釣りガール、デザートを作る
豆腐や石鹸などの研究をお願いしている商人のオシモさんに寒天作りのために氷の魔石を手に入れられないか尋ねた所、既に持っていた。かなり高価なはずなのに、オシモさんは実は凄い商人さんのようだ。
つまりレベル上げは無駄足だったか……。いや、釣りが楽しかったから全く問題は無い。帰ったら何匹か釣った岩喰いをどう調理しようかと考えているくらいだ。煮付けかな。
「本当に女神様の寵愛を受けた人の知識は素晴らしいね」
「かなり色々な事を女神様に教わってますね」
お節介なくらい鑑定などで力を貸してくれている。スキルも非常に有り難いし。
「それでまた新しい料理を作ってくれるんだね?」
「本当に食べるの好きなんですね。お砂糖と果物が何種かあれば作りますよ」
デザート作りは本分ではないんだよね。後輩ちゃんは得意だったけど。中三の時のバレンタインにもらったチョコケーキが美味しかった。
あの子が同じバイト先に来たのもナミエと同じ動機だったのかも知れないな……。いや、考えまい。知り合いにレズっぽい人はたくさんいたがストーカーはナミエだけだった、と、思いたい。
さて、怖い妄想を振り切る為にもデザートを作るか。
「お姉さま、私もデザートは得意ですわ」
「そうなんだ? じゃあ何品か頼もうかな」
私はフルーツポンチにする。シロップを作ってフルーツと牛乳かんを盛ってかけるだけ。氷の魔石も使わせてもらえるし簡単だ。ナミエは何故かホットケーキを焼いている。ベーキングパウダー無いからあんまりふんわりしないだろうと思うのだが結構柔らかそうだ。牛乳を混ぜたり卵を泡立てている。スフレって奴かな?
この世界は近代的だし(この辺りは田舎だが)重曹なら探せばあるかも知れない。生クリームとかも有ればなあ。生クリームくらいなら作り方も知ってるけど釣りとか海に関係無いしこの村のメリットにはならないよね。何より釣りの時間が減る。
ナミエが「どこまでも釣りですか?」と言ってるが今更だろう。
どこかに料理の得意な転生者は居ないだろうか? 料理人スキル持ちとか。
『いるわよ』
おお、また女神様の声が聞こえた。しばらく中空を見てぼーっとしてしまってナミエに心配された。
顔が近い。
しかし料理人スキル持ちがいるなら料理は相当頑張らないと村興しには使えないかも知れない。
この村には温泉と言う強みはあるが皆余りお風呂に入らない世界だし、他に有るものは塩や魚くらいだろうか。寒天もこれからだし、陸ではオリーブとレモンやオレンジ……。何かもっと特産品を作れるんじゃないかな。
魚の鱗でゼラチンは作れるんだけどあれは製法が面倒だし寒天で代用が効くからなあ。
ナミエに錬金術の研究をしてもらえばまた新たな特産品が出来るだろうか。それまで私は魚を釣るしかないな。
レベルを上げて私自身が行商するのも一つの手段かも知れない。しかし行商まで手を出すと忙しすぎて釣りが出来なくなりそうだ。村おこしにはなりそうだが……。
「釣りの時間があああ……」
「毎日釣りしてるじゃないですかお姉さま」
あ、またナミエに呆れられた。これからは減るかも知れないんだよ。
とは言え、塩の輸出は捗っている。オシモさんのお陰だがオシモさん自身卸問屋みたいな仕事でたっぷり儲けてるみたいだ。税収も上がっているがほとんどオシモさんの税金だったりする。仕事も塩田の仕事は手が足りないくらいらしい。
三人でデザートをうまうまと食べてから帰宅した。
◇
魚がかなり余るので宿屋に売りに行く事にした。
実際村の中で売る分にはそんなに傷むとかも気にしなくて良いか。せっかく製氷スキルを手に入れたんだし氷たっぷり使えばかなり長い時間新鮮さを保てるはずだ。無駄スキルにならずに済んで良かった。
一日に食べるだけ釣るのではもうレベルが上がらなくなってしまったから仕方ないよね。
朝まずめで大量に釣って日中は売り歩いて夕まずめで晩御飯を釣る。良いのではなかろうか。良いのではなかろうか。大事な事なので二回言ってみた。ナミエがそうするのがルールのように言っていたので。
それはさておき、宿屋の料理人ウシオさんに岩喰いを見せてみた所金片貨二枚出す、と言われてしまった。
……今まで私お金使った事無かった。信じられないだろうが私は六歳児だしこんな寒村では物々交換が主流でお金なんて大人でも使わない人がいるくらいなのだ。だが私も村長の孫。硬貨の価値くらいは知っている。硬貨は銅貨一モグル、銀片貨十モグル、銀貨・百、金片貨・千、金貨・一万の価値があるのだ。
ちなみに片貨とは何百年か昔にはそれぞれの硬貨を四等分した物を使っていたのだが今は同質量の四角い板が使われている。紙は安価になっているが紙幣はまだ生まれていない。
金片貨二枚、二千モグルとは……この宿で二十五回ご飯が食べられるくらい……大金である。大金である。思わず二回言ってしまった。一匹でなのだから驚きだ。
「誰がそんなにお金を出してくれるんですか?」
「あの商人さんみたいな人がいつも何人か泊まってるんだ。うちのスイートルームは何故かお貴族様にも人気でな」
こんな超絶ド田舎に貴族様がどうして訪れるんだろう? たしかニッケル騎士爵様もそんなに交友関係は広くないはずだ。昔うちの村に子供のプレゼントを持ってきた時に付き合いが少ないから時間に余裕があると言っていた。
「何故でしょう」
「俺にもさっぱり分からん」
一つ考えられるのは魚好きな内陸の貴族様がわざわざ足を伸ばしているケースか。塩を馬車で持ち帰れば内陸部なら一財産になるし最近のこの村の塩は言うなればブランド品になっている。
魚好きな貴族様なら半身をソテーにしてレモンなんかのソースをかけて飾り付けてコース料理の一品として提供すれば全部で金片貨数枚くらいは出すのかも知れないな。バカンスでスイートルームなら相場だ……が。
「こんな小さい宿でスイートルームですか……」
「あるんだよ、一応騎士爵様とか伯爵様が稀に泊まるからな」
それはそれで部屋が足りないんじゃないのかな。お爺ちゃんに温泉宿の拡張を進言した方が良いのかも知れない。
「まあでもその値段なら売りますよ」
「有り難い。魚拓とか有れば買うが」
魚拓……ああ、納得した。岩喰いは魔物だ。お貴族様なら「こんなデカい魔物を食った。美味かった」と証明する手段が欲しいはずだ。なるほど、気付かなかったが良い商売じゃないか。
「今すぐ取るよ」
「じゃあ金片貨一枚でサインも頼むよ」
さ、さいん……、まあ証明だから必要か。何か嫌な方向に話が進んでる気がしなくもない。
デザート作れますが苦手です。