第六話 彼女と仲良しになるため
左近が仕組んだ対戦も大詰めです。
次回くらいでゲームはおしまい、物語が動き出します。
1
鳴神華音が渡り廊下に到着したら、そこには三人の人影があった。その全員が彼女にはゆかりのある人物だった。
小さな体で大きく腕を振っている京子。少し不安気な顔をしているジャッキー。静かな笑顔でこちらを見つめる正明。
そこで、華音には一つ疑問があった。
(あれ? 正明、少し目が腫れぼったい? 泣いたのかな、でもなんで? ケンカ? でも京子ちゃんはいつも通りだし、ジャッキー君も前と同じ感じだし・・・・・・え? どうしたんだろう?)
彼女の顔が曇る様子を正明も察したのだろう。目元を少し触れてから慌てて直ぐに顔を伏せてしまう。
「華音ちゃん! 宗次郎のアホがごめんね!」
京子が頭を下げる。
事情が把握できないが、友達に頭なんか下げて欲しくない。
「え? な、何の事かわからないけど、頭なんか下げないでよ。私はこうして会えるだけでもうれしいから」
華音はしゃがむと京子の柔らかいぽっぺを両掌で軽く挟むと、視線を合わせて微笑む。
以前は場を納める為に志雄を厳重注意の名目で事務所へ護送したが、そのような形でしか学園の中ではみんなに会えないのだ。
「華音ごめん、優等クラスに護送って事で入れてもらおうとしたけど・・・・・・それじゃ、華音に迷惑掛かるよね? 宗次郎とかはいきなり呼び出されていないけど、代わりに僕からも謝るよ」
正明も頭を下げる。その言葉に彼女は京子と同じ様に焦った様に両手を振る。
「い、いいよ! 謝らないで? 本当に、正明たちまでそう言う事は止めて」
少し声のトーンを下げて華音は呟く。それは少し怒っているようにも正明は感じた。
言葉を華音は続ける。
「こんなの、他の優等生達や劣等生達と変わらないよ。私は正明とも、京子ちゃんも、みんなの事を大切な友達だと思ってる。でも、学校で自由に会えないなんてやっぱりおかしいよ・・・・・・由希子先輩も、言ってた。強いなら弱い人々とも向き合うべきだって」
華音はエメラルドグリーンに輝く瞳に強い光を宿して、けして大きくない声だが力強く言葉を発した。
彼女の声に正明は言葉を出せなかった。それと同時に彼のなかの罪の大きさが膨れ上がった。さっきの様に発作を起こすものではないが、これは彼の心の弱さだ。
「それでも、僕達と仲良くしていたら華音がいじめられるかもしれない。もしかしたら家族までも」
「関係ないよ。見くびらないで、私も家族も結構強い魔法使いなんだよ?」
華音はそう言うと、ジャッキーの前に立つと叫ぶように言った。
「オーダーの仕事も関係ない! もう友達を護送なんかしたくない! こんな決まりなんかぶっ壊しちゃおうよ!」
満面の笑みでそう言うと、彼女は魔法で正明と京子を掴むと優等クラスに無理矢理引き込んでしまう。勿論、ジャッキーも一緒に。
「うわぁ! な、なん、こんな魔法、劣等では誰も」
「ジャッキー、もうこうなったら進むしかないよ。今回のヒーローは君だ!」
うろたえるジャッキーに正明はそう言うと、左目のスキャンを使って辺りを見渡す。相も変わらずに凄い魔力量を持つ人々が大勢いる。
優等クラスの人間は本当に原石だらけだ。
そして、鳴神華音の破壊的な精神力にはさすがの伊達正明も諦めて従う他なかった。いざという時は影から彼女を守る事は出来る。正体がバレない限り、以前の様に記憶を奪う必要はなくなる。
あんな悲しい思いは一回で十分だ。
だが、嫌な予感がする。正明はそう感じながらも、今できる事に集中する様に前を向く。
2
あの子を好きになったのは簡単なきっかけだったと、ジャッキーは思い返していた。なんて事は無い、休日にナルキッソス・フラッグと言うアニメのイベントに参加した時の事だった。イベント会場への道のりが解らないと迷っていた所を助けたのが、杏夏だった。
最初はただの親切だった。だが、イベント自体が初めてだった彼女を道案内するうちにいつの間にか芽生えていたのだ。
その気持ちには直ぐに気が付いた。どうしても忘れられない。連絡先を聴く事にためらったことが悔やまれたし、それを彼女から聴かれて断ったのもジャッキー自身だった。こんなにも感情がアニメやゲーム以外で高ぶったのは彼自身にも初めての経験だったことは言うまでもない。
普段はカッコつけているが、それがグダグダなキャラ作りである事も理解している。
自分がどれほど情けなくて、臆病かなんて事はジャッキー本人が一番理解しているのだろう。だが、彼は止まらない。逃げ続けの人生はもう終わり、学校の校門前で彼女を再び見かけた時から覚悟を決めていた。
どんなに弱くても、情けなくても、特別な力が無くても。もう一度彼女に会いたい。そして、気持ちを伝えたい。
もう逃げたりしない。
魔法の移動、これ自体は正明の得意とする分野の一つだが他人にやられるとこうも不思議な気分なのだと感心していた。その時に不意にジャッキーが呟く。
