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プロローグ プリーズ・プリーズ・ミー


「好きです。付き合ってください」


 寿ことぶき虎竜こたつのその言葉に、目の前にいる艶やかな長い黒髪をした美少女は、驚いた様にゆっくりと瞬きをした。


 オレは、何を言ってるんだ?頭の中では、疑問が回っている。

 こんなはずじゃない。こんなことを言うはずじゃない。と言うか、そもそもなんだこの状況は?

 

 真夏の駅のホームの床の上に這いつくばり、有り触れたセーラーの夏服を着こなす彼女の姿を見上げながら、虎竜こたつは、頭の中で高速で何度も同じ言葉を反響させて、自分で自分の正気を疑うが、それでも口は勝手に動いていく。


「一目惚れです!今、好きになりました!ずっと一緒に居てください!あなたの傍にいさせてください!お願いします!」


 告白と言うよりも、懇願の言葉を並べる自分の声に、聴いていて情けなくなってくる。


 と言うか、本当にどうしてこうなった。いつも通りの満員電車に乗って、いつも通りの通学をして、いつも通りの学校生活を送るはずじゃなかったのか?こんなことして、何になるって言うんだ?何で自分の口なのに、勝手に動くんだ。黙ってくれ!つーか黙れよ!このまま黙って、とっとと駅の外に逃げ出して、何もかも忘れてしまえばいい!そうだ!そうしよう!そうするから動けよ足イイイイイイイイイイイイイイい!


 胸中では、雄たけびを上げて頭を地面に打ち付けて、身もだえしえながらこの場を立ち去っている所なのだが、現実の体はそんな虎竜の思いを無視して、彼女から視線が逸らせないでいる。


「なななななな!何を言っているのアナタは!アナタ如きがお姉様に告白するだなんて、身の程知らずにもほどがありますわ!それ以前に、男の分際でお姉さまに近寄ること自体が、既に万死に値する罪なのよ!!!顔を洗って五回転生してから地獄に落ちなさい!!!」


 そんな虎竜に怒鳴りつけきたのは、彼女では無く、彼女の後輩らしき茶髪の少女だ。

 言葉遣いや身に着けている物から、何処かの良家のお嬢様なのだろうかとは思うが、まりに唐突なことで怒りに我を失っているのだろう。無茶苦茶な事を言って、虎竜の事を責めたててくるが、心情的には後輩の意見に大賛成である。

 いや、もう。本当にその通り。穴があったら入りたい。いやもう、いっその事、誰か殺してください。


「落ち着け、風見。君がそこまで怒り狂う事じゃないだろ?君も、余りこう言うのは感心しないよ?通学中にいきなりナンパだなんて。確かに、リンネは素敵な女の子だから声を掛けたくなる気持ちはわかるけど、時間くらいは考えたまえよ」


 そんな虎竜と後輩女子との間に立ち入ったのは、ショートカットにした髪とハスキーな声が良く似合うボーイッシュな少女で、制服が女子の物でなければほぼほぼ男子と間違えていただろう。

 こちらの事は慮っている口調と声音をしながらも、冷静に論理的な非難を浴びせて来るボーイ主な少女の言葉に、羞恥心に身もだえる感情とは別に、自然と納得できる罪悪感が湧いてきて、漸く非常識なこちらの態度に頭が回り、彼女にくぎ付けになっていた視線が解けて、床の上から立ち上がる。

 言われて初めて、自分がどれだけ迷惑なことをしたのか、冷静に考えることができるようになり、自分自身でもわかるほど、顔が真っ赤になって目の前に立つ黒髪の彼女に頭を下げた。


「ス、すみません!つい、有名人を目の前にしちゃって、舞い上がっちゃって、自分でも何を言ったのか、正直わかんないんですけど、今のは全部――――」


「貴方の名前何て言うの?」


 すると、虎竜が皆まで言わずに、目の前の彼女は虎竜の言葉を遮ると、虎竜の思わぬ言葉を彼女はかけて来た。


「え……?あ、その!こ、コタツです!寿ことぶき、寿・虎竜こたつ!虎の後に竜と書いて、コタツって読みます!」


「そう、コタツ……。ふふ、可愛くて、面白い名前ね。貴男の御両親って、センスあるのね?」


 一瞬、何を言われたのか分からず、動揺してどもりながらも答えた自分の名前を聞いて、彼女は、蝶の羽ばたきの様にふわりと笑うと、虎竜の名前をそう評した。


 実際には、ダジャレの様な読み方の所為で、小さい頃から夏生まれの暖房器具とか呼ばれて、事あるごとにバカにされて来た名前だったが、この時ばかりはこんな名前を付けて逝去していった祖父に感謝した。

