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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
アイドルと魔装解放編
3/46

第2話 人間を辞めた者達


「みんな酷くない? 助けに言ったのにもう逃げているって、御蔭で僕がオーダーの隊長と戦う羽目になったじゃないか」


 正明が仲間に合流したのは翌日の学校内でだった。

 操魔学園、日本でも屈指の魔法学校でありエリートが集まる場所である。そこでも成績の悪い連中である蒼の劣等生が集う校舎に彼達はいた。


「仕方がないですよ。逃げるので精一杯です。隊長と戦うには装備が足りない上に、数で圧倒的に負けていました。撤退出来ただけでも奇跡です」


 志雄は制服姿で(全員そうなのだが)呟いた。


「俺が狙撃に成功してなければ、全員が捕まっていたぞ? 本当に危なかった。正明こそ何してたんだ?」


 涼し気な目つきの男が正明を指さす。彼は宗次郎、SPECTRE,sの狙撃手だ。


「転移した瞬間囲まれた。アイツらは天才の集まりだし、仕方ないけどもビックリしたよ」


「エリートって言っても、所詮は、魔法が多く使えるだけ・・・・・・頭が本当の意味でキレるのは、あの隊長と、副リーダー。あの二人はこの学園でも最強クラス」


「でも、特定できたなら。普通に頭の良い奴がいたってことだよね?」


 アイリスと、ショートヘア—の女の子が口を開いた。

 ショーヘアーの女の子は加々美、メンバーの中では接近戦で二番目に強いが如何せん頭が悪い。正明も加々美の事は良く読めないのだ。


「そうだろうな。まぁ、警戒はしとこうか。俺達は魔装無しなら雑魚も良い所だからな」


 宗次郎はそう言うと、制服のポケットからデバイスを取り出す。これも改造してあるものだが、正明でなく彼自身が自分様にカスタムした物であり、遠視能力が備わっている。

 無論、そんな改造が万人に出来る訳はない。

 昨晩、殺した闇医者の身体を全て魔力に還元した技術によって得られた改造だ。最も、一人分のデバイス改造には最低でも十人以上の命が必要であり、作るのは面倒だが効果は上々だ。


「ほぉ、新人は二人いた様だぞ? 一人は、我らが愛しのエンジェルでありメシアでもあり救いの女神でもあり穢れ無き純白な心を持つ華音ちゃん‼ と、後は知らん女だな。学年は一つ上の二年生だろうな、顔を見たことがない」


