釣りガール、人を釣る
計略と言うのは釣りと何も変わらない。太公望は釣りをする人として有名だが、その実は大計略家である。因みに太公望は日本では釣り上手の意味だが中国では釣り下手の意味だそうだ。餌も使わず国王を釣り上げた人が釣り下手なはずがないと思うが。
ともあれ、そろそろ私の周りに暗雲が広がりそうなのだ。私を誘拐したい人や殺したい人がゴキブリ、いや、牛糞に塗れるミミズのごとく現れるだろう、と言うのがマンサ様の予想だ。私も大きくは外していないと思う。金の亡者と宗教家はピラニアより簡単に釣れる。
「ちょっとならぶっ殺していいから」
「いや、日本人としてそれはどうなんですか」
「戦わないと死ぬよ?」
私の質問に返ってきたのは冷たい言葉だった。多分事実なんだろうなあとは思う。相手が攻めてくるのに手を出さないのは聖者ではなくて自殺志願者だろう。
でも釣りスキルでは人と戦えないと思うんだが。
そう言うとマンサ様は私の護衛に騎士二十人派遣するとか言い出した。断ったがもう決定事項らしい。
貴重な人材と思われるのも分からなくは無いんだが過剰戦力だと思われる。
ともあれ、私は今日も釣りに行くのだが。
◇
私が向かったのはかつての男爵鯵を釣った岩場である。餌はイカ餌を使う。
イカ餌と言うのはかなり釣れる魚を選ぶと思う。悪食な根魚などは当然のように食ってくるがイカと言うのは捕食者でもあるのだ。イカやタコに食われる水中生物は概ね動物である。捕食者を食うものなどよほど悪食でなければいるはずもない。
だからこそ大物が食うと言う側面がある。
岩場で釣るので狙いは石鯛、チヌ、メジナなどの鯛の系統の魚だ。まあ強い餌を使うとまず魔物が釣れてくるのがこの世界である。
「フィ~ッ! お・さ・か・な!」
「きましたわー!」
ナミエ……、もうそのネタやめようよ……。とか思いつつも魚と向き合う。はっきり言ってレベル二十を超えた私に数十センチ級の魚では相手にならない。ゴリゴリとスピニングリールを稼働させてラインをガンガン巻き取る。
「これは今回も楽勝でしたわね!」
「だね~」
しかしまあ、釣りと言うのはそんな簡単な物ではないのだ。魚に掛かった針が浅かったり魚のエラ洗いのタイミングが予想外だったり、ラインに傷が入っていたり、岩場やテトラポットなどの根に逃げられたり、そして……。
ばしゃん、と音を立てて暴れていた魚が消失し、ラインが一発で切れた。
釣り経験者なら少なくない回数経験した事と思う。
獲物の横取りである。
ターゲットにした魚(岩喰い)は釣られて弱っている。弱っている魚は他の魚に食われる。当然大物を簡単に食うのだから超大物である。
そんな超大物に対して小物狙いのタックル(装備)は歯が立つ訳もなくあっさり敗北するのだ。
もう一度言おう。ようやく釣り上げた魚を更に大物に力づくで奪われたのである。
……ムキーッ!!
逆に言えばあの超大物の餌が分かったのだ。次はあの魚を狙えばいい。
私はガッカリしながらも小物を晩御飯の分は釣り上げて帰る事にした。
暗くなった帰り道をのろのろと歩き帰宅。
最近、お爺ちゃんは私の作るおつまみが美味しすぎて太ってしまった。オシモさんやウシオさんも毎日お爺ちゃんと晩酌してたり塩田を管理してるオキヤシさんまでまざったり……。私はますますおつまみを作る事を要求されている。
私はおつまみマシーンでは無いのだが!
