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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
アイドルと魔装解放編
23/46

王s(5)

ガラス越しの、君と僕。こんなにもそばにいるのに

なんてね、空に何かあるのかな?


 ライブは日没に始まった。

 曲が始まる時刻に日が沈むように計算された、大した演出だがこれから起こるであろう過激すぎるファンの特攻には勝らない。

 敵は何処から現れるのだろうか?

 空か、海か、はたまた地中か、スタンダードに観客の中でもいいだろう。


「配置は? どうだ?」

「異常ありません!」


 部下をそれぞれの持ち場に付けた由希子は完全武装で工夫が凝らされたライブステージへと目を向ける。

 海に造られたそのステージは過去に操魔学園で行われていた決闘の実技授業の際に使用していたコロシアムを改造したものだ。

 穢れない美しい海に浮かぶ血なまぐさい歴史を粉砕し、その上に平和と治安を表明するオーダー主催の平等と言う名目で来る者を拒まなかったライブを執り行う。

 歴史を変えるとでも言いたいのだろうか。

 海の上という事もあり、水流をイメージした個性的なステージだが、歌手である華音が立つ位置が問題だと由希子は睨む。

 コロシアムを改造しただけあり、天井と言うものが無い。

 雨が降ろうが、上空に薄いシールドと簡単な幻術を掛ければ問題はない。だが、今日は雲一つない澄んだ夜空だ。

 降って来るのが、雨以上のモノでは洒落にはならない。


「狙撃が心配だ・・・・・・念のために彼女のステージには防御魔法がかけられているが、相手はギルドだ。それも気休めかもしれない」

「隊長! 水中、地中、空中、十キロ範囲を探知魔法での探索は完了しました」


 隊員の気合の入った声に由希子はわずかだが安堵する。


「桂木、御苦労」

「はっ! 隊長、来るでしょうか?」


 この隊員は病室で正明に銃を向けた奴だ。謹慎処分を命じようとしたが、状況が変わり厳重注意で済ませざるを得なかったラッキーな男だ。

 だが、恐怖に弱いが腕は確かである。

 現にこの探知魔法での索敵は彼が単独で行ったのだ。正確性もあり、魔法のジャミング・ステルスすら彼の緻密で隙の無い魔法の前では無意味、逆にその魔法すら探知してしまう。

 その男が最近興味深々なのは、あの女の事だ。


「死神の飼い猫か? この間会ってからずっとそうだな」

「はい! また会いたいです!」


 由希子は溜息を吐くと、額を抑える。

 篭手と、胸甲、脚甲に加えて口元を覆う口鎧でいつも以上に威圧感のある由希子にも全く臆していない。


「怖がっていたじゃないか」

「はい、しかし彼女の優しさに触れました!」

「だから、それは・・・・・・あぁ、もういい。飼い猫が現れたら目を皿にして見張っていろ」

「ご命令承りました!」

「いや、命令じゃ」

「では! 彼女を見つけに見回りを! そして、引き続き探知魔法での索敵を続けます!」


 そう叫ぶと桂木は行ってしまった。

 水の上を魔法無しで走り出すような勢いだ。

 

