釣りガール、エサイル国を釣る
皆の釣った普通の太刀魚の料理を振る舞った翌日、私はマンサ様たちと共にエサイル国に向かう事になった。
ちなみに昨晩、皆に振る舞った料理は刺身や天ぷら、焼き魚のサラダだ。
最近ナミエが改良してくれたソースとかドレッシングを使えた方が楽だったがマンサ様は私が作ったソースで食べたいとおっしゃり、自作のドレッシングを振る舞うことになった。謎のこだわりだ。
しかし逆らう事も出来ないし逆らう気も無いので色々考えてトマトを煮詰めたソースや鰹節で濃いめに取った出汁に塩を足して水溶き片栗粉でとろみを付けたり、マヨネーズに辛子を混ぜたりと、色々な物を作ってみた。
私は料理人では無いのだが……。そして後ろではウシオさんがまたメモを取っている。もうこの辺りの味付けはウシオさんの方が上手い気がするのだけど。
「いや、こんな発想はとても出ない」
「そうすか……」
私は色々諦める事を覚えてきたようだ。身長はまだ伸びてるしね……。
そして自分でも太刀魚を味わうが例によってこの世界の魚は名前は同じでも味が違ったり形が違ったりする。この異世界太刀魚の場合は形状が刀っぽいだけかと思ったが味はしっかり太刀魚で前世の物よりも若干肉厚だ。美味しかった。
その味を思い出してる間にエサイル王様とマンサ様の謁見は終わったらしく、待合室にいる私たちの所にマンサ様が帰ってきた。
「じゃ、許可取れたから城の前の広場に行くよ」
「はーい」
今回もカイル君とナミエは私の護衛役に来ている。ちなみに騎士さんたちは護衛を外された。魚料理が食べられなくなった騎士さんたちに泣きつかれたらしくマンサ様の城では普通にマンサ様が持ち帰る大量の魚を用いた魚料理が振る舞われるようになったらしい。私もマンサ様にレシピや魚を買ってもらってとても儲かっている。
「しかし常に眷属四人がいるから私たちが襲われる事もありませんね」
「反女神の奴らはリッツちゃんに追い出されてボンズとは別の帝国に手を回してるらしいけどね」
「諦めが悪い事ですわね!」
「別の帝国と言うとエサイル東のニウルークですか」
三人の話によるとエサイル東に反女神の人たちが移ったらしい。その事で今後カイル君の母国、エサイルに迷惑がかからないかは心配だ。エサイルが困ったら私も助けないと。
「ニウルークは外洋を回ってカソレ内湾に攻めてくるんじゃないかしらね」
「カソレ内湾の入り口近辺にはシーサーペントが居ますけど」
「流石にシーサーペントも群れなす軍船は襲わないと思いますわよ?」
軍船か。軍船なんかで攻撃を受けたら流石の女神様に授かった力も及ばないかも知れない。もっと力が必要だろうし、明日からもたくさん釣らないとね。
「まあ魔力は集まるけどね」
「ん?」
マンサ様まさか狙って敵国を誘導したりしないよね?
この場合外患誘致と言うよりこちらの強い所に敵の主力を誘導して散々に叩こう、と言う戦術になるのだろうが。この人は私が好きだと言いながら平気で戦術に組み込んでくるし貴族だから仕方ないのかも知れないが策略好きだ。
今回のムラマサ公開解体ももちろんマンサ様の作戦だし。
名付けて「ムラマサでエサイルを丸ごと釣っちゃおう作戦」だそうな。マンサ様のネーミングセンスについては言及するまい。
丸ごと釣っちゃおうと言ってもこのイベントでカソレ村の交易を増やし、エサイル国内での釣爵こと私の活動権限をもらって、貿易で失われた分の魔力量をお魚で返してもらおう、と言う程度の話だ。
更にこれにより両国が経済的、軍事的にも、国民の友好度、魔力的にも結び付きを強くする事が出来ると言う事で、それにより連合国的な関係になれば小国であるグラルも同じくらいの小国エサイルも、より軍事的に、経済的にも安定していくだろう。
ここまで聞いて私はもうエサイルで釣る事に頭が飛んでいた。まともに聞いてたら頭が火を噴く所だ。私に政治の話など分かろうはずも無いのだから。だが釣りの話は分かる。エサイルから船を出してニウルーク沖で釣りまくってニウルークの魔力を減らしてしまえば良いのだ。敵から奪うのが魔力か魚かの違いでしかないよね。ならお魚を釣るぞ。
十メートルの大魔物魚、ムラマサが麻痺状態とは言え生きたままの状態で民衆の前に現れる。私の隣でマンサ様が高々と宣言した。
「これより、グラル国アミヤ領カソレ村名物、大魔物魚公開解体を行う! 解体後は調理し振る舞うので皆で魔物魚の味を楽しんで欲しい! ではシズク、始めよ!」
「はい!」
いつものゆるゆるなマンサ様ではなくキリっとした貴族のマンサ様の宣言に気合いが入る。
私が日本刀を構えると群集からざわざわと声が上がる。キリッと正眼に構えてから振りかぶり、ズドン、と、力任せに振り下ろして頭を叩き落とす。グロテスクにならないように予めクーラーボックスの中でスキルにより血抜きはしてある。
細長いムラマサをずずっと削るように下ろしていく。一回包丁を通すのも大変である。三枚に下ろし、骨を飾るように四人がかりで起こして見せると「おおーっ」と歓声が上がる。
その後は皮ごと柵に切り分けてそれぞれの部位をそこに居合わせた料理人に串焼きにさせたり、自分たちの料理を振る舞う。その土地の料理人に調理させるのは素材の良さを直接料理人に理解させる事で魚に対して関心を持ってもらうためだ。
エサイルにも商人スキルを持つ人はいるのでその人がどんどん輸出入をしてくれるだろうとマンサ様は言っていた。確かマンサ様もカイル君も曲者っぽく言ってた人だが、オシモさんの卸問屋では上客になっているらしい。私は未だに会った事が無いのだがあんまり会いたくは無い感じだ。
「さあどうぞ、熱いですよ~」
「いらっしゃいませ~」
「皆どんどん食べていって!」
「おお、勇者様!」
「勇者様?!」
エサイル王都では勇者カイル君を知る人がいくらかいるようだ。カイル君が見つかってから更に盛り上がる人々に必死で調理して配っていく。マンサ様が包丁を振るっているのは良いのか?
その昔魚を捌くのは武士がやっていたらしいからこの世界の貴族はこれでも良いのかも知れないけど、リッツ様と言いマンサ様と言いアクティブ過ぎる。
そう思っているとエサイル王様が私の料理を食べに来た。
今日は鮭とタイを買ってきました。牛乳があれば鮭はシチューにしたかったんですが……。