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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
アイドルと魔装解放編
2/46

第1話 魔装の王と新人アイドル

魔装使いは魔法使いの天敵。今作の主人公は男として見ないでいいです。それに人間ではないので、彼は無性愛者ですので少し違和感があるかもですね。

 勘違いでこれから色々とかき回していこうと思います。意見・ダメ出しなどがあればコメントお願いします。

1 


 WELT・SO・HEILNの船室の一室、豪華な絨毯が敷かれ壁を本棚で形成した広めの部屋の中で小さい人影が背伸びをして飛び跳ねていた。

 前髪を一房だけ蒼く染めた背の低い女の子が本棚の上においてある小箱を取ろうと飛び跳ねているのだ。

 壁と本棚になっている部屋だが、彼女が飛び跳ねている本棚は外から持って来たものだろう。


「届かないなら魔法で取ればいいじゃないですか? 小さいのですから」


 必死に飛び上がる少女の頭上をまた違う女性の腕が通り過ぎ、本棚の上にある小箱をとった。

 手に小箱を手渡された少女はニッコリと笑うと、その中身を開ける。


「小さいのは仕方ないでしょ? 大きい志雄にはわからないよ」


 小さいと言われた事が気に障ったのか、意趣返しとして身長をいじるが感謝はしているのだろう。

 それでも志雄と呼ばれた女性は高身長だった。

 長く伸ばした髪をポニーテールにまとめて、眼つきは凛とした涼し気な印象を受ける美女だ。スラッとした長身だが、スポーティーな身体つきをしている。

 

「正明が小さいだけです。私が巨人とでも言うんですか?」

「ふふ、トゲで傷つくの?」

「軟ではないですよ?」


 志雄に頭を撫でられながら少女は溶けたような笑顔を見せる。

 そして、箱の中身を取り出すと机の上に置いていた禍々しい手甲へと置く。


「それは?」

「志雄の手甲だよ? 直していたからね。能力チャージ時間〇.五秒短縮に成功! 戦闘の最中ではこれは強いよ!」


 箱の中身は小瓶だった。

 中に満たされた不思議な色の液体は手甲へと染み渡って行くと、そこに魔法陣が展開されて魔法が付与される。


「ありがとうございます! 良いですね! これで迅速に敵を駆逐できるようになりました」


 喜ぶ志雄は女の子の頭を良し良しと撫でる。

 ショートカットの女の子は少し変わった外見をしていた。

 左目がサファイアの様に蒼く輝き、猫の様に愛くるしい顔をしている。

 その瞳は冷たく、恐怖の吐息を放つ。


 この少女、実は少女ではない。

 九年前に、WELT・SO・HEILNの舵を握りしめた少年。

 伊達正明その人である。



 正明は仮面を着け、夜風を浴びながらビルの屋上にいた。

 欲望の匂いが彼の鼻を突く。実際に匂いがする訳ではないが、彼にだけ感じる感の様な物なのだ。


「そっちどう?」


(あぁ、見つけたぜ。例のクソ野郎だ。警察は騙せても俺の目は騙せない)


「頼もしいね。じゃあ、殺して来るよ」


 正明が仮面に封じ込めた通信魔法で仲間の一人と話し終えると教えてもらった方角を睨む。仮面のスリットから蒼い光を放ち、その瞳はターゲットをロックオンする。

 視界に飛び込んできたのは一人のサラリーマン風の男だった。

 ソイツの正体は正明と仲間達、そして警察とオーダーしか知らないだろう。だが、彼がその男であると確信できるのは正明達しかいない。


「強姦未遂事件が一番軽い罪状か、クソ野郎だね。顔を変えても、逃げられないんだなぁ」


 正明は腰のホルスターにある小瓶を見る。もしも戦闘になっても十分に戦える。

 転移魔法を発動し、正明は彼の目の前まで飛んだ。

 いきなり現れた仮面の人物に男は情けない声を上げる。だが、正明の表情は仮面の下では無表情のそれだった。


「死、ね」


 正明は彼の顔面を鷲掴みにすると、魔法を発動した。

 すると、その男は死んだ。

 即死魔法。

 この魔法は正明しか使えない上に、扱いが難しい魔法だ。今の様に相手の皮膚と自分の皮膚が密着していれば即座に殺すことが出来るが、広範囲や遠くにいる人間に放つ場合は儀式が必要となる。

