開戦前(3)
1
オーダー操魔学園支部にある取り調べ室から重い表情で鳴神華音は出て来た。
何を聞いても無駄とはこの事だ。
捕まえた襲撃事件、とは言ってもテロに近い犯行内容だが、その一人を尋問したは良いが彼は体の中に精神系魔法を構築しており、解くことは難しい。無理に解くと言うのならば可能ではあるが、それはかなり危険な事をする羽目になる。人権を無視した拷問にも近い方法で脅しをかけ、そして、癒す事で精神に隙間を作り出してそこにもう一つの精神系魔法を加えて上書きする事だ。
一人では出来ない。
繊細な心の揺さぶりをかけるには専門家の知恵が必要だが、精神を揺さぶりながら精神系魔法を使うなんて事はまず無理だ。一人が揺さぶり、一人が魔法をかけるのが得策だ。
しかし、此処はオーダーの事務所であり本拠地。
そこで拷問が行われては、世間の目は厳しくなる。
第一に、拷問なんて恐ろしい事は華音に出来ない。あの現場でSPECTRE,sが去った後にあまりにも酷い犯人グループの遺体のせいで吐いたのだから。
「どうしよう。難しいよ、この人何も言わないし」
「華音、やはりダメだったか? 仕方ない事だ。気を落とすだけ損だぞ?」
苦い顔をする華音を待っていたのは隊長の由希子だった。
背中に大きな剣を背負うその姿は正に剣士と言うにふさわしい風体で、とても頼りになる女性であり彼女の憧れでもある。
「無理です。とても外からの精神系魔法的アプローチでは解凍できません。それに、自信無くしちゃいました」
「ん?」
「今回も助けられてばかりでした。しかも、SPECTRE,sに命も市民の命も守って貰って。最悪ですよ・・・・・・戦えない、怖がり、口だけ、一人じゃ何も出来ない」
彼女の瞳には涙が滲んでいる。
由希子は困ったような顔をすると、華音の頭を軽く撫でる。そしていつもの威厳のある喋り方でなく、妹を宥める姉の様な声で話す。
「初めからなんでもできる人なんかいない。みんな一つ一つ、少しずつの積み上げで頑張っている。私達は普通よりも多くの事を早く積み上げる事が出来るけど、失敗をしない訳じゃない。私も同じ、いつもSPECTRE,sには勝ててないし、隊員も守れない無能だ」
「隊長は、そんな事ないです。頑張ってますし、強くて、頼りになって、私の憧れです」
「頑張っているのはお前もだろ? その事を認めてくれる友達もいるんじゃないか?」
華音は正明の顔が頭を過ぎる。
あの事件があってから会っていない。もう五日ほど経っているが、蒼の劣等生と紅の優等生にある確執を知ってからは蒼の劣等生専用の校舎に近づけていない。
彼女はとても怯えていた。一緒にいた志雄という女の子はしっかりしていたが、彼女は怯えてもう自分に会ってくれないのではと不安が胸に込み上げて来る。あの友達を失いたくはなかった。彼女がいる事で自分の中の何かが変わる気がするのだ。
正明は不思議な女の子だ。まるで、心も体も全て見透かされている様な気がする。
「はい、とても優しくて、怖がりで、不思議な友達が」
「その友達か、余程好きなんだな? その子が」
「はい! 二回しか会えていないけど、それだけでも彼女は私の心に入り込んで来て・・・・・・なんと言うか、新鮮な気持ちになれるんです。オーダーでもなければ、アイドルとしての私でもない、本当の私でいられるんです」
「良い友達を持ったな。その、不思議な友達に私も会ってみたいよ。名前はなんて言ったっけ?」
「伊達正明って言います」
「男じゃないのか? その、何と言うか・・・・・・あまりにも男らし過ぎる名前と言うか」
「その事、本人に会ったら言わないであげてください。凄く気にしているみたいで、前に(こんな僕でも女に見える?)って言って来て、凄く悲しそうだったんです」
「わかった。その子にとって話したくない過去なのだろうな」
「左目が蒼くて小さな女の子です。前髪に蒼いメッシュが入っているのでそれを目印にしてみて下さい」