「ったく・・・・・・もう少しで客が入るか」


 鳴神華音のファンはかなりの数がいる。

 本格的な活動は中学時代だけなのに恐ろしいものだ。彼女の人柄もあるのだろうが、一番はスキルにあるのだろう。

 ライブ会場は満員だ。

 少なくとも一万はいるだろう。


「この数を護衛か、飼い猫め」


 由希子はここにはいないあの女に舌打ちをする。

 そうこうしている内に、会場へとファンの人々が入り始めた。


「さて、お仕事だ」

「よし、やるか!」

「きゃ⁉ な、なんだ、御堂か」

「可愛いねぇ、隊長」

「くたばれ!」


 由希子はいつの間にか横に立っていた御堂にビックリするが、何故か先程の桂木といい、御堂といい、彼女はリラックスした表情になっていた。

 二人は会場へと足を運ぶ人々を眺めながら、敵を探し始める。



 ライブが始まる。

 高揚感と、同時に不安感が鳴神華音の心を締め付ける。

 それといつもはいないもう一人の自分の声。

 何を言っているかは正直彼女自身が解っていない。だが、そのもう一人も伊達正明を求めているかのようにも感じてしまう。


「大丈夫、大丈夫、大丈夫・・・・・・きっと、私は大丈夫」


 息が荒くなり、身体が小刻みに震える。

 今にでも泣きだしたい。

 ステージの地下に建てられた楽屋で、彼女は独りで振るえていた。


「絶対、負けない。今日が、最後だから」

「最後なんて言わないでよ」


 華音は突然の声に驚きはしなかった。彼女の現れ方はいつも突然なのだ。

 ドアの向こうから聞こえた声に、華音は呼吸を整えて答える。


「正明? どうしたの? 入っていいよ?」

「いや、ここで良い。今、顔見られたくないでしょ?」

「そんな事、無いよ」

「でも、僕の顔を見たら歌えなくなると見た。今顔を合わせたら、決心が全て鈍るでしょ?」


 全て図星だ。

 彼女の顔を見たらきっと自分自身に負けてしまうだろう。


「解っちゃうか。心が読めるの? それとも、スキルかな?」


 正明はドアの向こうから優しい声で語り掛けているが、やはり本当の彼女ではない。

 本音で、嘘を吐いた声だ。


「スキルか、君はその事を今日話すのかな?」

「・・・・・・そうだよ」


 五感へと歌を感じさせる華音のスキル。

 それによって多くの人を魅了した罪の清算を行わなくてはならない。それによって、歌手生命は絶たれるだろう。

 鳴神華音の歌手、アイドルとしての道は今夜で消滅するのだ。


「私の事、みんなが嫌いになっちゃうかもしれないけど・・・・・・それでも、自分の力には責任を持たなくちゃ」

「自分の力に誇りが持てない、か」

「持っているよ。だから、この力は不特定多数の人々からちやほやされるためじゃなくて、大好きな人達や心の何処かが壊れちゃった人達に使おうと思って」


 正明がドアの向こうで笑った気がした。

 この力の使い方が正しいとは感じない。非常に独りよがりな力の使い方だと彼女自身が深く感じている。

 だが、ドアを挟んで背中合わせでそこに座る彼女にはまた別の事で捉えられたような気がしてならない。


「だったら・・・・・・歌は辞めないんだ」

「うん、歌手とかアイドルじゃなくて保育士さんとかになろうかな?」

「優しい夢だね。僕も、そんなに優しく生きてみたいよ」

「正明は優しいよ、十分なぐらい。でも、なんでそんなに悲しそうなの?」

「悲しくないよ! 友達も沢山いるし! 華音だって」

「お父さんや、お母さんは?」

「え?」

「いるの?」

「・・・・・・死んだ」


 その言葉に華音は何故が体中の毛が逆立つような悪寒に襲われる。

 明らかに今の感情は恐怖と、強い悲しみ。


「二人して、僕の前からいなくなった」


 正明の声は震えていた。

 涙ぐみながら話しているのだろう。


「ねぇ・・・・・・正明? 私は、いなくならないから」

「華音?」


 華音は自分がとんでもないことを言っている事に気が付いた。

 これではまるで告白ではないか。


「ち、ちちちちち違うよ⁉ わ、私は、正明の気持を理解なんかできないけど! ずっと、友達として一緒にいるって事で、その」


