王s(3)
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操魔学園支部オーダー事務所の中にある会議室。
そこの円形テーブルを二分する様にオーダーとWELT・SO・HEILENのメンバーが座る。
「固い顔をするな。立場の事も知っているが、そこは俺達が帳尻をあわせよう。この事は学校側には一切関知できないようにするし、作戦中でも俺達を捕まえる隙があれば攻撃しても構わない。だが、鳴神華音の安全の確保とあのゴミ野郎が死ぬまでは手出しをするな」
正明がそう言うと志雄が懐からデバイスを出してそこから映像を空間へと放つ。
そこには集めて来たデュミオスとの戦闘に関する記録、位置情報、主力となる人間などのデータが記されている。
「皆様、我々は武装ギルドデュミオスに対しての戦いに一度敗北しました」
志雄の言葉にオーダー達が驚愕の表情を浮かべる。
「ですが、敵は大きなミスを犯しました。一つは死神の飼い猫を殺し損ねた事、もう一つは鳴神華音と伊達正明の関係を知らなずぎたこと」
正明はオーダーの中で落ち着きを取り戻した由希子と御堂衛と言う男を見ていた。
由希子は元々は一人の女の子に過ぎない。事実、オーダーの隊員時代の彼女は正明の中では脅威でもなんでもなかった。しかし、彼女の恋人を倒してからは劇的な変化を遂げて正明へと牙を剥いて来た。天才の努力をまざまざと見せつけられた。
だから、彼女はまだあしらえる。
だが、御堂と言う男は情報が少なすぎる。人物の人生がつかめていないのだから当たり前なのだが、正明は彼の気持ちを読みずらい。
顔を隠しているからと言うのもある。
「これまでの様々な襲撃事件、我々との抗争によって敵側は大きく疲弊しました。先週も本拠地を襲撃し、幹部二名を殺害。財産にも打撃を与え、ギルドの存続は絶望的とも言えるでしょう」
「だったらなぜ今になってオーダーに協力を持ちかけて来た?」
由希子の言葉に志雄は落ち着いた口調で返す。
「それはオーダーの行動が敵に有利に働くと考えたからです。オーダーの上層部には既にデュミオスの息がかかっていますね? 鳴神華音のライブは強制的に執り行われる、それに当の鳴神華音もライブを望んでいるこの状況で、オーダーはデュミオスと我々にも攻撃を加えようとしている。それでは鳴神華音を守りきる事は不可能です」
「貴様らの目的も華音じゃないのか⁉」
「私達の目的は、佐島望及びデュミオス残党の殺害と鳴神華音の精神汚染を食い止める事です」
「言霊を利用する事が出来るんじゃないのか⁉」
「佐島望は、勘違いしています。そもそも、言霊は騙しの魔法を入念に行い錯覚を抱かせる事でようやく疑似的に無効化できますが、コントロールは不可能です」
そこに正明が口を挟む。
「つまり、要らないんだよ」
「ならば、華音の命を⁉」
「バカだな。殺すならとっくにしているさ、伊達正明が運んでいる薬を毒にするとかでな」
表情を一気に恐怖に塗り固めた由希子は勢い良く席を立つ。
「京子」
「わかったよ」
正明の言葉で京子が風のような速さで由希子の正面に回り込む。
「落ち着いてくださいよ。毒なんて盛ってませんよ~? 殺したらもったいないです」
「どけ!」
大剣を振り上げる由希子だが、背後から御堂に剣を掴まれ振り下ろすことが出来ない。
「由希子、落ち着け・・・・・・華音を殺すつもりなら彼女はもう死んでいる」
正明にもこの行動は意外だった。挑発するつもりは無いが、癖が出てしまったらしい。
「この話し合いは華音を救うためのものだ」
「オーダーも、鳴神華音は守りたいはず。兄弟達でありながらも精神支配を気合で抑え込むなんて、前代未聞。民衆や警察組織のイメージを保つためにも、彼女の事は利用したのでは?」
「華音は物じゃない!」
「物だよ」
激高する由希子に正面から正明が呟く。
彼の心に華音を物扱いするつもりは毛ほども無い。あるのならもう殺しているのだから。
「あの女は客寄せピエロにもなれば、戦略兵器にもなる。非常によく出た道具だ。だから守ろうってな、お前らの様に善良な人間の所にいれば暴走もし難いだろ? 壊れたら大変だ」
「貴様っ!」
「まぁ座れよ。組織の長が、話し合いの現場で熱くなるな。それが出来ないなら、御堂にでも任せて端で大人しくしてろ」
由希子は御堂に抑えられ、席に座る。
その様子に志雄は説明を続ける。
「続けましょう。我々はオーダーに対して鳴神華音及び、周辺住民と生徒の護衛をしていただきたいとお願いに来ました。正直に言いますと、兄弟達の一人である佐島望の力は未知数のそれ、普通の魔法使いであるオーダーの皆様では殺されます」
「はいはい! みんな怒らないでね~、当然っしょ? 勉強してない問題は天才でも解けやしない」
