釣りガール、アジで商人を釣る
使う魚はアジだ。
新鮮なら刺身やお寿司にしても、普通にフライにしても美味しい魚だが私の得意レシピはそれとは違う。
まずはソースを作る。もう使い慣れてきた果実酒に玉ねぎ、にんにくと林檎を擦り入れ、トマトを多めに微塵切りにして加え、低温でゆっくり加熱しつつスプーンなどでかき混ぜる。トマトが潰れてから塩胡椒、レモン汁、魚醤で味を整え、火を通したら出来上がりだ。配膳する前にもう一度火を通すと美味しくなる。
そしてアジは三枚に下ろし皮を剥ぎ肉はミンチにして、あればネギかニラ(割れやすくなるので何も入れなくても大丈夫だが、臭い消しに必要なら微塵切りにした生姜などを足しても良い。玉ねぎを入れるならつなぎに卵、パン粉を使うと更に割れにくくなる)、小麦粉、塩胡椒などを混ぜてまとめて……ハンバーグを作る。
そして残った骨も塩胡椒を振り小麦粉をまぶして粉を落としたら揚げる。低温(低温過ぎると仕上がりが悪くなります)で八分くらい、高温で一分と全体で十分くらいかかるが、サックサクに仕上がるので村の人にもやってみて欲しい料理だな。
この料理で重要なのは水分をしっかり飛ばす事だ。前世ではお馴染みのスナック菓子の食感の骨チップが出来上がり。骨煎餅とも言われる料理だね。
ハンバーグに添える野菜を用意しておく。
ハンバーグはゆっくり中まで火を通して表裏に焦げ目がついたら出来上がりだ。 魚の臭いが気になる時はあらかじめ料理酒やマヨネーズ、牛乳、生姜などを好みで試してみると良い。新鮮ならまず臭わないけど。
どうしても古くなった物を使う時は三枚に下ろした時に皮付きのまま塩で締め(そのまま保存して生ハム状にしても良い)、塩を洗い流したらしっかりとキッチンペーパー(この世界には無いので布)で水気をしっかり切ると身が締まって臭いも落ちるので使いやすい。皮を剥いだらできるだけ粗微塵切りにしてまとめると良い(細かく微塵切りにしすぎるとまとまりが悪かったり食感が粉っぽくなる)。
魚ハンバーグが私が前世で、多分一番多く作った料理だ。ソースもトマトの微塵切りをピリ辛にしたりオールスパイスやクミン、ガーリックパウターなどの香辛料を好みで加えたり、いろいろバリエーションがある。
だけど様々な地方を巡り様々な美食に触れてきた行商人さんにハンバーグが受けるのかは心配だよね。さあ、オシモさんの反応はどうだろう……?
「ず、随分と早かったな嬢ちゃん」
「慣れてるからかな?」
実際アジの肉は柔らかいので微塵切りにするのは簡単だ。豚肉を包丁で荒く引いて作る肉感の強いハンバーグも好きだったがアジで作ると凄くふんわりしたハンバーグになるのだ。ソースはポン酢と大根おろしでも良いし、甘辛いのが合う。かなり美味しい。
遂に行商人さんが私の魚料理にナイフを入れる。ソースを乗せたハンバーグをフォークで口に運ぶ……。
「うんまあい……」
何か鼻から息を漏らしながら行商人さんは呟いた。気に入ったようだ。子供とかが好きそうなメニューでは有るけど前世の父親が言うにはお酒にも合うらしい。
前世でバイトしてた居酒屋に一つ年下の女の子がいた。私と同じで父親しかいなくて、良くお酒のつまみを何にするか二人で話し合ったのを思い出す。
魚ハンバーグに使うアジはいろいろ応用が利くから釣って行くと喜ばれたな。二人でいろいろソースを変えてみたりしたものだ。
「酒くれ、このパリパリのは酒と食べないと駄目だ!」
骨チップは材料が骨なんで本当にこんなのがパリパリになるのか心配になるが、十分に水分を飛ばせばまさにスナック菓子な食感になる。これも美味しい。近所の子供に作ってあげようと思っていたメニューだ。
「お嬢さん、私はこの村に店を持たせてもらうよ!」
「あは、有り難う御座います!」
村に店が増えると行商人は大量に売り買いしてくれる顧客を得るようなものだ。店が必要とする在庫の分だけ行商人は余計に物が売れる。特産品のまとまった買い物もできる。そうなれば村に行商人が増えるし、行商人が増えれば交易も増えて便利にもなるから人も立ち寄りやすくなる。好循環だ。
