釣りガール、コイの味を知る
この章は長目です。
私とイソーリズ様は異世界の釣りについて和気藹々と話しながら女王陛下の執務室を目指す。後ろから付いて来る三人が何故か仲良くなっている。
「あの二人が仲良くなりすぎるのはこの国が危険だ」
「マンサ様とイソーリズ様は敵対関係にある事でこの国の政治バランスを保っているのですわ」
「マンサ卿が全体を束ねて保守派が強くなるとこの国から他国に打って出るような話が出てくる可能性も……」
「他国の事だけど止めた方が良いね」
政治の話は全然分からない。私は超理系だ。釣りで例えてくれたら分かりやすいのに。
「お姉さまに分かりやすく言うならS級釣りポイントを奪いに来ようとする帝国に対してこちらから帝国のA級ポイントを奪いに行く話が出ていてそれには侯爵様や辺境伯様の協力を取り付けないと駄目なのですわ。お姉さまは今それに利用されようとしているんですわよ!」
「良い話だな」
「良くありませんわ! その為に戦争になるんですわ!」
「釣りを邪魔されるのは嫌だな」
「邪魔なんかしないわよ」
「そんな事分かりませんわ! マンサ様はお姉さまに好かれてるから……ってマンサ様!?」
あ、マンサ様だ。やっほー。良く話が分からないので私は逃げた。釣りの話は良く分かるんだが抽象的過ぎてピンと来なかったのだ。
「私は釣りも魚も純粋に大好きよ?」
「こ、この女狐……」
「マンサ様も付き合い長すぎまくりでお姉さまの扱いを心得やがりましたわね!」
「話に入れない」
騎士と勇者様の哀れな呟きは聞かなかった事にした。マンサ様は最近良く釣りに付き合ってくれるので既に大親友だ。疑うのは良くない。
私はとりあえずナミエを窘める事にした。
「ゴカイに触れない時点でナミエの負けだな」
「こんな女を無くしてる人物が伯爵とか絶対この国やばすぎまくりですわ!」
「まあまあ」
何故かナミエを窘めたのはイソーリズ様だった。
「我々は侵略をしようとしている訳ではないのだ。機先を制す意味ではマンサ卿の策略は悪い物ではない」
「くっ、岩喰いくらいで釣られやがって安い貴族ですわ!」
「も、もっと美味いのが?」
「いっぱいあるぞ。な、シズちゃん」
「もちろん。さっきのオーガヒラメとかね」
「ぐおお……お姉さまの平和を釣り自体が脅かし始めていますわ……」
何の話かは分からないがきっと帝国も美味い魚が食えるならポイント一つくらい譲ってくれるのでは無いだろうか。美味い魚は正義だ。
「面白そうな話してるけど当分打って出る事は無いかな~」
「陛下!」
お話をまとめてくれそうな女王陛下の登場に私は歓喜した。脳釣りの私に戦略の話は辛い。いや、太公望になる為には必要なのかも知れないが。
「お姉さまは釣りをしていれば良いですわ」
「そうね、シズちゃんは釣ってなさい」
「美味いのを食わせてくれよ?」
「シズクちゃんの平和は僕が守る!」
「おやおや~」
何故急に皆で私に詰め寄るのか。女王陛下来たのに。ちょっと涙目になった。
「陛下、私もいたずらに攻め入る気はありませんよ」
「そうね、マンサちゃんは女神様の眷属だものね」
「古来から嫌戦ムードの強い国は滅びるものですわ。だから好戦的な姿勢を見せるだけなら私も否定しませんです」
ナミエは戦争も辞さないのか。でも積極的に攻め入るのは忌避感があるんだな。当たり前か、日本人だし。
「それより、シズクちゃんお魚持ってきたんでしょ?」
「はい、先刻釣れた魔竜魚をお持ちいたしました」
「ほほー、どのような魚なのだシズク殿!」
イソーリズ様の食いつきがとても良い。入れ食い状態だ。ちなみに入れ食いとはルアーや餌を投入する度即釣れてくる現象である。とっても嬉しいが釣りが若干作業になる。
「どうしよっか? また皆に配っても良いけど」
「提案ですが、兵に分け与えてはどうでしょうか」
今まで黙ってた騎士が喋ってビックリした。ナミエがきぇぇあぁぁしゃべったあああ、とか壮絶にビックリしていて怖い。
「ゲラック騎士爵の言うとおり皆に食べさせてあげようか~。シズクちゃんちょうりお願いね」
「分かりました、けどあんまり自信ないかな」
「シズちゃんが魚料理に自信がないなんて珍しいわね」
正直淡水魚って料理するの難しいんだよね。大物ほど難しいイメージがある。クーラーボックスに泥抜きスキルがあるから美味しく食べる手はいくつかあるんだけど。
魔物魚だから美味しい可能性に賭けるか。
「やります!」
「よしよし、これで俺もまた魚が食えるな!」
イソーリズ様も楽しそうだし、頑張って作ろうか。
おじさんが楽しそうだと妙に楽しくなるよね。酔っ払ったおじさんとか大好き。日本人の癖にラテン系のノリになるよね。
「じゃあ、多分鯉の味と仮定して洗いから作りますね」
今回も獲物が馬鹿デカいので広い場所、今回は騎士たちの訓練所で調理する事にした。女王陛下を伴った私が調理を始めると見物に集まったオーディエンスの騎士たちはすぐにも歓喜に沸き上がる。
馬鹿デカい魔竜魚を麻痺させたまま首を落とさずに三枚に下ろす。活け作りだ。
洗いは生きている魚でなくては美味しくならない料理だ。死後硬直が始まり破断強度が一旦高くなった所が食べ頃で、時間が経ちすぎて破断強度が下がってくると身が締まりきらないのだ。だがクーラーボックスの効果もあり、この魔竜魚は新鮮な物である。
昔釣った鯉は親が煮物にしてしまったが、鯉の洗いは一度は食べたいごちそうだ。……いつの間にか獣人のニャコが私に張り付いている。
「おおごちそうにゃ?」
「うん」
「にゃあああん!」
なんか可愛い。色々作ってやろう。玉ねぎ大丈夫ならマリネ作るんだけど。
どんな料理が合うのか分からないので色々作った。洗い、酢漬け、卵の煮付け、照り焼き、唐揚げ……。鯉飯も良いのだが少し手間なので今回はやめておく。
「美味しいにゃあああああああ!」
「凄い旨味だわね~!」
「これは恋の味ですわあああ!」
おお、ニャコ、陛下、ナミエ共ずいぶん好評だ。私も摘まみ食いしたが淡白ながら甘味も強い美味しい魚だった。辛子が合うな。
食べさせている兵士たちの目つきが変わってきて若干怖い。二、三十人に求婚されたのだが私はまだ(身長はさておき)十歳だ。完全にロリコンである。この世界では普通なのかも知れないが。と言うかナミエとカイル君の目が、オーラが怖い。
「一般兵が貴族の釣爵と結婚するには愛が必要ね。いや、この場では恋と言うべき?」
「鯉では無いですけどね」
陛下は乗り気だが、そうか、私ももう貴族だから平民との恋愛は難しいのか。女部分が若干転生してるとは言え異性との恋愛や結婚は今世も難しいようである。
鯉の卵の煮付けは一日置いておくとほくほく美味しいです。
鯉を食べる機会はあまり無いとは思いますが、魚卵なら海水魚でも作れます。