白金の歌姫/蒼黒の魔王(4)
第一章完結です。
のんびりとお付き合いいただけたら幸いです
6
鳴神華音はアイドルとしての地位を完全に失った。
詐欺の疑いをかけられたが、オーダー上層部が華音の所属していた部署が彼女のスキルを知りながらも無理矢理彼女を言いくるめていたことが発覚し、被害者のくくりとなった華音は罪には問われることは無かった。
彼女の行った最後のライブで歌われた「ARIADNE」は一部でカルト的な人気を獲得し、皮肉にも華音のスキルの影響下にいない人間達が発信源となった。その歌はオーダーのイメージソングとなり、街のなかでも聞く機会が増えたようだ。
肝心の華音を非難する声は消えないが、彼女を擁護する声も多く存在し、そんな中でも歌を辞めない彼女に共感する人間が根強い。
結果的には事件の影響は上手く鎮静化された。鳴神華音のスキルの事は世界中の人間達が知る事となったと言う点に目瞑れば、だが。
唯の女子高生となった華音は歌を口ずさみながら紅の優等生専用校舎の屋上から、蒼の劣等生専用校舎へと目を向ける。そして、改めて背中に背負ったギターを構えなおすと試しに数回弦を弾いてから彼女がいつも初めに歌っていた<RED BARON>を演奏する。
そして、歌を響かせる。
スキルは発動され、遠くへと五感を刺激する歌は拡散していく。
「ゲリラライブだね。華音」
蒼の劣等生専用の屋上で、紅の優等生専用校舎を見つめる正明は笑顔で彼女の歌を体中で聴く。
戦闘で破壊された校舎はまだ復元がされていないが、いつも通りの日常が学園を満たしている。
佐島望のギルド<デュミオス>は崩壊した。
生き残った連中はまたそれぞれの生き方を模索するのだろう。復讐として攻撃をして来た連中がいたが、その連中はアイリスと強化された京子の使い魔軍団が掃討したのだそうだ。
根元幸三は無事に娘を取り戻し、今度は娘との時間を十分にとれる職へと転職したらしい。
朝倉将の家族は父親が死んだことによって悲しみに暮れる日々が続いたようだが、彼の妻である女性は強い人であったらしく、女手一つで息子を育てる事と決めた様だ。WELT・SO・HEILENでの援助は続けて行こうとメンバー全員の一致で決まった事から、あの家族とは長い付き合いになりそうだ。
死んだ佐島望の事を華音は知らない。
正明が彼女へと説明していないのだ。
「念のために、ね」
正明は歌が終わるタイミングでデバイスを開き、華音へとつなげる。
彼女が正明や、仲間達といつでも連絡を取りたいとデバイスを新調したのだ。扱いに慣れていないのか、少しの間をおいてデバイスから彼女の声が響いた。
(正明?)
「聴いてたよ。RED BARONだよね」
(うん、やっぱり初めはそれじゃないと調子が出なくて)
「ねぇ、実は・・・・・・あの時に会場にいたタキシードの人」
(・・・・・・あの人ね、私の幼馴染なの)
「そうなんだ」
(変わってた・・・・・・別人みたいに。昔はね、弱いけど勇気があって優しい人だったの)
「うん、いい人だったんだね」
(でも、なんであんなこと。いきなり)
「人は変わる。彼だけじゃないよ」
(無事かな? あんなに変わっていても、初恋の人だから)
少し恥ずかしそうな声色で華音が呟くと、正明の心にトゲが突き刺さる。
精神汚染で人間性の殆どを失っていたとはいえ、彼女にとってはどんな形であれ大切な人達の一人であったのだ。
「そう・・・・・・だったんだ」
(あっ、いや、今は他に好きな人がいて! 望君はいい思い出っていうか! って! 何言って私!)
「ふふっ、なに焦ってるの? 相談したいことがあれば何でも聞くよ?」
(違うの! 望君とは彼の引っ越しで離れ離れになって、それも小学生の時だし)
なんだかものずごく弁解して来るが、自分が軽い女だと誤解されると思っているのだろうか。
正明は意を決して魔法を発動する。
最低最悪な、彼女への嘘を吐くために。
「実は・・・・・・彼とは知り合いで、その事は聴いていたんだ」
(え⁉ そうだったの⁉)
「う、うん。だから・・・・・・あの後、伝言を頼まれていたんだ」
(・・・・・・なんて?)
