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異世界に歌声を  作者: くらげ
第五章[小さな火種]
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5-17 海の恵み

 翌日。瑞樹は平生よりもかなり早起きしてアンジェと共に町の方へ向かっていた。本当は一人で行こうと画策していたようだが運悪くアンジェに見つかってしまい、しこたまお説教をされた後二人で行く事になったのである。


「そもそも何故、このような時間にわざわざ出向く必要があるのです?」


「良いじゃないですか。折角ですし漁の成果を間近で見たいのです」


「全く……見聞を広める事自体は良い事と存じますがぜめて事前に申してください。忽然と姿が見えなくなったらそれこそ大騒ぎですよ? 」


「はい……ごめんなさい。以後気を付けます」


「その為に従者が居るのですから、もう少し頼って頂きたく存じます」


「はい、ありがとうアンジェ」


「当然の事を申し上げているだけです。それよりも港の方に灯りが見えますね」


「多分丁度帰って来た所なのでしょう。あそこまで行ってみましょう」


「かしこまりました」


 二人は少し歩く速さを上げながらその場所まで近付いていく。徐々に近付くにつれ、何処からともなく活気のある声が響いてくると、瑞樹も心なしか身体が火照るような感じがした。


 かがり火をそこかしこに点灯させた港は、これまでの鬱憤を晴らすかのように賑わっており、さながらお祭り状態になっていた。元の世界であればむしろ面倒くさがって自分で足を運ぶ事も無かったであろうが、この世界ならば話は別と言わんばかりに瑞樹は目を輝かせた。


 ともすればむせ返りそうになる程の濃厚な魚介類の香り、瑞樹はそれを噛みしめるように胸一杯に嗅いでいると、一人の男が瑞樹達に気付き近づいて来る。


「おぉ瑞樹様お早うございます。やけに早い時間に来たんですね」


「お早うございますトーマス。折角の機会ですから見学したいと思いまして、よろしいですか? 」


「あぁ勿論です。面白いもんか分からんけど、心行くまで見ていってください。何ならじきに一隻帰って来るから近くで見ますかい? 」


「はい、そうさせて頂きます。そういう訳でアンジェ、ちょっと行ってきますね」


「私も同行致します、危なくて一人にはさせられません」


 従者というより最早保護者と言っても差し支え無いようなアンジェと共に、瑞樹は港の方に歩み寄って行くと、トーマスの言った通り漁を終えた船が丁度良く戻って来た。船上の網には様々な形や色の魚が満載になっており、瑞樹も思わず身を乗り出しながら覗き込んでいる。


「うわ、大漁ですね。トーマス、この辺りはこんなに一杯獲れるのですか? 」


「あぁ。勿論獲り過ぎも良くないから適度に海を休ませる必要はあるが、むしろこれでも少ないくらいだ。まだ町に帰って来ていない漁師も居るからな、全盛期ならもっと大漁だ」


 トーマスが口元をにやりとさせながら説明するのを聞きながら、瑞樹は陸に上げられる魚達を繁繁と見ていた。するとトーマスはその中で何かを見つけたらしく、先程の笑みはなりを潜め一転して酷く忌々しそうな表情を見せつけながら、その何を二匹手に取った。


「トーマス、それは? 」


「俺達は邪神の眷属って呼んでいる奴だ。あれと比べて随分小さいし触手も少ないが、何となく似ているだろ? 」


「確かに見た目は似ていますね。片方は真っ黒でもう片方は真っ白ですけど。……食べられないのですか? 」


「ちょ、ちょっと待ってください瑞樹様。あのようなおぞましい生物を食べるおつもりですか!? 私は断固反対です、それに毒があるかもしれませんよ」


「その従者の言う通りだ、悪い事は言わないから止めといた方が良い。俺らもこいつを食った事は無いが、食う気にはなれねぇな」


 二人が口を揃えて反対する生物の見た目は、まさしくタコとイカのそれと一緒だった。ただ瑞樹の知る常識とは違いタコもどきは全身真っ白、大してイカもどきは真っ黒と何ともちぐはぐな見た目をしている。


 自身の常識と現実の差異に瑞樹は若干困惑しながらも、頭の中はどうやって食べるか、その一点に集約されている。だが二人が危惧するように毒を持っている可能性も大いにある訳で、瑞樹はどうしたものかと少し思案に耽っていると、何か思いついたように手をポンと合わせる。


『毒がある部位は赤く染まる』


 珍しく食欲を優先させた瑞樹は、逡巡する事無く言霊を使用した。すると少し立ち眩みのように頭をくらくらとさせる瑞樹であったが、それ以外は至って普通で二匹の何処を見ても変色する部分は確認されなかった。


