第一話 残響
時間かかって申し訳ないです。
オリジンのお話しですが、全ては話しません。
もう一人の役者がそろう前のお話しですからね
1
懐かしさをどんなものにも感じるのは、間違ってはいないだろう。だが、それは嫌悪と恐怖と悲哀を引きずるように這い出でてきた。
正明がよく知る場所、彼の牢獄。彼女の家。奴らの帰る場所。
「僕の、家?」
忌々しい程にそこは過去の正明の家だった。
広い家で、暮らしに不自由するどころか贅沢も十分に出来るほどの財力を持っていたろう。
リビングには生きていた頃の真紀がソファに両親と座ってテレビを笑いながら観ていた。いや、真紀は浮かない顔で正明が座っている背後の壁を振り返ってくる。
彼にはわかっている、彼女に、ここで過去の夢を見ている伊達正明は見えない。見えているのは、正明の隣にある地下の物置に続く扉だ。
そこから、小汚ない過去の幼い正明が息を殺してリビングを覗いている。その目には光は無い、死んだような瞳をして真紀の眼を見ていた。
見た目からして、小学校二、三年生頃だろうか。
「そうか、思い出した。このあと」
正明がそう言った瞬間、扉が勢いよく閉まって幼い正明は地下への階段を転がり落ちて行った。やったのは父親だ、視線すら向けてないが、探知魔法で感付いたのだろう。
真紀が駆け寄ろうとするが、母親に手を捕まれ無理矢理ソファに戻される。
閉まった扉の向こうから聴こえる自分の泣く声を正明は聴きながらゆっくり立ち上がり、背後から父親の頭に制服に隠し持っていたナイフを振り下ろした。
だが、ナイフは霧を刺すようにすり抜ける。額からナイフの切っ先を出しながら父親は笑っていた。
「流石に、殺させてくれないよね。は、ははっ」
「何度殺しても足りないな! 今度は犬のエサにしてやる! 生きたまま、死ぬまで謝らせてやる。心を操って、言いたくもない事を言わせながらぶっ殺してやる!」
また、出てきた。
もう一人の正明。心の奥に住む死神の飼い猫。
彼は涙を流しながら同じナイフで父親に何度も斬りかかってる。その姿は間違いなく、自分だった。
「さっきまでは、余裕だった?」
「うるさい! こいつの顔を見て正気でいられるか!」
「僕もね、また殺したいなって思うよ」
「ハハハ! いいね、最高だ! 流石は俺だ綺麗な部分も殺意で染まってるな」
「でも、途端にどうでもよくなる。もう、こいつは死んだんだ」
正明はナイフを懐に仕舞うと、母親の顔面を左手で握る。実際に触れることは出来ないから、端から見れば彼女の顔面を握り潰した様に見える。
死神の飼い猫はナイフを振るう手を止めるとその様子を観察し始めた。
「僕らの顔はこいつにもらった。いや、不法投棄されたんだね。いやぁ、ざまぁなかったよあの日が、そうだねどんなに取り繕っても・・・・・・トラウマって言っても、あれだけ苦しんでも」
「そうだな。あの日は」
死神の飼い猫もそう言うとテーブルに腰かけてナイフを懐に仕舞う。
そして、二人の正明は同じ事を口にした。
「「最っ高に楽しかった」」
それは本音。
彼が独りで抱いていた邪悪な本音だった。思い出したくないトラウマでも、過去の傷でもない。まるで始めて遊園地に行った子供の様に、忘れられないぐらい楽しかったのだ。
そして、また風景が変わる。
今度は薄暗い場所、今度は忘れたくてたまらない場所、先ほど過去の正明が転がり落ちた地下室だ。
カビ臭く、狭くはないが、中途半端な広さが悲しみと孤独を一層深いものにした記憶を彼は思い出した。
床に座り込んで柱に使われている木を噛っている幼い自分がいる。その目は本当に殺人鬼の目をしていた、まるで今にも誰かを刺しそうな。そんな自分を眺めていると、表情は無いが、涙が頬を伝う。この頃の生活は地獄だった。
その時に、正明の体をすり抜けて当時の自分と同じ顔をした真紀が皿にパンを乗せて来た。子供の正明はそれを必死になって食べて、真紀が一緒に持ってきていたのは野菜ジュースだったか、を飲んでいた。今になって思うと彼女は幼いながらに考えてくれていたのだ。
両親が二人とも居ない時に使用人の隙を付いて持ってきてくれていた。
優しい妹だった。
「美味しかったな。あのパン」
「そうだな。あのパンが売っていた店はもう無かったな」
「そうだね。僕が事件を起こして、めっきり人が居なくなったから」
「俺が、起こした事件だ」
正明は死神の飼い猫とそんな事を話すが、過去の自分を見て少しだけゾッとしてもいた。
真紀と、話している時だけ生き生きしているのだ。
目は死んでいない、笑顔を見せて真紀のほっぺたをつついたりして遊んでいる。
さっきまで殺意と、孤独に、失望を混ぜてそれを瞳にした様な顔をした子供は居ない。それは今の自分の様でもあった。演技で人を騙すときの様な。
「この頃から、上手くなったな。人を騙すのが」
「僕は・・・・・・嘘なんかついてない」
「真紀を、騙して練習してたな」
死神の飼い猫が、放った言葉に正明は魔法を使うとそいつを拘束して壁に叩きつけるが、相手も同じことを正明にやり返した。
