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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
勇者達と死神の列編
30/46

門出の惨劇(3)

やっとじゃあ! お待たせいたしましたぁ‼


「ヤバかった。マジでヤバかったよ」

 天道加々美は透明化を解除してプールから顔を出す。

 オーダーの偵察は終わったようだが、彼女は辺りに警戒しながらもプールサイドに飛びあげると身体にピッタリと張り付いた制服を絞る。

「なんて格好しているの? 女の子がそんな姿をするものじゃありません」

 横で見ていた八雲が呆れ顔で自分の制服を脱いで加々美に投げる。

「おぉ、見ていたのかね⁉ この私の熟す前の初々しい体を」

「視界に入って来ただけ、ハッキリ言って迷惑だから服を貸したんだよ?」

「め、迷惑」

 結構ショックを受けたと言う顔で加々美は投げられた八雲の制服を羽織る。

 そんな二人に突如、声がかかる。

「すみません、そちらのお嬢さんは処女ですか?」

 八雲は咄嗟に固有能力を発動して加々美の前に立つ。

 視界の先にはくせのある黒髪の奥に真っ直ぐな光を込めた背の高い男が立っていた。いつの間にか接近を許していたようだ。人外化の影響で感の鋭い八雲を相手取って気配も無く近づける人間は少ない。

 その上、八雲と加々美の勘が目の男は片手間では倒せない事を告げている。

「違うな。もう僕が頂いてしまったよ」

 八雲はそう言うと相手の出方を観察するが、いきなり背後から後頭部を引っ叩かれる。

「いでぇ! な、なに?」

 犯人は言わずもがな加々美だった。

「な! ななな! 何言ってぇ! わた、私はそんなことしたことないのでっ! も、もしかして私が寝ている時に!」

 ゆでだこになった加々美が何度も八雲の後頭部を殴りまくる。

「ま、待って! 加々美ちゃん! これは違うので!」

「子供できたらちゃんとお父さんになってよ! この発情羊! 羊のくせに狼を犯すなんてどんな薄い本だ!」

 話を聞かない加々美をよそに、男は口の端を釣り上げると一瞬で距離を詰めて来た。

「加々美ちゃん落ちついて! ってうわ!」

 八雲は彼女の拳を受ける事に気を取られ、いとも簡単にプールへと男に投げ飛ばされてしまった。

「さて、期待できる娘かな?」

「ぎょ! このっ!」

 加々美は蹴りを繰り出すが、男は滑る様に蹴りをかわすと加々美の懐に入り込む。

「うわぁ! キモっ!」

「連れて行ってみるか」

「それはダメだ。この変態野郎」

 加々美は背後から回された腕に引き寄せられて、男の腕は宙を掻いた。

 彼女の後ろには、悪魔の様な姿に変貌した八雲の姿があった。人外化を使って即行でプールから上がって来たのだ。

「なっ? 魔法が使えない?」

 固有能力を全開放した八雲は魔法を使えなくしてしまう。

 しかし、その効果は仲間にも影響してしまうが、同じく人外化を使える仲間にはさしたる効果はない。

「加々美ちゃん!」

「了解っです!」

 八雲の掛け声に合わせて加々美は男を蹴り飛ばす。

 男は後方へと飛んで衝撃を和らげる。人間の中では相当格闘センスがあるのだろう。魔法の類は使っていなかった。

「強いねぇ・・・・・・でも、ふむ。彼女はもしかしたら純潔じゃないかも? そんなに男と密着出来るし、仲が良いカップルっぽいし・・・・・・ハズレかな?」

「八雲君よ、私今ディスられた?」

「そうだね」

 八雲は人外化をそのままに、構える。

 だが、男はそのまま走って姿を消した。

「はぁ、何なんだ。アイツ、もしかしてさっきの攻撃でこっちに興味を示して?」

「八雲君? 私の事、犯したの?」

「してないよ! アイツの狙いはしょ・・・・・・純潔な人だったから嘘をついて加々美ちゃんが狙われないようにしただけの事だよ!」

「え? そうだったの? てっきり私、八雲君が私を睡眠薬入りのアイスティーで眠らせて」

「おいごらぁ! それ以上言うな!」

 二人は今し方遭遇した滅茶苦茶強い変態が学校に居る事を仲間に報告した。

 すると、デバイスに宗次郎からの返信があった。


(京子を庇うために嘘ついたら彼女に殴られた。お前は俺の轍を踏むなよ?)