 正明は肉塊と化したその男の死骸を地面に展開した黒いゲートへと引きずり込んだ。

 ゲートの先はWELT・SO・HEILENの船内だった。着いた部屋は研究室の様な内装をしていて、様々な機器が置かれておりその全てが稼働している。


「お帰り」


 正明を出迎えたのは、兎の耳が付いたフード付きの白衣を着た小柄の女の子だ。目の下にクマが出来て不健康な顔をしているが、顔自体は可愛い。もう少し眠る時間が長ければ小動物的な魅力が引き立つだろうに勿体ないと、正明はいつも思っていた。


「やって来たよアイリス。少し待ってね」


 正明達は、日頃街の中にいる犯罪者を中心に狩りを行っている。

 見つけ出し、強襲、殺害、回収とそんな流れで今日も殺した魔法使いの死体を持って来たのだ。魔装の材料にするためだ。

 正明は手の中の死体を小瓶の中に満ちる程の蒼い液体に変えて収納する。


「コイツの本職は闇医者。無免許で医療行為を行い、既に何人もの死人が出ている。質が悪いのが医療ミスでの死者は少ないことだね。殆どが殺人、しかも若い女性ばかりを標的にしていた」


 正明は机で作業をするアイリスにその小瓶を渡す。

 アイリスは小瓶を受け取ると、満足そうな顔をする。


「屑野郎だけど、こんな時に役に立つ。感謝して欲しいくらい」


「即死だしね。拷問して殺してもいいけど、時間の短縮だよ」


 正明はそう言うと、仮面から入った通信に耳を傾けた。

 宗次郎の声で、静かに告げられる。


(正明。加々美と志雄がオーダーに鉢合わせた。ヘルプに向かってくれ、俺の狙撃にも限度がある)


「了解、転移にも限度があるから時間稼ぎよろしく」


(早くしろ、リーダーがいる)


