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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
勇者達と死神の列編
42/46

第七話 弱い者と、触れてはいけない過去

前半終了。物語は後半へ

 1


「哀れなものだな。ジャッキーは峰島龍には確実に勝てない、この勝負は俺の勝ちかもしれないな」

「そうか? 底知れないかもしれないぞ?」

「全く、お笑いだ。弱い奴は、何処までも搾取されるのがこの世界の法則だよ!」

 正明は使い魔を全滅させた左近の攻撃を避けながら、魔法陣から火球を連続して飛ばす。あくまで牽制だが、奴はそれ以上の弾幕を拳銃で張って来た。

「正明! 冬鬼を使って!」

 京子の言葉に、正明は彼女が召喚した鬼の影へと下がる。氷の鬼は氷塊の壁を作ると、左近の凍結魔法を相殺する。

 その隙を狙って正明は魔法が解け、水に戻る氷塊を突っ切って左近の前まで飛び出すと蒼い炎を掌から広げるように放つ。

 防御魔法で防がれるが、その防御の裏側に広がった光景に正明は目を丸くした。

 複数の漆黒の球体が左近の周りを衛星の様に回っていたのだ。

「なんだ?」

「避けてくれよ?」

 左近は軽い調子でそう言うと、球体を放って来た。

 小瓶を掌に浮かせて分解しようとするが、小瓶は砕かれ正明の右手が弾かれた。防御魔法で右手をコーティングしていなかったら彼は利き手を失っていただろう。

「スキルか! 引っ張って随分と直接的なものだな!」

「もっとどうぞ?」

 左近は更に球体を放ってくる。

 正明は身体の周りにドーム状の防御魔法を張る。彼の背後から京子が召喚した弓兵が援護射撃をしてくれるが、球体は相殺できない。

「強力な力だな! クソ! 京子、夏鬼も呼んでくれ! 火力で負けるぞ!」

 京子は更に兵隊を何体か召喚して左近にけしかけてから、大き目の魔法陣を背後に作る。

 襲い来る兵隊を衛星の様に回る球体はぶつかるだけで撃破していく。

「夏鬼! 焼いちゃえ!」

「御意!」

 正明は空へと飛びあがると、左目を左近へと向ける。

 炎を銃の凍結魔法でいなした左近は弾かれる様に正明を見上げる。左目の固有能力が効いたのだろう。

「即死のスキルで決めようってのかい⁉」

「とにかく! その邪魔なスキルを消してやる!」

「ごめんよ、僕の力って単純じゃないんだよね!」

 左近が叫んだ瞬間に正明は身体に違和感を覚えた。

 何かが引き抜かれたかのような、妙な感覚だったが、その瞬間に黒い球体が姿を消した。

「何を?」

 正明が訳も分からずに着地すると、左近は距離を詰めると正明の小さな手を触って来た。

「殺しはしないよ! ただ魔具は壊させてもらう!」

「・・・・・・は?」

「ん? あれ?」

 左近は首を傾げるとペタペタと正明の全身を触り始めた。柔らかいほっぺをムニっと摘まんでみたり、お腹を擦ってみたり、お尻にまで手を回している。

好き勝手に身体を触られた正明は嫌悪感を隠しもせずに左近の顔面に靴底を叩き付ける。

「なにをするんだ! この変態!」

「なぜ? 触ればいいのは知っているんだ。それなのに発動しない・・・・・・もみもみ」

「ひゃあ⁉ さ、触るな! この変態野郎!」

「柔らかい、最高だ!」

「こ、この屑野郎! 死ね! 死ね! 離せ!」