とりあえず白身魚と大根やキュウリを酢に漬けた、いわゆるなますから出した。あつものに懲りて吹くやつね。
「うんまー!」
「さすがは儂の孫。儂さいこう」
「次はこれを宿の定番メニューに……」
「つまみが美味くて酒も美味い!」
オシモさんは食べてる時は商人らしい冷静さが一切無いな。お爺ちゃんは私を褒めすぎてネタが無いので自分を褒めだした。意味は分からないが。
宿屋のウシオさんは私を料理の師と仰ぎ始めている。オキヤシさんは飲み過ぎである。
「さすがはお姉さまですわ!」
何故かストーカーが私の家でご飯を食べているが実は最近近所の子供たちが入れ替わりで私の家にご飯を食べに来ている。私のご飯は美味しいらしい。まあ現代の料理だからね。そんなに凝った物は作れないんだけどな……。
まあでも、私が釣る魚が不味いわけがない!
いや、食べられない魚もたまに釣れるけどね。
少し熱気に当てられて外に出る。
田舎だから星空は綺麗だ。幾億の星が今日も夜空を寂しく照らす為に何千何万と言う高温で燃え上がり無駄にエネルギーを散らしている。私のこの小さな満足の為に。
そんな事を思いながら厨房を出る時に作ったホットヨーグルトを煽っていると、暗い路地から数人のフードを被った人たちが現れる。
「今日は反女神教団か、暇だね」
「何を言う!」
こいつらは女神様の行った裁きを大災厄として、大神災から数百年経った今も女神様を恨んでいる暇な人たちだ。いい加減働けば良いのに。
「我らは女神に管理された世界から自由を取り返すのだ!」
「いやいや、女神様そんなに手を出してないじゃん」
やはり反女神教団とか名乗ってる人たちだ。この人たちのお陰で私はあの中二神を中二病の可愛い子にしか思えなくなったんだが。
全てが思い通りになる全くの自由なんて何もないのと同じでつまらないし、他人の事は思いやらないって事だし、誰にも守ってもらえないって事だ。誰とも関係を持てないって事だ。
釣りをするのは魚や海、大自然のルールに束縛されながらもそれを出し抜くから楽しいんだ。
自然と深く関われるから、自分が自然の一部になれるから。スポーツやボードゲームと同じ、ルールやそれをまとめる人がいるから楽しいんだ。
自由ってそう言うゲームを好きに選べるって事だと私は思っている。
「我らが貴様を拘束する!」
「じゃあ出し抜くね」
「かかれ!」
馬鹿どもが掛かってこようとした瞬間、暗い路地にカツン、と、ヒールで石畳を蹴りつける音が響いた。おっと、暇人共が騒がしいから私より恐ろしい人が起きてきたじゃないか。
「私のシズクちゃんに何かご用?」
あなたのでは無いです、と言いそうになったが恐ろしいので言わなかった。現れたその人はその場にいた反女神教徒をスキルにより遥か遠い海の上に弾き飛ばした。
「マンサ様って凄く強いんですね」
「こう見えても女神様の寵愛受けてるからね」
女神の寵愛を受けし者にしてグラル女王国伯爵、マンサ・アミヤ様。
スキルは商人であり、アイテム劣化無しの無限収納なアイテムボックスを初めとして、拠点帰還、万能鑑定、視認範囲テレポート、質量無視などなど、経済の名の元に国家さえ滅ぼせる力の持ち主である。私の憧れだ。
そう言うわけで私はマンサ様に反女神教徒をなすりつけて夜釣りに出向くのである。
「いやいやいや、ちょっと待ちなさいよ!」
マンサ様の吊り上がった瞳が語る言葉は「私を無駄に働かせるな」だろうか、実に正論だと思う。私も無駄な事で働きたくないから。
仕事は楽しいのが一番だ。釣りとかね。
面倒だが、自分が釣った魚を解体から調理まで自分でしているように、自分が釣った人たちは自分で処理しないと駄目らしい。
釣りは失敗してもワクワクしてしまいますね。
逃した魚は大きい、と言う言葉の本来の意味は釣り人が逃がした魚を大袈裟に語ることから、いちいち話が大きいと言う意味だったと思います。
でもね、あのときラインを切った魚は間違いなくメーター級でしたからね!