「なんだ? 随分派手だな」
由希子は笑うとその情報を頭の中に放り込んだ。
蒼の劣等生と聞いたが、話によれば彼女は何かを秘めている可能性は非常に高い。もしかしたらスキル持ちである可能性も捨てきれない。
もしかすると、オーダーの大きな戦力になるかもしれない。
華音は先程の顔より少し明るくなって、隊長と共に彼女の話をして気を紛らわした。
その時だけ、彼女の事が良く理解できると錯覚できると華音は心の暗い部分で呟いた。
2
正明は街の片隅で佇んでいた。
何をしようと言うのではなく、ただただ待っていたのだ。多分ではあるが、今日はオーダーがパトロールをする事になっているはずだ。彼の左目は街を歩く白コートの連中の影を捉える。
「やっぱり、闇雲に隊員を強化してる。僕達よりも情報的に乏しいのは解るけど、標的も相手の正体は解っていないようだね」
腰に刺した銃は拳銃から、散弾銃状の武器となっている。
攻撃的には強い。闇雲な強化を見るに敵の危険度は理解したらしいが、正明達の様に精神系魔法の解凍には失敗したらしく、目立った捜索の情報は仲間からは来ていない。
「まぁ、敵を知ったからってどうも出来ないよね。オーダーや警察には手が出せないよ。しかし、どうしようかな? 手は出せないけど、睨まれたら連中は動けなくなるから此方としてはプラスなんだけどなぁ」
ギルドにはある種の治外法権的な物がある。
過去の吉原遊郭の様に、国からは切り離されて考えられている節がギルドには存在する。国の役人も一部の天才が作り出すオリジナリティー溢れる物が欲しいと言う、あまり褒められた理由ではないがギルドの存在は国からしても大きい。
上の連中が無茶をする時に便利なのだ。
法で縛りつけてしまえば、当然人の出入りは激しくなる。当然、世論の目からは逃れられない政治家や優主な人間は怪しげなものを購入すればゴシップの餌食だ。だが、ある程度法の外に置かれた組織ならパイプを一本通せば事が足りる。
直接会わなくても、ギルドメンバーを秘書やダミー会社の役人として接触させればいいのだ。
裏の人間はギルドの裏商品が買える。
その情報を表に持って行こうとする輩や、スパイは必ず翌日には姿を消す。
正明も過去に自分たちを嗅ぎまわった連中を粛清した事を思い出していると、デバイスが正明の好きなアニソンと共に着信を知らせて来た。
(正明。周辺ギルドと話を通したよ)
「京子? ありがとう。で? なんだって?」
(連中ね。商品の質も、新しい技術も特に出していないらしいよ? でも、何かお偉方や学者でも権威クラスの奴らを強請・ゆすっているとか、なんとかって)
「強請る? 何を使って? てか、意味不明すぎるよ」
武装ギルド<ディミオス>は正明の頭にクエスチョンマークを沢山浮かべて来る。
この組織の事を洗えば洗う程、ギルドとしてはメリットの無い事ばかりをしているのだ。
「もうさ、単純に華音を狙うのは彼女がイケない意味で欲しくて、強請るのはランキング上位を狙うための暴走でない? お偉いさんがこぞってパイプ繋げばそれはランキングも上がるよ」
正明は自分で言っていて嫌になった。これから情報を掻き集めて潰そうとしているのは奇人変人の見本市なのかと思うと、素顔は見せたくはない。顔さえ女ならば何でもいいと全裸で襲い掛かって来た人間と対峙した事がある彼は全力で仮面を丈夫にしておこうと決断する。
(正明⁉ 加々美だよー!)
(加々美ちゃん、声大きいよ)
(うへへ、ごめんごめん)
大声で加々美が通話に入り込んできた。
「加々美もなんかわかった?」
(あの変態共の核心を掴んだよ!)
「え⁉ ホント⁉」
(アイツら、鳴神華音の大ファン!)
正明は舌打ちを返す。
左目が光りを放ち彼の怒りを代弁する。今にも光線を発射しそうだ。
(し、舌打ち・・・・・・加々美ちゃん、正明を怒らせないでよぉ。また噛みつかれるよ?)
