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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
アイドルと魔装解放編
25/46

白金の歌姫/蒼黒の魔王(2)


 ライブも中盤、その時に会場のライトが落ちて辺りが闇に包まれた。

 辺りは一斉に騒めき始め、ステージに立つ華音も言葉を失って辺りを見渡す。

 その時だった、心臓が何かに握りつぶされるような感覚に襲われた華音は息が一気に荒くなる。心の中から聞こえる声が一気に濃くなった。

 何を、言っているのかその時の華音にはハッキリと聞こえた。


(欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい、本当の私を受け入れてくれる人。一人でいい、一人だけいればいい・・・・・・後は、死ね)


 私の声⁉ 違う、そんな事思ってない! 私じゃない! 違う、こんな事思ってない!


「華音!」


 突然の声に華音は身体を震わせる。

 視線を移した先にはステージへと続く一本の通路、そこだけに帯状にライトが照らされている。その先に一人の男が立っていた。

 タキシード姿で、腰にはレイピアを差し、顔にはモノクロームと言う片側だけの眼鏡をかけた長身の男。

 髪をオールバックにしているから印象は変わっているが、そこに立っているのは過去に仲が良かった華音の幼馴染だった。


「望君? え? なんで、望君が?」


 華音は余計に混乱する。

 今はライブの最中で、そしたらいきなり暗くなって、心の声が濃くなって、そしていきなり懐かしい幼馴染に出会った。

 何が起きている? それ以外の思考が彼女から封じられた。


「今日は、ほんのサプライズのつもりでこのステージを用意したんだ! 少し大げさだけどここが僕と君の式場だ!」


 望は意味の解らない事を言いながらその通路を歩いてくる。

 その姿は華音が知る男の物ではなかった。


「な、何を・・・・・・言ってるの? どうしちゃったの? 望君!」

「ん? あぁ、記憶を消されてしまったのか。大丈夫だよ、怖がらなくていい。僕が君の事を守ってあげる」

「記憶? なんで知っているの? 私が、記憶を・・・・・・どうして」


 望はステージを隔てる水面に魔法で作り出した足場を敷いてステージ上にまで上がって来る。

 会場のファン達はさらにどよめきを大きくする。

 そして、ステージが照らされる。華音はファン達に見られると知りながらも表情を落ち着いたものに出来ないでいた。

 何とか抑えられていた精神の波が抑えられない。


「こ、来ないで! 私の、みんなが楽しみにしてくれたライブを壊さないで!」


 声を張り上げるが、それでも身体の震えが止まらない。

 望が近くに来るに連れて心の中に得体の知れない自分が濃くなっていく。

 以前、取り乱した時の様な極限状態になってしまうそうな中で、彼女の精一杯の抵抗であったが望はそんなものを軽々しく、たったの一言で打ち砕く。


「このライブを企画したのは、僕だ!」


 その言葉と共に華音の瞳から光が消える。

 支えていた物が消えたような脱力感に襲われ、その場に倒れ込みそうになるが望がその身体を支える。


「この時を待ってたよ。君は僕の物だ!」


 高らかに宣言する望は自分の唇を彼女の口元へと近づけて、


 吹っ飛ばされた。


「がっ‼? な、なんだって! 華音⁉」


 望が辛うじて見た光景は愛しい彼女の胸から生えた禍々しい怪物の腕だった。


「彼女は物じゃありませんよ? この変態が」

 