 思いっきりお尻を揉みしだかれた正明は落ちていた壁の瓦礫で彼の頭を何度も思いっきり殴り付けた。

 納得いかない表情と、恍惚の感情を抱きながら黒宮左近はその場に倒れた。

 顔を真っ赤にして半泣きでフー、フーと息を吐く正明は涙目で、背後で痴漢シーンを見て顔を同じように赤く染めている京子の手を握る。

「はぁ・・・・・・殺したい」

「ダメだよー」

 正明は舌打ちすると、気絶している左近の頭を苛立たしいと言わんばかりに蹴り上げた。

 だが、同時に身体の中に何かが戻って来た感覚がする。

 その時に校舎の壁を先程の黒い球体が破壊して頭上を横切って行った。正明は首を傾げながらなんとなくだが左近のスキルの正体が解った気がした。



 体の中に何かが戻って来た。

 ジャッキーの中に何かは解らないが、そんな確証が心の中にあった。眼前に迫る火炎を必死に転がって回避するが、それでも余波となる熱風で背中を焼かれる。

 歯を食いしばってどうにか叫ばないようにしてジャッキーは手の中にある小瓶を見る。何が起きるが解らない魔具、そして正明が言っていた命をかけられるかの言葉が使う事を躊躇ちゅうちょさせていたが、戦闘経験がないジャッキーには切り札を使っての一撃以外に勝機は無いだろう。

「ネズミが! これで仕舞いだ、死ね!」

 広範囲の電撃魔法が放たれた。

 もう迷っている暇はない。

「正明、使うよ!」

 ジャッキーは小瓶を強く握るその時に、小瓶は粉々に砕け散った。

「え?」

 蓋を開けようとしていた彼は間抜けな声を上げて、電撃の中に沈められていった。

「ジャッキー! う、うそ」

 杏夏は思わず脱力してその場にへたり込んでしまう。煙が晴れれば、そこには黒焦げになり目も当てられない姿になった彼の姿が見えるはずだ。それを想像すると、深い後悔が胸に突き刺さる。

 なんで、私なんかと仲良くなってしまったのと。

 だが、彼女が見たのは黒焦げの死体ではなくしっかりと敵を睨み付けてその場に立つ彼の姿だった。

「な、なぜだ! 殺すつもりで撃ったんだぞ! なんで、防御魔法が使えないお前が無事でいられる⁉」

「僕も知らない、でも・・・・・・もう僕はお前には負けない。奏でようじゃないか、悠久の封印を破ったダークナイト・デス・シンフォニアを!」

 ジャッキーが両手を広げると、彼の身体の周りに漆黒の球体が複数浮かび上がってまるで衛星の様に回っている。その内の一つがまるでマントのような形状になってジャッキーはそれを羽織る。

「意味の解らねぇ事を言いやがって! さっきの小瓶の力か? 高価な魔具を使いやがって」

 ジャッキーは不遜な笑顔を崩さなかったが、内心はかなり震え上がっていた。

 小瓶の力は強力な防御魔法だった。正明はいざという時の切り札に攻撃ではなく、防御魔法を渡した理由は何となく察しが付くが、彼がやけになって右手をかざした時に過去に一度だけ発動したスキルが再び動き出したのだ。

 その攻撃は峰島龍の魔法をかき消してしまったのだ。

 突然に使えた強大な力はこんなにも恐ろしいものなのかと、彼は必死に力を抑え込んでいた。

「ふん、雑魚が粋がるな!」

 峰島龍が何かをする前にジャッキーは球体の一つを人差し指を動かして放つ。牽制のつもりだったが、その球体は決闘場を形成するシールドをいとも簡単に打ち抜いてはるか遠くまで飛んで行った。奥の方で叫び声と「秋山ぁああああ!」と別の声で叫ぶ声が聞こえたが、きっと気のせいであろう。

