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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
アイドルと魔装解放編
22/46

王s(4)

王達は、どう動く?

女騎士は何を思う?

歌姫は、誰の手を・・・


 ライブ当日の朝、鳴神華音は自室の窓辺から外の景色を眺めていた。

 何も変わらない近所の住宅が見えるだけの風景、下の階から母親の声が彼女を呼ぶ声が聞こえる。寝ていると思われたのだろうか、軽く返事を返すと華音は部屋を出て階段をゆっくりと降りていく。

 そこには華音とそっくりな女性がお茶を淹れていた。

 腰の辺りまで伸びた金糸の様なプラチナブロンドの女性だ。


「おはよう、お母さん」


「おはよう、華音。今日はライブの日でしょ?」


「うん」


 エメラルドグリーンの瞳を優し気に輝かせる母親の笑顔に、華音は落ち着きを取り戻す。精神を蝕んでいくもう一人の人格の事は母親に伝えられていない。

 父親が仕事の関係で家にあまり帰って来なくなってから、華音の母親は精神的に不安定となっている事が彼女に告白を思い留まらせた。


「大丈夫? 最近、何か思いつめているみたいだけど」


「なんでもないよ。ライブが近かったら緊張してただけで・・・・・・なにも」


 母親が華音がテーブルに座ると、正面に向き合うように腰を下ろした。

 華音の顔は母親似だ。日本人の様にスッキリした顔立ちな彼女だが、母親の柔らかい笑顔と大きなエメラルドグリーンの瞳が二人の血縁を大きく表している。

 母親はその瞳を細めると、薄い笑顔のまま華音を見る。


「ど、どうしたの?」


「もしかして」


 華音は心臓がせり上がる様な緊張を覚える。

 今でも心の中で囁くもう一人の自分からの声を全力で無視して華音は淹れてあったお茶えおゆっくりと飲む。


「好きな人でもできたの?」

 

 からかうような母親の顔に華音は別の意味で驚き、口の中のお茶を吐き出しそうになり、むせてしまう。


「あらあら、大丈夫?」


「けほっ・・・・・・お母さん! もう!」


「うふふふ、可愛いわね。どんな子?」


「ど、どんな子って」


 母親が少しズレた見方をした事もありホッとしたせいか、華音はその質問を否定することが出来なかった。

 顔に熱が集まって行く様だ。華音は両手で顔を覆うがもう母親はその顔を見てしまったのでもう遅い。


「いるんだ? いいなぁ・・・・・・私も、お父さんとは色々あったけど若い頃はずっと、ずっと」


「ねぇ、お母さん」


「ん?」


「その人はね、優しくて、世話焼きで、器用で、可愛い人なの」


「ほうほう?」


「でも、私より背が小さくて、左目がサファイアみたいに蒼いの・・・・・・そして、私の事をなんでも見透かしてくる。怒ると少し口が悪くなるけど、泣きそうな顔で必死に私の気持ちを受け止めてくれる人」


「弱点は? その人の弱点。良い所ばかり見てちゃダメよ?」


 華音はその言葉に寂しそうな顔をする。

 それは、一番その好きな彼女が持つ弱点。


「本音で、話してくれないの」


「え?」


「言葉に嘘とかはないのに、あの子はね? 本当の自分で話してくれていないの。何処かに別の人がいる様な、そんな感じ・・・・・・私と一緒にいても、あの子は独りぼっちなんだと思う」


「・・・・・・ねぇ、華音?」


「なに?」


「その子と、どうしたい?」


「えぇ⁉」


「ほら、付き合いたいとか」


「私は・・・・・・できるなら、本気で向き合いたい。多分だけど、あの子はきっとなんか・・・・・・壊れちゃった人なのかも」


 真面目に話をしていた自分に驚く華音だが、いつの間にかもう一人の自分は消えていた。

 完全に消えていないのだろうが、今は聞こえてこない。代わりに聞こえてくるのが、彼女の声。一週間前に言われた。


(自分の力に誇りを持てないなら部屋から出るな)


