白金の歌姫/蒼黒の魔王(3)
4
持ち歌のほどんどを歌いきった華音は切れる息と、身体を流れる汗に自分のアイドルとしての終わりを感じ取っていた。
このライブでは思いっきり自分のスキルを使って歌った。
無意識に発動する事が殆どのスキルではあるが、このライブには華音自身が意図的にスキルを発動させて歌をファン達へとぶつけた。歌を聴いた人間達にはそれぞれの心が作り出した歌が五感となって身を包んでいただろう。
その幻は今夜完全に消える。
華音は興奮に湧く観客を見つめると、確固たる決心を持って心の声へと向き合う。
(私は独り、誰にも本当の姿なんか見てもらえない。あの人以外は要らない)
「私は独りだよ。寂しいよ、でも・・・・・・結局は私が独りになる事を望んだの」
(寂しい。なんでみんなそんな目で見るの⁉ 私は歌が好き! でも私は歌なんかじゃない!)
「もうやめよう? みんなの気持ちが、悪いんじゃない。悲劇のヒロインを気取った私が、自分に酔っていただけ・・・・・・知らせてくれたんだよね? 私が、それにしがみついていたこと」
(みんな要らない!)
「ごめんね。私、もう一人じゃないよ」
声が息を飲んだのが解った。
その声は自分が呟いていた事も、彼女はそこで気付いたのだ。
途端に、何かが彼女の中で弾けた。
力に目覚めた時とは違う感触、何かが変わる音、始まりと終わりの音。
ガラスが砕ける様な音に彼女の瞳は深紅から、輝かしい翡翠色へと変わる。彼女の持つ本来の輝き、真の心が華音に宿る。
華音の足元からエメラルドグリーンの輝きが広がり、会場の至る所で魔法陣が展開された。
その現象を彼女は知らないが、ステージギミックの誤作動だと感じていた。
「今日は、みんなに伝えなければならない事があります」
華音はマイクに声をぶつける。
ゆっくりと、確実に彼女は自分のスキルの事をさらけだす。
「私は、スキル持ちです。その能力は・・・・・・歌を五感へと響かせる力。皆さんが、私の歌を聴いて得た感情や快感はそのスキルの力によるものです」
後悔はない。
ファンのどよめきが聞える。そのどよめきが何を言っているのはしっかりと華音は受け止める。
「私は、皆さんを騙していました。本当にすみませんでした」
華音は頭を深く下げて謝罪をする。
これで、彼女のアイドルとしての生命は終わった。
ファンからは正直な声が届く。
「なんだよ、全部スキルだったのかよ」
「騙しやがって」
「金返せよ」
「スキル持ちだからってお高くとまりやがって」
仮面を着けた人々、全員で六人が華音を見守る様に見つめる。
ファンの声は次々と不満の呟きから、怒りの叫びへと変わる。多くの人間が叫んでいる御蔭で何を言っているかわからないが、彼女を非難しているんだろう。
客席から数々の魔法が飛ぶ。
大きな怪我を与えるものではないが、当たれば無傷ではいられないだろう。
華音の身体にその魔法が数多く被弾する。
その様子を慌てて仮面を着けた人々が庇うように魔法陣を発動させて彼女を守る。
「何だよ! そいつを守るのか⁉」
「てめぇらはやっぱりただの犯罪者だ! 詐欺師を守るのか!」
断っておくが、鳴神華音は詐欺師ではない。
彼女の力は無意識の発動を信条としたものだ。彼女が自分の力に気が付いたのはデビューした後である上にその時点でかなりのファンがいたのだ。そして、生歌以外では彼女のスキルは意味をなさない。
それでも、彼女の曲が多くの人々に出回ったのは決してスキルの力だけではない。
それに、華音はこのスキルのオンとオフは歌うか、歌わないかで切り替わる。決して意図して人々をスキルで喜ばせていた訳ではないのだ。
「人間の屑が! 彼女の事を何も知らない癖に、知った風な口をきくなぁ‼」
鋼夜の鬼が数々の声に向かって吼える。
狐の仮面を着けた背の低い女の子が華音に駆け寄ると怪我をした彼女に防御魔法をかける。
「大丈夫⁉ 華音ちゃん、頑張ったね。頑張ったね」
その声は震えていた。
多分泣いているのだろう。
やはりだこの人々は華音を知っている。
「いいの、私は何も後悔はしてないよ? 精一杯歌えたから・・・・・・でも、私のスキルは」
「解ってるって」
鳥の様な形状の仮面を着けた青年が華音の言葉に答えた。
それに続き、他の仮面の人々も頷く。
「自分勝手じゃないかな?」
華音はポツリとそう言うと、マイクを構えなおす。
「裏切って、失望されて、怒られて・・・・・・でも、私歌いたい。最後の、新曲」
彼女の行動は自分勝手なのかもしてない。
だが、それを気にしていては人は成長は出来ない。何も成し遂げられないだろう、騙そうが裏切ろうがそれでもやりたいことを真っ直ぐに貫きとおす。
