釣りガール、魔物を釣る
次の日も釣りに出た。磯への道を走る後を近所の子供たちもそれぞれの釣具を持ってついてくる。持っているのはリールが着いていない、所謂延べ竿だ。
「シズクの竿かっけーな!」
「女神様にもらったんだって~」
今世の私の幼馴染みの二人の男の子、金髪碧眼で私より良く焼けている元気な少年がアタル。後ろからついてくる少しぽっちゃりな茶髪茶眼の子がトマンだ。
「お姉さま~!」
そしてその後ろから着いてきた彼女は……あれ?
黒い髪に黒い目、そして何故か良く知ってる人物の顔に似ている少女……。あれ?
彼女の名前はナミエ……ストーカーちゃんの名前だ。ええっ!?
「お姉さまはずいぶん可愛く生まれ変わりましたわね」
「なんでいるの?」
「後追い自殺しました!」
怖い怖い怖い怖い!
まさか死後まで追いかけて来るとは思わなかった。私が彼女にワームを投げつけた理由が少しは分かってもらえただろうか……?
「お姉さま、私も流石にゴカイを餌箱ごと投げつけられたくは無いので前世より控えめにしますわ」
「そ、そう」
まあ可愛い子ではあるんだけどね。前世では上履きを盗まれたり下着を盗まれたり……それらを舐める所を見せつけられたりしたけど……。
「私物を盗んだらゴカイのプールに沈めるからね?」
「……絶対盗みません」
やはりワームをぶつけられたのはキツかったらしい。ただの樹脂なんだけどね。ゴカイは私が気持ち悪いからやらない。
見ただけで寝込んだ彼女には触るだけでも厳しいだろう。しかし昔の人は良くゴカイに触ろうと思ったな。
さて、今日は何を釣ろうか?
餌はまだ練り餌と虫餌しか無いが練り餌の方は思った物が出てくれない。なのでゴカイ系で攻めることにして、少し奥の岩場で釣ろうかと思う。上手く行けば美味しい魚が釣れるはずだ。
カソレ村が面している海はカソレ内湾と言って瀬戸内海や地中海のような内海になっている。半島と無人島群で波風が遮られ気候は温暖だ。なので本来は嵐が少ないのだがお爺ちゃんは運が悪かったのか開拓を始めてからこちら、何度も村は嵐に襲われた。
それに無人島群より西の沖ではあるがシーサーペントの巣が近くにあり、そこには数十匹以上のシーサーペントが住み着いていると言われている。実際に大きな船が通ると襲われるのだが、数は当然ながら不明。隣国の騎士団が調査してだいたい数十匹だろう、と予測したらしいと言うレベルの話である。ほんとは百匹とかいるかも分からない。
お父さんの仇であるシーサーペントをいつか釣り上げてステーキにしてやるのが今の夢だ。
「何が釣れるかな~?」
「根魚(磯やテトラポットなどに巣くう魚)とか釣れたら良いんだけどね」
アタルは早速竿を出している。気が早い。
海釣りで大事なのは潮の満ち引きだ。満潮が釣れると思われがちだが、実は干満の潮の動きがある時間帯が良く釣れる。潮に乗って魚が動くためだ。
今は春の半ばなのでメバルが釣れるはずだし、潮は今引ききっているのでずいぶん奥の深場まで歩かないと釣れる魚礁が無いと私は推測した。
「あれ、まだ奥に行くのかよ?」
「アタルはそこで釣ってると良いよ」
魔力に少し余裕があるのでブラウンの偏光グラスとフィッシングキャップを釣具召喚で呼び出してみた。二つで四ポイントで呼び出せたので助かる。
この偏光グラスと言うサングラスは紫外線もカットしてくれるのだが水面の光の跳ね返りを逸らして水中を見やすくしてくれる効果がある。……逆パンダにならなければ良い釣具だ。
さて、予想のポイントに着いたので早速釣りを始めよう。今回は磯釣りなので遠投は必要ない。簡単なちょい投げ釣りだ。
レベルがいくつか上がれば良いんだけどなあ。
私の近くでナミエも釣りを始める。餌は魚の切り身のようだ。これは釣りを始めたいがゴカイは触れないしオキアミは臭いと贅沢を言う彼女に教えてあげた簡単な餌。鯖や鯵を三枚に下ろし、縦に短冊に切るのが主流である。
簡単だが魚の肉なので魚を食べる魚はたいてい釣れてくる良い餌だ。私も使いたいな。
しばらく餌を色々なポイントに落としてアクションを加えてみる。ルアーフィッシングならロッドアクションは基本だが餌釣りでもちょい投げならアクションを付けてみると意外と釣れやすかったりする。
ちょい投げとは簡単な道具で近場を狙う投げ釣りの方法だ。餌次第で何でも釣れる。
「鯛とか釣れませんかね~」
鯛は深海魚なのであんまり陸からだと釣れてこない。陸から魚の切り身を使ってると前世ではカサゴが良く釣れた。
とは言え、異世界だ。何か変わった魚が釣れてくる可能性は高い。
だがゴカイを使っている私の竿の先に魚の反応、当たりが来る!