 ドアの向こうから大声で笑う声が聞こえる。

 どんな顔で、どんなアクションをしているかも容易に想像出来る。


「女同士の約束だよ?」


 優しい彼女の声。

 そうだ。女同士、彼女と自分は同性のなのだ。


「うん、約束・・・・・・って」


 この会話、どこかで


「さて、僕は行くよ。日没に開園だったね」

「その時間には始まるよ。正明は、見に来てくれる?」

「うん、見ているよ。華音がチケットくれなかったら入れなかったかも」

「いいよ、一番来てほしいのが正明だったから」

「変な縁だよね? 記憶が無くなって、お互いの事知らないのにまたこうして仲良くなったんだから」

「そうだね・・・・・・正明」

「なに?」

「いつかは、正明の事をもっと知りたい」


 正明の返事は直ぐに来なかった。

 少しの間口を閉じていたであろう彼女はか細い声で呟いた。


「ありがとう。でも、見ないで欲しいかな・・・・・・友達で、いたいから」

「正明?」


 足音が代わりに返って来た。

 走り去って行ったのだろう。彼女が去った後の廊下をのぞき込んだ華音はそこに水が入ったペットボトルを見つける。

 そこには可愛らしい文字で書かれた手紙が縛られていた。


(思いっきり歌って! がんばれ、華音!)


「ふふっ、もう・・・・・・可愛いの」


 去って行った正明を思いながら、彼女は自身の中の恐怖を薙ぎ払う。

 もう少しでマネージャーが迎えに来る。



 正明は息を切らして仲間達が待つ学園の噴水庭園にやって来た。


「走って来たんですか?」

「珍しいね? 正明はいつも飛んでくるじゃないか」


 膝に両手をつく正明の頭をチャンスとばかりに撫でまわす志雄は手加減をしているのだろうが、それでも正明は軽い防御魔法で身体を守っていなければ首がもげるだろう。

 正明は噴水に腰掛けると、装備を身体に纏う。

 黒い猫耳パーカーに腰に差したナイフと言ったシンプルな魔装だ。


「少しね・・・・・・走りたいなって」

「正明、私の薬使う? これならもやしっ子の正明も、筋肉モリモリマッチョマンの変態に」

「ならない!」


 正明に薬を差し出してくるアイリスを両手でブロックしながら正明はため息を吐いた。

 落ち着いたと言うよりは、仲間には自分の顔をまじまじと見られていないと確信したからだ。多分今の正明は顔が真っ赤になっている。

 手紙に、あんなに臭い台詞と一緒にメッセージを残したのだ。

 恥ずかし過ぎる、と悶えている。

 走って来たのは心臓の鼓動を誤魔化すためと、赤面したこの緩んだ顔を少しでも引き締めるためだ。


「さて、これで終わらせますよ?」


 志雄がそう言うと両腕の手甲をガヂィィン! と硬質な音を立てて上腕を覆う形状に変形させる。

 他のメンバーも各々の装備を整えている。


「ねぇ、正明! 使うの⁉」


 京子がワクワクした声で正明によって来る。

 並ぶと姉妹に見える二人だが、正明が京子の頭を撫でる様を見るとさらに違和感が無い。


「使うよ・・・・・・それが無いと、全員無傷でなんて無理だからね」

「夏鬼と冬鬼にも働いてもらうよ!」

「「ハッ‼‼ 我が主、京子様と各船長方の命のままに‼‼」」


 相変わらず凄い威圧感を放つ二体の鬼だが、その二体が掌で造る椅子に京子は小さな体をポスッと置くと鉄扇を振るう。

 すると大勢の、延べ数百人程度の鎧武者が現れる。

 その軍政に京子が叫ぶ。


「力無き者の為に死ね!」

「「「「「「御意‼ 我らが主、京子が命のままに‼」」」」」」


 人払いの結界で声も姿も誰にも見られる事の無い軍勢。

 その使い魔達の姿を見渡した後に、京子は空を見上げる。

 仲間達も空を見上げて笑っている。

 まだ夜にならない薄暗くなりつつある空、星が出てからが本番となるだろう。


 WELT・SO・HEILN白兵戦専用武装送信魔導術式:無限を越えた充足(INFINITY OVER)


 正明と仲間達が深夜テンションで名付けたシステムだ。

 京子が作った兵達は傅いて待機している。

 