(でもさ! 鳴神華音の写真もそうだけど、ライブの映像だけじゃなくてストーカーまでしているみたいなんだ)
「変態じゃん! もう変態だよ! ただの拗らせたファンの集団じゃん! 武装ギルドじゃないよ! みんなで鳴神華音を愛でようの会じゃん! 握手した後に自分の手の匂いを嗅いだり、舐めたりする連中と同じオーラを纏っているぅぅぅ! なに? 彼女への偏愛が爆発して喫茶店へバンでGO⁉ 死ぬって! 彼女のHPじゃ一発だよ!」
正明はデバイスへと叫び声を上げる。
通行人がこちらを見て来るが、今の正明にそんなものを気にする心のゆとりはない。クレイジーサイコパスのギルドと知って失望と、憤怒の念が込み上げているのだ。
WELT・SO・HEILENの今の地位も、飛び級で来た訳ではない。毛色が違うギルドとして注目はされていたが、逆にそれが不信感を消費者に与えてしまった事で、長年ギルドランキングは名も無いギルド扱いだった。それを仲間と、使用人のみんなと、作り上げて来た魔具でやっとの事で五位の地位を手に入れた。
ギルドの場所を知られそうになり、壮絶な情報戦を行った。
いくつものギルドを奇襲して壊滅させた。
手違いで不良品の魔具を売りつけて大慌てでクライアントを追いかけて、大きな事件にも巻き込まれた。
魔法の力が及ばずにメンバー全員が殺されかけた事もあった。
そこまでしてやっと手にした上位ランキングベスト一〇入りを、アイドル追っかけでテロまがいの事をし始める変態ギルドが入り込んできたことに正明は激しい憤りを感じてしまう。
「絶対に、連中を壊滅させる。これは、ギルド戦じゃない。略奪だぁ・・・・・・舐めてくれては困るよってねぇ」
(落ちついてよ。その気持ちはこっちも同じだけど、不気味じゃない? ただの変態や愚連隊まがいのギルドは山ほどあるじゃん? なのに、なんでこいつらだけ上位に? 一〇位以下のギルドもみんな頑張っている連中ばかりだよ?)
(そうだよ。加々美ちゃんも言う様に、絶対に裏があるよ! リーダーが感情的になったらおしまいだよ)
正明は、近くにあったベンチに腰を下ろすと大きく息を吐いた。
その通りだ。
みんな努力している。その中で、そんな計画性の無い連中が上位にいるのは絶対に裏がある。
「ごめん・・・・・・バカだなぁ、僕が暴走したらダメなのにね。ありがとう」
その場で正明は頭を下げる。自分の提案に乗ってくれた仲間達、見えない所で頑張っている使用人のみんなに、彼は謝罪と感謝の念を込めて頭を下げる。
一人の戦いではない。だが、一人が暴走すると計画も何もかもが崩れる。
(謝らないでよ。それより、正明! 街でオーダーの様子を見ているんでしょ?)
「うん、そうだよ? 腰にショットガンぶら下げてる」
(オーダーの中に鳴神華音いる⁉)
「見えないね」
(もし見たら見張ってて! 言ったよね⁉ 奴らストーカーだって! もしかしたらそこにいるかも!)
正明はハッとして顔を上げてもう一度オーダーの集団を見渡す。
やはりいない。
いや、それは甘い考えだ。
正明は左目のスキャンを行うと、オーダーの全員を文字道理丸裸同然にして観察する。魔力が身体を流れる動き、身体の不調、隠している武器、身体の古傷、左目はそれらを完璧に看破する。
「いない。彼女はあの列には」
「ま・さ・あ・き!」
正明は突然後ろから背中を軽く押された。
「ひゃああああああああ⁉」
彼自身も情けないと思う程に跳ね上がり、思わず前へとすっ転んでしまう。
必死に背後を振り返り、腰にホルスターを出現させて魔法をぶち込もうとするが、背後の人間を見て攻撃を中止する。
そこにいたのは今し方探していた鳴神華音と、おまけに付いているオーダーの隊長である竜崎由希子だ。
デバイスから驚いたような加々美と京子の声が聞こえる。正明は「またね。僕は大丈夫」と言ってデバイスを切る。
向こうは一応確認のために使用人のメイドでも様子見によこすだろうが、混乱はしないだろう。緊急事態なら彼は電話に返事は返さないからだ。
「あっ! ごめんなさい! 怪我は⁉ 大丈夫⁉」
正明は必死にキョトンとした表情を作り、直後に笑顔へと表情を変える。