 そのメールを見た八雲は大きなため息をついてデバイスを仕舞うと、濡れてスケスケな純情狼を連れてプールを出て正明を探す事に決めた。

 正明が出会えば、彼が連れていかれる可能性は高いからだ。

 考えた直後だった。

 授業終了の鐘が鳴る敷地内に喧騒にも似た声が飛び交い始めた。その犯人は言わずもがなわかっていたが、羊と狼は白目をむいてその場から遠ざかった。

 *


 正明は華音に抱えられていた。

 抱えられていると言うのは、今の彼の身体は猫のものになっているからだ。

 小ぶりな黒猫が猫耳パーカーを着ている妙な姿だが、これは魔法によるものではない。人外化した影響で彼は自身が心の中で一番イメージの強い動物になれる。これが彼のもう一つの姿とも言える。

 だが、ジャッキーも華音も彼の変身魔法と勘違いしている様だった。

「可愛い~! ふにふにだね、肉球ぅ! 毛並みも良いし、シャンプーの匂いがする」

 華音は胸に抱いた猫を愛でまくるが、その猫である正明は両前足で顔を擦ってばかりいる。

「はぁ、猫になってしまうなんて」

 志雄は正明にそう呟くと彼の喉を指で撫でる。

 その指から逃れる様に正明は首を動かすと、そのまま華音の腕から床へと降りてしまう。

「にゃあ・・・・・・ミー、ミー」

「何を言っているんですか?」

 正明は鳴くと、腰にホルスターを出す。が、大きすぎて小さな猫はそのホルスターに押しつぶされてしまう。

「にゃぁあああああ! フギャー!」

 彼は怒った様に床をゴロゴロ転がると志雄の足に頭突きをするものの、体格差の違いから弾き返されてまた床を転がる事になった。

「もう、仕方ないですね」

 志雄は正明に自分の魔力を使わせる。

 すると、猫である彼が話し始めた。

「志雄が僕にあんなこと言うから・・・・・・」

「仕方ないじゃないですか、まさか泣くとは思いませんでしたよ」

 正明は猫のままで不満そうな声を上げる。

 泣き顔を隠すために咄嗟に人外化した正明はみんなの足元を四足で歩く。

 現状でも泣き顔のままなのだが、猫の顔ならばわからない。華音は正明が涙を流していた事に驚いていたが、猫になった途端に彼に甘々になった。

「志雄さん、正明になにか」

「この子は気持ちを上手く出せないのです。さっきも華音さんを無視しようとしていましたし・・・・・・だから少し怒っただけです」

「怒らなくても、正明が来てくれただけで嬉しいよ? 正明は照れ屋みたいなところがあるし、来てくれるって事は私の事嫌いってわけじゃないのかなって思えるから」

 華音は澄みきった笑顔を足元にいる正明に向ける。

 その笑顔が彼の心を暖かくすると同時に、侮辱以上に彼の心を深く抉った。

「お前もそんな魔法使えたのかよ! 僕を騙したな! いや、僕も隠している能力があるけど! 僕の力は強大な破壊の力だから危険なだけで」

 正明は心の整理も付けられないままにジャッキーが話しに割り込んで来た事で一気に不機嫌になると、彼の足に頭突きした。結局は床を転がる羽目になるのだが。

「ん? どうしたんだよ正明。そんな事しても可愛いだけだぞ?」

 正明は自分がすっかり泣き顔では無い事に気付く。

 ジャッキーが話しに割り込んで来た事で逆に頭がスッキリしたのだろうか、彼は志雄の身体をよじ登ると小さく耳打ちする。

 今彼達がいるのは優等生専用校舎の第二学年の教室があるフロアだ。とは言ってもまだ広い中庭を横切らなければまだ目的地に行けないのだが、その前に正明はある気配を感じ取っていた。

