釣りガール、エサイルの商人に会う
ギャグ回。それとちょっとシズクの地が見えます。
小物とは言え、しっかり竿を引いてくるその手応えは強く、楽しい。
カイリちゃんもきゃあきゃあと楽しそうだ。
「ほら、竿を起こして釣り上げて」
「うん、よっと!」
釣り上げたのは数センチしかない小魚だ。これも唐揚げにすると美味しいんだよね。
「フリットかな?」
「お、どんなの?」
「鱗と内臓を洗い落として全粒粉とかポレンタ粉(粗挽きトウモロコシ粉)でフライにするでしょ、あとはクミンをメインで塩と一味をミックスするとか一味にトマトケチャップとか、辛子にマヨネーズとかね」
「普通に美味しそう」
「一品だと物足りないから他のメニューも考えなくっちゃ」
釣りながら料理の話が出来るとか幸せだな。私は今が一番幸せかも知れない。
釣りから帰って変な人に会うまでは、少なくとも幸せだった。
◇
「お~、君が噂のおませでのっぽちゃんな釣り人ちゃんだね?」
「おませでのっぽちゃんな釣り人ってなんですか?」
変な人に遭遇した。いきなり初対面で馴れ馴れしい人だ。
カイリちゃんも顔をひきつらせて引いている。
「勇者君がめっちゃテンション上がっちゃってちょっと危ないかも知れんのよ~」
「えっ、カイル君?!」
なんでこの人いきなりそんなこと言うんだろう。なんか嫌な感じの人だ。
容姿はぼさぼさの黒髪を肩までだらしなく伸ばし、イケメンだけど不健康そうに痩せた白い顔。黒い目はぱっちりしていて睫も長いがそれが一層その不気味な雰囲気を助長している。
服装もシルクハットをかぶり、黒いタキシードを着ていて真っ黒黒だ。
動きとか姿勢もいちいち気持ち悪い。
「心配? 心配? ねえ心配?」
変なポーズで接近してきて顔を覗き込みながら聞いてくる。ウザい。殴りたい。
殴っていい? ねえ殴っていい?
「ちょっと殺気凄いね君。君が釣り人ちゃんだろう?」
「はあ、そうですが?」
「良いねえ、その冷たい感じ、大好物だよ~っ! もっとプリプリ怒って~。ぷりっぷりっ、ほらぷりっぷりっ!」
殴った。五発くらい一瞬で殴った。その青年は歯が砕けて大量に口から血を吐きながら五、六回くらい空中で回転して二、三回石畳をバウンドした後に壁に当たって停止した。
ナミエで相当変態耐性の付いてる私をキレさせるとは大したものだ。自慢にはならないだろうが。
……あ、やべ、死んだ?
「いやあ、悪い悪い、つい調子に乗ってしまうんだ」
「ピンピンしてるよ!?」
壁際でしばらくピクピクしていたはずが、白い光に包まれた後にケロリとした様子で起きあがってきた。何かスキル?
いや、なんとなく体質の気がする。ナミエ曰わく、変態は殴っても膨らむだけでヘコまないらしい。
「こんな時のための買い置きの欠損回復ポーションが山のようにあるんだ」
「欠損回復ポーションなんてあるんですね」
「無かったら死んでたよ……マンサちゃんの時は石畳の上で二十回くらい足首持って叩きつけられたし、カイル君の時は八回ほど刺されたし」
何をやってるんだろう、この人は。マンサ様とカイル君の二人も。そして自分が一番ソフトな対応だった。
それよりも、カイル君。どうしたの?
心配で自分の顔が曇るのを感じる。目の前の男はまた顔がくっつきそうな距離でこちらを覗き込みながら変態な踊りを踊りつつ続ける。
「このままじゃ死ぬかも~っ。ダンジョン潜りすぎて死ぬかも~っ。カイル君死んじゃうかも~っ。いやっ、そんなの嘘よっ! と思う? 残念残念~、ガチやばでしたぁ~!」
殴った。泣きながら二十五発くらい殴った。骨が砕ける感触があったからやべっ、と思って手を引いたがそのまま男は何回転かしつつ更に何バウンドかして勢いで壁にめり込んだ。
次の瞬間すっかり治っていたが。なぜか壁も。
後で聞いたところアイテム自動使用と言うスキルがあってそこに回復系のアイテムをたくさんセットしていたらしい。まあ建物を壊さなくてすんで良かった。
更にその男は続ける。
「君のために頑張ってるんだよカイル君、健気だね~っ、心配? 会いに行っちゃう?」
「行く」
即断した。
まだカイル君を本当に好きなのかは分からないけど、カイル君は大切な人には違いない。無理なんてして欲しくないよ。
カイリちゃんにお母さんたちへの伝言を預けて、私はその変態さんとエサイルへ飛んだ。 ……変態だけどひょっとしたら悪い人じゃ無いのかも知れない。
明らかに差し引きマイナスだけど。
◇
久し振りに来たエサイルは賑やかだった。
変態さんの話によれば、勇者カイルの大活躍で沢山の宝や、食料や、資源が町に溢れ、一気に景気が良くなっているらしい。
わずか三日で、だ。
「な? 過剰だろ? やっぱいきなりこうなると経済とかいろいろ悪いことも起きてくる訳よ。加減して欲しいっつの?」
「ところであなたは誰ですか?」
たぶんマンサ様とカイル君が嫌な顔して話してた人なんだろうな、とは思った。確か……。
「僕? 僕? 気になっちゃう?」
「一切興味ない。失せろ」
「ひどっ!?」
本当にムカつく人だ。これはいつもふんわりしてるマンサ様でも大激怒するのが想像に難くない。
「僕はクロシ・オナガル。エサイルの伯爵さ!」
そう自らの名を告げた変態さんはシルクハットを押さえるようなポーズを決めて、歯をきらっと輝かせる。
後に探偵か、と突っ込みたかったとナミエが言っていた。意味は分からないけど追加でこの男を殴りたい。
それよりも今はカイル君のことが心配だ。
……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、早く会いたいと思ってる自分がいる。