それが、自分の力に誇りを持つという事。
「正明、いたら聴いて・・・・・・私の、最後の!」
華音は防御魔法を自分で展開して歌の邪魔となるファンではなくなった人々の魔法を蹴散らす。
此処にいるのは、アイドルなどではない。
純粋に歌が好きな、一人の女子高生だった。
「ARIADNE」
曲の名を呟く。
迷宮を辿る、巡る、歌声が怒号をかき消していく。
5
歌が変わった。
正明はふと会場から聴こえる華音の歌の雰囲気が変わったように感じた。
その直後、正明のホルスターに挿さる小瓶がステージの魔装が発動したことを告げる。仲間達に仕掛けてもらった術式が発動したのだ。
普通ならばここまで短時間で発動できない術式だ。
だが、華音の歌とスキルがあればその時間を上手く短縮できると正明は計算していたが思惑が上手くいったようだ。
正明は狂ったように攻撃を繰り返す佐島望の魔法をホルスターにある魔力を惜しみなく消費する。
彼は自在にうねるリボン状の魔法に対し、WELT・SO・HEILNの魔導書に似たような術式を見つけてそれに対する反復魔法、それに関与する呪文を一夜漬けで覚えてきたのだ。それも、自身の身体に強化をかけていなければ詠唱すら出来ない。
術式に隙の無い純粋な魔力による障壁を二枚も展開していなければ彼はとっくに肉塊だろう。
そんな中で、正明の背中に展開した魔法陣が術式の組み立てを完了する。
これはまだ華音の歌で錬成した魔法ではないが、中々に強力だ。
<天の剣>を防ぐために多少の魔力を割いたために火力は落ちるが、固有能力で判断力を奪った佐島望へなら問題はない。
「喰らえ」
それはまるでガトリングガンの様に回転する魔法陣から火球が連続して発射される。その一つ一つがまるで火炎瓶でも投げ付けたかのように炎を辺りへとばら撒く。
佐島望は必死に転移魔法を応用した高速移動法で回避する。
正明はため息を吐く。
転移魔法の阻害も行っていたが、小刻みに転移魔法を使われると上手く妨害できない弱点をはらんでいるのは知っていたが、念のためとしていた対策が無駄になってしまった。
「苦しいか? でも、もう苦しまなくていい」
「何だと⁉」
「俺が鳴神華音への妄信を取り払ってやる。永遠にな」
正明は自分の言葉に少し戸惑う。
コイツとはギルド長として、そして周辺ギルドへのデマを流した事に対する粛清をするために戦っているはずだ。
なのに、なぜ華音の事を言ったのだろう。
正明はそんな疑問を頭の片隅に追いやる。
もうすぐ、魔力が無くなるのだ。
「死ぬのは、お前だぁ! その腰の小瓶、それが魔法の源だろ! お前は、それで魔法を強化しているんだ! そうだな!」
正明は返事をせずに魔法を強制解除する魔法を放つと、小瓶の魔力を使い果たした。
それと同時にはるか上空に待機した魔装が魔法を発動する。
「そこだ! 死ね!」
佐島望の確信に満ちた声が飛んでくる。
レイピアでの神速の突きが正明へと迫る中、空から紫黒の光の線が正明へと降りて彼の右手に照らされる。
何が起きているのかわからない佐島望だが、この距離では何をしても関係ない。
魔法を使っても押し切る事が可能だ。
だが、その思惑は硬質な音によって霧散する。
「なに⁉」
いきなり佐島望のレイピアを弾いたのは召喚された縦の様な金属だった。
それが何なのかは次の正明を見ることで解決される。
「もう終わりだ。神の血族・・・・・・神話の時代から続く者達よ」
佐島望は一瞬惚けてしまった。
その声は今まで対峙していた死神の飼い猫の物ではなく、くぐもった男の声。
まるで一国の王であるかのような威厳に満ちた重々しい声が、佐島望を委縮させる。
金属の向こうに居た者は、漆黒に蒼い装飾の全身鎧で身を固めた長身の男が立っていた。
手には黒いロングソードを持ち、顔はまるで怪物の如く凶悪なデザインのフルヘルムは左目だけスリットがあり、それがまるで蒼い目を見開いているように見える。
夜風になびく金の刺繍が縁に施された黒いマントが、翼の様になびくと、佐島望は後方へと吹き飛ばされていた。
「ぐぇ! があああああああああ!」
佐島望はひしゃげた右腕を抑えながら絶叫する。
その右腕はまるで圧倒的な力に捻じられたように変形し、肘からは骨が飛び出していたのだ。だが、叫んでいる暇はない。彼は身体を転がして距離を取る。
「こうなれば、お前の勝利は無いだろう。諦めて、そこで大人しくしろ・・・・・・一撃で仕上げよう」
佐島望は体制を整えると、その姿をもう一度みて笑う。
「何が・・・・・・死神の飼い猫だ。これじゃあ、まるで・・・・・・魔王じゃないか!」
誰と戦っているのだ?
