると、遂にその時が訪れる。
恐らく翼竜も飽きたのだろう。その時だけは先程と違ってかなり急な角度で降下を始める。凄まじい速度で迫ってくるなか瑞樹はゆっくりと手を挙げ、そして──
「──今だ! 」
瑞樹の大声と手の合図により一斉に放たれた閃光魔法は、周囲一帯を一瞬白く染め上げた。それとほぼ時を同じくして鳴り響く轟音と振動。辺りにむせ返る程立ち込める砂埃を手で払い除け、それが収まるのをじっと待っていると、少しずつ収まっていく砂埃の隙間から漸くそれが見え隠れし始めた。
次第に薄くなっていく砂埃から姿を現す翼竜は、立派な顎はぐしゃぐしゃにひしゃげ、薄気味悪さを覚えるような鮮血が周囲にまき散らされていた。ぴくぴくと痙攣を繰り返すばかりの翼竜に、先程の合図で脇に飛び避けたゴウセルがゆっくりと近付き、腰の剣で突いてみるが何の反応も返って来る事は無かった。
「……死んでるんだよなこれ」
「ゴウセル殿、一応首を刎ねてください。相手は狡猾な魔物ですから、何が起こるか分かりません」
「おっ、おう。分かったよ」
ゴウセルは剣を勢い良く振りかぶり、翼竜の首元を両断した。先程よりも濃くなる血の匂いに瑞樹は少し気分が悪くなったようだが、些末事と言わんばかりに癒しの歌を歌い始める。
イレイナとゴウセルの出血は瑞樹の予想よりも遥かに激しく、至る所に負った擦り傷や切り傷から滲ませていたが、瑞樹の癒しの歌で外傷はみるみるうちに治療されていく。
「おぉ、こりゃ凄いな。痛みも殆ど無くなっちまった」
「無理はしないでくださいゴウセル殿、それにイレイナ殿も。申し訳ありませんが、私の魔法は外傷を治す事は出来ますが流れ出た血を戻す事は出来ませんので」
「いえ、瑞樹卿が謝らないでください。傷を塞いで頂いただけでも有り難い事です。……それにしても随分と無茶な作戦を立てましたね、最早賭けでしかありませんでしたよ」
「そうですね、今思えば私もかなり部の悪い賭けだったと思いますが……その賭けに勝ちました。全て皆さんのお陰です、本当にありがとうございました」
瑞樹はイレイナやゴウセル、かなりの量の魔力を消費したらしくその場にへたり込んでいるアンジェ達を見ながら深々と頭を下げた。
「へっ、そんなに畏まんなよ。それよりも早くここを離れようぜ、こいつが一匹だけとは限らなねぇからな」
「げっ、それ本当ですかゴウセル様!? 」
ゴウセルの言葉に心底驚いたらしく、アンリエッタは伏せていた顔を勢いよく上げ、目を丸くしながら問いただすと、彼は顎に手を当てながら口を開く。
「さぁな、俺に聞かれても分からねぇよ。それに翼竜がなんて呼ばれているか、お前らも知っているだろ」
ゴウセルがそう言うと皆一様に顔を顰めるがただ一人、瑞樹だけは何の事だか分からず、しきりに周りの者へ視線を向けていた。
「えっ、あの私には良く分からないで説明して頂けると有り難いのですが……」
「ん? 何だ知らないのか姫、そんな事を教えてくれないなんて一体何処で育ったんだ? 」
「いやまぁ、私の故郷はとても遠い所にあるので……」
瑞樹が酷くばつの悪そうに目を逸らし、彼の実情を知っている従者達も聞いてくれるなと言うような空気を漂わせていた。そんな空気を何処となく察したのか、ゴウセルもそれ以上追及はせず、さらに続ける。
「まぁそれは置いといて、だ。姫、翼竜は別名災厄を呼ぶ者として大昔から恐れられているんだ」
「災厄を呼ぶ者……? 随分と仰々しい別名ですね」
「まぁ本当に恐れられているのはこいつじゃねぇがな」
「それはどういう意味ですか? 」
「そこら辺は後で誰かにでも聞きな。取り敢えず今は移動と周辺に触れ回るのを優先した方が良い」
「良く分かりませんが……ゴウセル殿がそう言うのであればそうしましょう。この死体はどうします? 」
「あぁ、さっきも言ったかもしれねぇがこいつは目撃例自体少ないからな。物好きには高く売れるだろうし、出来れば持って帰った方が得っちゃ得だ」
「そういえば初めて翼竜と出くわした時、そのような事を言っていましたね。そもそもゴウセル殿は一体何処でこれを見たのですか? 」
「何だイレイナ、気になるのか? 」
「えぇ、まぁ」
「まぁ道すがら話してやるから、取り敢えず馬車に戻ろうぜ」
そう言いながらゴウセルは馬車の方へと踵を返しながら、イレイナの質問に答え始める。
「俺が初めてあいつを見たのは何十年前ってのはさっき言ったな。で、どこで見たのかって言うと、王都から北にあるドリオス侯爵の領地で偶然死骸を見つけたらしくてな。それをたまたま見かけただけだ」
「という事は我々と同じように討伐した訳では無いのですか? 」
「多分な」
「ちなみにその時見かけた翼竜と今回の翼竜って大きさも同じだったのですか? 間近で見た時とても大きく感じましたけど」
イレイナとゴウセルの間に割って入った瑞樹は、少し興奮気味に手を広げながら彼に問いかける。瑞樹の言う通り、片方の翼膜だけでも高身長のゴウセルよりも遥かに大きく、それが対になっていればその巨大さに誰しもが驚くだろう。
「う~ん、俺もガキの頃にちらっと見ただけだからな。あんまり良く覚えてねぇが……とにかくでかくて驚いたのは記憶に残ってるぜ」
「成る程、あのような化け物そうそうお目にかかりたく無いですね」
「全くだ。それに戦うのも勘弁願いたいぜ」
ゴウセルが愚痴を漏らしているのと、ほぼ時を同じくして馬車へと戻った瑞樹達。すぐさま先へ進むかシフマへ戻るか話し合いをした。その結果周辺地域への情報共有を最優先にすべき、という意見が多数挙がった為シフマに戻る事になった。
イレイナの風魔法で馬車を反転させ、道中にある翼竜の死骸を二号車で引きずるような形で固定し、移動を再開する頃には既に太陽は木々に隠れていた。辺りも薄暗くなり始めていたが、漸く人心地付いた瑞樹は翼竜に関する事をエレナに尋ねてみる事にした。