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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
アイドルと魔装解放編
24/46

第八話 白金の歌姫/蒼黒の魔王(1)


 ライブの幕が上がる。

 コロシアムを改造したライブ会場の空には満点の星空が広がっている。

 会場の中には一万人を超えるファンが鳴神華音の登場を今か今かと心待ちにしているが、誰も声を出す者はいない。


「なんだ? なんで誰も声を出していない?」


 異常な静けさだった。

 物音一つしない、まるで観客がその身体を残したまま消滅したかのような感覚に襲われる。

 由希子は焦りを覚えて隊員に連絡するが、帰って来るのは


「いえ、それが・・・・・・自分にもさっぱりです」


 由希子もそうだが、一番は会場内でファンを見守る隊員達が動揺を見せていた。

 声を出したりはしないが、観客席を見上げては不安気な顔をしている。

 その異様な雰囲気が一分ほど続いてから、観客と海面で隔たれたステージに仕掛けのエフェクト魔法が作動する。

 そしてステージの上に華麗なエメラルドグリーンの魔法陣が現れ、その中から制服ドレス姿の華音が現れて笑顔でマイクを手元に召喚して観客を見つめる。


「華音、大丈夫なのか⁉」


 焦る由希子だが、華音はその心配とは裏腹に元気のいい張りのある声を響かせる。


「待たせて、ごめんなさい!」


 その瞬間、声が爆発した。


「「「そんな貴女が大好きです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」


「ありがとうございます! では、何から歌おうかな? 何が良いと思いますか?」


「「「レッド・バロン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」


「OK! じゃあ! 久しぶりに・・・・・・張り切っていくよ‼」


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」」」


 会場が揺さぶられるような大音量のファン咆哮が一気に華音の細い体を打つ。

 その痺れるような音響は直接その声を向けられていないオーダー隊員も気圧されるような衝撃となっていた。

 最初にファンが静まり返ったのは、ファンの中に存在する暗黙の了解だったのだろう。


「はははっ、生で見るのは違うとはこの事だな」


 のんきな御堂の通信が由希子に送られてくる。


「気を抜くな! 何処から来るかも解らないんだぞ!」

「見ているよ、出てきたら一気にカタを付けるぞ」

「そのつもりだ」


 華音の歌が始まる。

 会場の熱をさらに熱くするロック調の曲だ。

 

「来い。彼女の事は渡さない」


 騎士の様な姿の彼女は目つきを戦士の物に変える。



「華音・・・・・・やはり、君は綺麗だよ! その笑顔! 美しい声! その身体も、心も! 全部、僕の物になる! 今夜が、今夜が・・・・・・僕と君の結婚式だよ」


 佐島望は彼女を眺めながら高鳴る胸を抑えながら粘着質な声で呟く。

 今でも華音の心臓の音は事前にブラジャーに仕込んでいた小型の魔具で鼓動を自分の胸に当てた魔具に再現させている。

 今の彼は幸せの絶頂にいる。

 ギルドは壊滅的、幹部は二人も死に、ギルドランキングからも上位一〇位から外された。

 だが、彼女の存在に比べればそんなものは些事さじだ。彼女と自分が一緒になり、神話の魔法である<言霊>が手に入ればギルドの立て直しも簡単な上に、一位である使徒にまで手が届くだろう。

 しかし、それよりも彼女が自分と同じ兄弟達であったことに彼は喜びを隠せなかった。

 早く笑顔で歌う彼女を自分のものとしたい。

 だが、死神の飼い猫が邪魔だ。

 幸三が脅されたことを聞いていなければ姿を見つけられ、暗殺されていたかもしれない。


「飼い猫ぉ、来いぃぃぃ。殺してやる、次は首を斬り落として」


 佐島望は狂気と欲望に満ちた目で、呪いの言葉を吐く。

 行動はまだだ。ライブの中盤にファンの前で彼女を抱きしめて結婚を宣言して、彼女の中にある神の血統を蘇らせる。

 確実に蘇ると言う自信が彼にはあった。

 

「僕の血統の力で簡単に彼女を呼び出せる。簡単だぁ、もう少しだよ、あぁ、華音・・・・・・緊張しているんだね? 凄く、鼓動が速い」


 すっかり何かをキメている顔になっている。

 モノクロームをかけた知的イケメンの面影はもう無い。


「華音の生命の鼓動を味わいながら、彼女のスキルと歌を堪能する! これ以上の至福はない!」


 佐島望の欲望に穢れた手が、遠くに映る華音を掴む。



「ジャミングは外れるか?」

「余裕だよ! 京子さんはこう言うの得意なのです!」

「期待しているのです」


 怪しげな仮面を三つ並べた正明、京子、アイリスはデバイスを覗き込んでいた。

 そこには京子が必死にギルドにある魔装を遠隔操作する術式が組み込まれていく。


「後は、宗次郎君がジャミングの天井をぶち抜くのを待つだけ!」

「だってよ。宗次郎、撃て」


 正明はデバイスに声をぶつける。

 そう言った直後に京子がデバイスを発動させる。


「大きい穴が開いたぜよ! 隠者ハーミット剣戟セイバー! 発動!」


 正明とアイリスは仮面でその光の帯を視認する。

 上空からライブ会場へと真っ直ぐに落ちる紫色の閃光がジャミングのシールドを一撃で打ち砕く。

 その光景は仮面の魔法で視認している正明達か、情報系魔法を管理しているオーダー隊員ぐらいだろう。


「現場が混乱するんじゃ、ない?」


 アイリスが抑揚の無い声でそう呟く。

 そんな事かと、正明は簡潔に答えを言う。


「これが合図だ。俺達がやって来たというな、今頃はオーダー隊員全員が知っているだろうな」

「なるほどねーって私達どうするの?」

「今回の敵はファンの中に紛れたクソ野郎どもだ。今は一万人ぐらいが会場にいるが、これは少なすぎる数だと思うだろ? 改装が間に合わなくて会場が小さいと言う事も理由だろうが、杜撰な言い訳だ」