御堂が殺気立つ前のオーダーを宥めると、席を立ち正明達が座る場所までやって来る。
その行為に正明は自分を重ねる。
「なぁ、本当は俺と由希子で子猫ちゃんを仕留めるって算段だったんだよ」
「ほう? 二人掛かりでか? 早めに知れて良かった」
「嘘つくなよ? その身体中につけた魔具・・・・・・本気じゃないだろ?」
「あぁ、何でわかった?」
「雰囲気で、かな? 伊達正明をおとりにしたのは君でしょ? 彼か彼女か解らないけど、そいつのスキルが目当てとか?」
「ふん、ゴミの様な雑魚ギルドと同じく考えるな。俺のスキルを上回る力は、この世にない」
正明が黒いオーラを右手に纏い、机に置くとその部位が一気に老朽化し崩れ落ちる。
「ふーん、じゃあ何が目的かな? 聴いたけど、メリットが無いよね?」
「あるさ、佐島望の遺産と奴の死体。そして、鳴神華音の無事」
正明の言葉に御堂は首を傾げる。
「は? 華音ちゃんの?」
「そう」
「華音ちゃんの⁉」
「何度も言わせるな」
「・・・・・・好きなの?」
「・・・・・・・・・・・・す、好きじゃないわ! 何言ってんだ! バカか⁉ あの子の事なんか、ぁ」
正明が口を滑らせて高めのトーンで叫んでしまい、気まずい雰囲気が流れる。
志雄は頭を抱え、八雲はやれやれと首を振っており、京子は仮面なのに顔を抑えている。宗次郎と加々美に至っては笑っている始末。アイリスはノーリアクションだが小刻みに震えている所を見ると笑いをこらえているのだろう。
「え? 隊長、この子超可愛いので貰って良いですか?」
御堂がそう言うが、由希子も唖然としている。
オーダー同席した隊員も同じ感覚だろう、脳が今の光景を処理できていない。
「第一船長は、鳴神華音の大ファンだ」
大真面目な口調で八雲がそう言い放つ。
フォローのつもりだろうが、この空気にはとんでもない爆発物だ。
「だぁはははっははっははははは! もうダメだ! ひひひひひっ! 死んでしまう!」
「カワユイのぉ! 第一船長! うけけけけけけけけ!」
宗次郎と加々美が弾かれたように笑いだす。
仮面と物々しい武装で作り上げた威厳も吹き飛んだ。
「う、うるさい! 第二船長! オーダーの言い分でも聞いとけ!」
正明はフードを深く被ると丸まってしまった。
仮面の下はもう真っ赤になっていた。見事に弱点を突かれてしまったが、彼自身も華音の事になると感情的になるのかが理解できていない。
拗ねた女の子の様な態度に、御堂はすっかりご機嫌な笑顔になって仲間達の元に戻る。
「意外と普通の女の子だぞ? 由希子、お前の言うようにはどうしても」
「何だアレ? 偽物だ。御堂、あの女は偽物だぞ!」
「んなバカな」
「あんなギャップ反則だ!」
由希子の表情からは緊張が解けてしまっている。
高圧的な死神の飼い猫は今や椅子の上で体育座りしている小柄な女の子にしか見えない。先程の見張りの隊員なんか「やっぱり、根は優しい子なのか」と独り言を言う始末だ。
「わ、我々オーダーの作戦では確かに死神の飼い猫へと攻撃を加えると同時に、分断した戦力でデュミオスを攻撃する作戦を立てていた」
「はははっ、完全に俺達の事計算に入れていないね」
宗次郎がそう呟くが、その台詞はSPECTREsの総戦力は死神の飼い猫にあるとしか計算されておらず確実に作戦の失敗は目に見えていた。
情報が無さ過ぎる。
学生の身でありながら治安の維持を行うなんて事はそもそも難しいのだ。しかも情報も表のルートで探す以外の方法が使えない上に、ギルドには法の干渉ができない。汚い手も使いようものならただでは済まない事を理解している人間すら少ないだろう。
戦えるから治安の維持が出来る。
そんな事を考えた何処かのバカには呆れて物も言えないと正明は思うが、そもそも魔法の才能以外に物差しを持たない連中が多い中で力を誇示するなと言う方が不条理だろう。
このオーダーも実績はあるが、裏には此処にいた子供は凄いと言う親たちの宣伝と学校側のイメージアップが主な目的だろう。建前と打算まみれの組織だが、それでも街の人々はこの若者たちを求めている。
「そうだね。彼女だけを潰せば簡単に瓦解するって思われていたんだ」
「心外・・・・・・私達、みんな同じぐらい」
「下半身だけじゃなくて危機感も緩いのか! 納得!」
「そもそも、実力差が激しいとチームワークが乱れます」
由希子は表情を鬼のようにするが、御堂は成程と言わんばかりに首を縦に振る。
隊員達も非常に動揺している。
だが、正明達にはそこまでおかしなことではない。全員の実力はそこまで差が無いのは事実だ。そもそも全員が競い合うかのように装備や魔法を習得しているのだから。
そのたびに死人が増えるのだが。
「そうですよね? 第一船長?」