 ライブ会場が再び光に包まれる。

 鳴神華音の背後に立っていたのは、一人の鬼だった。



 会場は静まり返っていた。

 サプライズの連続だ。

 いきなりの変態野郎が行ったプロポーズ、様子がおかしい華音。そして、突然現れた死神の飼い猫にも匹敵する彼女の仲間。

 鋼夜の鬼が現れたのだ。


「え? 鋼夜? マジ?」

「ホンモノ? なんでこんな所に?」

「華音ちゃん大丈夫なのか⁉」


 ファンの中から不安の声が出るが、それよりも当事者のそばにいる佐島望が鋼夜の鬼へと叫ぶ。


「華音! 貴様ァ‼」


 華音の背中から腕を引き抜く鋼夜の鬼は鼻で佐島望を笑う。

 その右手には一滴も血液は着いていない。


「物理攻撃無効化の魔法は本人が暴力的危機が及んだと感じると発動する。それを利用したまでの事だ」


 今度はライブ会場の吹き抜けから声が聞こえる。

 佐島望はその声の方角へと顔を向けるが直ぐに身をひるがえして振って来た黒に金の装飾がされた剣を回避する。

 その後も次々と飛来した剣によって華音と佐島望は分断される。


「マナーの守れないファンは引きはがされるのがルールなんだろ?」


 蒼い炎がステージを彩り、その中から聞こえる可愛らしい女の子の声が言葉を紡ぎ終えると炎が掻き消えてその中から死神の飼い猫が姿を現す。

 黒く凶暴な仮面、小柄で華奢な身体、高めの声、猫耳パーカーなどと何に焦点を向ければいいのか解らないチグハグの犯罪者。

 魔法使いの天敵とまで言われた者が佐島望と大勢のファンの前に現れた。


「うおおっ⁉ 死神の飼い猫だ!」

「ウッソだろ⁉ え、え、え⁉ 華音ちゃん危なくないか!」

「何しに来たんだ⁉」

「ライブもう滅茶苦茶じゃねーか‼」


 ファンの不安の声は佐島望が行ったフィンガースナップで悲鳴へと変わった。

 それもそうだ。今まで隣にいた人間が銃を持ってステージへと走って行こうとするのだから。

 だが、佐島望は全てが遅すぎたと感じてすらいなかった。


「武器を持つ人間を拘束しろ! 乱闘になる前に抑えるぞ!」


 オーダー操魔学園支部部隊隊長の竜崎由希子が見逃すはずがない。

 武器を持った人間は一瞬の内に拘束魔法で捉えられていく。


「くっ! なぜメンバーだけ直ぐに見分けられるんだ⁉」

「バぁ~カ。お前が企画したんなら会場に小細工が無い訳ないだろ? 警戒しておくのは当たり前だ」


 死神の飼い猫はそう吐き捨てると、背後にいる華音へと顔を向ける。

 その仮面を見て、華音は一瞬だけ身体を震わせる。死神の飼い猫にはそれが恐怖からだと勘付いたのだろう、声を柔らかくした。

 

「ごめんな? ライブを少し混乱させた。さて、鳴神華音のファンは勇気ある人々かな?」


 華音は今にも泣きだしそうな顔で観客席でパニックになっているファン達を見上げる。

 鋼夜の鬼が優しく彼女の身体を支えているが、足はすくんでしまっているだろう。

 死神の飼い猫は足元に落ちていたマイクを魔法で右手に吸い取る様に拾い上げると、マイクへと声を叩き付けた。


「落ち着け! 馬鹿ども‼ テロリストの乱入ぐらいでビビるな!」


 それは怒号だった。

 高い声だが、姦しくないスッキリとした叫びが会場の人間を凍り付かせた。

 動いているのはオーダー隊員達ぐらいだ。


「鳴神華音のファンはこんなもんか、我が身可愛さに姫を見捨てる奴しかいねぇのか!」


 死神の飼い猫はステージに突き刺さった剣を身体の周りに戻して、並べ直して道を造る。


「鳴神華音は、逃げないで歌うってよ!」


 華音は息も絶え絶えに、しかし、大きく息を吸い込んで表情を引き締めると剣の道を歩いてステージの中心に立つ。

 死神の飼い猫はマイクを彼女へと投げ渡す。

 マイクを受け取った華音は高らかに声を張り上げる。


「まだまだぁ! 私は、逃げないよ!」


 会場にいるファンは彼女のその言葉に弾かれるように沸き立つ。

 その様子を眺める鋼夜の鬼は仮面の下からノリノリな声色で笑うと、死神の飼い猫と並んで佐島望を睨み付ける。

 死神の飼い猫は鋼夜の鬼へと小声で何やら囁くと、佐島望への短い距離を転移魔法で詰めると彼を掴んで消えた。転移魔法での強制移動術だが、その際に蒼い光の粉が辺りに散る演出がなされてその瞬間にステージに仕掛けられたエフェクト魔法が会場を光の波動で包んで行く。


「では、私もお仕事ですね。ご武運を、自分の闇に飲まれないように」


 華音は鋼夜の鬼が放つ言葉に息を飲む。

 それは禍々しく、恐ろしい仮面からは想像も出来ない凛とした優しい声色だった事と、自分の心を見透かしていたからだ。

 正明の様に、靄のかかった先にいるもっと沢山の新しい友の顔が彼女の脳裏をよぎる。


「貴方は⁉ え、どこかで」


 鋼夜の鬼は短く笑う。


「初対面です」


 彼女はステージ下に飛び降りて両腕の手甲をぶつけて、ステージへとなだれ込もうとするテロリストを威嚇すると腕を一振りして火柱を挙げて一度に吹き飛ばしてしまった。

 辺りを見渡すと、オーダーの中に同じく仮面を着けた人々が動き回っている。

 みんな、知っている。


(あの人は⁉ どこ⁉ 欲しい! 姿を見せて)