正明は組み立てた魔法を自分へと付与するとデバイスに自分が殺した人間の声を吹き込む。
「ごめんね、華音。あの時の僕は正気じゃなかったんだ。君の身体に起きていた事と同じ事が僕にも起きていて、君への気持ちが抑えられなくなっていたんだ」
(え? 望君?)
「ライブも、実は後で驚かせようとしていたんだ。久しぶりに再会するためのサプライズとしてね。でも、僕はもう君に会えない」
(どうして? 望君なの⁉)
「僕は君のスキルを狂わせてしまうらしいんだ・・・・・・だから、僕はまた遠くへ行くよ」
(望君、何処にいるの? まともに話せるなら少しだけでも)
「最後に、僕の君への気持ちに嘘はないよ。歪んた形になったけど、僕は・・・・・・君の事をずっと愛していました」
(え?)
「じゃ、バイバイ」
(待って! 望君!)
正明はデバイスから耳を離すと魔法を解除する。
離れていても華音の動揺した声が聞こえる。
「最低だね・・・・・・僕は、悪魔だ」
目に滲む涙を必死に拭う。
正明に涙を流す資格なんかない。幼い子供、自分の友人、敵側の人間達の大切な人間を滅殺したのだ。不敵に笑い、その人々に怨まれる事こそ彼にはふさわしい。
「華音。この声は、伝言だよ? 彼は、何処かに行ったみたい」
(・・・・・・・・・・・・私、彼には歌を届けられなかったんだね? ARIADNEは、辛い過去との和解がテーマの曲なの。その歌、正明や忘れているけど・・・・・・もっといた新しい友達の事を忘れちゃった事、スキルで色んな人に迷惑をかけて傷つけた事はもう取り返せない。でも、それでも私は進まないといけない。忘れたら、逃げる事になるでしょ? だから、過去に向き合って自分の糧にしよって曲なんだ)
「迷宮を抜け出す事は、意外と簡単なんだってね」
(なんでも見透かされちゃうね。彼には、過去に気持ちを置いて欲しくないな。思い出としてお互いの初恋と和解して欲しい。私は、最低な女だね。今でも自分が好きな人に忘れろなんて)
「それでいいんだよ。過去は過去、彼には受け入れる事に時間が掛かるだろうけどいつか、幸せになってくれるんじゃないかな」
(ありがとう、正明)
正明は短く返事を返すとデバイスを切る。
「幸せに・・・・・・か。死ねよ」
厚かましく綺麗事で事実を塗り替える正明は、自分自身に呪いをかける様に呟いた。
*
「優君、どうしたの?」
公園で本を読んでいたアイリスの前に現れたのは朝倉将の息子である、朝倉優だ。
その顔は真っ赤に染まり、両目には大粒の涙が浮かんでいる。
「お父さん・・・・・・帰ってこない」
「そうなんだ」
「お母さんが、お父さんは死んだって」
アイリスにはかける言葉が見当たらない。
彼の父親を殺めたのは自分の仲間だからだ。
「ねぇ・・・・・・俺、強くなれる?」
「え?」
「強くなれば、誰も取られないよな⁉」
アイリスは黙って頷く。
彼のいう事は事実だ。実際に力があれば大事な人を失う確率は格段にさがるだろう。
「アイリスみたいに、強くなれるよな⁉」
「私は、強くない・・・・・・男の子でしょ? お父さんよりも、強くなりなよ」
「うっ! 今度は、僕が! お母さんを守るんだ! お父さんの代わりに」
叫ぶ少年は、大声でアイリスに声変わりもしていない高い声で気持ちをぶつける。
アイリスは座ってたベンチから立つと、泣きべそをかきながらも覚悟を決めた少年を優しく抱きしめた。
「泣いていいよ? 探し回ったんでしょ? 私のこと」
朝倉優は少しの間無言で彼女のお腹にに顔をうずめていたが、耐えきれなくなったのか大声で泣き始めた。
裾の長い白衣から手を出してアイリスは小さな頭を撫でる。
いつか、自分達に牙を剥くかもしれないが彼女は、この子供には精一杯生きて欲しいと思ってしまう。
7
「使徒が、動いた」