「あ? シールドが、割れた?」

「終わりだ、僕には勝てない。無謀なる者よ、大人しく去るがよい。さすれば命までは奪うまい」

 ジャッキーはそう言うが、内心はもうやめにしたかった。

 多分直撃したら病院行きだ。

「ここでやめられっかぁ! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

 峰島龍は右腕に炎をまとって殴りかかって来た。

 ジャッキーはマントを腕にからめて適当に拳を受けようとしたが、マントはランスの様に尖ると峰島龍の身体を衝撃波となって吹き飛ばしてしまった。

「かっ! こ、この俺が・・・・・・雑魚なんかに」

 そう言うと彼は気を失ってしまった。

 なんて事だと、ジャッキーは思っていた。さっきまで主人公の様であった自分は何だったのだろうか? 驚かせようとしてキャラを作ったけど、完全に後半からはジャッキーが悪役だ。

「うわぁ! 大丈夫⁉」

 ジャッキーはキャラなんかかなぐり捨てて、峰島龍に駆け寄る。

 息はしているし、外傷は殆ど無い。どうやら人殺しにならずに済んだようだが、彼は恐る恐る杏夏を見る。もしかしたら怖がらせたかもしれない。

「あ、あの・・・・・・杏夏ちゃん?」

「凄いスキル、見た事ないよこんなに応用力のあるもの」

「え?」

「あっ! ご、ごめんね! 驚いただけ、でもジャッキーが無事で良かった」

「こ、コイツどうしよう! 僕力加減解らなくて!」

「心配しないでも大丈夫だよ。骨も折れてないみたいだし」

「え? なんで解るの?」

「透視の魔法も使えるの」

「杏夏ちゃん、僕なんか一方的に彼を痛めつけたような気がして・・・・・・こんな僕、怖くなかった?」

 ジャッキーは肩を落としてそう言うと、杏夏の柔らかい手が彼の震える手を包み込む。

「怖くなんてないよ? 私の事必死で守ってくれてありがとう、泣き虫な邪気眼使いさん」

「は、ははっ・・・・・・うん、そうだね僕はこんな事しか出来なかったけど、お家の事」

「私ね、何だかスッキリした! 確かにどうなるかもわからないけど、私は自分を曲げたくない。ジャッキーがくれた勇気だから、悔いは無いよ」

 彼女の笑顔に、ジャッキーは同じく笑顔で返した。

 今の彼には彼女の気持ちに寄り添う以外の事が出来ないのだから。


 2


「そうか、奴のでまかせか」

(えぇ、峰島龍の実家は完全に白です。裏でのつながりも、実際の被害にあったであろう人間も見つかりませんでした)

「後は宗次郎だな、オーダーを誘導させるつもりだったけど」

(おう、正明か。どうした?)

「作戦終了、早めに撤退して来て? オーダーがいるなら」

(え? マジで? 速すぎだろ、まだ騒ぎも起きてないぞ?)

「なんでやねん」

(加々美ちゃんを狼にして街中を爆走させていたんだけど、なんだか子供に囲まれな。その子達の保育園まで連行されて今も遊んでるよ。アイリスも子供に人気だな、うさ耳引っ張られているよ)

「何そのほっこりする出来事? てか、加々美が狼になって人を少し驚かせればいいじゃん!」

(かなりの駄犬だよなー、ワンワンって言って驚かせようとしてたけど、撫でられたり可愛いって言われたら大人しくなるんだもんな)

