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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
アイドルと魔装解放編
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第四話 ゲームボード(1)


 第一印象としたら、細身で長身,高学歴の男だとでも言うだろう。

 彼の身体を包むのはギルドの技術を使った魔具である服。腰から下がるは一振りの刀だ。その刀は細く長い、レイピアと呼ばれる剣の一種であり、それすらも一つ一つのパーツを吟味して磨き上げられた高級の部類に入る武器型魔具で、彼の愛剣だ。

 顔には片眼鏡をかけて、手には大き目の魔導書。

 ではなく、アルバムがあった。


「あぁ、邪魔が入っているようだね。彼女が必要なだけなのに」


 男の執務机の後ろの壁には大きな旗に描かれたギルドマークが金糸によって輝いている。

 彼は手元のアルバムの中で笑顔を向ける鳴神華音を指で撫でる。それは愛おしそうでもあり、獲物を狙う獣の様でもある視線で彼の顔つきが落ち着いた美形であるが故に不気味だ。

 武装ギルド<ディミオス>のリーダー、佐島望は艶めかしい溜息をつくとアルバムに映る華音を抱きすくめる。その動きはまるで恋人を迎え入れる動きそのものだった。

 部屋にこの男以外の人物がいたら一言で変態と片付けただろう。


「華音、僕だけのアイドルでいて欲しかった。なのに、なぜオーダーに入ってしまったんだ!」


 男の表情が一変した。瞳は鋭く光り、アルバムを持つ右手とは逆の手で壁を思い切り殴りつける。

 佐島はアルバムを大切そうに執務机に置き、パソコンで情報系魔法のネットワークを立ち上げる。そこには多くのギルドの名前が記されていた。


 第一位:医療ギルド<使徒>

 第二位:商人ギルド連合<恵比寿‘s>

 第三位:医療ギルド<インフィニット>

 第四位:工業ギルド<山崎製作所>

 第五位:総合ギルド<WELT・SO・HEILEN>

 第六位:武装ギルド<JACK・O・LANTERN>

 第七位:工業ギルド<葵>

 第八位:医療ギルド<オーソリティ>

 第九位:武装ギルド<ディミオス>

 第一〇位:工業ギルド<SPEED>


 一昔前の暴走族の様なネーミングセンスだが、これら上位一〇位のギルドは正直洒落にならない程、社会への影響力を持っている。

 佐島のディミオスも同じだ。

 しかし、笑ってしまうのがこの世の中の仕掛けの単純さだと佐島は卑しい笑みを浮かべる。つい最近の事ではあるが、佐島はスキルに覚醒したのだ。それからというもの、ギルドの人気はうなぎ上り、政治家などの要人も手の平を返して自分のギルドにすり寄って来た。今では弱みを手綱にしてその連中すら意のままに操ることが出来る。

 一つの力でこの変わりようだ。全く、今までしてきた努力なんかただの時間の無駄であったとさえ思えてしまう。

 覚醒したスキルは魔法を発動直前で停止させて置き、ストック分の魔法をラグ無しで放てるという物だ。

 それを魔具に応用しただけの事、金も地位も転がり込んできた。

 鳴神華音と言う、彼の幼馴染を除いては

 彼女も同じだ。スキルの力によってアイドルとしての地位を得た。佐島と華音は同じ立ち位置にいる人間のはずだ。彼は強くそう思っていたが、彼女は自らオーダーへと入りその地位を降りた。