それに反して、華音はやたらと必死な顔に不安気な感情を混ぜた表情をしている。正明は左目を使って彼女をスキャンするが、身体に異常はない。今の彼女なら一対一で正明と戦えるほどの実力者と考えてもいい魔力量だ。
「大丈夫だよ? はははっ、ビックリしちゃった。最近怖い事ばかりだからね」
「あ・・・・・・ごめんなさい、怖い思いしたばかりなのにね。私、驚かせたりなんかして」
華音は何故か泣きそうになっている。
正明は大体の心情を察して、言葉をしっかりと選んで彼女の言いたいであろう事を言う。
「気にしていないよ! 僕、華音に会いたかったから嬉しいよ。なんで泣きそうになってんの? オーダーの隊員なんだからしっかりしなくちゃ。僕をかばってくれた華音はどこに行っちゃったの」
華音の肩を軽くポンと叩くと正明はそう告げる。
彼女のコンプレックスはあの場で腰が引けて動けなくなった自分の弱さだ。それを否定ではなく、微かな勇気を肯定する様に話を持って行く。
「私なんか、あの後何も出来なくて」
「僕を逃がしてくれたでしょ? 腰が抜けて泣きそうな僕の前に立って、銃を抜く君は凄くかっこよかったし、華音がいなかったら逃げる勇気なんて湧かなかった。華音が必死になってくれたおかげで僕はホラ!」
正明は両手を広げる。
「怪我一つない! ありがとう、華音隊員!」
正明は頭の片隅で流石に臭い台詞に三文芝居が過ぎたか、と後悔していた。ドラマの観過ぎだとか、脳内がお花畑の平和ボケ野郎と思われたりしたらどうしよう。
などと考えていると、涙を流し始めた。
隊長である竜崎由希子が。
「ぐすっ、華音。この子を大切にしろ! 彼女は、お前をきっと受け止めてくれる!」
「こんな奴だったんだ」
二人に聞こえないようにボソッと呟くと、正明は困ったような顔をして由希子を心配するような言葉をかける。
「あ、あの・・・・・・泣かないで下さい。なんだか、僕が泣かせちゃったみたいで」
正明はポケットティッシュを由希子に差し出して言葉を続ける。
「もしかして、華音の先輩ですか?」
「あ、あぁそうだ・・・・・・申し訳ない。つい涙が、情けない所を見せてしまった」
「いいえ、素直な方なんですね。涙をしっかり流せるなんて、情けないくなんかないです。みんなを守ってくれているオーダーの人がそんなに優しいって知れて僕も嬉しいです」
由希子はその言葉にさらに涙を流すと、ベンチに座り込んでしまった。
華音が寄り添うが彼女は本気で号泣し始めた。
正明は理解できずに混乱していた。いつも出会うこの女は正に鋼鉄の女って感じで、泣き顔なんて想像すらも出来ないほど鬼気迫る表情で斬りかかって来る強敵だ。
それが、社交辞令の称賛と純粋な感想を述べただけで泣き崩れたのだから、正明は小さく首を傾げる。
「あ、あの・・・・・・何か気に障る事を」
「正明、隊長は結構涙脆いの。嬉しかったんじゃないかな?」
正明はなんだか、今度から彼女を出来るだけ傷つけないように戦おうと思ってしまった。
流石に、このギャップは驚きを通り越して何処か愛嬌を感じる。
「すまない。こんなに、オーダーの事を見てくれる人を最近見てなくて・・・・・・仕事していても、役立たずとか、何も出来ない癖にとか、他校の支部の隊長から嫌味言われたりしてて・・・・・・不安で、もうオーダーなんか要らないなんて言われてばかりで! うわああああああああん!」
なんだか、ギルドを立ち上げた時の自分と被って正明も泣きそうになって来る。もっと別の形で彼女とは出会いたかった。余程辛い思いをして来たようだ。
「SPECTRE,sも現れて来て更に立場が悪くなっているし」
正明の心に鋭い物が突き刺さって来る。
目の前にSPECTRE,sの死神の飼い猫が立っている事実を彼女が知ったらショック死するのではないだろうかとさえ思えてしまう。
「いや、SPECTRE,sは確かに人々から英雄視されてはいますが、最後に信じられるのは法の名の元に動いているオーダーですよ。奴らは、何処まで行っても人殺しには変りません」
正明は少し落ち着いて来た由希子にそう言う。
