釣りガール、決死の釣り
五十話越え&ブクマ千件越え(三百件くらい一気に増えましたが)おめでとう! 有難う!
そんな感じで有難う御座います! 今後ともよろしくお願いいたします!
私は迷わずターゲットを変えた。遂に奴を釣る決心を固めたのだ。
シーサーペント、お前を釣り上げる!
カイル君やナミエが私に引き返す事を提案する。分かっている。それほど圧倒的な敵だ。二十メートルを超えるとは思っていなかったが、それでも私は前世の記憶を取り戻して女神様にもらったスキルの威力を知ってから決めていたのだ。
シーサーペントを釣る。
それが私の今世の命題だ。誰に止められても私は今、この釣りを止めることなど考えられない。
まず私はシーサーペントの餌とする為に魔物魚秋刀魚、キクイチモンジを釣る。恐らく女神様のネーミングだろうがなんで中二病なネーミングを付けたがるのだろう?
まあ女神様が羞恥心で悶えているのを想像したら激しく萌えるのでそれは良い。
一匹釣るのでも厳しい魔物魚を餌のために数十匹も釣るのだ。餌を取るだけでも厳しいと言わざるを得ないだろう。
だがナブラを起こすほど群れているのだ。獲物には事欠かない。
餌を釣るのに手間取ってはいられないのでターゲッティングで魔物魚を強引に引っかけ、身体強化で超強化した肉体で、無理矢理にも引き上げる。
消費した魔力は水筒いっぱいの魔力ポーションで回復する。
この繰り返しで私は秋刀魚を十数匹釣り上げた。
「シズクすげえ!」
「シズクちゃん怖い!」
アタルは勇敢だな。トマンはさすがに怖いようだが。
「お姉さまに付き合うと決めた時から死の覚悟はしていましたわ~!」
「ぼ、僕も今覚悟を決めたよ!」
ナミエには生きろと言いたい。カイル君も別に逃げても構わないよ?
私は逃げない。
釣りガールは退かない。媚びない。省みない。それは確かナミエに言われた帝王の心構えである。今では私の座右の銘だ。釣りガールは釣らなければならない。釣らないガールはただのガールなのだから!
「行くぞ、シーサーペント! 私はお前を釣り上げる!!」
巨大な針によって貫かれたキクイチモンジがひゅるると音を立てて飛んでいく。私はスキルのウェイト操作でキクイチモンジの重さをゼロにし、静かに着水させた。しかしそれによりぐっと魔力を喪失したのを感じ取る。魔力ポーションを飲む。
魔力ポーションは不思議な事に体に全く抵抗がない。十リットルでも易々と飲めるくらい飲みやすいのだ。完全に体に吸収されるのかトイレに行く必要も無い。
だがここまでキクイチモンジを釣りまくった結果残りの魔力ポーションは三割を切っている。かなり拙い状態だ。今はアタルやトマンもいるのだから引き返すのが本当だろう。しかしそんな配慮が出来ないほど私は奴の出現に怒り狂っている。
幼かった私の心に動揺するお母さんの姿が思い浮かぶ。
前世の私の母親は四人の子供を産んだ。二人の兄と一人の弟、女は私だけである。彼女は弟を産んだ後体調を崩して亡くなった。それから多分私はマザコンな部分が生まれたのだと思う。もちろんお父さんも毎日晩酌のアテを作るくらい仲良しだったし、両親が生きていれば私は相当に大切にしたはずだ。だが私は死んでしまいお父さんを多分悲しませたし、今世のお父さんも……こいつに、こいつに!
そんな私の前に現れた宿敵、戦わずに逃げるなんて出来なかった。
「皆ごめん、こいつをどうしても釣りたいの!」
「構わないよ、シズクちゃん!」
「もちのろんですわ、お姉さま!」
「やっちまおうぜ! シズク!」
「ががが、頑張って~!」
四人ともに応援されて私も覚悟は決まった。釣りガールシズク、推して参る!
次の瞬間、今まで感じた事のないプレッシャーとともに竿が折れるほどの勢いでラインが引き込まれた。
戦いが始まる。何度も竿を持って行かれそうになりながらも私は執拗にロッドを起こしてはラインを巻き取る。しかし限界まで絞めているドラグがジジジ、と音を立ててラインを放出してしまう。女神様のスキルで強化されたリール、ラインが悲鳴を上げている。当たり前か、相手は推定で二十トン近い化け物なのだから。
しかしカイル君とナミエが身体強化を掛けてくれたのでなんとかやり合えている。
釣れる。
そう思った次の瞬間である。
「えっ……!?」
「うわわっ!」
「きゃあああっ!」
「ひえええっ!」
「うひゃあああああっ!」
ドバン、と言う音と共に海が割れた。巨大なそれはその姿を表し、首を振る。
エラ洗いである。
「ま、まさか、このタイミングで……。シーサーペントがエラ洗いするなんて……!」
「そんな事私でも知りませんでしたわあああっ!!」
ナミエは何でも知っている。知っている事だけと謙遜していたが、知っている。その謙遜の仕方はどこかで聞いた事があるが生憎私は釣り以外の記憶力は普通だ。
海水の塊が雨のように漁船に降る。私達は船にしがみつき嵐が過ぎるのを待つ。
と、トマンが船から落ちてしまう。私は慌ててターゲッティングでトマンを捕まえて一本釣りで釣り上げた。
幸い命に別状は無いようだが、がたがた震えるトマンをそのままにしておけない。
結局、私はシーサーペントを釣る事は叶わなかったのだ。 ラインは無惨にも切れ、ターゲットは逃げていった。
気力も魔力も完全に失った私は最初に釣った魔物秋刀魚キクイチモンジを数匹だけ持って、帰還する事にした。
悔しい。釣りに敗れて私は初めて涙を流したのだった。
◇
帰還した私たちを迎えたマンサ様は私たちの表情を見て顔を曇らせた。私は泣いているし、周りの友人たちもそれを慰めようともしていない。
何かがあったとしか思えないだろう。しかし私も涙が止まらず、説明はカイル君がしてくれた。
「シズちゃん……。こっちを向いて」
「うっ……うっ……」
泣きながらなんとか顔を上げた私は、滲む赤色の美人を見つめた。そこに、その美人からの平手打ちが飛んできた。
「あうっ!」
「シズちゃん……。危ない事をしたら駄目じゃないの!!」
マンサ様の怒りはもっともだ。私は自国の女神の眷属、私も含めて二人と同盟国の女神の眷属、さらには親友二人の命までをチップにして勝てない相手と戦ったのだから。
しかし次の瞬間にマンサ様は私を抱きしめてくれる。お互いに控えめな胸ではあるが、柔らかくて暖かかった。
「いい? 次にシーサーペントと戦うのは十五歳になってから。約束して」
「は、はい……」
「よし。では『契約を』」
マンサ様の商人スキル、絶対契約だ。この契約を破ると破った者は親族含め全てを失うと言われている。女神様の制約なのだから破れるはずが無い。
これで私は成人するまではシーサーペントに挑めなくなった。
敗北の無い人生には勝利も有りません。