 佐島はそんな彼女が許せなかった。

 分かり合えると思っていたのだ。愛してくれていると思っていたのだ。いつまでも覚えていてくれると思っていたのだ。

 だが、彼女は遠くへ行ってしまった。


「華音。君は、僕を覚えてもいないだろう⁉ 思い出させるよ、僕の事を、もう二度と忘れられないようにね」


 狂気を孕んだ瞳で彼は絞り出すようにそう口にする。

 その時、部屋の扉をノックする音が響いた。


「入れ」


「失礼します。ギルド長、二度目の襲撃の件ですが・・・・・・全滅、との報告です」


「またSPECTRE,sか?」


 佐島の不機嫌な声色に資料を持って入って来た部下は思わず目を逸らしてしまう。

 彼の機嫌は出来るだけ損ねさせたくない。下手すれば殺されるからだ。


「アイツら、多分と言うか・・・・・・絶対にWELT・SO・HEILENの連中だよね? 僕のギルドに何の要件だろう?」


「多分ではありますが、理由は特にないかと。ギルド戦を行うにしても、何もメリットがありません」


「だよな? でも、僕に盾突いたことに変わりはない。しかも、カスとは言え構成員を殺されている。黙っていたら舐められるじゃん」


「はっ、では、WELT・SO・HEILENへの圧力をかけるべく行動いたしますか?」


「いや、華音が先だ。彼女がいれば、上位ランキング三位の位置は確実になる。そうなった時に一気に潰してやるさ、WELT・SO・HEILENは七人しかいないんだろ?」


 部下は「そうですね」と返したが、心の中では反発していた。

 WELT・SO・HEILENは七人しかいないのではない。七人しか、確認されていないのだと。

 そして、その七人だけのギルドが上位五位にいるのだと、部下は声を大にして言いたかったが、それをプライドの高い佐島が聞く確率は低かった。


「でも、連中を抑えるのも必要だな。探れ、そしてメンバーを見つけたら殺せ」


「いいのですか? 殺しては情報が聞き出せません」


「ハッ、ギルド戦でもあるまいし小競り合い程度の死者でムキになる所はない」


 部下は頭を下げると、部屋から出た。

 確かに普通のギルドならそうだ。幹部が殺されたとなると話は別だが、構成員が一人や二人死んだ所で小競り合い程度に収まる。

 だが、WELT・SO・HEILENの七人全てが幹部クラスだとしたら? リーダーが前線にいる様なギルドだとしたら? ギルド戦の引き金をディミオスが引く事となる。

 部下は、意を決し命令を破る事を実行に移す。

 ギルド戦は地獄だ。それに、ディミオスは互角の相手との戦争を経験していない。

 リーダーは愚か者、経験は浅い、その時は下にいる人間が根性を見せなくてはいけない。部下の男は仲間の元に、偽りの命令を持って向かった。



 WELT・SO・HEILENのメンバーは第一〇位と第八位のギルド長に会うために奔走している。

 正明は自分の船の船長室で送られてくる大量の資料に目を通していた。

 これはギルド戦のための情報ではなく、普段行っているギルド運営の商品リストだ。その確認は正明と秘書でもあるメイド長の仕事だ。


「みんな。大丈夫かな? SPEEDとオーソリティは仲が良いギルドだから衝突は無いだろうけど、協力は難しいかな」


 他のギルドに手を回すのはギルド戦となると重要な事だ。友好な関係にあるギルド、例えばお互いに顧客同士であるギルドのつながりは深い。WELT・SO・HEILENはそのようなギルドを多く持っているのが強みでもある。ランキング底辺時代からの付き合いのギルド、上位に上がるために協力したりスポンサーを買って出る事もして来た。勿論、その逆もある。

 第一〇位と第八位は底辺時代に共に駆け上がってきたギルドだ。


「元気かな? あの二人」


「正明様。今はこちらの業務に集中して下さい。ギルド長は正明様も同じ、この業務もギルドを守るためには必要な事です」


 静かではあるが厳しい言葉に正明は笑顔で「はい」と返す。

 髪を短く切り揃え、涼し気な雰囲気を纏うメイド服姿の女性がそのメイド長なのだが、彼女は人間ではない。

 このギルドにいる使用人は全員が人外化施術を過去に受けた者達であり、老化から解放されてはいる。

 メイド長も見た目は二〇代前半だ。


「メイド長、秘書なんかさせてごめんね? 忙しいだろうに、僕の能力が足りないせいで」


「いえ、正明様は我々に生きる意味を下さいます。外に自由に行く事を許可していただき、仕事も、その上休日までも下さいます。これ以上の事を正明様に望む事など」


「年上にそう言われるとなんかむず痒いね。懐かしいよね、始めて此処に来た時に僕を女の子だって思って間に合わせでメイド服を着替えによこしたよね」


「正明様はずるいお人です。可愛らしいお顔で、男の子と知った時は驚いて声を上げてしまいました。ご無礼を承知で申し上げますが、私は正明様を我が主人であると共に、我が子の様に愛しております」