 狂ったように遠視で華音の姿を捉えた宗次郎はブリッジの体制でデバイスを覗き込んでいた。

 変態だ。

 正明も他のメンバーも呆れた様に溜息を吐くが、これはいつもの光景だ。寧ろ全裸になろうとしなかっただけでもバンバイザイなのだ。


「多分、その女だね。正明の転移を探知したのは」


 アイリスが呟くが、宗次郎はそんなこと聞かずに、片方の女のスリーサイズを感で当てようと必死になっている。


「もしもーし」


 ゴッ! と加々美はブリッジしている宗次郎の股間を軽く蹴った。


「ぱうっ! おおぉ~マイ・サン」 


 宗次郎は五〇〇のダメージを受けた。

 宗次郎は死んでしまった。


「そんなに気持ち良かったか! あんたも好きねーシャチョサン」


「加々美さん、その・・・・・・乙女としてその言動は、不味いですよ?」


「いいじゃん志雄ちゃん! 宗次郎も天国気分なんだし!」


「別の意味で天国ですね。いや、楽園追放された人間状態です」


「志雄ちゃんって解り辛い例えするよね。アホかいね!」


「加々美さんにだけは言われたくないですよ!」


 正明は喧嘩を始めるバカ二頭を無視して、床に転がる宗次郎のデバイスを覗く。

 そこには先日に出会った華音と、亜麻色の髪をした女子生徒がオーダー専用に配備された校舎で隊長の話を聞いている所だった。


「どうやら、僕の事は秘密にしてくれたんだね。ありがとう、華音」


 そのセリフに極端に反応する者がいた。

 股間を抑えて蹲っていた宗次郎だ。


「おい‼ 秘密ってなんだ⁉ それに華音ちゃんを呼び捨て⁉ 正明! 彼女に会ったのか⁉」


「うわぁ‼ ゾンビだ!」


 正明は腰を抜かす勢いで尻餅をつくが、宗次郎の糾弾は止まらない。


「昨日だな! 昨日会ったんだな⁉」


「そうだよ! それが⁉」


「サイン貰ったか⁉」


「別にファンじゃないし、要らないよ」


「ごぶぁ‼ 勿体なぇ!」


「握手はしたけどね。後、頭撫でられたな・・・・・・なんか変わった子だったよ。友達になれたし、次会ったら貰っておくよって・・・・・・うえぇ⁉」


 正明が宗次郎の顔を見ると、悪鬼羅刹の如き顔をした宗次郎が正明を睨んでいた。


「マサアキィ~貴様をぉ、殺してやるぅ~」


「ぎゃあああああああ‼‼ 化け物‼‼」


「待てぇ! この野郎! ファンの怒りを喰らいやがれぇ!」


「来ないでよ! その顔気持ち悪!」


 正明は飛行魔法を発動して宗次郎から逃げるが、彼の身体能力はそれの速度を凌駕している。

 狭い空き教室でメンバーは大騒ぎだが、正明はデバイスをもう一度見ると、逃げるのをやめて宗次郎をかわした。

 頭から机に転がり込み、宗次郎は怪訝な顔で正明を見る。


「正明?」


 志雄と加々美もその様子に喧嘩を止めて、二人で石像の世様に固まった姿勢で正明を見た。

 正明は少しだけ宗次郎のデバイスをいじると、それを宗次郎に投げて返す。


「見つかった。その新人、かなりヤバい! 逃げるぞ!」


 正明は目つきを鋭くして腰にホルスターを出現させる。


「えっ⁉ 念写を探知するか⁉ 普通じゃないぞ!」


「加々美さん、アイリスは私と転移します。正明は?」


 加々美とアイリスにそう告げると、志雄は正明に視線を移す。正明の行動や決定で立ち回りが決まるからである。


「此処で発信源を遠くの場所であると誤認させる。転移はしないで普通に教室に戻ってろ。宗次郎、八雲を探してきて欲しい。アイツの固有能力が必要だ。早くしろ」


「あぁ!」


 実際、この状況下で居場所の探知をされようものなら蒼の劣等生達に捜査のメスが入るのは火を見るより明らかなのだ。そうなれば、SPECTRE,sの活動にも支障が出て来る。大規模な引き抜き調査が入るだろう。

 オーダーの専用校舎への遠視魔法と念写による盗撮、蒼の劣等生には絶対に出来ない。紅の優等生は新しいエリートを躍起ななって探し昇格させようと企む。

 正明達にとっては嫌な事この上ない事態になる。下手したら魔装の技術が知られてしまうかもしれないのだ。

 見られるのは構わんが、盗まれるのは勘弁願いたい。

 普通の魔法使いは使ったら死ぬのだから。


「始めるか。隠者の誓約」


 正明の服装が黒く長いローブに、紫色のオーラを放つ杖、西洋風の黒を基調とした服、シャツに細いタイを締めた者へと変わる。

 この魔装は主に情報をかく乱、偽造するための魔装であるため戦闘能力は無い。


「我、これより彼の地を聖地とす。ここは我の領地、友を除く他者一切の侵入を許可しない」


 人払いの魔法を魔装によって発動し、この教室は愚か、廊下すらも人を通れない様にする。

 正明は休むことなく次々と情報を錯乱する魔法を放つが、情報の探知は既に始まっていた。まだ特定できていないようだが、流石に魔装の力でも正明の物ではない外付けの力では限度がある。