「フィーッシュ!」
「いつも思いますがそれって絶対に言わないと駄目ですか?」
当たりが出たらフィーッシュとか色々な言葉を叫ぶのはルアーフィッシングのお約束のようなもので特に意味は無い。お魚ーでも良い。叫ばなくても良いし叫ばない人の方がもちろん多いけど一人でずっと釣りをしてると独り言が多くなるのだ。
多少ラインが走ったが何か釣れてきた。茶色い、棘の多い魚で二十センチほど有るだろうか。早速鑑定をかけてみる。
名前は岩喰い。分類は魔物となっている。棘にも肉にも毒はない。岩をつつきそこにいる虫や藻を食べているが岩は食べないらしい。魔物なので五十センチほどに成長して泳ぐ子供に傷を負わせたりする、とある。
それは嫌だな。たくさん釣っておこう。即座に餌を再投入した。
……けして白身でタンパクな食感で今の時期は脂が乗っていると書かれていたからではない。
……美味しそう。大きいのはお刺身……小さいのは唐揚げ……。
いや、子供たちの安全を護るために釣るのだ。……煮付けも良いな……。
そんな事を考えているとガツンと大きな引きが来る。リールの防御システム、ドラグがキリキリと音を立てる。
ドラグとは普段は固定してあるリールを、ラインにある程度の力が加わった時に回転させ、ラインに加わる力を逃がし切れないようにする装置であり、スピニングリールの場合だと上部のツマミを回すことでその緩さを調整出来る。これにより急な大物がかかってもラインブレイク(糸切れ)を起こすのを出来るだけ防ぐと言う働きがある。
そのドラグがキリキリと鳴る。つまり、大物だ! おそらく岩喰いだろう。
ラインを引く感覚や魚の走り方などで釣り人は魚種をある程度予測できるのだ。素人が傍目に見るとまるで水中が見えているように思うだろう。岩場や海藻の生えてる場所まで予測できるようになればベテランだ。
竿を左右に振られ、ラインがどんどん出て行くが、竿の力を使って魚の体力を削る事にする。
魚が沖を向かないようにロッドを倒し、魚を誘導する。身体強化がしっかり働いてくれているからこれくらいならまだ余裕があるな。
サイズは前世のブラックバス基準だが四十から五十センチ有るだろうか。大きい。
口角が釣り上がるのを感じる。しかしその次の瞬間に眩い水飛沫!
しまった、まさかエラ洗いするとは!
エラ洗いとは魚が針から逃れる為に水上に飛び上がり激しく頭を振る行動であり、これによりルアーが外れたりラインブレイクを起こしたりして魚に逃げられることがある、もっとも危険な魚のアクションの一つである。
ラインを緩めすぎずかつ引きすぎないバランスをロッドの操作で調節する。負けてたまるか!
再び着水した魚。やはり岩喰いだった。しかもやはり五十センチはあった。
……お刺身……。半身はポワレにしよう……。
邪な考えだと魚が逃げると言う説が有るので頭を振って考えを追い出す。釣り上がるまで気を抜いては駄目だ。
激しいファイトは長時間続いた。やはり子供の体では厳しいものがある。
格闘すること数十分、ようやくスタミナを切らした大型岩喰いは釣り上がってきた。