 正明はその言葉に赤面する。

 彼には殆ど母親なんかいない生活を送って来た。一四歳だった九年前までは妹以外に周りに人がいなかったのだ。船に乗った日に一気に家族が増えた気がしたのは気のせいではない。

 使用人の全員が多分メイド長と同じ気持ちだろう。

 正明は資料を全て見終えると、正明はメイド長の方を見ていたずらっぽい笑みを浮かべて一言だけ発する。


「手伝ってくれてありがとね、お母さん」


 メイド長は目を丸くして仰天する。

 正明は彼女に何かを手渡すと、そのまま身体に猫の耳がついたフード姿になる。


「ハンドクリーム。切れかけているって、メイドの一人と話していたよね? へへっ、買って来た。一緒に仕事手伝ってくれるお礼」


「ま、正明様。こんな、私の為なんかに」


「みんな仲間だし、僕を助けてくれた恩人だから。そして、使用人のみんなは僕のお父さんで、お母さんでしょ? 息子の親切ぐらい、素直に受け取りなよ。じゃ、オーダーの方を見て来るね」


 正明は転移魔法で街の方へと消えた。

 メイド長は手に握ったハンドクリームを見つめて微笑みを浮かべていると、部屋の入り口で笑顔で覗き込んでいる執事長と目が合う。

 

「お優しい方です。二〇〇年前の主人の血を継いでいるとはいえ、彼は彼女以上の器かもしれませんね」


「そうですね。我々は、彼の血統を見守るために存在する者。しかし、彼はそれ以外の生き方もあると見せてくれる」


「メイド長・・・・・・お母さんって言われて顔が真っ赤ですよ」


「い、いつから見ていたんですか!」


「最初からです。そして、貴女の朝のシャワーも覗きましたので下着がライトグリーンとわかります」


 メイド長はいつも通りの執事長に張り手を喰らわせた。

 こんなのが父親ね、とメイド長は張り手をご褒美と言わんばかりに受け入れる彼を甲板から突き落とした。



 オーダーの操作はいきなりの大発展を見せていた。皮肉にも死神の飼い猫の力によってだが、彼女の助言がなければ確かにたどり着けなかった答えな事もあり、オーダーのプライドが傷ついていた。

 竜崎由希子は解体されたディミオスの魔具の残骸を無表情で眺めている。

 武器の解体はオーダーの方でも行っていた。その時はこんな意味不明な液体は現れてはいなかったのに、何故このタイミングで、しかも死神の飼い猫が解体した物だけがこのような代物なのか? 答えはいくつか考えられる。


 まず、ディミオスを陥れようとするSPECTRE,sの罠。

 また、ディミオスとSPECTRE,sは敵対関係であり死神の飼い猫だけが魔具の正体を現す解体方法を知っている。

 そして、意図は読めないがこの二つの組織は共同戦線を張って何かを行おうとしている。


 由希子は二つ目の可能性が一番濃いと思っている。

 SPECTRE,sは喫茶店襲撃の犯人グループを殺している。捕まえた連中から殺された奴らの仲間である事は聞き出すことが出来た。ならば、共同戦線の可能性は薄い。

 それに、仲間を殺す作戦を死神の飼い猫が行う訳がない。

 彼女は犯罪者以外は身を挺して守っている。そして、仲間の被害には罠にすら飛び込んでくる様な女であると、由希子はその点は尊敬の念すら覚えている。

 彼女が逃げずに隊員の前で銃を解体し、犯行を行う組織を教えて、隊員や周辺を巻き込まない魔法で構成員を無力化して、生きた状態でこちらに引き渡してくれた。

 この行動は荒削りではあるが、捜査協力だ。


「アイツ、我々にギルドを調べろと言うのか? 国がグルの可能性もある連中だぞ?」


 頭を掻きながら呟くと、由希子は事務所から出ると学園の方へと歩き出した。

 廊下を歩くと他の生徒が道を開けて挨拶をしてくる。いつも背負っている大剣は事務所の方へと置いているので持っていない。それなのにこの対応は少し彼女の中では嫌なものだ。

 強者に媚びるだけの人生に何の価値があるのだろうか?