まさしくそれこそが正論だ。世論は一時期は傾くだろうが、最後の最後に信じられるのは国の持つ絶対的な権力の元で正義を振るうオーダーだろう。
彼女達は本気で人々を守っている。
しかし、SPECTRE,sは魔装の素材集めの一環で犯罪者を乱獲している。人助けは一般人への被害は望むものではない事と、枯れ果てて痩せきった良心を満足させるために行っているに過ぎない。
「あんな中途半端な連中に、オーダーは負けませんよ」
正明は半ば本気で呟いていた。
由希子は涙を拭うと、先程の弱い表情とは違う力強い口調で正明の両肩に手を置いた。
正明は正面から彼女の顔を見る。彼女の瞳はいつも見る様な強い光を宿している。それと正明の冷たく光る蒼い瞳がぶつかり合う。
「伊達正明といったな?」
華音から聞いていたのだろう。別に驚く事でもないし、本名を知られたからと言っても状況は変わらない。
「はい、そうです」
「君は、もしかして人の心がある程度見えるんじゃないか?」
正明は腹の中で少し驚いた。
表情、呼吸、声質、脈拍などからある程度なら考えている事が正明の観察眼なら読み取ることが出来るが、いきなりその事に気付いたのはこの由希子が初めてだった。
「もし、そうだとしたら君をオーダーに迎えたい! 君の面構えと雰囲気からとてもただ者とは思えないんだ。もしかしたら、力を隠しているんじゃないか? 情けない所を見せてしまったが、私の目は節穴ではないぞ?」
「いえいえ、僕は蒼の劣等生。取るに足らない雑魚の一人、魔法なんか殆ど使えない上に華音に守られなくちゃ逃げることすら出来なかった弱虫ですよ」
正明の蒼い瞳は由希子の心臓の動きや体温の調子を観る。
動揺も落胆すらも感じられない。脳波すら正常だ。彼女は諦めていないのではなく、これから正明の実力を調べようと行動を起こすだろう。
正明は半歩後ろに下がる。
その直後、彼女の背後に一人の男が見えた。
ディミオスの一人、構成員だろう。腰にはギルドの証である武器が下がっている。服装からして正明でなければオーダーの一人と勘違いしただろう。
「くっ! 危ない!」
正明は由希子を必死で突き飛ばす。
彼の顔の直ぐ横を火球が通り過ぎて行く。少しでもずれていたら頭が吹き飛んで即死だったろう。
「なっ! 正明⁉ 誰だ!」
由希子は背中の大剣を構えて構成員を睨む。
「ほう、狙いはオーダーか! 一人で来たのは間抜けだったな!」
彼女は構成員へと斬りかかっていく。
この場は彼女を奴へとぶつければいいだろう。だが、おかしい。
「隊長! 私も行きます!」
腰の拳銃を引き抜き、由希子の後を追う華音を正明は手を掴んで止める。
陽動だ。
あの男は陽動で、裏から別の構成員が掻っ攫う。
「華音! 待って! 僕から離れないで!」
「でも隊長が!」
「彼女は強い! それよりも、おかしいと思わないの⁉ 敵はいつも君がいる時に襲撃して来る様に見えるよ! 最初の襲撃すらもう答えと言っても過言じゃない! 狙いはなにと考えると、あの場にいるオーダーは華音だけだった。オーダーが狙いなら、バンを使ってパトロールしているみんなに突っ込んで大暴れすればいいのに、奴らはそうしない」
正明は隠していた腰のホルスターを触り、周囲に探知魔法を飛ばしす。
反応在り、上。
正明は咄嗟に華音の銃を取ると、魔法を込め直して頭上に撃つ。
銃口からは網が飛び出し、襲撃者を絡み取った。地面に転がった男の腹を蹴りつけて意識を奪うと、正明は魔装がない状況だが、調度いいハンデだ。
魔装まで使ったら流石に正体がバレる。
「華音! 通信魔法で他のオーダーに連絡、後に周囲に探知魔法を使って警戒! はい、拳銃返すよ。状況に応じて魔法の装填種類は判断して」
「は、はい」
華音はあっけにとられるが、直ぐに一連の流れを直に行って素早く警戒に当たる。
流石だ。慣れている動き、銃に捕獲でなく無力化に特化した攻撃魔法を装填している所を見るに、下手すれば白兵戦となる事を知っている。
その上、もう一丁のショットガンには捕獲用の魔法を込めている。
良い判断だ。
自分の能力、周囲への影響を考慮して混乱を振り払い正明との連携を受け入れている。