「もうカッコつけられないよ」
「由希子・・・・・・撫でまわしたい」
「死ね」
志雄は大きく溜息を吐く。
こうなると正明は羞恥心に勝てなくなってしまう。イメージ崩壊は起きたが、特別危険なわけではないからいいとしておくしかない。
「代わりに私が言います。初めに第一船長が述べたように、オーダーは鳴神華音及び戦いの余波から一般人を守って貰い、我々はデュミオスを始末。そのような布陣を組みたいと考えますが、意義は?」
「有る! そもそもが胡散臭い! お前たちが華音と人質にし、正明を操る事から二人がお前らにさらわれないと言う確証がない! それに、薬を華音に渡していると言ったな⁉ どんな薬だ! 儀式済みの薬品は病院にもあるぞ!」
由希子は激を飛ばすが、アイリスが小さく挙手してデバイスを出して空中にある情報の隣に浮かせる。
「説明。私の薬だけど、毒性はない。薬学の知識が無いと理解は難しいのはわかる、簡単に言うなら彼女に渡しているのは、儀式済み抗不安薬。簡単には受け取ってもらえないからね、少し精神系魔法でコントロールして飲んでもらっているけど、彼女の身体ストレスでボロボロ・・・・・・私の薬ももうすぐ効果が無くなるだろうね」
「な、医者ってお前か⁉ 子供じゃないか」
「年上だよ?」
アイリスは他にも情報を取り出していく。
志雄は邪魔だと感じ、自分のデバイスに情報を仕舞う。
「彼女にはその他にポーションって言う薬を渡している。知らないでしょ? 私が作ったんだけど、回復魔法をアイテム化したもので飲むんだり身体にかけたりすると外傷、身体の異常をある程度回復させる物。それと魔力を定期的に抜いている」
「魔法をアイテム化⁉」
「それで彼女の身体と精神を保っているんだけどね。それもギリギリ」
アイリスは情報を仕舞うと、華音の身体をスキャンした画像を見せる。
素人にも解るように解説されたものなのでオーダーも目を見開く。
「なんだ、これ?」
「そう言う事か・・・・・・精神汚染の理由がなんとなくわかったよ」
御堂が呟くとアイリスが口を開く。
「精神汚染は、彼女の魔力量の増強にともなってそれを処理するために脳が変質する事によって起こる。精神汚染を抑えるためには魔力のコントロールが必要、でも、今の魔法医学では魔力の過剰増加なんか例がない。そもそも、魔力そのものへのアプローチが不可能なんだから」
饒舌になっているアイリスに正明も少し意外な顔をしている。最も仮面で表情は他人には見えないが。
「じゃあ・・・・・・華音は」
「第一船長の魔力を吸い取る魔法が無いと助からない」
由希子は絶望と言う顔をしている。
助ける方法は無い所か、彼女は未知の病に侵されているという事だ。それを救えるのは皮肉にも殺人犯の集まりであるSPECTREsだけ、そして、オーダーだけでは死者が出てもおかしくない程の強敵が現れているらしい。
「安心しな隊長さん、華音ちゃんの肉体は我々が必ず救ってやる!」
宗次郎の変態的発言にも、由希子は反応できない。
哀れだが、プライドが完璧にへし折られてしまったのだろう。
「私は・・・・・・なにが、隊長だ。何も出来ないじゃないか、何も知らないじゃないか」
うなだれる由希子の肩を叩いて、御堂は正明の前まで再び歩み寄る。
「死神の飼い猫、こちらも条件がある。伊達正明と鳴神華音の身柄を保証する事と一般人への被害を出来るだけ減らすように戦う事、そして、立場がある俺達はSPECTREsに一切の援護はしない。破る場合は上層部も含めてお相手しよう」
正明は椅子から降りると、低めの声で返事をする。
「約束は守る。一般の人々を頼んだ」
正明は腰の小瓶を一本抜いて御堂に渡す。
「それで顔を売れ」
御堂は首を傾げるが、正明は満足気に頷いて会議室から出ようとする。
その時に由希子に向けて少しだけ呟く。
「目指すものを間違えるな」
由希子を次々とSPECTREsのメンバーがすれ違っていく。彼女が何かを言おうと振り向くが、そこに誰もいなかった。
その場にいたオーダー全員がSPECTREsを一斉に見失った。
由希子はテーブルに伏せる。
「くそ! ちくしょう! うわああああああああああ!」
吼える由希子は荒い息で叫ぶと、テーブルに勢い良く頭突きをすると、弾ける様に立ち上がる。
「三日後だ! ライブに来る一般人と生徒の数を調べろ! ここまで来たら策に乗るしかない。正明と華音から目を離すな! 舞台の経路の確認は出来ているな⁉ 形からして空からも海からもこれる、飛行魔法と遊泳魔法に長けた隊員を集めろ!」
「火が付いたな、由希子。俺も、付き合おう! いつか超えるぞ!」
御堂も懐に小瓶を仕舞い、ドタバタと騒がしい事務所の雑踏に紛れて行った。
死神の飼い猫が残した足跡を追う様に。