ただ村の需要は変わらないから行き交う人をもっと増やさないと駄目だし、そのためにはやはり海に出られるようにならないと駄目かも知れない。
今は交易に使える加工品を増やさないとね。
「そう言えばこの村で買った塩が大層評判が良くてね、私はここに根を下ろすから行商人仲間にも紹介しておくよ」
なんだこの人神か。
これは海老で鯛を釣るなんてレベルじゃないね。アジで行商人が一荷で釣れてきた感じだね。
「そうだ、お嬢さん、この村の村長さんを紹介してくれ」
「お爺ちゃんですね、分かりました」
「村長さんのお孫さんかい?」
「はい!」
ほうほう、と行商人さんは顎をさする。しかしこの人さっきお酒飲んでたよね。
「ああ、今日は家の場所だけ教えて欲しい。明日行こう。……明日もまた君の魚料理を食べたいね」
「じゃあ何か考えておきますね」
「楽しみだ!」
行商人さんに家の場所を教えると私はそのまま家に帰る事にした。村の発展の入り口が見えてきたね。
まあゆっくり釣りしたいから急がないけどね。
家に帰りお爺ちゃんにその話をすると同じ料理を強請られた。仕方の無いお爺ちゃん。
そして数週間後、その料理が村に広がり過ぎてアジが釣れなくなった。他の魚でもハンバーグは出来るんだけどなあ……。
◇
せっかく海藻鑑定を手に入れたので私は昆布や天草を拾う為に海に潜る事にした。近海にも危険なモンスターはいるが村の子供たちはたいてい危険なポイントは理解している。まだ六歳の私でもだ。
「シズク~、今日は何を釣るんだ?」
「今日は海藻を集めるよ」
海藻? と、アタルと子供たちは首を傾げた。
子供たちを置いて私は海に飛び込む。ワンピースの白の水着は褐色の肌で金髪の私だととても目立つ。しかし水中では目立たなくなる。
さて、海藻を次々鑑定にかけて必要な物を……目が痛い。釣具召喚で水中メガネを召喚出来ないかと思ったら出来た。一旦水上に出た私は水中メガネを装備してもう一度潜りなおす。
この村で住むようになって潜水一分は余裕だったがレベルアップの効果か五分潜っても苦しくない。スキルを使い始めた最初の頃から比べると戦闘力で十倍になっているのが効いているのだろう。
深く潜って海藻を集めているとビックリするくらいアワビやサザエが海底に張り付いていた。
ここの村人たちは海を知らない内陸部に住んでいたのだ。多分美味しさを知らないのだろう。いくつか拾って持って帰ろう。
クーラーボックスは一々召喚しなくても物を持ち上げて収納する事を意識したら入れる事ができる。
試しに張り付いたままのアワビに手を触れて収納を意識すると入れられた。
普通アイテムボックスと言えば生物を入れられないのだがこれはクーラーボックスなので生物を入れられないと困る。いったいどのサイズの生物まで入れられるのだろうか。……人間は……いや、無理だろう。自分が入ったら困るし、他人を入れるのも怖すぎる。無理だと思いたい。
しかし思わぬ収穫があった。帰ったら色々な物が作れそうだ。
◇
子供たちが集まる中で収穫した物を出して見せる。やはり貝類は興味を引いたようだ。ふと隣を見るとアタルが何か拗ねている。
「シズクんちばっか美味いもの食ってるよな……」
彼が言ってるのはアジハンバーグの事だろう。ブレイクして困ったので村人が食べないキハダマグロっぽい魚のサクでもハンバーグが出来る事を教えた。アジを乱獲されたら鯵フライを作れなくなる。
「これはそうだね、ステーキにしても美味しいよ」
醤油が有ればかけて焼くだけなんだけど無いからステーキにするのが一番じゃないかな。干してから煮込めば高級料理も出来るんだけど干しアワビって作るの三年くらいかかった気がする。薫製してもらって軽く干して試してみようかな?
貝類を皆にお裾分けしてから私はとりあえずは昆布だけを干す事にした。
私が使った魚醤は普通のお醤油とは全く別物でしたね。辛子とは相性良かったですが。