「瑞樹様、何か魔法でも使ったのか? 」


「はい、折角ですから食べてみたいと思いまして、毒見の魔法を使ってみました。毒がある部位は赤く染まっている筈です」


「へぇぇ、聖女様ってのは何でも出来るんだな。どれどれ……見た目は変わっていないようだが、この手の奴は内臓に毒を溜め込んだりするから油断は出来ないぞ? 」


「もし体内に毒を溜める器官があるのならそこは変色している筈です。今捌いたり出来ますか? 」


「あぁちょっと待ってくれ、ナイフを取って来る」


 トーマスは近くに居た漁師からナイフを受取り、手際良く捌いていくが二匹とも体内に変色した部分は確認されなかった。


「内臓も大丈夫みたいだから食えるとは思うが……本当に食うのか? 」


「瑞樹様、何とか考え直して頂けませんか? 」


「毒が無いのが分かったのですから、死ぬことはありません。安心してくださいアンジェ。それよりも後でリコとクラエスを呼んでもらって良いですか? 」


 瑞樹の魔法を信じていない訳では無いのだろうが、如何せん毒という目に見えない物が相手では判断に困るらしく、二人は酷く心配そうに瑞樹へ苦言を呈する。だが自信満々そうに答える瑞樹に成す術も無く負けたアンジェは、とても大きな溜め息を吐きながらリコとクラエスを呼ぶ為にその場を後にした。


 その後瑞樹はトーマスと共に彼の酒場へと向かい暫し待っていると、アンジェが二人を連れて戻って来た。


「お早うございます瑞樹様、お待たせ致しました」


「あぁクラエス、それにリコもお早うございます。わざわざここまで来てもらったのは他でもありません、調理をお願いしたい食材があるのです」


「へぇそうなんですか? そりゃ珍しい食材なんでしょうねぇ」


「リコ、驚き過ぎて腰を抜かないようにしなさい」


「あれ、アンジェはもうその食材を見たのか? 」


「えぇ、貴方達を呼びに行く前にね。ですが正直な所を言えば……あれを食材とは認めたくないですが」


「マジ? あのアンジェにそこまで言われると少し怖くなってくるな」


「まぁ瑞樹様にお考えがあっての事でしょうから、私はとやかく言うのを止めました。ところでトリエ、例の食材は一体何処へ? 」


「ちょっと待ってくださいアンジェさん。瑞樹様のご指示通りに下処理を行なっていたので、今持ってきますね」


 トリエはそう言いながらパタパタと駆け出し、厨房の方にあるタコもどきとイカもどきを携えて帰って来た。それを見たリコ達の反応は瑞樹の概ね予想通りで、リコは顔を顰めながら「うげっ」と唸り、クラエスに至っては小さく悲鳴を上げて涙目になっている。


「いやぁアンジェの言った通りこりゃ驚いた。食えるのか? これ」


「私に聞かれても困ります、瑞樹様が問題無いと断じたのですから」


「私こんなの初めて見ました……ですが食材を前に尻込みしていられませんね。瑞樹様、ご指示をお願い致します」


「分かりました、早速厨房へ向かいましょう。トリエ、これらの下処理は済んでいますか? 」


「はい。その白いのは塩で揉みながら叩いてぬめり取りをしましたし、黒いのも熱湯にさっと浸しました」


「ありがとうございます」


 瑞樹達が厨房へ向かうと中にはトーマスとベルが待っていた。リコ達の手伝いをしたいと願い出た二人を瑞樹は快諾し、調理を始めた。


「じゃあ早速説明を始めますが、正直な所複雑な工程はありません。オリーブオイルの中で適当に切った先程の食材を煮るだけです」


「あら、それだけですか? では私達の手伝いは要らなかったかもしれませんね」


「いえ、ベル達のお気遣いには感謝しておりますから気にしないでください。本当はニンニクとか鷹の爪……じゃなくて何か辛みのある物があればより美味しくなると思いますけどね」


「ニンニクなら確かアートゥミで仕入れた食材の中にあった筈です」


「なら俺が取って来るぜ」


「えぇお願いリコ」


 そう言ってリコがお使いに出かけた後、思案に耽っていたトーマスがふと何かを思い出したように、小さな袋からそれを取り出す。


「そういえば、もしかしたらこれが使えるかもしれないな」


「これは……へぇ、これもここにあるのですね」


 トーマスが手に取った赤くて細長いそれは、まさしく瑞樹の記憶にある鷹の爪、唐辛子だった。


「この町は小さいって言ってもたまに海の向こうから行商人が珍しい物を持って来てくれるんだ。これもその一つでな、これを穀物と一緒に入れとくと長持ちするとか何とか。まぁ今はその肝心の穀物が無いから役に立たねぇけどな」


「でも使って良いのですか? 貴重な物だと思うのですけど」


「そんな事瑞樹様は気にしないでくれ。それにより美味しい物を作った方が良いだろ? 」


「確かに。では有り難く使わせて頂きます。……そもそも何故これが辛い事を知っているのですか? このような如何にも危険そうな見た目、良く口に入れる気になりましたね」


「いや、そりゃまあ行商人が食っても平気って言ってたからな。それで一口齧ったらもう辛いの何のって」


 ガハハと豪快に笑うトーマスだが、その家族は頭を抱えながら溜め息を吐いていた。何処か思う所があるのだろう、瑞樹も苦笑で返した後丁度良いタイミングでリコが帰って来たので調理が再開される。

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