「アイリス、怪我したらお願いね」


「死ななければ治してあげる」


 正明は急いで街へと転移する。

 視界が街の夜景に代わる。正明は辺りに探知系の魔法を飛ばして警戒するが、その選択は間違ってはいなかった。

 次々と魔法の探索に反応が返って来る。


「見つかったね。転移が杜撰過ぎたよ、オーダーの諸君! 行くぞ! 僕は、いや俺は」


 正明は夜空を見上げ、睨み付ける。

 そこには飛行魔法で空に浮かび上がるオーダーの連中の姿があった。

 学生服の上に白に金の装飾が施されたコートを羽織っており、制服もコートも防御魔法が封じ込められた高級な防具だ。


「死神の飼い猫、SPECTRE,sの一人! 来い、お前らの魔法が俺の魔装より下であると知れ!」


 オーダーの連中は無言で攻撃魔法を放って来た。

 一気に仕留めようと言う魂胆だろう。その上、攻撃の一瞬前に転移阻害の魔法まで発動させて逃げ道すら封じている。

 攻撃の中に拘束効果のある物も混じっている事も正明は見ていた。 


「アームズ・オブ・ヴァンパイアロード!」


 正明は身体を包む黒いローブを取ると、黒に赤のきらびやかなドレス姿になる。仮面がその姿に凄い違和感となるが、ドレス自体はとても美しい造りをしている。

 手に持つ三又の巨大なトライデントを強く握りしめると、正明は一人のオーダーに狙いを定め、投げ付けた。


「そんなに攻撃したら死んじゃうだろ」


 トライデントは真っ直ぐオーダーの少年の胸に突き刺さり、鮮血を撒き散らす。

 驚き、そして死を予感して絶望する彼の背後に正明が回り込む。


「嘘だろ⁉ 転移は封じたんだぞ⁉」


 正明は口元を緩める。今の魔装ならばこのレベルの魔法使いと戦うのは訳がない。

 魔装は、魔具と違いその道具自体が魔法を使う物である。正明はその魔装を身体に纏っている状態だ。


「焦るなよ。死にはしない」


 トライデントを引き抜くと、刺されていた少年に傷は無かった。

 だが、彼はビルの屋上に落ちて行ってしまう。


「貧血にはなるけどな」


 今の魔装は相手の血液を転移する魔法に特化した装備だ。直接的な殺傷能力は低いが、血液を使った特殊戦闘を行うにはもってこいだ。

 正明は腰のホルスターの小瓶を見る。

 一〇本あったが、既に四本にしか中身が入っていない。転移に魔力を使った上に、即死魔法で相当の魔力消費があったせいだ。


「一気に決めるか」


 正明は辺りに撒き散らされた血液を起点に転移を繰り返し、辺りのオーダーの連中を翻弄して一人ずつトライデントで血液を吸い取っていく。

 オーダーも抵抗はしたが、正明の常軌を逸した攻撃に混乱してほぼ手が出せずに壊滅した。


「な、んだ? この魔法は⁉ ふざけてやがる」


 オーダーの一人が呻きを上げる。正明は彼を仮面越しに見下し、呟く。


「俺達と同じ世界の人間ではないからな。殺すなんて事はしない」


 正明は魔装を解除し、元のローブ姿に戻る。

 仲間の元に向かおうと、仲間がいる方向を睨む。が、正明はその場で転移をするのを止めた。転移阻害は術者を倒した事で解除されているのでそれが原因ではない。


「どうやら、アイツらうまく逃げたようだな。で、お前が此処に来た」


 背後にいる人物に正明は独り言の様に呟く。


「死神の飼い猫」


 女の声だ。

 正明は溜息をワザとらしく吐くと、即座に魔法を発動する。一本の小瓶の中身が急速に減り空になる。


「マジックキャンセラー!」


 魔法を打ち消す魔法だ。だが、気休めだ。

 正明は急いで振り返る。

 やはり攻撃されていたようだ。打ち消された魔法の残滓が見え、その奥に気丈な瞳に炎を宿したような女性が大剣を振り上げていた。

 小瓶は正明が使える魔力の残量だ。魔装を使えば減らさずに済むが、直接魔法を使えば減っていく。

 残りは三本、魔法で防ぐには心許無い。

 正明は急いで左手に魔装である盾を出現させて大剣を受け流す。


「ボスのお出ましかな? 相変わらず乱暴な女性だな」


「同じ女としては、お前も同じようなものだ! 飼い猫!」


 その言葉に、正明は頭を抱えた。

 まだコイツは自分を女だと思っているのか。

 確かに正明の顔や声、体付きを見て男性と思う人間は中々いないだろう。

 本人も自負しているが、こうも女とばかりに見られてしまうと自分の性別に自信がなくなる。正明は自分の置かれた状況を考える。魔装自体は戦うには十分だが、相手は複数人な上に現れたオーダーのボス、名前を竜崎由希子と言ったは文句なしに強敵だ。

 彼女の手にある魔具は魔装使いである正明から見ても見事な逸品だった。作った職人とは友達になりたいと思うほどだ。


「はぁ、なら大人しく帰るとしよう。女の子がこんな夜更けに歩ていたら物騒だ。連続殺人鬼に犯されでもしたら大変だ」


「お前はそいつらを襲う側だろうが!」


 少し正明は後悔した。ボーっとし過ぎたせいで自分の間合いに彼女の侵入を許してしまった。

 魔装を召喚して由希子の胸元にランスを突き立て、カウンター気味にその先端に彼女の身体が直撃する。常人なら串刺しになっているが、彼女は制服にもコートにも防御魔法を使っているためか、後方へと吹き飛ばされるだけで無傷だ。

