釣りガール、再会する
淡水の淵で強烈な魔物魚からのアタックを受ける。接水千里眼、そして鑑定をかけた。
真っ黒な鱗の巨大魚、黒鱗王……か。
恐ろしい引き込みで真っ暗な淵に引き込まれる恐怖感があるが私の足元は滑り止めスキルで全く滑らない。このスキルは私の足元を完全に守ってくれるスキルで、二トンの魚を引き上げても足元が沈んだりもしない。このスキルは説明文が腹が立つが凄く便利だ。
「デカあい、ですわ!」
「この淵の主って奴だね!」
「これは美味いのか?」
「多分美味いよ!」
淡水魚でも白身の魚は美味い。淡水魚の不味さの原因の一番は泥臭さだろう。しかし泥抜きなどの処置をすると今度は魚の新鮮さが失われる。
ならこんな風に泥臭さの無い水の綺麗な淵で最初から釣ってしまえば良いのだ。
「唐揚げかな、粗塩で焼くか、煮つけちゃうかな?」
「まだ釣れてないですわっ」
「油断禁物だよっ!」
「うう、早く釣れてくれ……」
私がのぼせていると二人が窘めてくれる。シラサさんはお腹が空いてるのかな?
ともかく淡水魚では川魚が最もパワーがある魚なのだ。常に流れに逆らって泳ぐ川魚は湖や池の魚の五割り増しでパワーがある。……ラインが切れるかも。
「上がって、きたあ……」
「銛を打ち込むよ!」
「魔法で仕留めますわ!」
「弓で仕留めよう!」
魚が見えなくなるくらい三人は攻撃を加えるが、そんなに攻撃したら魚粉々にならない?
しかし魔物魚は丈夫である。魔物魚に対しては釣り人スキル以上に効果が高いスキルは無いのだ。水中に攻撃するのが難しい上に鱗が硬くて強く、速い。
釣り人スキルって何なんだろう?
こんなスキル普通は役に立たないんじゃないのかな?
しかし私はこのスキルのお陰で村は大きくできたし戦争は終わらせた。そもそも魔物魚って何だろう?
分かってる。魔物魚に襲われて軍隊が壊滅するような事もあるくらい魔物魚は恐ろしい。船もシーサーペントだけじゃない、色々な魔物魚に襲われている。
私が戦わないと駄目な敵がこの世界には存在している……。
女神様が私のために色々やってるのだろうか……?
自惚れかな。
「とりあえず魚は気絶してますわ」
「取り込もう」
「さあ、さあ、帰るぞ!」
「久々にご馳走だな~!」
黒鱗王は大きさは二メートル半でしかないが、かなり強い魔物魚だった。多分凄く美味い。
私も楽しみになってきたので四人でスキップするように村に帰った。
◇
村に帰るとタマリさんとウシオさんの宿に来た。既にマンサ様とかニッケル様が集まっている。
「かなり不便なものですが通信機を作りましたわ」
「そ、そうなんだ」
「お爺ちゃんも来てるんだけど」
「大きくなったと言っても結び付きの強い村だからねえ」
しかし、拡張しまくってるウシオさんの宿だけどやはりこれだけ集まると狭いな。クーラーボックスのお陰で解体は任意で出来るのだけれど。
今回はクーラーボックスで解体して調理する事にした。まずは皮を炙ってキュウリなんかと和えて酢の物にしたものを前菜にしよう。
前菜が出来た瞬間、宿屋のドアがバンッと開かれて小さな女の子が入ってきた。
その少女の容姿に、宿の中にいた全員が息を飲む。
何故ならその少女は身長は百五十センチ前後、華奢な肢体は白魚のごとくで、水色がかった銀の髪にアメジスト色の瞳を持ち、陶磁器のごとく白い肌の完璧な美少女であったからだ。
ただその服装は上からヘッドドレス、右目を覆う眼帯、ゴシックロリータの黒いドレス、右手にはノートパソコン、左手には包帯、猫柄の青いポシェット、ミニスカートの下の太ももにはホルスター、足元は紫のしましまニーソックスに黒いショートブーツの……間違い無く……。
……我らが星の女神様だった……。
「えと……」
「シズクちゃん」
「はいっ」
周囲を見てみると皆その少女の異様さに飲まれていた。正体を知ってる人も何人かいる。緊張は如何許りか、計り知れない。しかし声を掛けられたのは私なのだから私が対応しなければならないだろう。
「お魚料理フルコース、私にもお願いね」
「はい……なんでいきなり来られたんですか?」
女神様、の言葉は飲み込んだが、私がそう聞くと女神様の目つきがキツくなった気がする。
「あ、いや、来ちゃ駄目とかじゃなく!」
「黒鱗王って食べた事無かったからさ」
「は、はい……」
「食べて良いよね?」
断れる人間はいなかった。星の女神様は破壊神でもあるのだ。断れようはずも無かった。貴族が来たとか女王が来たとか、そんなちゃちなものでは断じてない。もっと恐ろしい存在である。
若干涙が出てきたが調理を進めよう。二品目は赤身の魚やイカを選んで数種の魚のお刺身盛り、三品目は黒鱗王の唐揚げチリソース風、四品目はオーガヒラメのエキストラバージンオリーブオイルを使ったカルパッチョ、五品目は魔鯛のアラで取ったダシとネギのスープに魔鯛の切り身を粗塩で炙って足した物、六品目は冥王ドジョウスープのパイ包みにスパイスの香りをたっぷり閉じ込めた物、七品目は岩喰いの薫製をスライスにしてトマトを挟んだ物。お酒は白ワインだ。
最後に柑橘系に林檎、干しぶどうをいれた牛乳かんのフルーツカクテルもどきをデザートで出す。
頑張った。私は頑張ったよ……。
「おいひい~」
女神様はパクパクと料理を摘まむ。見た目だけは滅茶苦茶可愛らしい。レズじゃない私が押し倒したくなるレベルだ。しかしもしそんな事をしたら世界はもう一度滅びるだろう。怖い。
しかしそんな私の謎の緊張感を余所に、暫くすると皆が普通に料理を楽しみ始めた。私もお客にまわりたい。
「シズクちゃん、一緒に食べようよ」
「はい」
色々質問したかったが全部吹き飛んだ。プレッシャーが半端じゃないのだ。彼女には全てを好きにする権利がある、そう感じるほど。
「緊張しないで良いんだよ?」
「は、はい……」
ただそれだけの言葉で凄く愛されてる気がした。女神様は基本的には優しいのだ。
ふと気配を感じて扉の方を見ると、巫女のアミさんが羨ましそうにこちらを見ていた。
美味しい淡水魚を食べたいですね。