 華音は力を振るう事があまり好きではなかった。

 だが、記憶が消えたはずの二人がまた仲良くなれた。喧嘩をしたけど、彼女にはあの時から華音を助けていた。

 蒼の劣等生と言うレッテルをものともせずに、彼女が喰われそうな精神を繋ぎとめてくれていたのだ。きっと彼女に抱いている感情は特別な物だ。

 友情では収まらず、それ以上の心模様。

 恋愛感情。


「お母さん? 恋愛にはどんな壁も、関係ないよね? 自由なものだよね?」


 母親は下唇を人差し指でなぞると、優しい笑顔で呟く。


「華音が壁を作らなければ、何もないわ」


「壁なんか作りたくない。私は、もっとあの子が知りたい」


 その言葉に母親は華音の頭をなでる。

 すると金色の長髪が耳から上の髪が編み込まれ、後ろでまとめられたハーフアップと呼ばれる髪型にセットされていく。

 母親の魔法だ。


「頑張れ、華音。恋も、歌もね! 今日、その子に良い所見せちゃえ」


「ありがとう、お母さん」


 ハーフアップの華音はいつもよりもわずかに大人っぽく見える。

 ちょっと得意げな華音は母親似の顔で笑った。

 その笑顔は、頬を少し赤く染めてやはりまだ子供っぽかった。



「華音」


 正明は第一船の看板、操舵輪のある場へと続く階段に腰掛けていた。

 ライブの当日、(とは言ってもWELT・SO・HEILENの時間軸では夜中だが)その日まで結局彼女を自ら護衛してしまった。


「はぁ、何しているんだろう? 遠ざけるつもりで、記憶まで消したのに・・・・・・なんで」


 彼は自分が決めた事を曲げることは殆ど無い。だが、今の彼は確実に感情で動いでいた。当初の計画から完全にずれており、計画を歪めてしまっている。

 寂し気な瞳を右手で隠して大きく溜息をつく、そこには心に抱える戸惑いがあった。


「やっぱり、自分の本当の気持ちには逆らえないってな?」


 正明が顔を挙げると、そこには宗次郎の姿があった。

 体中を魔装で武装した姿だ。

 右肩の装甲、口元を隠すように巻かれたマフラーに加え、蒼いオーラをまとう弓。

 今夜のライブを楽しみにしているのだろうが、それにしてもガチ装備ではないにしろ固有能力の強化と超々遠距離狙撃に傾けた装備だ。

 覗くつもりだろう。


「何のこと?」


「とぼけてよ! 華音ちゃんの事だ! もう確実だろ⁉ その気持ちは」


「違うよ。僕はそんな感情は抱けないんだ」


 宗次郎が正明の頭を軽く叩く。


「いたっ!」


「バーカ、男のくせにメソメソした事を言うな。お前のはただ自分の気持ちを閉じ込めているだけだ」


「閉じ込めてなんか・・・・・・ないよ」


「そうか? お前は気まぐれで自由そうに見えるけど、抑え込む癖があるんだよ! 人の事を観察するのが自分だけだと思うな」


「僕はそんな事!」


「ま、いいんじゃないか? ゆっくり溶かしていけ、自分の抱える疑問をな」


 宗次郎は今度は正明の頭を撫でる。


「可愛いんだよな~お前。なんで、男なんだ?」


「仕方ないじゃん」


「風呂一緒に入るまで信じられなかったからな~、ははは!」


 正明は頬を少し染めて拗ねた声で


「うるさい」


 と言うと、宗次郎から逃げる様に階段を上がる。

 宗次郎は短く笑うと、船室の方へと歩いていった。

 正明が支配する領域である港町、そこは巨大な湖の様になっておりその湖面を月明かりが照らしている。操舵輪の隣に立つと正明は月を見上げ、魔法を発動した。

 大した魔法ではない。

 水を浮き上がらせる華音に見せた魔法だ。

 正明は小さい声だが、華音のデビューソングである<ビギナー>と言う曲を口ずさむ。

 落ち着いたバラード曲で、片思いの女の子の気持ちを歌った曲だが、その歌詞に込められているものは見守る愛情とでも言えばいいのだろうか? 女の子が自分を見て欲しいと歌うラブソングとは一線を画している。

 その歌にあるものは、恥じらいを持つ少女の照れ隠しと悲しいまでの自己犠牲。

 前半のサビを歌い終えた正明は、楽し気に飛び跳ねて月明かりを反射する水を眺める。


「なんで・・・・・・見守るんだろう? 欲しければ、奪えばいいのに」


 歌詞に対してそんな感想を抱く彼に、去ったふりをしていた宗次郎が小声で返す。


「奪えないと知っているからさ」


 正明は蒼く輝く月を見上げる。

 独りで、一人で、悩みの中から、月を見つめていた。

 その姿が、宗次郎には深く悩みながら決断を行う大人にも、もどかしい心にうろたえて必死に気持ちを噛み砕いている若い少女にも映る。

 彼だけではない。

 同じく静かに彼を遠くから見つめる仲間達も、感じたであろう。

 彼には無かったはずの、心が片目を開けている。



「由希子」


「なんだ? 御堂」


「気を落とすな。お前には癪だろうが、華音ちゃんの事は」


「いい、もう言うな。もとより、私も出来るだけ彼女を守る。彼女が特別だからじゃない、私はもう何も出来ないのが嫌なんだ。全ては守れないが、私の力でも人一人の身は守れる」


「優さんの時とは大違いだな」


「思い出させるな。あの時は、弱かったから」


「大泣きしてな、お前。腰抜かしてブルブル震えて・・・・・・今の華音ちゃんそっくりだ」


「言うな! 怖かったんだから仕方ないだろ、私も女だぞ?」


「女を捨てたんじゃないか? 我らが大将は」


「捨てられるか! 優も、気にしているんだ。なぁ、御堂」


「なんだ?」


「私は、弱いのか? それとも、ただの間抜けか?」


「はははっ! か弱いな。いや、強い・・・・・・強いんだろうな」


「その返事はなんだ?」


「怒るなよお前は強い。だが、間抜けだ」


「そうか・・・・・・私は、間抜け、か」


「だから俺がいる。悩んだり、迷っても教えてやろう。お前の道は俺が作ろう、お前は他の連中を引っ張って来い」


 御堂はそう言うと一足先に屋上から出て行った。

 彼が去った後に、彼女は涙を流し始めた。

 悔しさや、怒りから来る涙ではなく、そこには誰かに甘えたい表情で涙を流す一人の若い女性の顔があった。

 本当なら恋人である優の元で大泣きしていたい。

 だが、それは許されない。一つの隊を背負う者として、女性だからこそ簡単に弱みは見せたくなかった。

 他人の前でも涙を流す由希子だが、それも気丈に振る舞っていた。

 それも、今は出来そうにない。


「気が・・・・・・効き過ぎだ」


 いなくなった御堂に呟くと、彼女はか弱く、そして思いっきり泣いた。

 不甲斐なくて、不安で、情けなくて、何とも弱い。

 だが、彼女も止まれない。私情よりも優先しなくてはいけない事もある、彼女には守るものが多すぎる。

いやぁ~・・・華音ちゃん。

彼は一筋縄じゃいかないよ?

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