 昨日の夜に出会った正明も一見するとすれ違う生徒たちと同じ様でもあったが、まるで違う。

 まるで全てを見透かされているかのような。「いざとなれば、お前とも戦える」とでも雰囲気が述べているのだ。彼女は紅の優等生達には存在しないタイプの人間なのだろう。弱い立場で、黙々と力を蓄えた者が見せる隠れた自信、手の内を見せない用心深さ、力有る者の視線を潜り抜ける狡猾さ、全てがあの小さく細い体に詰まっているのだろう。

 華音はその魅力の正体に気付いていないようだが、もし、魔法の力が強ければ彼女は死神の飼い猫にも匹敵。

 いや、もしかしたら由希子すら超える魔法使いになれるかもしれない。


「由希子隊長! おはようございます!」


「あぁ、おはよう」


 由希子はすれ違う同級生の敬語に普通に返答するが、同級生はまるで上司に対して頭を下げる部下の様だ。オーダーのメンバーには活動以外の時間は対等の立場だと言っているのだが、周りがこうならばメンバーも敬語をずっと止めない。

 由希子はふと窓の外に視線を移す。

 見えるのは蒼の劣等生専用校舎。

 紅の優等生専用校舎から見えるのは見栄えが良くないと言う理由で幻術によって隠すと言う案が生徒会の中で持ち上がっていた事を思い出しながら、由希子はぼんやりと彼女がいるであろう校舎を眺める。

 蒼の劣等生と呼ばれているが、中には正明の様にただ者ではない人物は多くいるように感じてしまう。

 才能を持ち、生まれながらに努力すればそれ以上の結果を手にすることが出来た自分とは違う。魔法の才能がものを言う世界で必死に生きてる人々、魔法使いとしてではなく人間としての魔法以外の能力で勝負する人々。

 由希子の憧れだ。


「此処に、彼女を呼びたいものだ。そして、共に・・・・・・いや、それこそ強者のエゴなのかもな」


 正明はきっと拒むだろう。

 彼女の精神は地位を欲しがらない。


「ん?」


 その時だった。由希子は蒼の劣等生専用校舎の屋上に人影を見つける。視力を魔法で強化してそこへとズームする。

 白い猫耳のついたパーカーの上に学校のブレザーを着て、貯水タンクの近くで何かをしているのは昨日の夜に出会った正明だった。


「噂をすれば、だな。アイツ、なにしてんだ?」


 正明は手に持っている水が入ったペットボトルをキャップを開けて思いっきりぶちまけた。

 普通なら辺りに水が撒き散らされるが、水は浮き上がり彼女の周りを衛星の様に回り始めた。さらにペットボトルから水を出し、水によって屋上全体を美しい非現実的なアートにしてしまった。

 まるで地図や魔法陣の様に水は姿を変えて、文字にも記号にも似た物が目まぐるしく入れ替わるように浮かぶ。

 水をどんな魔法で浮かしているかは不明だが、アレと似た事が出来る生徒は紅の優等生にも少ないだろう。それに、正明はその水で遊んでいる様にも見える。クルクルとターンを決めて、腕を流れる様に動かして踊りと言うよりは、舞にも思える動作をしてる。

 その上、彼女は少しだけ飛行魔法で浮いている。


「あ・・・・・・やっぱり、魔法、使えて」


 由希子は唖然としてその美しく、幻想的な正明の(水の舞)をしばらく眺めると、弾かれたように彼女の元へと走った。



「ゲームボードは出来上がりつつあるね。どれどれ、志雄の方は? ん? 成程、連中もバカじゃないか。SPECTRE,sの正体がWELT・SO・HEILENと知っていたようだね。上位ランキングの新参だから知らんだろうと思っていたけど、甘かったね」

 

 正明が展開している水の魔法陣は巨大な即席広範囲通信魔法だ。

 受信しかできないは、かさ張るは、派手だはとあまり褒められた術式ではないが、一方的に情報を集めるにはもってこいなのだ。仲間達の情報が次々と入り込んでくる。

 どうやら、ディミオスはWELT・SO・HEILENの情報を集め始めらしい。

 だが無意味だ。

 ギルドの場所は何処のギルドもわかっていない。全国に小規模なダミー会社を作り上げてそこで魔具を作っていると嘘を吐いてるから初手で偽情報を掴む事となる。

 連中の情報収取も粗末なモノで、新参の分際で周辺ギルドの協力を仰いだことだ。

 ディミオスはいきなり上位にランクしたが、その際に周囲のギルドに挑発的な事ばかりをしていた。まずは敵になるかもしれない相手で有っても挨拶だ。いきなり印象を悪くするようなバカを行うギルドにはどこも手を貸そうとは思わないだろう。