「駄犬は子供達を喜ばせ終えたら帰還しなさい」

 正明はそれだけ言うと、デバイスを切る。

 屋上からジャッキーの様子を見ていた正明だが、フォローを入れた方が良い雰囲気だ。

 正明は転移魔法で二人の前に現れる。

「よう、ジャッキー。良く倒したね、防御魔法で防ぎながら逃げればよかったのに」

 不安気な顔をしているジャッキーに正明は本題を話す。

「峰島龍の実家に彼女を脅迫するコネは無いよ? 調べたけど、彼の両親は実に良い人間だよ。その男が彼女が欲しくて言った嘘だったんね」

「え?」

「哀れな男だよ。好きだよって一言が言えないために、力で脅迫するしか思い浮かばなかったんだな」

 正明は倒れる峰島龍に回復魔法をかける。

「高い魔具使っても、なんだか放っておけないね」

 そして、正明はジャッキーの耳元で小さな声で、「告白はもう少ししてからだね」と言う。その言葉にジャッキーは顔を真っ赤にする。

「こ、ここで言うなよ!」

「はははっ、ごめんごめん」

 その様子に、杏夏が少し面白く無さげな表情をしているのを見ると正明は彼女にも耳打ちする。

「取らないから心配しないで良いよ」

「え⁉ い、いやその」

「ふふっ、可愛いね」

 正明は少しからかうと、京子を連れて今度は華音がいた場所に向かった。

 その場は騒然としていたが、由希子が割って入ったのだろう。その場は収まったようだ。

 正明と京子はそれを見届けると、左近を拘束している先程戦った場所に転移魔法で赴いた。


  3


 意識を取り戻していた左近はただ正明を見上げていた。

「俺達の勝ちだ、さぁ話をゆっくりと聞こうか」

「はぁ、危ない橋だったなぁ」

 京子はため息を吐く。

 だが、左近の表情は敗者の物ではない。どこか、勝利を確信したような顔をしている。

「何がおかしい?」

「いやぁ、良いものを触ったなぁって」

「死ね!」

 正明は彼の顔面を踏みつける。その時に足首に鋭い痛みが走った。

「なっ?」

 いつの間にか拘束を解いていた左近が正明の足首を切っていたのだ。

「これで、WINWINってね」

 左近は懐からランタンのような魔具を取り出す。それに正明の血で作り上げた魔法陣を組み合わせる。すると、莫大な魔力が辺りへと放出されて紅い光の粒が空中に舞う。

「しまった!」

「さて、ギルド武器の完成だ! これで、引き分け」

 そこまで言いかけると、左近は怪訝な表情を浮かべる。

「ん? なんだ? これは・・・・・・想定していたものとは違うのか?」

 その時だった、左近の持っていたランタンが輝きを強くすると、光はレーザーポインターの様になって正明の身体を差して迷った様な動きを見せてから、隣にいた京子の胸に照準を当てる。

「何をする! 止めろ!」

「僕もそうしたい! でも、術式が暴走している! 避けてくれ!」

「くっ! 京子!」

 正明は京子を突き飛ばすと彼女を追いかけようとする光に向けて掌に魔法陣を作って引き付ける。

 恐らくだが、あの魔具は魔力が一番高い人間を追尾して発動する様だ。正明の身体を差して迷ったような動きをしたのは彼の身体の中にある魔力のみを探したからだろう。魔力を一切身体に持っていない正明は除外された、所有者に牙を剥かないのならば、術式を発動して入れば魔力の存在を一番強くアピールできる。

