釣りガール、戦う
敵は大物である。前回の敗北を思い出せば必然的に、シーサーペントとの戦いの敗北をも思い出してしまう。
もう負けてたまるか。
釣り人は常に人間の科学力により弱い魚を蹂躙している、なんて、そんなことはない。出来たら釣り人なんかいなくなる。
まず魚がいないと釣りはできないし、餌に食らいつかせないと釣れない。しかし魚は釣りを知っている。
彼らは私たちが釣ろうとしているのを知っているのだ。そう簡単には餌を食らわせられない。
だからこそヒットの瞬間の喜びはとても大きい。
そして、勝負はここからだ。
未だに正体の知れない、岩喰いを食らう魚。
奴は右に左にと泳ぎ、暴れに暴れる。
「なに、おっきいの?!」
「これは……ご馳走の予感!」
「釣れたーっ!」
あ、どさくさに紛れてケイ君が釣ったらしい。良かったね。
ギリギリとしなる竿。ぐいぐいと深みに潜っていく魚。久し振りの良い釣りだ。
引きを楽しんでいると、ふ、と引きが緩くなる。
バラした(逃がすこと)か?
いや、魚が上を向いただけだ。来るっ!
バシャン、と海水面を割り、空を躍り上がる三メートル超えの大魚。
波が岩礁を洗うように押し寄せてくる!
「エラ洗い!」
「うわあっ!」
「大きいぞっ!」
「誰かタモを~」
結界で波をやり過ごした後ケイ君の魚を手早くシラサさんがタモで掬う。なかなかの大きさの魔物カサゴだ。
こちらも一気に釣り上げることにする。ギリギリとリールのハンドルを回して手の届くところまで誘導するとシラサさんが弓を放ち魚の眉間を穿つ。
動きが止まった魚に触れて鑑定。
スペーステンペストバス……。
……また中二な名前のスズキだった。
なんだろう、このがっかり感。
『かっこいいよね? かっこいいよね?』
「相当格好悪いです」
『うそ~っ!?』
嘘じゃありませんが。むしろ宇宙嵐鱸の方が格好いい。
そんな風に女神様とやりとりをしていると。
カワヒラ領沖に黒い船団が集まって来ていた。
『海賊だね~』
「海賊!?」
そう言えばシラサさんがニウルークが攻めてくると言ってたか。何か関係があるんだろうか。
「うん、恐らくニウルーク海賊だね。とは言っても軍に派遣されているはず」
「ニウルークって国境を接してないわよね?」
「でもエサイルと同盟を組んでるうち(グラル女王国)とは敵対してるよ」
しかしいきなり大船団を送りつけて来たな。海の上を覆う絨毯のように船がやってくる。
これだけの船団ならシーサーペントも手を出せないか。
「釣りの後は戦争か……。釣った魚を早く食べたい」
「もちろん私も協力するわよっ!」
ケイ君とカイリちゃんも協力してくれるようだ。
私たちはナミエやノット君にも手を借りるために町の中心へと走った。
途中で私は思った。
最近スローライフしてないぞ。
◇
中央広場から海を臨み、私、ナミエ、カイリちゃん、ノット君、シラサさん、ケイ君、女王陛下の元メイド、ニャコ率いるカワヒラ騎士団、後は居合わせたマンサ様、デヒト様、イソーリズ様、メラヒ様が……貴族何してんの?
「国を守るのが貴族の仕事!」
メラヒ様の宣言にマンサ様以下三名が頷く。たぶん皆、夕食を食べに来ただけだと思う。
その宣言を聞いている間に海賊船からの発砲が始まった。
この世界の武器関連の技術力はかなり高いようだ。魔石の兵器転用はごく一部女神様の許可が無くては出来なくなっているが、火薬類はかなり質の高いもののようだ。
サバイバルは好きだけどサバゲーマニアじゃないのが悔やまれる。まあナミエが調べれば分かると思うが、ぶっ倒しちゃえば関係ないよね?
フラグですわ、と、ナミエが呟いたけど。
「わしら貴族の力を見せてやろう!」
しかし私がナミエ発言を杞憂して警戒するよりも速くグラル女王国辺境伯、デヒト様が動いた。
「ふぬうん!」
デヒト様は五メートルは有りそうな巨大な火球を作り出す。そして全力で投球するように魔力コントロール、火球が海賊船を一つ粉砕して沈めた。
初めて見た、とんでもない威力の魔法だ。
女神様の寵愛を受けていても無敵じゃないと言うことが良く分かる。
「魔法って誰でも使えるの?」
「貴族様でもごく一部だと聞いてますわ」
「すっげー、初めてファンタジー世界って実感が湧いたわ」
「魔法凄いな」
ノット君やケイ君は純粋に興奮している。男の子だな。
女成分少ない私も燃えるものを感じているが。
「さあ、皆さん、やっておしまいなさい!」
メラヒ様の号令で貴族の皆さんが全力で攻撃したり結界を張って砲弾を防いだりしている。
女神の使徒組では遠距離攻撃が得意なナミエ、シラサさんも参戦。
……貴族の皆さんより派手な魔法を放つナミエに矢で船を沈めるシラサさん。やはり桁違いだ。
私は船を出現させてカイリちゃんとノット君たち前衛組を乗せ、出撃する。
海上戦が苦手なケイ君も『土いじり』と言うスキルで土の弾丸を飛ばす。弾丸が着弾するとゴーレムになって暴れ出した。
……星の女神様の寵愛は攻撃に特化し過ぎていないか?
私はとても皆のように戦えないので小さめの海賊船をターゲッティングで釣り上げては岩礁に叩き付ける。
「さすがシズクね、派手だわ!」
「釣り人スキル凄いな!」
……どうやら私も例には漏れていなかった模様。ちなみにもちろんカイリちゃんとノット君も凄い。
「木っ端、微塵切り!」
「千斬り!」
船はどんどん調理されたキャベツのように海に沈んでいく。
本当に料理人にこんなスキルが必要なのだろうか?
ともあれ私たちの船は海賊の首領の船を沈め、首領は私がターゲッティングで釣り上げて捕縛した。うん、チートだね。
女神様の眷属が複数人も常駐しているカワヒラ領に、さらに貴族様が集まっていたことで一層悲惨になった気がする海賊殲滅戦は、夕刻から始まり、日が沈む前には終わった。
海賊たちはご愁傷様だ。
スローライフってなんだっけ?