「ぐっ!」
「いてぇな。何しやがる」
「僕は、真紀を騙してなんかいない!」
「騙してるさ、本当は羨ましくて仕方なかったんだよ! でも彼女は悪くない、だからせめて笑顔でいようってな。本当は八つ当たりしたくて堪らなかった!」
「黙れ! 僕はそんな事考えてなんかいない!」
正明は死神の飼い猫に叫ぶと、蒼い炎を身体の周りにぶちまける。始めは怖くて魔法なんか使えなかった正明だが、今は怒りが勝ってしまっている。
その姿はまるで。
「ほら、俺だよ。お前は俺だ。怒りに身を任せて、命を奪う! お前は生まれながらに怪物だったんだよ! 父さんや母さんに愛されて育っても、俺達は人を殺していただろうな!」
「黙れぇ! 僕は好きで人を殺してなんかいない!」
その言葉に正明はふと気が付く。
自分が、嘘を吐いているという事に。楽しくない訳ない。
両親を殺した時も、犯罪者達を殺して回っている時も、オーダーや警察と追いかけっこしている時も、楽しくて仕方がない。
正明は嘘を吐いている。
本音を言っているのは、死神の飼い猫の方だ。人を殺したくて堪らない、しかし理性がそんな自分を否定して恐れているのだ。
「僕は、違う・・・・・・違う! 違う違う違う! 人殺しが、楽しいなんて・・・・・・そんなの嘘だ!」
「いつも、そうだったよな。だから、仲間を集めたんだろ? お前と同じ、人殺しの仲間を」
「うるさい! みんなは、そんなんじゃない!」
「寂しかったんだろ? 僕は両親を殺して平気な怪物じゃない、そうじゃない、僕だけじゃないって思いたかっただけなんだよ! 俺が言うんだ! それがお前自身の本性だ! 俺達は、誰も愛してなんかいない!」
死神の飼い猫はそう叫ぶと正明の胸倉を掴み上げる。
正明も同じように胸倉を掴み返す。
「僕は、怪物なんかじゃない!」
「俺は、怪物なんだよ!」
地下室が蒼い炎に包まれて行く、実際に物が焼け落ちたりはしていないが、その光景はまるで薄暗い地下室を鮮やかに彩る様で破壊している不器用な暴力だ。
2人は更に過去の記憶の本流に飲まれて行く。
*
意識を失った正明の身体はWELT・SO・HEILENの第一船に運ばれ、船の中の正明の部屋にあるベッドに運ばれた。
部屋の中は溢れんばかりの魔導書の山に、大きな執務机には大量の書類に加えて複雑な術式を記した羊皮紙や、青白い光を放ちながら浮かぶ魔法陣を展開している小さな魔装、壁には周辺ギルドのリーダー達の居場所をトレライ・ズ・ヒカイントの地図に記したボード、命を作り出す魔法に関しての研究資料に加え試験用の魔法陣の下書き。
そして、正明がいつも作業をしているであろう机の空いたスペースに少しだけ焦げている家族写真と、まるで鏡写しの様にそっくりな兄妹で取った写真が並べられている。
「凄い、ですね」
「これが、正明の部屋」
志雄が辺りを見渡しで目を丸くしている。宗次郎も口を開けている。
高名な学者の部屋でもこんな事にはなっていない。本当におとぎ話に出て来る魔術師の部屋の様に物と本に溢れて、謎の術式が常に発動している。
「正明様はこの奥にある部屋にだけは、私とメイド長以外の人物を入れておりませんでしたから。現在は私とメイド長で部屋の魔法を解かせていただきました」
執事が正明を心配そうな眼差しで見つめるなか、メイド長は気丈な瞳を涙で濡らしてスカートを強く握りしめている。
ベッドの上の正明は汗だくで苦しそうに呻き声を上げている。
悪夢を見ている人間のそれだ。
「正明様が倒れ、この船に貴女様が来られましたのでそろそろ話す時期かと思い、この部屋を解放しました。始まりを話す時が来たと」
執事長は華音を見つめてそう言うと、掌に一冊の本を召喚した。
それはとてつもなく古い黒い本だった。
華音は正明の手を握り締めながら執事長を見上げる。それに答えるように執事長とメイド長は深々と頭を下げる。
「鳴神華音様。よくぞ、おいで下さりました。いえ・・・・・・おかえりなさいませと申した方が適切やも知れません。貴女様の遠い、遠い祖先、この船の先代船長よりも遥かに昔より私めとこのメイド長はお待ちしておりました。貴女様のお帰りを」
「え、え? えっと、初対面のはずですが」
「お話しいたします。華音様の御先祖と、正明様の御先祖の事、そしてもう一人の男の物語を」
執事長はそう言うと黒い本を開いた。
正明の部屋に集まったのは、華音と志雄をはじめとした仲間達。
左近は甲板で魔具を使用人達と共に抑えている。
執事長がその本を開く。その時、船が甲板にある鐘を鳴らした。それに続いて街の方からも鐘の音が響いてくる。この船、街、そして海が一気に騒がしくなり、そして一気に何も聞こえなくなった。
「承諾してくれましたね、WELT・SO・HEILENよ」
執事長がそう言うと部屋のランプが一斉について部屋を明るくした。
「それでは、お話いたします。我が主人と、華音様の血族のお話を」
本音は邪悪なもの
紐解かれる血族の絆
それは、呪いなのかもしれない