 正明は自分の、恐らく心臓を差しているであろう光を引きつけながら京子と左近の魔力を小瓶へと吸い取る。

「正明!」

「離れろ京子! イチかバチか、即死魔法で効力を消してみる! でも、魔力が」

 彼は必死に魔力を集めるがそれよりも先にランタンが光の球体を撃ちだした。

 身体全体を包み込む衝撃を浴びた正明の身体はふわりと浮き上がり、直ぐに地面へと落ちるが叩き付けられる類のものではない。着地と言えるものだった。

 正明は急いで自身の身体に解析の魔法をかけ始める。

 その時に、志雄や宗次郎達全員がゲートをくぐってその場へと現れた。

「正明!」

 京子が彼に駆け寄る様子を見て、他のメンバーも焦った様子で駆けつけて来る。

 正明は一番身体が弱い、それどころか人外化に伴う身体強化の恩恵が彼だけにない所か病弱で打たれ弱くなっているのだから。

左近はランタンを防御魔法で包む。現状、魔具は停止しているようだが、左近はそれから目を離さずに見張っている。

「何が⁉」

「解らないよ! 私をかばって!」

「下がって京子ちゃん! 俺が見る」

 宗次郎は涙目で焦る京子を加々美に預けると、彼の身体を千里眼で観る。

 だが、彼の「眼」は遠くを観る事は出来ても正明のスキャン程に相手の体の中の事情までも見えない。それでも宗次郎はやらずにいられなかった。

 その瞬間ランタンが輝きを放ち、そこを中心に黒い空間を広げて正明や仲間達、左近までも飲み込んでしまった。

 全員が魔法を構えながら辺りを警戒する。

 この空間は奇妙だった、黒い空間だが、明るい、と言うよりは周りのみんなの姿がハッキリと見えるのだ。

「なんだ? ますます解らない。僕に魔法はかかってないのか?」

 正明はそう言うと小瓶を右手に浮かせて身体に防御魔法と、効果は薄いが強化魔法と攻撃魔法を込めて辺りを見渡した。


(魔力がないのか、何と言う出来損ない。世界中を探してもこんな人間はいないだろう)

(妹が全てを持って生まれて来たのね)


 男の声と女の声が聴こえて来た。

 仲間達と左近は目を皿の様にして辺りを見渡している。

 唯一違ったのは正明だった。

 彼は目を有り得ない程に見開いて、尋常ではない程の汗を拭きだして息はまるで長い距離を急いで走ったかのように荒くなっている。脚も腕も立っていられない程に震えて、吐き気を必死に抑えていると言った顔だ。

「正明!」

 志雄が彼の背中を擦るが、正明には彼女を意識する暇も余裕も無い。

「嘘だ、今の声・・・・・・嘘だ! 幻聴だ!」


(捨ててしまおうか? こんな生まれない方が良かった子供は)

(それは困るわ、ある程度は育ってしまったから直ぐに個々の子だとバレてしまうわ)

(なら、殺してしまおう)

(出生届も出してしまったわ、殺しても言い訳が面倒よ)

(確かに、こんな出来損ないに手を汚すのも嫌だな。なら、そうだな)

(勝手に死ぬまで放っておきましょう? 家に閉じ込めて、死んだら病気って事にして)

(そうだな、もう愛情も無い)


「言うなぁ! 止めろ! 殺してやる、何度も殺してやる! この屑共が、今度は人間じゃ無いぐらいバラバラにしてやる!」

 正明は完全に錯乱して辺り構わず魔法を撃ち始めた。その魔法は不完全だが全て殺意がこもった危険な攻撃魔法だ。

「正明! 落ち着け! もう見るな! 加々美ちゃん! アイリス! 手伝ってくれ!」

 宗次郎が正明を押さえつけると、加々美とアイリスが正明の腰に付いているホルスターを外す。

 途端に魔法が打てなくなった正明は叫び声を上げながら宗次郎の腕を爪で引っ掻き始めた。いくら彼が非力だからと言っても爪を本気で喰い込ませれば人の皮膚を傷つける事は容易だ。宗次郎の腕は無数の引っ掻き傷によって血まみれになる。

「ぐっ! 正明、どうしたんだ!」

「正明! しっかりしなさい!」

 志雄が正明の顔を平手打ちするが、正明は彼女の手にまで噛みついて来た。

 急いで手を引いたから志雄は傷を負わずに済んだが、正明はいつもの様に冷静さを自分から取り戻そうとはしない。

「殺してやる! 僕はもう弱くない! 何回でも地獄に叩き落してやる!」

 宗次郎は痛みから彼を離してしまうが、正明はその場で頭をガリガリ掻き始める。これは完全に自傷行為だ。八雲は防御魔法を彼の両手にかけて何も引っ掻けないようにする。

 左近はそんな正明の様子を見て必死にランタンを無効化しようと魔法をかけ続けている。

 だが、ランタンは何も反応を見せていない。

 正明の動きを強制的に封じた仲間達は声の出所を探知魔法で探している。

 

(失敗作のクセにくっついて来るんじゃないわよ! うっとおしい! アンタは死んで当然の子なのよ!)

