王s(2)
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朝倉将の死から一週間が経った。
正明はライブまで残り三日程となった事で大騒ぎなオーダー操魔学園支部へと足を運んでいた。顔にはいつもの仮面を着け、レザーの猫耳フード付きの上着をはおり、腰からは鎖にいくつもの指輪を下げた奇妙なアクセサリー、そして小瓶を差したホルスターと言った姿でまるで友達の家に行くかのような足取りで入口へと歩いて行く。
事務所の入り口を守っていた隊員は彼の姿を見つけると顔色を一気に悪くする。
「し! 死神の飼い猫!」
「ん? お前」
震えながら腰の銃を抜いた男は、前に病室で正明へと攻撃しようとした隊員だ。似たようなリアクションだが、今の状態は半ば死を覚悟したような態度と正明は感じたがそんな雑魚の事を一々覚えていた自分に少しだけ称賛を送る。
「顔色が悪いぞ? あぁ、恐怖でないな? 寝不足かな?」
「は?」
「優秀な隊員のお前が寝不足だと俺も本気を出せん、しっかり寝ろ」
「え? え? え? はぁ⁉」
本気で焦ったような声を出す彼は正明をあっという間に目の前まで接近させてしまう。
そんな彼に正明は軽い回復魔法をかける。
特に深い意味はない。強いて言うなら怯えながらも疑わしい者を排除しようとする躊躇いの無さと、死神の飼い猫を目の前にしても戦う姿勢を見せた事へのご褒美だ。
「ひぃ!」
「はははっ、怖いか? 胸を張れ」
正明は少し明るめの声でそう言うと彼の肩を軽く叩いた。
そこにフレンドリーな感じな声が掛かる。
「へぇ? 女の子だったのか。噂に名高い、死神の飼い猫さんは」
正明が振り返ると底にはチャラい男が立っていた。
金髪にブルーのサングラスに耳にはピアスをしている。耳にしているピアスは一つ一つが魔具であり、今の自分が腰に下げる鎖に潜らせた指輪よりも高価な物だ。
学園指定の制服も改造されて見た目が派手だが、元々の防御魔法を数倍にしているのだろう。サングラスまで魔具と来たものだから油断ならない男なのだろう。
「女だと、嫌か?」
「とんでもない! その仮面を外して素顔でお茶でもしたいな」
「なら、事務所の中でどうだ?」
「あら、何が用事? 探し物はうちの専門外なんだ」
「ふふ、俺が出頭したとは考えないのか?」
「それはないでしょ。君の体中につけられた魔具見ればわかるよ?」
正明は金髪の元へとゆっくり歩み寄る。
背が高ければ格好がついたのだろうが、正明の身長は一五五センチしかない。対して彼は三〇センチは正明より高い。
左目で彼の身体をスキャンする。
(ほう、強いな。それに、かなり頭がキレるらしい・・・・・・もしかしたら儀式を知っている可能性があるな)
彼の魔具の殆どが儀式済みの物だが、どれも<商品向け>の匂いがしない。ギルドで物を売っている正明だからわかる物にある感じがそう告げている。
自分で儀式を施したと考えるのが打倒だろう。
「戦うのは好ましくない。隊長を出してもらおうか」
「彼女はケンカの方が得意な人だ。どうだい? ここは俺が」
正明は腕を組むと、少し考えるジェスチャーをして、火球を突然放つ。
金髪に直撃した火球は爆ぜると四方に紅い炎となって広がる。
並みな魔法使いなら消し炭だろう。一撃で身体が炭化する程の火力な上に、防御魔法をすり抜ける魔法と共に放ったのだ。
しかし、健在。
「驚いたよ、元気なお嬢さんだ」
「名前は?」
「御堂 衛。君は?」
「知っているだろ?」
「本当の名だよ。君の、人としての名前」
「俺は猫、名前はまだない」
「ふふっ、なるほど」
口数の多い男だが、由希子と同等レベルの力は有しているだろう。
下手すると力強い彼女とは違い、正明と似たファイトスタイルかもしれない。だとすればかなり面倒な事になる。
「御堂、そこまでにしろ」
「由希子か」
「た、隊長!」
事務所の中から由希子が現れると、衛は正明を彼女と挟む位置に立ち、隊員も銃を構えなおす。
有事の際には戦いうという事なのだろう。
「ふん、来たか」
「あぁ、また来た。今回も鳴神華音についてだ」
「彼女に何をする気だ」
「それはこっちの台詞だ。あの女の身体の事をどれ程知っている?」
「華音は体調も良好だ。精神的にも落ち着いている」
「見てないのか、彼女の事を」
「なんだと?」
言葉に怒気が含まれている所から、彼女なりに華音を心配していたのだろう。
だが、正明程の観察眼は持っていない由希子は気づくことが出来ていない様だ。
「彼女は今の人格と、芽生え始める精神汚染された人格との葛藤の中にいる。前に俺が施した儀式は失敗に終わったが、彼女に明白な身体的・精神的な異常はその直後に見られた後にパタリと無くなっている。そのはずだ」
由希子は表情を少ししかめる。
何故知っているとでも言いたげだ。