「みんなには内緒ね? 華音」
「嘘つき、強いね。正明」
「芸達者なだけだよ」
正明は笑いながら華音の探知魔法をジャックして彼女の状況も把握して、隠れた敵を密かに攻撃する。
もちろん、手加減した魔法なので死にはしないが如何せん正明の集中力が必要だ。
背中合わせで、華音は何処からともなく飛んでくる攻撃魔法を防ぎ、その弾道を読み、その弾道に自分の攻撃を乗せて敵を追尾してあぶりだして撃破している。
その時、応援のオーダーが到着した。
正明はその様子を見ると、華音に呟く。
「僕は逃げるね? 事情聴取は嫌だから、じゃあね!」
「あっ! 正明!」
正明は自分と華音に防御魔法を張りながら飛行魔法で素早く滑空してその場から離れた。
華音は他のオーダーに庇われながら戦闘を続行している。
そこで、正明は建物の影に隠れると、仮面といつもの魔装を纏う。
「良い事思いついた」
正明はディミオンの構成員とオーダーの戦いに転移魔法で割り込む。
腰のホルスターにあるフル状態の小瓶一五本の内五本を使い、辺りに多くの魔法陣を張るとそこから細い鎖を出して構成員を全員の身体を縛り上げて魔力を一気に吸い上げてしまう。
その量は失った五本分を簡単に凌駕し、あふれ出した魔力は液状の球体となり正明の身体の周りを漂った。
「オーダーの諸君。ダメだろ? 周辺の建造物を破壊するような立ち回りは」
正明は魔法を解除して構成員を乱暴に落とす。
速攻。
その言葉がしっくり来るほどの楽勝。
オーダーはいきなり現れた死神の飼い猫に驚く前に、あっけにとられる。隊長でもここまでの楽勝は難しいだろう。
その様子を正明は面白いと言わんばかりに見ていたが、本題を切り出す。
「こいつらは武装ギルド<ディミオス>だ。知っているだろ? 最近勢力を上げているギルドだ。五日前の喫茶店で起きた破壊工作事件、今回の集団暴走に加え、オーダーへの公務執行妨害などその悪行は既に一般人の生活圏へと浸食している」
正明はまるで隊を仕切るように話す。
その中には苦い顔をした華音の姿もある。
(ごめんね。華音、僕はオーダーにはこんな態度しか取れない。敵だからね)
正明は倒れる構成員の銃を拾い上げて全員に見えるように持ち上げる。
と言っても背の低い彼には難しい事ではあるが。
「見ろ、この武器は一見普通の魔具だが、解体するとその構図が解るだろう!」
正明は魔法を発動すると腰の辺りから猫の尻尾の様な物を伸ばして銃を解体する。
彼の腕力では解体に時間がかかるから魔法を使った。形状分解と言う魔法があるのだが、正明はその魔法が使えないのも理由の一つだ。
しかし、猫の耳が付いた上着に尻尾が生えたその姿は可愛らしくもあるが、仮面の禍々しさがその魅力を殺している。
銃を真っ二つにした所で、オーダーから声が上がった。
「なっ⁉ なんだそれ⁉」
「うわぁ・・・・・・キモッ!」
解体された銃の中身は機械ではなく、奇妙な色をした液体だった。
銃身からその液体が不気味に地面へと垂れると、じりじりとアスファルトを溶かし始めた。
「魔法の不完全発動で生じた出来損ないの術式、それを水に溶かした物だ。無論、劇物だ。これを形のある容器の中に組み込むことで、ラグ無しで魔法の装填が出来るって代物だな。武器としては優れている」
正明は反応を見ながらその武器を捨てると、言葉を続ける。
「近々、ギルド戦が起きる。この技術は奪い合うに値するからな! だが、このギルドは何かがおかしい。ギルドはほぼ法の外にあるが、お前たちがボーっとしている内に一般人が死ぬかもしれない。捜索位はしてみたらどうだ? それが出来ないなら、こいつらは我々が貰う」
オーダーの顔つきが変わった。
作戦は成功だ。正明はそれを確認すると、転移魔法でオーダーの包囲を抜ける。
「じゃ、早い者勝ちだ」
正明は霧を出して、その中へと歩いて消えていく。
これで、オーダーも参戦せざるを得ないだろう。情報と表の世界で釘を刺す事に、WELT・SO・HEILENは成功を収めることになった。
後は、華音の秘密を探る事と周辺ギルドの丸め込みが必要だ。