 証拠として、協力を仰がれたギルドが警告をWELT・SO・HEILENに送ってきている事だ。


「でも、不気味だ。そんな事を知らないほどバカなのかな? あちらのボスもギルド長だし、ギルド戦は経験しているはずなんだけどな。でも、おかしいな? こんなに我武者羅に動くなんて」


 加々美、アイリスがディミオスの構成員と戦闘。返り討ちにするが、数名を取り逃がす。

 京子が第八位ギルドの協力を承諾。

 宗次郎が第一〇位ギルドとの取引に成功。

 八雲が華音を発見、その周囲に構成員を活動を認識。


 正明の頭上には様々な情報が飛び交っている。美しく蒼く発光する魔力を纏った水は、情報を正明以外には読めない文字で情報を浮かび上がらせ、彼の脳と瞳の中に読み込まれていく。

 左目が輝き、街中の仲間達の動きからその場の状況までが手に取るようにわかる。だが、ギルドの戦いにおいてはまだ足りないのがギルドの場所だ。

 ギルドの場所を明かしている場合は大手の物が多い。

 だが、ディミオスは組織的には大きいがギルドの場所を隠している。


「ハァ、華音の私生活を見張る事も必要かな? 表の世界ではオーダーを動かして釘を打ったから逃げ場はない。これ以上構成員を捕まえられるのはマイナスだから襲う事はしないだろうけど? あ、誰か来た」


 正明は用心のために張っておいた探知魔法に反応がある事に気付く。

 水を一気に蒸発させて魔法陣を消すと、何食わぬ顔で正明はその場に寝転がった。

 直後に屋上に一人の生徒が飛び込んでくる。正明は匍匐でその生徒を貯水タンクがある場所から覗き込むが、その生徒は正明が予めそこに居る事を知っていた様に見上げて来る。

 隠れるが、パーカーの耳が見えてしまっている。


「正明か⁉」


 正明は伏せた状態で飛び上がりそうになった。声の主は竜崎由希子だ。


「見たぞ! あの水を使ったエフェクト魔法! 蒼の劣等生にそんな事を出来る奴なんかいない! お前、やっぱり力を隠していたな!」


 正明は焦りで脳が痺れるような感覚に襲われる。

 必死に息を殺すが、彼女は貯水タンクへと梯子を登って来る。正明がさらに顔を青くするが、彼女は止まらない。

 正明は貯水タンクの後ろまで行き、また隠れる。


「正明! なんで逃げる⁉」


「誰ですか⁉ 僕はそんな人じゃない!」


 梯子を登り終えた由希子はさらに正明へと距離を詰める。

 正明はそのまま屋上から飛び降りた。飛行魔法を使い、大急ぎで校舎の中に逃げ込む。

 由希子に見られた事は最悪の誤算だ。紅の優等生専用校舎から見えたのだろうか、しかし屋上には幻術を張っていたのになぜ見えたのか。

 正明は腰のホルスターを見る。

 

「あぁ~! もう! 割れてるよ」


 小瓶の一つにヒビが入っているのが見えた。

 多分この瓶で幻術を張っていたのだろう。これで魔法を使っていたのだとしたら確実に失敗しているだろう。

 正明は探知魔法を張る。

 屋上から由希子が全力で降りて来ているのがわかる。彼女は探すつもりだ。

 正明は人気のない場所を選んで降りたが、ホルスターの魔力を確認する。


「まだ大丈夫。でも下手したら、僕が死神の飼い猫ってバレる」


 正明はそう呟くが、自分はしなくてはいけないことがある。

 今の失態は後回しにしなければならない。この近くで八雲が華音を発見したと情報が入って来ていた。もしかしたら、ディミオスが側にいる可能性が高い。

 八雲一人でも良いだろうが、相手の技術力の底を見ていない事が八雲を倒すかもしれないと考えて二人いた方が良いだろう。

 正明は探知魔法の効果範囲に八雲が居る事を察すると、そこへと向かった。

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