 由希子は体制を立て直すが、正明は両手の武装を消すと一本の杖を召喚する。正明が持って来た魔装の中で最も強力な物だ。


「着る物は一つだけだが、武装なら多く持ってきて正解だったな」


「中位魔法二級魔術! 魔法解除!」


 由希子はそう叫ぶが、正明は魔法の発動を被せるように杖から同じ魔法を放つ。

 後に杖を振り、攻撃魔法と召喚魔法を発動する。


「火炎精霊の短剣! 召喚魔法、上位精霊召喚! エレメントを展開! 我が敵を焼き払え‼」


 由希子も同じく氷の召喚術を発動していた。召喚時の余波で、無数に迫りくる炎の短剣を打ち消して正明よりも早く召喚を成功させた。

 氷の身体に刺すような冷気をまとったドラゴンが正明に襲い掛かる。だが、正明は杖を屋上のコンクリートに魔法で立てた状態で魔装を召喚する。

 先ほどの盾だ。


「アイギス、発動!」


 叫ぶと、盾からエネルギーの波動が現れてドラゴンの突進を防ぐ。本来ならば攻撃を跳ね返すのだが、ドラゴンは体制を変えて由希子の身体の周りをその身体で守る形態になる。用心深い由希子が自分の元へ戻したのだ。

 正明は溜息を吐くが、これが彼女の強い所だ。

 召喚が完了した正明の使い魔が口から炎を吐き出した所だったが、その攻撃は防がれてしまった。殺さない程度に留めているとはいえ、攻撃が失敗すると少し残念に思えてしまう。   

 召喚された巨大な口元が凶暴な肉食獣の様な形状の鎧を着た異形の戦士が正明を守るように剣を構える。


「召喚術装備で来ないと、やはり魔法使いの様に早く召喚出来ないな。まぁ、いいか倒すことは簡単だ」


 正明は気丈な声を由希子にぶつけるが、仮面の奥にある顔は引きつっていた。


(どうする⁉ 仲間を呼ぶわけには行かない。今は隊長の戦いだからか、オーダー達は動かない。でも由希子の奴が不利になれば攻撃して来るだろう。仲間を呼んだらその時点で袋叩きだ。それに、召喚したはいいが強化していないから力で負けるし、それに魔力は三本分しかない。このままでは押しつぶされる!)


「エレメント、あの女を攻撃しろ」


 召喚されたエレメントは獣の様な咆哮を上げると、意気揚々と剣を振り上げて由希子の方へと走っていくが、当たり前にもドラゴンに邪魔されている。

 由希子はその隙に大剣を構えて正明へと斬りかかって来る。

 正明は盾を彼女に投げ付けた。

 由希子は盾を刀で弾くが、その斬撃は彼女の腕に伝わりその場所を切り裂く。


「ぐぅ! 細工があったか、だが! お前を斬れれば腕などくれてやるわぁ‼‼」


「脳筋が」


(クソッ不味い! 一か八かだ)