「いや、今は! 私だけの時間だから! ラストスパート!」


 華音は心の悪意も、恐怖も、戸惑いも全てを歌にして全てのファンに、オーダー達に、共に戦ってくれる知っているけど思い出せないみんなに、ぶつける。

 何処まで行っても、鳴神華音には歌しかないのだろう。



「貴様ぁ! よくも彼女との結婚式を!」

「ふふふっ、乱入する間男は叩きのめして追い出しな」

「女のお前が言うなぁ!」


 不気味に笑う仮面の女を蹴りつけて距離を取ると、佐島望は右手にレイピアを召喚すると細かく剣先を振って魔法を奴へと叩き付ける。

 彼が考案した魔法であるそれは、魔法序列では中位魔法一級魔術レベルだ。

 そして、この魔法にはある特徴があった。


「防御が難しいのはこう言う理由か、納得したよ」


 死神の飼い猫は一言呟くと指先から火球を打ち出して佐島望の魔法を相殺する。

 が、彼の魔法はそれだけでは止まらない。

 リボン状の攻撃魔法は彼女が放つ攻撃をすり抜けて、その身体を削らんと突撃する。


「喰らえば最後だ! 死ねぇ!」

「雑魚の台詞だぜ、それ!」


 避けず、躱さず、受けない。

 彼女はただ、受け流した。簡単なものなのだろうかと佐島望はわずかに失望する。

 

「その小瓶、なんだ? 魔具か? それとも、他の特殊な魔法か?」

「お前は敵に手の内を見せるのか?」

「ならお前を殺してから暴くだけだ!」

「殺せるならな!」


 答えは直ぐに帰って来る。

 距離的には二人の距離は離れている、会話ができるような距離ではない。が、直ぐに耳に彼女の声が響いてくるのだ。

 佐島望の得意とする魔法は全部の攻撃を縫うように発動する。

 それは物質、防御魔法をすり抜ける。閉鎖空間での制圧力は折り紙付きだと自負している。その上で自分の能力で確かな火力も保証されている。

 転送されて来た先は、操魔学園の校舎だ。

 圧倒的に自分が有利!


「遅いぞ!」


 錬成される鋭く凶悪かつ、狡猾な魔法の帯は次々に小柄な死神の飼い猫へと飛来していく。

 壁から、天井から、床からと様々な角度から飛ぶ魔法はまるで校舎を縦横無尽に飛び回る数多の蛇の様で、校舎の一部を吹き飛ばしていく。

 その攻撃は回避は愚か、防御魔法で受ける事も、攻撃魔法ですらからめとる様に動き敵を穿つ。

 はずなのだが、奴には当たらない。

 先ほどの様に受け流しているのだろうか? 


「アイツ、何をしている? 魔法を使っていないのか?」


 遠距離からの魔法を使ったピンポイントショットの連射。

 それを喰らえば並みの魔法使いは死ぬだろう。


「何を、呟いている?」


 佐島望の目は逃げ回る死神の飼い猫を目の前にいるかのようにとらえる。

 その口元は細かく動き、何かを手元で操っていた。

 それに、彼女は自分の脚ではなく飛行魔法で飛び回りながら攻撃を見切っている。彼女の左目の輝きは夜の闇の中でもハッキリと確認でき、その力を使っている事が察せる。

 だが、佐島望には攻撃の回避の成功や彼女の左目が何をしているかが理解できていない。

 

「解らない様だね? 教えてあげようか?」

「なに⁉」


 今でも彼女には魔法の雨が降り注いでいる。複数の魔法の同時発動を行いながら捌き切れる攻撃ではないはずだ。

 その時に佐島望の頭に一つの疑問が浮かんだ。


(奴は、仮面をしていたよな・・・・・・なぜ僕は奴の口元が見えたのか?)