(ゴミが人間と同じ生活が送れるものか、死んで役に立て)


 また声が聴こえる。

 正明は涙を流しながら荒い息でジタバタともがいている。さっきまでの怒りと殺意に満ちた物ではなく、まるで迷子になった子供の様だ。

「左近! その魔具を止めろ! 速く!」

 宗次郎が叫ぶが、左近も息を荒くしながら

「やっている! どういう事だ⁉ 本来は無条件に五種類の上位魔法を撃つ武器になるはずなのに!」

 左近は魔力もそこを付きかけているのだろう、片膝を付いて必死に魔法をかけている。

 完全にパニック状態となった正明をどうにか使用にも声は定期的に聞こえて来る。

 だが、次は突然炎が辺りを埋め尽くす様に現れて風景も真っ黒な空間ではなく、どこかの家のいや屋敷の中の風景が広がった。

 寝室だろうか、辺りは炎に包まれており二人の男女がベッドの上で共に寝ていてその炎に驚いて跳ね起きている。

 そのベッドで眠むっていた女性の顔を見て、仲間達と左近は驚愕の表情を浮かべた。

 正明にそっくりなのだ。歳はうら若い訳ではないが、目鼻立ちが彼の顔と本当によく似ているのだ。

「お母さん・・・・・・なんで」

 動けない正明が弱々しくそう呟く。

 その時だった、扉が開かれ一人の人物が入って来る。

「今度はなに⁉ って・・・・・・ウソ、だよね? あれって」

「えぇ、加々美さん。忘れることはありません、ここにいるWELT・SO・HEILN全員が出会っています」

 加々美が口を抑えて顔を伏せようとして、志雄は目つきを少し鋭くする。宗次郎も目を細め、八雲は少し震えている。京子は既に泣いており、いつもは表情を表に出さないアイリスが顔を悲しそうにしている。

「9年前の正明。始めて出会った時の眼をしています」

 部屋に入って来たのは身体を血に染めて、ナイフを片手に光の灯っていない、髪も両目とも黒い正明だった。


(やあ、2人とも・・・・・・彼女は、死んだよ。複数人の男どもに何日も好き勝手にされて、心も体も尊厳も踏みにじられて死んだ)

(なぜ、彼女が死んだのはお前の所為だ!)

(お父さん、僕はね。どうでも、良かったんだ。僕が死のうが、何になろうが、でも2人は彼女までも愛していなかったんだね)

 過去の正明はまるで死神のようなかすれ声でそう言うと、痩せこけた顔で両親と思われる男女を睨み付ける。

 そして、右手をかざすとメンバーには見慣れた光景が飛び込んで来た。魔力を吸い取る、いや、操る彼の唯一の才能。魔力が蒼い液体になって彼の身体の周りを旋回し始める。

(ま、魔力が! 化け物めぇ!)

 男が魔法を放つよりも先に正明はナイフを彼の口へと投げる。ナイフは急所を外れて口の中で中途半端に突き刺さった。声も出せずに男はベッドから血を大量に流しながら倒れ込む、正明に似た女性は耳障りな程の悲鳴を上げるが魔力を奪った正明は窓ガラスを魔法で割るとそれを彼女の口へと打ち込む。

 白いベッドが深紅の血液に染まる。

(シーっ。静かにしなきゃ、騒いだらダメなんだよね?)

 口元に人差し指を置く過去の正明は、男性に近寄ると口から無理矢理ナイフを引き抜く。すると、自由になった口から男性はやっと叫び声を上げた。その間も正明は二人の魔力を奪い続けている。

 身体に力が入らなくなった男性は血まみれの顔で命乞いを始めた。

(まて! は、ははっ、なんでそんな力があるのに黙っていたんだ? 失敗作なんかじゃないじゃないか? ほら、お父さんだよ? 今ならまだやり直せる、な?)