「だが、事実は違う。彼女は今でも強烈なストレスに侵されている。それを必死に隠している状態だろうな・・・・・・体のこともあって伊達正明を使って、彼女には薬を渡している。普通の医者では無理だ俺と、仲間に一人医者がいるが、そいつじゃないと彼女の精神と身体は救えない」
「華音を、人質にしたつもりか!」
「そうだな、人質だ。彼女のスキルは希少なスキルの中でも希少だ。それに、伊達正明も大人しい顔してバカげたスキルを持っている・・・・・・アイツも俺の可愛い駒だ。まぁ、間抜けなアイツは自分が利用されてるとも知らないがな」
「貴様・・・・・・っ!」
「由希子、待てよ。なぁ、子猫ちゃん」
「なんだ?」
「華音ちゃんはホントに君らじゃないと治せないの?」
「なら医者を呼んでみろ、俺達の力を理解していないと何も出来ん。それどころか、今度精神に大きなダメージを受けると彼女は大量殺戮兵器になる」
「根拠は?」
「由希子は知っているだろ? 言霊の事をこいつに話さなかったのか」
「こ、言霊ぁ⁉ 待てよ! おとぎ話じゃないのか⁉」
その場にいた隊員が大袈裟な声を上げる。
言霊は過去に一度だけ使われた精神支配魔法の究極である。自分の言葉通りに他者を操る、人間であろうと言葉を解さぬ動物であろうと。
魔法が始まった時代に起きた大きな戦争の事が記された英雄譚がある。その中に登場した紅の英雄と共に、蒼の軍団を迎え撃った歌姫が使った力なのだ。その歌姫は言霊の歌声で蒼の軍団を惑わせたが、蒼の女騎士に連れ去られてしまう。
そんな話だった。
子供の頃にこの世界の人間なら読む話だ。そこで紅と言う色に憧れを、蒼と言う色に嫌悪を抱く。
「おとぎ話でも、なんでも・・・・・・存在してしまった」
由希子が呟く。
その言霊と言う単語に衛も少し難しい顔をしている。
「伊達正明を鳴神華音に接触させることは精神的動揺を警戒していたが、意外だな。彼女達は記憶が無くてもある程度通じるものがあるらしい」
「ん~? なぁ、由希子。この子・・・・・・ホントにヤバい奴なのか? 華音ちゃんを助けようとしているとしか思えないんだが」
「踊らされるな! 御堂! お前はこの女の怖さを知らない!」
「しかし、隊長」
隊員が言いずらそうだが、口を開く。
「彼女、確かに・・・・・・恐ろしいですけど、俺・・・・・・さっきこの子に寝不足治してもらえたんですよ」
「なに?」
「お、俺! 女の子に優しくされたの初めてで、何と言うか、根は良い子なんじゃないかなぁ~なんて」
「易々と懐柔される奴があるか!」
由希子の一括に隊員は身体を振るわせて黙ってしまう。
正明は溜息を吐くと、指を鳴らす。
その瞬間、霧が辺りを包んで行く。
「な、何をした⁉」
「慌てるな。攻撃じゃない少し処方箋でも渡そうてね・・・・・・それと、三日後の打ち合わせでもしようじゃないか」
その言葉と共に仮面を着けたメンバーが全員、霧の中から姿を現した。武装を施している事は一目瞭然だが、丸腰で敵の本丸に来るのはアホだろう。
正明はのんびりと言葉を紡ぐ。
「さて、お前が俺達とデュミオス両方に攻撃を仕掛けるつもりなのはわかっている。だが、そんな事をすれば観客が大勢死ぬ。俺達が殺すんじゃない・・・・・・鳴神華音が殺す事になる」
その言葉に由希子は唇を切れるまで噛みしめる。
計算の内、ではない。WELT・SO・HEILENも追い詰められている。華音を死なす訳には行かないが、合理的に企てを潰すには華音の殺害が一番だ。
ライブを襲撃しても、華音を動揺させスキルの暴走が始まる。
ライブの中止を狙うならオーダー上層部との戦い、大事件となり華音をカバー仕切れなくなる。
佐島望を殺そうにも、宗次郎が潜入して姿が全く見れなかったことから地下に潜っている可能性が高い。殺すにもその際に他者を巻き込まない保証はない。それどころか奴は人の多い場所に隠れている可能性も大いにある。人質として無関係の人間を利用するためにだ。
鳴神華音の懐柔と奪取に成功すれば、自ずと佐島望の勢力は回復し、手が付けられなくなる。
ギルドの介入する裏社会に新たな勢力が生まれる。神話の力を持つ死の歌姫と共に。
「竜崎由希子殿? 許可をいただけないかな? 犯罪者との作戦会議」
正明は由希子に問いかける。
由希子はもう泣きそうになっている。余程悔しいのだろう、その気持ちが正明にもわかってしまうから観ている方も辛い。
(そんな顔しないでよ。うわぁ、思い出すなぁ~ギルドを立ち上げた時に取引した相手に良いように騙されてさ、嫌味言われて、大損。あ、泣きそう)
正明は仮面の裏で苦い顔をしながらも由希子の顔を見上げる。
「くぅ・・・・・・うぅ! き、許可っ、許可する!」
「ありがとう隊長殿。さて、話し合うとしよう」
仲間達が入り口に集まる。
一人一人が、怪物と恐れられているSPECTREsとオーダー操魔学園支部との合同作戦が幕を開けた瞬間だった。
「悪い奴を、懲らしめる作戦を」
死神の飼い猫は由希子と共に事務所の中へと足を踏み入れた。