「志雄、何かいるよ。魔法使いで、学園関係者じゃない部外者だね・・・・・・断言できる。強い」

「はい、解ります。アイリスの目つきが変わったのもそのせいですね。人外化してやっとでしょうか?」

「二対一のガチ装備なら楽勝。タイマンでガチ装備なら五分。今の僕が戦うなら、即死魔法が無いと勝てないレベルだね」

 正明はそれだけ告げると、床に降りると同時に元の姿に戻る。

「ごめんね、華音。僕、あの事件から少し落ち着けなくて」

「いつも屋上で私の歌、聴いてくれているよね」

「わかる?」

「なんとなくだけど、スキルに手応えがあるの。アイドルの時にはわからなかったけど、誰かに聞いてもらえてるとわかるみたい」

 華音と正明の会話を横で聴いていたジャッキーは小声でアイリスに質問する。

「あの二人、女の子同士だよな?」

「そう」

「あの雰囲気、どう見てもお互いに」

「余計なこと言ったら、○○〇を不能にするブツを飲ませる」

 アイリスは正明と志雄、そして自分が感じている魔法使いの気配で気が立っている事もあり、般若の様な表情でジャッキーを睨み付けて懐から虹色の薬をチラリとのぞかせる。

「あ、すみません許してください」

 ジャッキーはそう答えると、辺りの視線に居心地の悪さを感じる。

 隣を歩く志雄、アイリスは同じ劣等クラスの生徒にもかかわらず優等クラスの生徒達と比べても何ら遜色そんしょくない。

 正明は自分と同じ世界にいる様に思えるが、この二人は覇気の様なもの、見ただけで実力者だと解る凄味があるのだ。正明は謎が多い人間である事はジャッキーも薄々だが理解はしていたが、それでも泣き虫でわがままで気分屋な女の子がここまでの曲者を友人にしているにも関わらずに立場を同等に保っていられるのか理解できない。

「正明、お前。女の子だよな?」

 ジャッキーはつい正明にそう言っていた。

「え?」

 我ながらバカな質問だとジャッキーは後悔した。

 パッチリとした丸い瞳、声、華奢な身体、仕草、以前に握手をした際に感じた柔らかくて小さな掌、何処からどう見ても女の子だ。胸の事を指摘したら殴られるだろうから彼は何も言わないが、ジャッキー自身も正明の仕草や言葉にドキッとする事もある。