「正明君。お待たせ」


 聞こえて来た声に正明は口元を緩める。

 隣にいたのはクセのある髪に、柔らかい笑顔を見せるイケメンだった。正明はからかってそう呼ぶが、実際そうであるのだから仕方がない。


「ごめんな。八雲、能力貸してくれ」


「良いよ。ってか、これは君に貰った物だしね」


 八雲はそう呟くと、姿を変質させた。頭にはヤギか羊の様な角が生え、瞳の色は黒から琥珀色へと変わり、腕や顔にはタトゥーの様な模様が現れる。

 その直後、彼の能力は自動発動する。

 魔法の不完全化。つまりは魔法の発生を中途半端なものにする能力だ。


「ビンゴ。お粗末になったな! 優等クラス! 此処に僕たちはいませんよっと」


 正明は待っていたと言わんばかりに、探知魔法をひん曲げてしまう。

 探知魔法は学校外の住宅街へと飛んでいき、そこに着弾した。


「ありがとう。八雲。はぁ~危なかったぁ」


 正明は顔の筋肉を緩めると、魔装と魔法全てを解除して椅子へとへたり込んだ。

 人間の姿に戻った八雲はそんな正明の頭を両手で撫で始めた。


「可愛いな~、ホントに猫ちゃんみたいだよ」


 どうやら、正明は撫でられる宿命から逃れられない様だった。



 正明の仲間達は人間ではない。

 正確には人間である事を辞めてしまったのだ。正明が彼達の身体を人で無い物に改造して、体そのものを一つの魔装として作り上げた。

 みんなが望んだことだったが、正明は今でも後悔している節がある。

 人外化施術。

 そう正明は呼んでいるが、これは魔法では再現不可能である。

 魔装使いだけが持つ、悪魔の技術。



 正明は授業を受けながらノートに絵を描いていた。

 魔法陣と何やらおかしな文字が大量に描かれている。一見中二病じみた事をしているが、この世界でその言葉は通用しない。

 それに、その絵は実際に魔法を発動する物になるのだ。


(よし、いい出来になった。これなら一撃で人間程度は氷漬けに出来るぞ)


 悪い笑みを浮かべる正明はこれをいたずらで宗次郎に試そうとしていた。

 追いかけ回された上に、逆恨みのフルコースまで頂いたのだからお返しするのがマナーである。一切手加減はしない。本気で戦っても彼には勝ち目が薄いのだから、不意打ちをしなければやられてしまう。

 授業終了のチャイムが響き渡り、本日の授業は終わりを告げた。

 エターナルフォースブリザードアイテハシヌーを装備した正明は早速復讐のために悪に堕ちようと走りだそうとするが、教室の出口を大勢の生徒がロックして出られなくなっていた。教室の前の廊下に殺到していやがるその人だかりの隙間を縫って正明は教室を出るが、後ろから声をかけられた。