 過去の正明はその言葉に静かな笑みを浮かべると、彼の顔に火球を至近距離でぶつけた後にナイフで急所ではない部位を適当にしかしかなり深く乱暴に斬りつけた後に仰向けになっている彼の鳩尾みぞおちを思いっきり踏みつける。

(愛してないクセに、吐いちゃいそうだよ~。まぁ、いいや少しは静かに出来そうかな?)

 激痛でしゃべる余裕がなくなった男をおいて、今度は女性の方へと過去の正明はゆっくり歩み寄る。

(や、やめて・・・・・・曲がりなりにも私はアナタのお母さんなのよ? 酷いことをしたわ、でも、お願いゆるして)

(嫌だね)

 女性の顔に同じように火球が放たれる。顔が焼け、美しかった姿は見る影も無くなっていた。その光景は流石の仲間達でも目を背けたくなるようなものだ。

 その後は魔法で二人を絶妙に近づけさせない距離まで連れて行き、まずは母親を過去の正明は殺した。

 ナイフで急所を外しながらめった刺しだ。血液で辺りが真っ赤に染まって動けなくなってから彼は一旦放置する。

 そして最後は父親だった。

 彼は最も酷い最期を迎えた。

 中途半端に生きている妻を炎の中に放り込まれる姿をみせられ、溜まった大量の魔力で魔法をもたもたしながら形成した正明はゆっくりとその魔法陣の中に男性を潜らせていく。その後は彼の肉体が意識を保ったまま雑巾の様に捻じりきられた後に壁に貼り付けられた。炎の中にあった女性も同じく魔法で浮かせられ、家の骨組みで壁に縫い付けられる。

(は、ははは! ざまぁみろ! 2人が悪いんだ、真紀を愛してくれなかったから! そんなの、僕・・・・・・俺達兄妹には初めから味方なんて、いなかった事になるだろうが!)

 炎の中で過去の正明が高笑いする。


「・・・・・・てくれ、やめてくれ・・・・・・もう、見ないでくれ」

 うなだれてとても小さな声で正明は繰り返して呟いていた。

 その瞬間に幻影が消える。それと同時に女の子がすすり泣くような声が聴こえて来た。

 幻聴ではない、みんなが振り返るとそこには腰を抜かして口を抑えて涙を流している華音の姿があった。

 正明の表情に絶望が浮かび上がる。

「か、華音」

「ま、正明・・・・・・なの? 今の」

「ち、ちが・・・・・・うっ、うぅ!」

「正明、お父さんとお母さんなんだよね? 今の2人」

「やめてくれ! 見ないで! 僕の、俺を見るなぁああああ!」

 正明の左目が蒼く輝いて黒い空間がひび割れ、正明だけがその空間の奥へと吸い込まれて行き、左近とメンバーと華音は外へと弾きだされた。

 様に感じた。

 実際は意識の無い正明がその場に倒れ込んでいた。

 ぐったりと全く力が入っておらず、まるで死体の様だがアイリスが脈などのバイタルを素早く確認してホッとした顔で首を縦に振った。

 だが、左近は力無くその場に座り込んで呆然としていた。

 華音は正明に駆け寄ってボロボロと涙を流しながら何度も彼へと謝っていた。

「ごめんね正明、ごめんね・・・・・・ごめんね」

「華音さん、なんで謝るんですか?」

 志雄は何の感情も込めずにそれだけを聴く。

「本当の彼女を見ようとしなかったから・・・・・・でも、あれを見て私は彼女を恐ろしいって思った。あれだけ励まされて、味方になってくれたのに」

 華音はそう言うと、強いエメラルドグリーン輝きを放つ瞳をメンバーへと向ける。

 その時にメンバーは以前に彼女の記憶を消した事を思い出して、ある事を思っていた。

「彼女の事を教えて! 私は最後まで彼女の味方でいたい」

 これは、運命なのだろうと。

 彼女と正明、そしてWELT・SO・HEILNには何らかの因縁があるのかもしれない。







 始まりの話。


自由って奴は、楽しいもんだぜ

僕も昔は縛られてた

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