 正明は腰の瓶の中身をすべて使いビルの屋上を埋め尽くすほどの魔法陣を展開した。

 その異様な光景に、由希子も警戒して一瞬足を止めた。


「細工は俺の十八番だ」


 正明は右手に西洋風の大きな弓を召喚し、迷う事なく由希子に矢を放った。矢は爆発し、彼女の身体をビルの下へと吹き飛ばした。

 魔法陣には簡単な精神系の魔法が施されており、他のオーダー達はリーダーを気遣う気持ちを高ぶらせられており、全員が吹き飛ばされた隊長を救おうと身体を構える。

 その隙に正明は召喚したエレメントを自爆させる。

 殺傷能力が低いが、派手な炎が辺り一面にぶちまけられてオーダー達の視界を塞ぐ。

 炎が消えた時には、正明の姿は跡形もなくなっていた。



「隊長! お怪我は⁉」


「大丈夫だ。負傷者は何人だ?」


「外傷はないですが、数人は貧血で動けなくなっています」


 オーダー隊長である竜崎由希子は舌打ちをして自身の愛剣を握りしめる。


「犯罪者の確保は出来たか?」


「一人、連れていかれた様です。隊長が出撃されなければさらに多くの人間が殺されていましたお恥ずかしい限りです」


 悔しそうな隊員の声に由希子は落ち着きを取り戻した。隊長の自分が怒りに飲まれてしまっては士気に影響を及ぼす。


「いや、相手が悪かっただけだ。SPECTRE,s・・・・・・しかも、今回は死神の飼い猫まで現れたからな」


 由希子は彼女達、SPECTRE,sが現れた時の事を思い出す。

 当時は由希子もまだ隊員の一人だった頃、彼女達は街の犯罪者を乱獲し始めた。そう、まるで狩りだったと記憶している。

 その影響は凄まじく、一時的にオーダーがバッシングを受ける事となってしまった。柵があるオーダーは直ぐに犯人とは対峙出来ないが、SPECTRE,sは自由に犯罪者を狙うことが出来るのだ。一般人の中には命を救われた人々もおり、まるでヒーローの様に扱われた。

 おまけにビジュアルも受けると言うブラックジョークも程がある展開までも起こった。仮面がカッコイイデザインである上にメンバー全員が不思議なキャラクターなのだ。

 事実、由希子も少し仮面はカッコイイと思っている。


「アイツら、クソ! 何で犯罪者を庇う様な真似をしなければならない!」


 由希子は一人の男の顔を思い浮かべる。

 先代の隊長であり、自分の恋人だ。


「優、ごめん。また逃げられたよ」


 SPECTRE,sとオーダーのぶつかり合いで死神の飼い猫に大怪我を負わせられた優は、その後に病院で生死の境をさまよっていたが、あろう事かSPECTRE,sに命を救われたのだ。

 敵に救われると言う屈辱的な仕打ちに彼はしばらくふさぎ込んでしまった。


「今回は、逃げたか。いや、見逃してもらったと言った方が正しいか」


 由希子は溜息を吐くと、立ち上がり隊員の集合を確認しようとした。

 その時


「隊長! 新人の華音がいません!」


「何⁉ バディは⁉」


「いえ、飼い猫にやられた内の一人が彼女のバディです。もしかしたら、SPECTRE,sに」


 由希子は走り出していた。飛行魔法を弱く発動してビルから飛び降りると通信魔法を使うが、当然通じない。


「華音! 何処だ⁉ お願いだ。応答してくれ!」


 由希子は新しく入った後輩を探すために全力で走り出した。



「はぁ~・・・・・・疲れた。由希子さん怖いんだよね、去年戦った優って人も凄く強くて手加減できなかったし、まぁ傷は治したし許してくれるよね・・・・・・な訳ないか」


 正明は魔力が空の状態で溜息を吐いて、路地裏の壁に背中を預ける。

 服装もローブ姿から学校の制服姿となった正明は少し休むことにした。元々彼は体力が無い上に相当な運動オンチで、先程も盾で剣を受け止める事なく投げたのは、受け止める自信が無かっただけのことだ。