 それで男なら、彼は自分の性癖に自身を無くすだろう。

「あっ! ご、ごめん! そだよな、お前が男だなんて在り得ないよな」

「だったらどうする?」

 正明はいたずらっぽい笑みを浮かべる。

 その表情はジャッキーが個人的に気に入っている正明の顔だった。この顔が一番生き生きしている。

「自分に自信がなくなると思う」

「ふーん・・・・・・じゃ、触ってみたら? 胸」

「なっ! からかうなよ! 訴えられたら勝てないよ!」

「僕はそんな事しないよ」

「簡単に男の子にそんなこと言ったらダメだよ! 勘違いされたら後が面倒だよ⁉ 私なんて握手しただけで彼氏面されたことあるんだから!」

 華音は正明をジャッキーから遠ざける様に自分の近くへと引き込む。

 その行動にジャッキーは少々メンタルにダメージを受けながらも、仕方がないよねと自分を納得させる。

 その後の事だった。

「やっとここまで来たのに何でいい子がいないのぉ‼ はーい! 処女だと言う人手挙げて!」

 変態が中庭で騒いでいた。

 正明は素直に驚いた顔をしてしまった。あまりにも唐突に現れて、あまりにも突拍子の無い事を叫んだのだから。

 一番まともな反応をしたのは華音だった。

「えっ⁉ な、何あの人?」

 華音の問いに答える人間はいない。志雄はゴミを見る様な顔をその男に向け、アイリスは律儀にも右手を挙げている。

「なんだって、みんな中古品⁉」

 その場にいた女子生徒達は殆どが手を挙げていなかった。

 無理も無い、いきなりそんな事を言われても自分の性生活を赤の他人に暴露する事に抵抗があるのが普通だ。

「なら、判別しちゃおうかなぁ」

 男は上着の懐から何かを引き抜く。

「危ない!」

 華音はドーム状のバリアを生成して正明、志雄、アイリス、ジャッキーを守ったが、他の生徒には何らかの魔法が直撃したようだ。

 正明は左目で何を使ったかスキャンする。

「銃? でも、変だね・・・・・・僕が知らない? なら、ギルド武器」

 ギルド長を務めるものならばそれがギルド製か、正規のものか、改造版かは見当がつくものだが彼はその魔具がギルドで造られた代物だと感じる。

 その銃から放たれた弾丸は複数人の女子生徒に着弾するが、全員が無傷どころか服に塗料の様な物すらついていない。

 代わりに頭上に×や〇印が浮かび上がっている。

 ちなみに×の割合が微妙に多い。

「穢れている! くそ! 尻の軽い女ばかりだ!」

 何だか、本当に失礼な男だ。

「何をしているのですかね? 変な男です」

 志雄は本当に気味が悪いと表情に出してしまっているが、アイリスは懐から真顔で嫌な色の液体が入った瓶を取り出して銃型の注射器に装填している。

 正明はバカバカしいとばかりに溜息を吐く。

 あの魔具はどうやら弾丸が命中した女性が処女か、性行為経験者か解る物らしい。何とも処女好きに受けそうな魔具だ。人権侵害をしまくっている、その証拠に結構パニックになっている。

「全く、痛くもかゆくもないなら怖がることも無いですね」

 そう呟くと、志雄はシールドから抜け出してその男をぶん殴った。

 あからさまな不審人物な上に、女性の秘め事を無差別拡散する下衆野郎である事も変わらない。

 ここで、そいつを取り押さえてオーダーに顔を売るのも悪くない算段だろう。

 だが、正明は腰のホルスターで派手に魔法が使えない。

「失礼ですよ! この変態!」

「君は、どうかな?」

「な⁉」

 殴られた男はまるでダメージを受けていないかのように体制を立て直すと志雄に銃を数発打ち込んだ。

 志雄は両腕をクロスさせて弾丸を受けるが彼女の頭上に〇のマークが現れる。

「へぇ、綺麗な子だね」

「それはどうも・・・・・・なんか、凄く嫌な気分です」

「オーダーです! 学園内での不信行為の現行犯で、貴方を拘束します!」

 華音は腰の銃を引き抜くと、腰の位置で数発牽制と言わんばかりに男へと打ち込む。

 が、男は身体を浮かせて弾丸をかわすとお返しと言うように華音の左胸と額に二発弾丸を打ち込んで来た。

 これが殺傷能力のある弾丸なら彼女は死んでいただろう。

「くっ! なんて動き!」

 華音の頭の上に〇印が現れる。

 そして、正明の頭にも〇印が現れた。

「あれ⁉ いつの間に⁉」

 正明が焦って頭上の〇を取ろうと手を伸ばすが、それには実態が無いのか彼の小さな手はむなしく空を掻くだけだ。

 その様子をジャッキーは苦笑いで見守るほかなかった。

 ハイレベルな戦闘だが、内容がこの上なく下らないものと言う事もあるが、自分の目的地がさらに遠ざかった事を確信したからだ。

 

  *


 正明が頭上の印を必死に取ろうとしている仕草は、猫じゃらしを必死に掴もうとして飛び上がる猫のようにも見える。その姿に華音はデバイスで写真を撮りたくなる衝動に駆られてしまうが、不審な男に牽制で攻撃魔法を打ち込む。

 自身の職務を感情で放棄してはいけない事は真面目な性格である彼女の自制心を保たせたのだろう。

「強いね! 中々の逸材だ! だけど」

 魔法を滑るような動きで回避する不審な男はそのまま華音に距離を詰めると、右掌に魔法陣を展開させる。魔具による攻撃であると華音は確信するが、ラグの無い魔法攻撃を回避するだけの装備を彼女は持っていない。