「さて、俺は持ち場に付くか。正明、お前の姫を必ず守れよ」


 宗次郎の言葉に正明はまた顔が熱くなる。


「宗次郎!」

「やべっ、余計だったか? じゃぁーな!」


 正明が水を飛ばそうと構えるが、宗次郎は凄まじい速度で飛び立っていく。

 正明は魔法陣を解くと、両足をバタバタと動かしてうさを晴らそうとするが、その姿はとても二〇を超えた男性とは思えない。

 

「彼女には一回だけならどんな物理攻撃も効かない。僕の魔法も、また効力は残っている。防御で受けるよりすり抜けてしまえばリスクは少ない」


 八雲が正明をなだめながらそう言うが、鉄仮面の八雲が異常に怖い。

 声は優しのに、顔が不気味のそれなのだ。スリットから覗く奇妙な色の燐光がいつみても得体が知れない存在だともうアピールしている。


「もっと彼女に強化バフかけたかったけど、時間が足りなかったね」

「そんな事して来たのかい⁉ てっきり彼女に会いたいからだと!」

「時間があるんだからやれることはやるものだよ。僕の置いた水を飲んでくれたら良いけど」

「何か・・・・・・盛ったの?」

「盛ったよ?」


 八雲がその場にひっくり返る。

 志雄が文字道理鬼の形相で正明を掴み上げる。


「ななな何をしているんですか! この鬼畜! 女男! 好きな女の子に盛る男がいますか⁉」

「すすすす⁉ 好きなわけ! 僕は友達として!」

「友に薬を盛るのもバカですよ!」

「志雄達にはいつもやってるよ」

「人間じゃない私達と普通の女の子を同列に見ますか⁉ バカですか!」

「死なないから大丈夫だよ!」


 振り回される正明にアイリスがフォローをいれる。


「その水ね、今まで渡して来た薬の効力を緩和して身体をリセットするもの・・・・・・だから、死んだりしないしむしろ彼女の身体を元に戻すもの、だから、ライブの中で気休めの効果は消える」

「え? と言うと?」


 志雄が首を傾げる。


「つまり、精神を支えていた精神安定剤も身体の異常を安定化させていた薬の効果も消える」


 抑揚の無い声だが、それでも志雄は理解する。


「彼女が暴走しますよね⁉ バカですか! どう止めるんです!」

「これだけは、綱渡り・・・・・・仮説だけど、もしかしたら兄弟達の精神汚染には個人差が存在するかもしれない。引き金は確実に同じ兄弟達である佐島望との接触と、強い恐怖心。でも、彼女は記憶を消した延命も無効化する程の強い暴走を見せた・・・・・・そこからは、儀式も失敗してもうダメかと感じたけど」

「彼女は持ちこたえた」

「それが、どうしたのですか? 魔装も持たせて魔力を吸収していたからでは?」

「それもある。でも、元々不可能・・・・・・正明は別の用途で渡していたし」

「敵の魔法を分解して彼女を守るために渡していたんだ。それに、僕が魔力を覚醒に近い兄弟達から取り上げても精神汚染は改善されない」

「以上の事から、鳴神華音には精神汚染に対して抗体があるのかもしれない」


 アイリスの言葉に志雄は正明を離す。

 

「なら、彼女は」

「賭けるしかない。もしもの時は、僕が・・・・・・俺が殺す」


 正明は血を吐くような声でそう答えるとライブ会場の方へと歩き始めた。

 

「加々美、そっちはどうだ?」


 デバイスを正明のチケットを使って会場にいる加々美につなげる。


(カウント中かな? もう少しで飛び出してくるね・・・・・・ナニから飛び出して)


 通信を切ると正明は左目の力でジャミング地域を見る。

 会場どころか学園が包まれている様だ。


「華音・・・・・・勝ってくれ」


 呟く正明は仮面を顔に召喚した。

この章が終わったら、本編へと合流いたします。

その時から、成長型魔法使いと死神の飼い猫がリスタートします。

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