「正明」


 その声には聞き覚えがあった。

 昨晩チンピラから助けられ、先程仲間と一緒に盗撮した今をときめくアイドル、華音だ。


「あれ? 華音? どうしたの?」


「同じ学校の制服だったし、ネクタイが蒼かったからこの校舎にいるって思って」


 生徒の中からざわめきが起こる。

 正明はそのざわめきに顔を青くする。よくアニメで見る光景だ。モテまくる主人公が可愛い女の子とこの後放課後デートになる展開だ。

 それ以上にこれは不味い、紅の優等生達は選民意識の塊だ。蒼の劣等生に友達がいて、ファンそっちのけと言うのは余りにも彼女の立場を危うくする。

 一応の所はファンの生徒にも握手とかサインはしているようだが、友達としての接触を正明だけしているのは、宗次郎の様な生徒を増やす事になってしまう。

 彼の中に、逃げると言う選択肢が沸き上がって来る。

 彼女は輝かしい笑顔をしている。アイドルとしてではなく、一人の女の子としての純粋な笑顔だ。


「あぁ、うん・・・・・・そうだね。じゃあ、僕そろそろ行かなきゃ。またね」


 正明は冷や汗をかいてその場から立ち去るが、気になって振り返ると、華音は何とも言えない様な悲しげな表情を浮かべていた。

 まるで迷子になった子供みたいな顔だ。

 正明は彼女の気持ちが痛いほどよくわかる。自分は嫌われたのでは、と考えているのだ。いきなり逃げるように立ち去られては不安にもなると言うものだ。


「あー・・・・・・もしかして、夜遅く出歩いていた事での、反省文提出の要件かな?」


「え?」 


 そんな物は無い。華音も首を傾げているが、次の一手を正明は速攻で繰り出して彼女に口を出させる隙を作らない。


「そうだった! あぁ~お昼までだったのに、すっかり忘れてたよ。ごめんなさい、今出しますので、いやここは直接提出したいからオーダーの専用校舎までいくよ」


「え? えぇ?」


「そうだね。行こう、そうじゃなくちゃわざわざオーダーが蒼の劣等生の所まで来ないよね」


 周りが成程、と首を縦に振っている。

 正明は華音にそう言うと、速足でオーダーの専用校舎の方角に歩き始めた。少し振り向く、彼女は付いて来てくれるだろうか。


「正明? 待ってよ」


(やった! 気弱な正確な上に無口な所があるのは知ってたけど、うまく誘導できた)


 華音は正明に追いつくとその少し前を歩いた。


「ごめんね。流石に、場所悪かったね」


 小声でそう返して来た事に、正明は少し驚いた。どうやら、抜けているだけでアホではない様だ。

 一応は紅の優等生、警戒は持っておいた方が良いだろう。オーダーへのパイプであるが、大事な友人でもある。ひょんなことから正体がバレて友情が破綻するなど、正明は考えただけで胃が痛くなる。


「ごめんね? 逃げようとして、嫌な思いさっせちゃったね」


「ううん、直ぐに正明が振り向いてくれたからホッとした」


「お詫びに何か驕るよ。今日は暇なの? アイドルって忙しいイメージがあるけど」


「アイドルって、みんな誤解しすぎだよ。私はオーダーの宣伝のために少しの間アイドル活動をしていただけで、中等部から本格的にオーダーの一員になる予定だったの・・・・・・CMとかに私は出てないでしょ? それが理由なの。だから、凄く売れちゃったのは誤算だったんだ。私の方だけ見られて、オーダーはそっちのけ・・・・・・活動は、オーダーと一緒にやる事にしたの。だから、普通の女子高生でいられるよ」


 正明はその言葉を聞いて、彼女の表情を注意深く観察していた。

 自慢をしている訳ではない、悲しんでいる訳でもない、彼女は今の自分に満足しているのだろう。だが、周囲がそれを許していない。普通の女子高生でいる事を周りのファンが許可しないのだ。彼女の悩みはそうだろう。

 人によっては自慢や傲慢な言葉に聞こえるだろうが、彼女は他人が自分と同じ目線でいてくれない事が苦しいのだ。


「ふーん。僕は、アイドルにそこまで興味無かったから華音の事はオーダーに入ったって噂から知ったんだ。でも、こうして話していると普通の女の子だよ。僕と変わらない」


「うれしいな。私、友達って正明が初めて」


「そうなの?」


「うん、この髪と、目で昔から変に特別扱いされて・・・・・・私、イギリスと日本の子供なんだ」


 正明は自分の左目もあり、少し親近感があった。


「僕は、この左目。僕は日本人の子供だけど、突然変異でね」


 嘘だ。

 この瞳は、正明が人間でいない事の証明だ。


「へぇ、でも綺麗だな~その瞳。あ、始めて会った時ね、私正明の見た目だけ褒めたけど、正明の良い所見た目だけじゃないよ! 優しいし、頼りがいがあって、なんかなんでも話せちゃう。お姉ちゃんが出来たみたいでうれしいの」