「正明、ありがとう」
「お礼は、告白作戦が終わってからだよ。決心はどうかな? 戦いになるかもしれない」
「もう逃げない! 邪気眼使いは、最後まで誇りを捨てない!」
「期待しているよ、邪気眼使い。ほら、これあげる」
正明が何かを投げ渡して来た。
瓶だ。小さな瓶がジャッキーに投げ渡された。これが何の役に立つかはわからないが、中には美しく輝く赤い液体が入っている。
「これは?」
「それが切り札だよ。君に力を分けてくれるだろうね、でも、それを使うとただでは済まない。もしかしたら、腕が動かなくなるかもしれない危険な魔具だよ? 死にそうになったらそれを叩き割ってくれれば、いいよ」
正明はそう言うと、薄く笑った。
その顔は、邪悪な雰囲気を持つ仮面が張られているようにも見えた。
「え? 正明、だよな?」
「優等クラスの人間は強い。君は、選ばなくちゃならないよ? 如何ともしがたい実力の差を埋めるのには、覚悟、しかないでしょ」
ジャッキーはその小瓶をブレザーの内ポケットに入れると、無言でうなずいた。どうやら別人に見えたのはジャッキーの思い過ごしだったようだ。
「華音、もういいよ。自分で歩く」
「あっ、ごめんね! 引っ張っちゃって」
華音はそう言うと、ジャッキー達の魔法を解いて床へと降ろした。
辺りを見渡すと、流石に優等クラスの人間達は見れば見るほどに、雰囲気と言うのだろうか、たたずまいや面構えが凡人のそれとは一線を画している。能力の無い自分の現状に満足し、漫然と日々を過ごしている人間とは違うのだろう。
だが、尊敬の感情を一蹴するかのように優等クラスの生徒たちの顔色が一変した。まるで害虫でも見つけたかのように表情を曇らせている。
「なんでここに劣等クラスのバカが三人もいるわけ?」
これも危惧していた状況である事は、ジャッキーでも理解できた。まるで害虫に殺虫剤をまきに行くかのような心持であろう、優等クラスの女子が突っかかって来た。
その言葉に、正明を京子は何食わぬ顔をしている。校則での縛りは確かに存在するが、不思議と劣等クラスの人間が優等生専用校舎に入ってはならないと言う校則は存在していない。本来なら何もやましい事ではないのだ。
「この三人は、私の友達。遊びに来ているだけだよ」
華音が三人と絡んで来た女子生徒の間に割って入る。
途端に女子生徒達の表情が一層苦々しさを増した。
「正気? 鳴神華音ともあろう魔法使いが、こんな雑魚達と交流があるなんて驚きね?」
その言葉に華音は目つきを少しきつくする。
「雑魚じゃないよ? 魔法ではそうかも知れないね? でも、人間としてはこの優等クラスの人間達よりも何倍も優しいよ」
「優しい? 弱いからそうなるしか無かったのよ。どうでもいいけど、早くこの優等クラスから消えて。目障りなのよ」
「嫌」
「いくらあなたでも容赦しないわよ? 高潔な私達のエリアにゴキブリを連れ込んだ罪は重い」
女子生徒は魔法で戦闘リングとなる領域を形成する。
正明は苦い顔をする。華音の気持ちを尊重したが、こうなってしまってはかなり時間をロスしてしまうだろう。今の正明の装備では苦戦する上に、京子も魔装を持っていない。京子も魔装が使えるが、魔力を操る事は出来ない上に体の中にある魔力量がとても少ないのだ。
どうする?
そう正明が思案していると、一瞬だけ魔法の輝きが起きる。
光が放たれた瞬間に、絡んで来た女子生徒がリングとなっている障壁に叩き付けられていた。
「さて、行こうみんな」
障壁が砕け散る。
一撃で片が付いたのだ。
「か、華音? そんなに強かった?」
正明がそう言うと、彼女は少し顔を赤くして。
「ムってしたから少しね?」
そう言って笑う。
正明は左目で彼女の身体をスキャンする。軽い興奮状態であるにも関わらずに高純度の魔力を生成している。確実に彼女は身体も心も魔法技術も成長しているのだろう。戦力としては申し分なしである上にまだまだ伸びしろのある状態だ。
嬉しいと、正明は思っていた。何故かは彼には分らなかったが、彼女が十分に自分の身を守れることを理解して顔を緩める自分が居たのだ。
そして、その二人の様子を見ていたジャッキーは同じく嬉しそうな顔で正明を見ていた。
自分と同じ感情を持つ人が味方でいてくれることに安心感が湧いてくる。
「さて、お姫様は何処だろうね?」
京子はそう呟くと両目を見開いて、耳を澄ます。
その様子に正明が彼女を隠す様に移動すると小声で質問する。
「どうしたの?」
「使い魔を数体だけ放って探させているの。そして、いたいた! ビンゴ!」
京子は嬉しそうに叫ぶと、子供の様に華音の腕を引っ張る。
「こっちにいるよ!」
「え?」
「レディGO」
困惑する華音をよそに京子は走り出した。その後をジャッキーと正明は慌てて追いかけていく。
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