 改めて奴の顔を見る。

 その顔には仮面が付けられていなかった。攻撃をかわす中で吹き飛んだのだろうか、初めて対峙した時の悔しいが可愛らしい顔をさらして必死に何かを唱えている。

 

「反復魔法ってものだ。お前はこの魔法がお気に入りらしいが、俺が的で周りに人がいなければ十分だな」


 また声が聞こえる。

 思念を飛ばす魔法はあるが、佐島望は死神の飼い猫の十八番としている精神操作系の魔法を警戒して魔具で対策を取っているためその可能性はない。

 ならばこれは実際に声を飛ばしているのだろう。

 だが、奴は必死に何かを唱えている。

 ならば、今対峙している奴は偽物!

 佐島望は探知系魔法を飛ばす。反応あり。


「下か!」


 レイピアを返す刀で後方へ向けてそのまま突きを放つ。


「バレた?」


 間の抜けた声、その先には両手に巨大な銃を二つ持つ。正確には身体の前に浮かせた死神の飼い猫が笑っていた。

 こっちの奴は仮面を着けているが、きっと笑っている。

 佐島望は己の愚を察して必死に転移魔法を組み立てると、近くの校舎の屋上に飛ぶ。

 視界が切り替わり、先程まで自分が居た場所に禍々しい紫色の閃光が走るのを見る。


「なんて奴だ」

「それはどうも」

「なッ⁉」


 背後から伸びる小さな手が佐島望の顔面へと伸びてくる。

 死ぬ! 

 何故かわからないが、そう感じ取った彼は半ば自爆に等しい方法で魔法をスキルで連続発動する。

 幾重にも伸びた光の束が、辺りの物を破壊していく。防御魔法を施されているはずの校舎が砂糖細工の様に簡単に砕けていくことから全ての魔法が上位魔法クラスに位置する攻撃だ。


「ちぃ! クソが!」


 右腕が魔力の逆流で焼けてしまったが、ほぼゼロ距離で炸裂した魔法をかわす事も防ぐことも難しいだろう。

 だが、そこには奴の死体はない。

 気配を辿り上を見上げると、蒼く光る冷徹な瞳が月を背にこちらを睨み付けていた。


「蒼・・・・・・忌まわしい! 呪われた化け物め!」


 吐き捨てる佐島望の両目は気高いと呼ばれる深紅の色に染まっている。

 誇りのあるこのスキル。負けないと自信を持てる才能。潜って来た修羅場。それらが彼を支えていたが、その気持ちが目の前の存在に蹂躙されている様であった。

 卑しく、弱く、負け犬の色である蒼。

 だが今宵はその色が何処までも美しく、何処までも残酷に見えた。


「靴を舐めろ、英雄の子孫」


 奴の周りに複数の魔法陣が展開される。その中の紋章は文字となっている所までは魔法使いのそれと同じだが、それの全てが見た事の無い文字だ。それが目まぐるしく形を変え、魔法陣は回転を始めている。

 一つ一つが見た事も無い術式を組んでいる事は才能のない一般人でも理解できるだろう。


「バカにするな! 化け物風情がぁ!」


 スキルによってストックした魔法を連続で発動する。

 彼の力は術式を発動前の状態で保管できる。その力を応用すれば時間が掛かるが、自身の限界を超えた量の魔法を連続して発動することが出来る。

 何重にも重ねがけした防御魔法に上空でふんぞり返る奴を穿つ多くの攻撃魔法。


「対人魔法の中でも最高火力を誇る術式<天の剣>だ! 常人には到達できない次元の力を喰らうがいい!」


 閃光。

 ドッ‼ と短い音が響き、数多の光が前方にあるものを薙ぎ払う。


 はず、だった。


「くくくくっ・・・・・・ハハハハハッ・・・・・・これが? 僕が、俺が恐れていた存在の正体?」


 声が、破壊の光の中であり得ないほど鮮明に佐島望の耳へと飛び込んできた。

 佐島望の背中は水でもかけられたようにびっしょりと濡れる。

 今戦っている者は何者なのだろうか? 本当にあの可愛らしい顔をした少女なのか? 華音と共に笑っていた者なのか? 一度は圧倒し、命を奪う手前まで追い詰めた奴なのか?

 そもそも人間なのか?

 途端に光は消えて夜がまた始まる。

 粘着質などす黒い夜風が佐島望を守る魔法防壁をかき消し、死が彼の頬を優しく撫でる。その夜の中で少女が両手を翼の様に広げる。


「さぁ、王が通るぞ」


 仮面の口をがばぁと開けて、飼い猫が主を呼ぶ。

 佐島望にはそれ以外に当てはめる言葉を知らなかった。

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