 身長も華音の方が大きいし、何処からどう見ても華音の方がお姉ちゃんであるが、正明は褒められたことにニヤついてしまう。

 だが、一つだけ疑問がある。


「ねぇ、なんで僕の名前を突っ込まないの?」


「正明、話したくないならいいよ? 誰が何と言おうと、私は正明の名前を笑ったりしないよ」


 なんか、凄い誤解を与えているがこのまま勘違いしている様だ。

 正明は華音の手を自分の胸に押し当てた。華音は顔を真っ赤にするが、正明は澄ました顔をしている。


「な、なななな?」


「これでも、女に思える?」


 無論、正明に胸は無い。

 あってたまるか、と本人は言うが。


「胸が、女の子の全てじゃないよ! 周りからなんて言われても、正明は正明だよ。誰よりも女の子だよ」


 華音は正明がその名前と性別のギャップによってイジメられてきたと想像したのだろうか、自分と照らし合わせて本気で正明を勇気づけて来た。

 誰よりも女の子な正明は、考えるのを止めた。

 それより、女として接した方がスキャンダルなどを回避できる可能性は高い。

 正明はその場でクルッと身体を回転させ、すっ転ぶ。


「正明⁉ 大丈夫⁉」


「大丈夫だよ。そうだね、僕は僕だよね」


 正明はスカートになっていた。脚がむき出しだが、白く細いその脚は誰がどう見ても女のものだ。

 華音の前では女の子でいよう。

 正明は笑顔で華音の手を掴み立ち上がる。


「僕も、華音と友達になれて良かった」


 死神の飼い猫は、過去の光景を左目に見た。

 笑いながら彼の手を掴む柔らかい手、一緒に生きていた時期の記憶、撫でた髪のサラサラとした感触がフラッシュバックして来た。


「正明?」


「本当に、何時以来だろう」


 女の子でいようとしたのは、死んだ実の妹の前でだけだった。

 姉でいようと思った時、以来だった。


「じゃ、甘いモノでも食べに行こ」


 正明は、華音と学校を出た。

 歩いていないと、泣きそうだったからだ。



 華音と話している内に、正明は何やらおかしな事に気が付いた。

 彼女がおかしいのではなく、視線を感じるのだ。アイドルなのだからストーカーでもいるのかと思ったがどうやらそうでもないらしい。

 いざと言う時はいくらでも始末出来るが、彼女の前で殺人はしたくなかった。

 今のうちに仲間も呼んでおくのが打倒であろうと、デバイスを取り出した。

 その時。


「正明? どうしたんですか? その恰好」


 入った喫茶店で志雄と出くわした。

 正明は高速で彼女に事情を説明する。


「正明の友達?」


 華音が人懐っこい笑顔を志雄に向ける。志雄もそれに応えて笑顔で挨拶を返す。


「はい、私は楯神志雄と言います。正明とは少し長い付き合いです」


「あっ、私は」


「華音さんですね? 有名ですし、正明から聞いています」


 志雄は同じ席に座ると、華音と話し始めた。

 彼女も、アイドルとしての彼女にはまるで興味がない。その事もあり、オーダーの事について話を聞いていた。


「私もオーダーには憧れているんですよ! カッコいいなって」


「動機なんて私も同じでしたよ。先輩方もみんな強くて、特に隊長は強いだけじゃなくて凄く優しくて」


「私も、蒼の劣等生でなければ入っていたのですが」


「えっと」


「あっ、気にしないで下さい! 華音さんがそんな差別意識を持たない事ぐらいわかります」


 正明は二人の会話を聞きながら、デバイスでメールをメンバーの一人である京子に飛ばした。

 直ぐに返事が返って来た。


(出動しまーす!)