佐島望はそう何度も自問自答していた。
目の前の存在はいったい何度変身する? 女子高生、死神の飼い猫、そして蒼黒の魔王。
死神の飼い猫だった蒼黒の魔王はロングソードをグラウンドに突き刺すと、両手を広げる。先程の形態で行った様に。
「八雲、来てくれ」
「解ったよ」
すぐ隣に仮面を着けた長身の男が立つ。
その手には戦斧が握らており、細身のその男には不釣り合いだが悪魔の片割れだその存在もまともではあるまい。
見届け人として呼びつけたのだろう。ギルド長の決闘には立会人を置くことが普通だが、佐島望には立会人となってくれる人間はいない。
仲間と話す蒼黒の魔王。佐島望はその隙に身体に連続して回復魔法をかける。
右腕はみるみるうちに元通りになって行くが、術式の痛みは消えない。
「そうか、彼女は無事か・・・・・・安心した」
その台詞は何を言っているか高速で理解した佐島望は唇をかみしめる。
嫉妬の感情が彼を蝕んでいく。
なぜ華音はこんな奴に笑顔を振りまくんだ! 見てくれ、僕を見てくれ!
「彼女は、自分の道を選んだだけだ」
まるで心を見透かしていたような蒼黒の魔王に佐島望は苛立ちに我を忘れる。
「だまれえええええええええ! 彼女は、僕の物だぁぁぁあああああああ‼」
「なら、奪いに来い」
佐島望は転移魔法で一気に懐へと突撃する。
鎧に少しでも傷がつくとレイピアの魔法で破壊できる。それならばこちらの勝ちだ。希望は消えていない。
来た! 目の前には奴の鎧!
「ではないな?」
蒼黒の魔王はいつの間にか両手に銃の形に改造した消火ホースの様な魔具を持っていた。それが突然超圧縮された液体を噴出した。
防御魔法を張った佐島望だが。体制を崩す程度で済んだ事からどうやらただの水鉄砲の様だ。
完全に蒼黒の魔王は遊んでいる。
「ふざけるな! 死ね!」
攻撃魔法をかけるが、佐島望は奇妙な事に気付く。
指を弾く音。
直後、発火。
「うおおおおおおおおお⁉」
蒼白の炎が佐島望を焼く。
かけられたものは可燃性の液体、そこに魔法をかけて燃え上がらせたのだ。
「無限を越えた充足(INFINITY OVER)は、超超遠距離魔装召喚を能力とする破格の魔装だ。魔力の消費を考えると赤字だ。喜べよ? お前一人に我がギルドの切り札の一つを切ったんだ。胸を張ってあの世にいる部下達に事後報告でもしてろ」
蒼黒の魔王は腰に下げていた小瓶を三本引き抜くと軽く投げる。
小瓶は空中で砕け散り、簡易的な術式を組み立てると地面に刺さるロングソードに光を宿す。魔法による武装強化だ。
「まて! 待ってくれ!」
「この姿はそこまで長く持たないんだ。後三分しかない」
「華音に合わせてくれ! 頼む! 彼女に一言だけ言わせてくれ!」
佐島望は自分の死を悟ったのだろう。涙を流しながら蒼黒の魔王に懇願する。
だが、そんな佐島望の頭に軽い声が被せられる。
「そうだな・・・・・・あまりにも哀れだ」
「あぁ、ありがとう」
「華音がな」
目の前が暗くなったと錯覚した。
「彼女はやっと自分の心と向き合い始めたんだ。お前は邪魔な上に、俺にはメリットが無い」
蒼黒の魔王はロングソードを引き抜く。
それをゆっくりと持ち上げる。
佐島望は逃げようとするが、身体が小刻みに震えて魔法も使えない上に動く事も出来ない。まるで巨大な蛇に睨み付けられたカエルの様だ。
この感情は圧倒的な恐怖、確定的な死の予感。
「去らば、兄弟達の一人。佐島望、俺はこの名前を死ぬまで覚えておこう」
それが合図だった。
「呪われろ! この屑があああ‼ 呪われろぉぉぉぉ! この化けも・・・・・・」
佐島望の頭が地面へと転がる。それを足で踏みつけて遠くへと転がらないようにすると、蒼黒の魔王は鼻で笑う。
「俺のこの姿が、呪いだよ」
魔王っぽさを頑張って出していきたいです。まだまだ過ぎなので、頑張って行こうと思います