「と、言うと?」


 アイリスの言葉に正明はホルスターの小瓶を確認しながら答える。


「元々このライブはあの佐島望がオーダー上層部に取り入って強行させたものだ。いや、多分アイツの規格でもあるだろうな。だからステージは奴の独壇場だろう・・・・・・ファンもかなりの数はアイツの手下だと考えてもいい」


 正明はデバイスを開いて先行している八雲に連絡を入れる。

 

「八雲、そっちの状況は?」

(あぁ、状況は何も変わらない。ただあまりにもオーダーの警備が厳重だな~、逆に奴らへの隙になりそうだね)

「隊長は迎え入れてくれたか?」

(驚いていたけどね。事前に連絡しようにもかなりドタバタしていたからね、しょうがないね)

「よし、オーダーと一緒に監視してて欲しい」

(はーい)


 デバイスを閉じると正明は天を見上げる。

 仮面の魔法を発動して左目の力を強化する。


「情報系魔法は探知魔法しか飛んでいないな。それにしても、誰が飛ばしているんだ? 凄い精度の魔法だぞ? 多分俺達も探知されているな」

「なら腰抜かしているんじゃない? ほら、私の使い魔ちゃん大量に見てさ!」

「多分な」


 正明は会場を見つめながら小瓶から魔法を発動する。

 儀式系魔術による強化バフだ。


「手伝ってくれ、アイリス」

「ほいほーいっよ」


 アイリスも魔法陣を展開し、腰にある正明の持つホルスターに似たものから小瓶に入った色とりどりの薬を魔法陣へと垂らして行く。

 風とは違う力で薬は正明とアイリスが展開する魔法陣に染み込む。


「本気を出す必要があるからな。今の所は、それ以外に確実性のある戦略が見つからない」


 正明は会場から聞こえる華音の歌声を利用して術式を組み立て、完成した強化魔法を使い魔達へとぶつける。

 死神の飼い猫も焼きが回ったのだろう。

 柄にもなく彼は、関係の無い人間まで助けようと言うのだ。

 罪悪感にさいなまれたくないからではない、華音が大切にしている人々だからだ。



 ライブも中盤に差し掛かって来た。

 それまで何も起きてはいない。

 

「なにも、起きないのか?」

「まぁ、それが一番だけどね。隊長さん、少しいいですか?」


 八雲は隣に立つ由希子に観客席を指差しながら軽い口調で


「あの人たちの持ち物検査はしました?」

「は? それは勿論だ」

「なら・・・・・・おかしいな。所々に、武器を持つ人間が見えるね」

「なに⁉ バカな⁉」


 由希子は表情を焦りに変えて目を皿の様にして観客達を見渡す。

 八雲の仮面はその人間達を見破ったが、その人数は一〇〇〇人はいるだろう。


「隊長さん、この舞台は誰が設計を?」

「は? ここの設計は上層部が依頼した企業が行ったらしいが」

「なるほど、どうやらこのライブ自体が仕組まれたものだったらしい。今の所は敵の策にはまっているね」

「なに? 策にはまっている?」

「優秀な隊員がいる様だけど、残念だ。敵はもう懐にいるね、一〇〇〇人はいるかも」

「な、あ⁉ せ、一〇〇〇人⁉」


 まるで将棋でも指している様だ。

 こちらの王将は鳴神華音、敵の王将は佐島望。だが、敵の王将はすべてのマスへと真っ直ぐ進める反則駒な上に家来もたっぷりだ。

 こちらの駒は間抜けにも真ん中に王将を残し、敵を招き入れて外側を見張っていると来た。

 デバイスを開いた八雲は正明へと連絡を入れる。


「正明、敵は」

(あぁ、解っている。結構危機的だな・・・・・・負けフラグが建っている)

「どうする? 武器を持っている人間の位置をそっちに転送する?」

(華音が必死で歌う大切なステージを血に染めるか? 宗次郎は撃てと言っても絶対に撃たないぞ)

「ならどうする?」

(賭ける。今回は俺達の大嫌いな守る戦いだ)

「どうするつもりだ?」

(見てろ、簡単だ。それよりも演出の事でも考えていろ)

「オッケー。じゃぁ、精一杯やろうかね」


 八雲はデバイスを閉じてポケットにしまう。

 そのやり取りを聞いていた由希子は怪訝な瞳を八雲へと向ける。


「おい、そういう事だ? 今の会話は」

「なにも無いよ。ただ、ド派手になるという事だね」

「一〇〇〇人もの人間を抑える自信があるのか?」


 八雲は両手を広げて肩をすくめる。

 少なくとも、伊達正明はこの展開も敵の戦術も知っていたはずだ。

 そして、どこに行ったのだろうか? 一番戦うことを待ち望んでいた、鋼夜こうやの鬼は?

戦いは賭けと計算との鍔迫り合いなのでしょう

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