 正明はデバイスを仕舞う。

 華音は正明に話を振って来る。


「正明は、その・・・・・・好きな人っていたことある?」


 コイバナに話が発展していたのだろう。

 だが、正明はその答えを迷った。彼は無性愛者と言い、他者を異性や恋愛的対象として見ることが出来ないのだ。

 ここで、私は人を好きになった事なんか無いよ。なんて言うと、何かと華音に気を使わせてしまうだろう。


「いたことあるよ。フラれたけどね」


正明は苦笑いでそう返す。

 これが一番効果的だ。そのトラウマで恋に臆病と言う印象を与えれば、華音にも恋について疎い事が怪しまれない。


「失恋かぁ、私はいつもさせる側だな」


「ははは、やっぱりいるんだ? 告白して来る人」


 華音は少し複雑そうに笑う。


「ファンでいてくれるのはいいんだけど、恋愛対象にされちゃうと困っちゃうかな?」


 正明はコーヒーを一口飲むと、彼女の表情から少しだけ感情を読み取る。

 彼が生きていく中で自然と身に付いた力だ。悪く言えば顔色を窺うのが抜群にうまいという事だ。


(今、好きな奴がいる? 多分そうだよね? 如何せん、彼女にとっては女友達すら初めての領域、どんな事を話すか以前に他人との距離感の測り方すらわかっていない。僕や志雄はもう彼女の中では親友のレベルで、相当心を開いていると見た。華音、少し警戒心を持とうよ。目の前にいるのは、オーダーの敵なのに)


 丁度、正明の頼んでいたイチゴサンデーがテーブルに運ばれて来た。

 それを受け取ると、正明は志雄にアイコンタクトで助けを求める。恋愛事情には正明は不利すぎる。


「それは、大勢の人が見ますからね。心を動かされる人も多いでしょう」


「そうですよね。でも、私が・・・・・・恋をしたら、どうなるんですかね?」


「どうもならないよ。華音は、華音。一人の女の子が恋をしただけ、周りは騒ぐだろうけど、華音の恋は華音が人を好きになれる証拠だから、それは誇りを持っていいと思うよ」


「何ですか? 正明。随分と真剣に答えるんですね?」


 志雄が少し意地悪な顔をするが、正明は恋が出来ない。従って、その気持ちはとても貴重な物だと思っているのだ。

 どうしても彼は真面目に考えてしまう。


「ともあれ、好きになったとしても全部男に捧げたらだめだよ? 男は、女とは違った悪質さを持っているからね。甘やかしたら、主導権握られるよ?」


 正明はそう言うと口の中にイチゴを放り込んだ。

 と同時に、正明は魔法を使う。

 志雄は咄嗟に華音の身体を抱くようにして守っていた。

 何が起きたかと言うと、喫茶店に一台のバンが突っ込んできたのだ。ガラスが砕け散る凄まじい音が落ち着いた店内を一気に騒がしくする。

 蒼い膜状のバリアが正明達を守って、傷は無かったが、それ以前にバンは奇妙なモノによって止められていた。バリアが守ったのは飛んできたガラスの破片などだ。


「うわー。大変だなー」


「ビックリしちゃいますよー」


「ひぇぇ・・・・・・な、なに?」


 棒読みでコメントする正明と志雄に反し、華音は既に半泣き状態だ。

 バンを止めていたのは、二体の鬼だった。

 左にいたのは、顔の目や口から常に炎らしきものを揺らめかせている。

 右にいたのは、左腕に刺すように鋭い冷気をまとっている。

 二体とも立派に隆起した筋肉と、三メートル近くあるのではと疑うほどの巨体の持ち主だ。そいつらに掴まれたバンはまるで空き缶を踏み潰したような形状になっていた。こうなればもう廃車確定だ。

 そのひしゃげたバンの天井に一つの影が降り立った。狐の面に、和風ドレスなる物を着た背の小さな女の子だ。背中からお尻まで伸びた艶のある黒髪がとても美しい。

 その彼女がポーズを決めて叫び、二体の鬼が地面に膝を付く。


「SPECTRE,s。集団戦法担当! 只今見参! 暴れるぞー!」


「「ハッ‼ 我が主の命のままに‼」」


 ロリと鬼。

 只今見参。


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