「連絡するにも、いや、やめるか。ほとぼりが冷めるまで此処にいよう」


 正明は懐からデバイスを取り出すと、それを展開した。改造された物とだけあって情報処理能力は普通の魔具なんかより高性能だ。

 周りの状況を魔法SNSから読み取ろうするが、そんな正明を三人の男が取り囲んできた。

 正明はオーダーと思ったが、それにしてはガラが悪い。


「おいおい、どうしたんだい? こんな夜に女の子が一人だけでこんな所に」


「悪い人に襲われちゃうよ~」


「おっ、すっげえ可愛い! このレベル会った事ないな」


 正明の外見は大きな瞳に、前髪の一房だけ蒼いメッシュが入っているが不思議とチャラ付いたイメージがわかない。身体は細く、色白で何処か猫の様な愛らしさがある。

 何も知らない人間が見たらそこらの女の子よりも可愛いだろう。本人もその自覚はあるが、と言うよりもその自覚なしでは生きていけない環境に居たのだ。自分の外見や能力がどこまで相手に通じるか、欲望のための打算ではなく、生きるために自覚しながら計算をして生きて来たのだ。

 それ程魔力の無い正明の風当たりは強かった。


「えっと、大丈夫です。構わないで下さい」


「そんなこと言うなよ。こんな時間に出歩いているってことは暇なんだろ? 少し付き合ってよ」


 正明は頭を回転させるが、今の状況では成す術なく言うがままにされる。


「僕は遊びになんか興味ないので、誘うなら他を当たってください。それに、僕は男ですよ?」


「嘘つくなよ! 何処から見ても女の子じゃねーか」


 脱げばわかるだろうが、流石に四六時中盛っているだろう野獣の前でそんな真似は出来ない。

 一か八か走って逃げようにも、正明は気の毒な程足が遅い。


「運が悪いよ。人を殺したから当然か」


 小声で呟く正明は左目の僅かばかりの魔力を集中する。三人程なら気絶させられるだろう、女である事を前提にして相手が接しているのだからいきなり本気で攻撃する確率は薄い。

 油断させてナイフで一気にぶっ殺す戦法を取ろうとしたその時、


「そこの人達! 何をしているんですか⁉」


 高めの声が響いた。女性のもの、と言うよりは若々しいまだ少女の声だ。


「あ? 何だよ!」


 三人の内で最も背の高い男が凄むが、現れた少女は自分の身体に何かしらの魔法をかけた。三人の男は全員が首を傾げたが、正明はその魔法を対恐怖の術式だと見抜いた。気丈に振る舞っているが、内心は怖がっているのだろう。


「一人で座り込んでいる女性を、三人で囲んでいれば色々と考えます。何をしていたのですか?」


「チッ、カンケーねー奴はいなくなれよ! って、はぁ⁉」


 今度は正明が首を傾げる番だった。


「お、おい! 華音じゃねーのか⁉ オーダーに入ったって」


 正明は成程、と呟いていた。驚いた理由は突然アイドルがナンパを注意してきたのだから、驚かない奴も少ないだろう。


「へぇ、華音ちゃんオーダーだったんだ」


 華音は正明の代わりに囲まれてしまった。


(こいつら、囲むの好きだな)


 正明はツッコみを心の中で入れるが、懐から小瓶を一つ取り出して蓋を開ける。


「じゃぁさ、この子見逃すから遊びに付き合ってよ」


「ダメです。今、任務中でなので、それに不純異性交遊を取り締まる側の人間によくもそんな事が言えますね」


「うるせー上にお堅いね。ステージの上ではあんなにハッチャケるクセにさ!」


「帰りなさい。今なら見逃します」


 そうは言うが、華音の腕は震え始めている。


(魔法が切れたの? 緊張して失敗したんだね。少しだけ耐えててね~、こいつら無力化するから)