「しまっ!」

「寝ててくれ」

「貴方がね」

 男は小さな、女の子の物と考えられる手が自身の右手を掴んでいる事に気付く。その瞬間だった、彼の全身に吐き気を催す程の悪寒が走った。

「うおおお⁉」

 必死に後方へと飛んで男は自分の右手を見つめる。

 華音から見ては男の手首に傷はない、それどころか強く掴まれたような痕跡すらない。

 それなのにあそこまで逃げたのには何かしらの理由があるのだろうが、その時に彼女は正明のスキルを思い出した。

 最近彼女の友人から聞いた事だ。正明は他人に莫大な恐怖心を植え付けるスキルを持っている。

 多分その力だろう。

「は、ははは・・・・・・何だろうね? 一瞬、強烈に死ぬって感じたよ」

「逃げれば? 死ぬよ、僕は力の出し方が下手だらね。心臓が止まるかも」

 正明は華音を庇う位置に立つと男を睨み付ける。

 その時だった。男の表情が一変した。

 その表情は、恐怖でも、怒りでも、侮辱でもなく、まるで憧れの人に出会えた純情な子供の様なものだった。

「あ、あぁ・・・・・・君、君は」

「な、なに? え? 何その・・・・・・顔、違くない?」

 正明も感じ取ったのだろう、顔を青くして後ずさりしている。

 男は両の腕を広げると、先程の大声でなく真面目な表情で呟く。

「やっと、会えたね。美しい人」

 真面目な顔は華音も「イケメンだな」と思えるほどの美形であるにも関わらず発現そのものはイカレポンチのそれだ。

 近くにいるはずの志雄もアイリスもどうしたら良いのかわからずに構えるだけで前に踏み出せない。

 そんな台詞を直に言われた正明は表情を恐怖の色に染めている。まるでスキルをそのまま跳ね返された様な顔だ。

「・・・・・・変態だ」

 正明のその一言に反応したかのように、男は高速で正明の目の前へと迫る。

「もう君しか考えられない! 教えてくれないか! 君の名前を!」

「きみの悪い奴ですね!」

 割り込む様に志雄が回し蹴りを放つが、それも滑る様にその男は回避する。

 魔法なのだろうか? 魔具の力? それともこの男のスキル?

 華音は迫る男から正明を守ろうと魔法を発動させる。

「中位魔法第三級魔術! 白鳴雷砲はくめいらいほう!」

 ビーム状になった電撃が男へと駆ける。

 電撃を拡散させる事も出来る牽制用の魔法だが、身体で回避する方法はない。動きを止めた時に接近して一撃で決める算段だ。

 だが、男は身体の正面にどす黒い球状の力場を生み出して、電撃を吸収してしまう。

 スキル!

 華音がそう判断した時にはもう遅かった。

「さぁ、行こうか? お嬢様」

 男は正明をお姫様抱っこし、そのまま空間転移の魔法を発動させると姿を消した。

 男が正明に狙いを定めてから三秒と経過していなかった。

「正明!」

 華音は叫ぶが、そこにはもう誰もいない。

 そもそもがおかしい。

 なぜ操魔学園に単身で潜入できたのか? 学園内での空間転移は不可能なはずでは? 他のオーダーはなぜ到着していなかったのか? 男の目的は? なんで正明が?

 様々な考えが頭の中をグルグルと巡るが、そんな彼女とは違い志雄とアイリスは変に冷静だった。デバイスを開いて何処かに電話を入れている。会話の内容から警察への連絡ではないようだが、何処となくオーダーが犯人を追い詰める際の状況報告の様にも聞こえる。

「えぇ、宗次郎もその男と接触を? どうでした? はい、私も同じように回避されました。はい、目的も同じ事を言っていましたね。何のために?」

 志雄は真面目な顔でデバイスの向こうの人物と話している。

 華音は思わずその姿を見つめてしまう。まるで隊長の由希子や先輩の隊員と同じ雰囲気を放っていたからだ。

「八雲はどうですか? はい、魔法ではない可能性はありますか・・・・・・スキルは確認しました。重力ですね、かなり強力です」

「さっきの絨毯爆撃は?」

「絨毯爆撃?」

 華音はその言葉に心当たりがあった。

 つい先ほど屋上に花火の様な光が見えたと言うが、その光景を隊員は魔法による絨毯爆撃であると連絡していた事を華音は思い出した。

 なぜ、劣等クラスであるこの人達がその事を知っているのだろうか。

「はい、後・・・・・・正明がさらわれました。その男にです、はい、ですから無理ですよ、凄く強い魔法使いでした。それに、スキル持ちをどう抑えろと? はい、ではそっちは念のために連絡を、オーダーには私から報告します」

 志雄はデバイスを切ると、冷静に華音へと言葉をかける。

「華音さん、オーダーに捜索願を出します。正明の行方をどうか、探して下さい!」

「私も、お願い。オーダーしか・・・・・・頼れない」

 志雄とアイリスは深々と華音に頭をさげる。

 冷静すぎるため華音は面食らったが、志雄の拳が強く握られている事と、アイリスの肩が震えている所を見て彼女達の強がりであると感じられた。

 華音はその姿を見て、精一杯の敬礼をするとその依頼を受けた。

 だが、その中で唯一顔色が違う男がいた事にその時は誰も気付いていなかった。

恋愛要素なんて無い。まだですが・・・恋愛要素は成長型魔法使いと死神の飼い猫でやるぞぉお!

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