 当たり障りない人生を送る事だけが、取り柄の自分の人生に初めて訪れた幸運に、虎竜は衝撃と驚愕を感じながらも、心の中で歓喜しながら諸手を上げると、これ以上を迷惑をかけないように、頭を下げて退散しようとした。


 だが、虎竜の人生最大の歓喜はその直後に訪れた。






「いいわよ。付き合っても。これからヨロシクね。コタツさん」




 

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………へ?」


 余りに予想外すぎるその言葉に、思考は丸々一分間も止まるのを感じて、最後にようやくその一言だけを捻り出した。


「お姉さま!何を言ってるのですか!正気ですか!悪夢ですか!まさか、こいつが何か精神攻撃でも仕掛けたんじゃ!」


「リンネ!本当にいいのか?」


 余りにも予想外すぎる出来事に錯乱して、虎竜へ攻撃を仕掛けようとしている茶髪の後輩を羽交い絞めにしながら、後輩の少女を押さえるボーイッシュな少女の方は、突然の告白をOKした彼女に驚愕の表情を浮かべて質問した。

 普段の彼女ならば、こういう手合いの男は一番嫌いなはず。現に、朝っぱらから彼女が引き起こした『騒動』は、彼女をナンパしようとした不良少年スキルデブリたちが原因で引き起こした筈だ。


「いいじゃない。風見、カノン。昔ね、私のお母さんが言ってたの。ビビっ!てきたら、それが恋だって。彼には何だか、ビビっ!て来たのよ。それに、コタツって名前が可愛いしね。彼氏にしても、いいかなって」


 けれども、黒髪の彼女は、まるでそんなこと等覚えてないばかりに平然とした態度でボーイッシュな少女の質問に答えると、まるで名画の様な微笑みを浮かべて虎竜を見た。


 虎竜は、祖父に人生最大の感謝をした。まさか、こんな変な名前をしていると言うだけで、こんな美少女が自分の告白をOKしてくれるだなど、本当に夢ではなかろうか?いや、そうでは無くて、ドッキリではないだろうか?

 その傍らでは、恋……恋……、お姉さまが、恋……。こんな男に、恋………。と、まるでうわごとの様に呟く後輩と、面白そうな笑みを浮かべて少女を眺めるショートカットの少女の二人組。

 そして、それを取り巻くやじ馬たち。

 そんな朝の駅には多少刺激的な状況の中、黒髪の彼女は魅力的な笑みを浮かべて虎竜の前に一歩だけ進み出た。


「ただし、条件が三つあるわ」


「ハイ!なんでも言ってください!」


 肝腎の条件の内容も聞かずに、虎竜は即答で頷いた。


 すると彼女は、悪戯を楽しむ子供の様にウィンクをしながら、虎竜の目の前に右手の人差し指を一本立てた。

 

「一つ目、ダサい男は嫌いなの。私と付き合うのなら、イケメンでなくてもいいから、センスは磨いて」

「ハイ!センスのいい男になります!」


 虎竜が即答すると、彼女は続けて右手の中指を立てた。

 

「二つ目、浮気性な男って嫌いなの。私と付き合うのなら、何が――――」

「絶対に浮気はしません!アナタ以外、好きになりません!」


 彼女が最後まで言う前に、虎竜は即答しながら彼女の前に進み出た。

 それを見た彼女は、くすくすと声を立て笑いながら礼を言うと、薬指を立てて、虎竜にとって最大級の難問をぶち込んできた。


「ありがとう。じゃあ、三つ目、私より弱い男って嫌いなの。私と付き合うのなら、絶対に私より強くなって」


 目の前の彼女の名前は、朝比奈あさひな輪廻りんね


 十三人しか存在しない超能力者『レベル・セブン』第一位。

 一〇八人しか存在しない霊能力者『カテゴリ・ファイブ』第一位。

 七人しか存在しない魔術師『クラス・テン』第一位。

『科学特区』の異能者テスト三年連続第一位。


『科学特区』史上最強の女子、『絶対女王ラストセオリー』の名を持つ少女。


 その力のすさまじさは、今まさに周辺に転がる十数人のテロリストどもが、全身の骨を砕かれて半殺しにされている光景が物語っていた。


 虎竜の脳裏には、一瞬、十数分前の彼女の、銀幕の中のアクションスターの様な動きと、その力が再生され、同時に、彼女を超えるのは無理だろ。と、冷静に答える自分がいた。

 


 しかし、



「分かりました!強くなります!今すぐには無理だけれど、絶対に貴女よりも強くなって、貴女を守ります!」


 そんな声など無視して、虎竜は即答した。


「そう、ありがとう。頑張って、応援してる」


 虎竜の力強い返答に、輪廻は、女神の様な神々しさで、女王の様な気高さで、普通の少女のように、そう微笑んだ。

 その瞬間、虎竜は悟った。


 ――――――――ああこのひとには、一生勝てない。


 


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