WELT・SO・HEILNに入り込んで来た情報に、正明は目を見開いた。
「何処だ! アイツ等は何処にいる!」
「落ち着け! 正明!」
掴みかかる正明を振りほどいて、宗次郎はデバイスを開く。
そこにはギルドでの物流、金の流れがまとめられていた。
簡単にその情報を簡潔に説明すると、医療系ギルドの動きがいきなり活性化しているだ。
「医療系ギルドの連中が活気だってやがる。もしかしたら、使徒の影響かもしれないってな」
正明は深呼吸をすると、頭の中で情報を整理する。
「なんで、今になって?」
「多分、華音ちゃんだ。彼女の持つ神話の魔法である<言霊>は世界有数の力だしな。許せん! 華音ちゃんの肉体は絶対に俺達が守る!」
「くたばれ」
正明はそう言うと宗次郎の情報をデバイスに吸い込む。
「アイツ等の力が必要だ。やっと! やっと動き出したな? 滅ぼして全てを奪い取ってやる・・・・・・そうすれば、何とか完成するんだ!」
宗次郎は興奮する正明の頭に拳を振り下ろす。
「落ち着け。このバカが、いつも通りに気楽にいこうぜ? 自然体で、何もかも奪ってやろうぜ!」
「いぃ・・・・・・ったぁ」
殴られた頭をさすりながら、正明は宗次郎の脛を蹴るとほっぺを膨らませながらどこかへ行ってしまった。
宗次郎はその後ろ姿を黙って見送った。彼だけじゃなく、他の仲間達も今の正明にかける言葉は一つも見当たらないだろう。
何故なら、彼だけ失ったものを取り戻していないからだ。
7
青白い明かりがある一点へと注がれ、そこから光が広がる様にドーム状の空間を彩っている。
ドーム状の洞窟には、中央の小さな陸地に小さな蒼い花が咲き乱れ、その周辺は月光を反射する水が張り巡らせられておりまるでその空間が淡い蒼い光を放っている様だ。その中心に一つだけ棺が置かれている。
しかし、その液体が満たされた棺は少し奇妙な形をしていた。
ガラスの様に透明な物に薄く数々の魔法陣が浮かび上がっており、その中には一人の少女の身体が収められている。
その中で眠る彼女は、顔こそその棺の前に立つ人間と瓜二つであった。
「真紀、もう少しだよ」
棺で眠る最愛の者に伊達正明は静かに囁く。
大きな瞳に、雪の様に白い肌がまるで月光を吸い込んでいる様に思える。棺の中の正明と血を分けた妹は体付きも男の正明とは違い、凹凸のハッキリした身体をしている。
「お兄ちゃん、頑張るよ。僕が、どれだけ化け物になろうとも・・・・・・お兄ちゃんが連れ戻してみせるよ」
棺の中で眠る妹に静かに正明は語り掛ける。
そこからは彼は無言で妹を見つめながら、しばらくの間彼女に寄り添っていた。
正明のデバイスから魔法陣の様な物が空間へと映し出される。それは魔法術式の設計図の様な物なのだが、この世界にその術式を見れば腰を抜かす魔法使いがどれほどいるか想像すらつかない代物だ。この存在は世界中が彼を殺してでも奪い取ろうとする人間が必ず現れるだろう。
即死魔法と対を成す、命を侮辱する魔法。
蘇生魔法の未完成術式が、死神の飼い猫に咥えらていた。
主を欺こうと、彼の左目が悲しく光を放つ。
棺の中の妹は何も言わずに月光に照らされ、兄の狂気を知る事も無い。死を与え、生を呼び戻そうとする一人の兄は人殺しの目でその術式を見つめる。
そして、そっと術式の設計図を閉じた。
これは、兄と妹の物語。
幸福へと背を向け、奈落への階段を下った者達の物語。
そして、生まれて来る紅の英雄達が蒼黒の魔王打倒へと奮闘を繰り広げる英雄譚である。
次々と現れる勇者、その中に現れるたった四人の紅の英雄。
棺で眠る麗しき姫と闇の決意に拳を固める蒼黒の魔王。
天から使い、黄金の瞳、三番目、神話の魔法、進歩する魔法・・・・・・
「僕には、昔から妹しかいなかった。もう一人の僕、そして、僕がもう一人の真紀だ」
to be continued