 正明は黙って黙々と小瓶と自分の技術を使い、三人から魔力を奪い取っていた。

 魔装使いの最大の特徴であり、魔法使いが魔力を自分で生み出す事とは対を成す技術だ。


「ははっ! こんなに震えているのに強がりもなでしょ!」


 腕を乱暴に捕まれ、華音はビクッと身体を震わせる。


「可愛いー! 怖がっちゃって!」


「はははは! ほら! 華音ちゃん、逮捕してよ!」


 正明は準備万端と立ち上がると、連中の背中を指で突く。


「お兄さんよ。その子は怖がっているし、僕が遊んであげるよ」


 三人が何かを言う前に、正明は魔法を発動する。

 弱い電流が急所に流れ込み、三人の意識を刈り取る。地面に伏した男を踏みつけて意識が無いか確認すると、正明は華音の手を掴み人気の多い所に出る。


「あ、あの」


「いやいや、危ない所だったよ。華音さんが来なかったら犯されていたかも」


「情けない、です。オーダーなのに、助けようとした人に助けられるなんて」


 明るい場所に出た事で華音の姿がハッキリ見えた正明は感心するような声を上げていた。

 宗次郎が喜ぶ外見だと、口の中で呟く。

 金髪のツーサイドアップに明るい配色の髪留めが印象的で、少し緑色がかった瞳に穏やかな顔つきから儚いイメージを正明は抱いた。

 服装は先程戦ったオーダーの服装と同じだ。


「情けないのは見捨てて逃げる事と思うけどな? 僕は、華音さんが情けないなんて思わないよ? それに本当に華音さんがいなければ僕は危険だったんだし」


 正明は本当に華音が来なければ危険な状態だった。魔力を奪い取るには少々時間が掛かる上に、意識を集中された状況では直ぐに阻止されてしまう。

 魔力があれば一瞬で奪えるが、そうでないあの状況は何か囮が必要だったのだ。


「そうでしょうか?」


「んー、この話方止めようよ」


「え?」


「華音さん、僕と同い年なんだから敬語なんか使わなくでいいじゃん。僕の名前は伊達正明、よろしく」


 正明はそう言うと、彼女に手を伸ばした。


「私は、鳴神華音。えっと、よろしくね」


 握手をすると、正明は無邪気に笑う。

 それにつられて彼女も暗い表情を笑顔に変える。


「でも、妙だね。オーダーは基本的にバディと行動するのに一人って、しかも新人なのに?」


 正明は鼻をひくつかせるが、彼女から血の匂いや異様な匂いはしない。例えば、焦げたような匂いや地面を転がったり、汗の匂いも薄いなどから匂いから戦いの様子はない。見た感じも、コートに傷は無く新品のまま使われてませんと言う感じだ。

 例の戦いの中にはいなかった。

 多分、仲間達の追撃にすら加わっていないだろう。


「はぐれて、しまって・・・・・・魔力も殆ど使い果たしちゃって」


「なんで魔力を? オーダーに入れるって事は相当なエリートなのに」


「私、緊張すると凄く魔力の出力が不安定になっちゃって」


 正明は左目で彼女の身体をスキャンする。

 魔具は支給された拳銃のみ、身体の表面に傷は無し、内部臓器にも異常なし、ネイルやピアスなどの装飾無し、栄養状態良好、魔力残量は活動には制限しないレベルで残存。

 ナチュラルに彼女の身体をすべて見たが、今の彼女に戦闘する力は無い。万が一の状況になったとしても先程盗んだ魔力で何とかなる。


「あー、確かに。わかるよ、僕も同じ。でも、勉強も運動も苦手で、魔力も少ないんだ」


「なんか、似ているね。でも、正明ちゃんも良い所あるよ?」


「なに?」


「綺麗な蒼い瞳。なんか、猫ちゃんみたい。いるでしょ? オッドアイ」


 正明は唖然とした。

 蒼い瞳をバカにしなかった。魔法使いにとって、蒼は最弱の象徴だ。それを美しいと褒めてくれたのだ。 しかし、


(ちゃん・・・・・・か、名前の男らしさをガン無視されて女として見られた)


 面倒なので修正はしない。正直どちらでも良いのだから、相手が男なら全力で訂正するが。


「そうだね。猫ちゃんか、可愛いって事?」


「可愛いよ! えっと、なんか撫でたいくらい」


 とか言いながら、正明は華音に既に撫でられていた。彼女とは身長が一〇センチほど違うが、当然華音の方が背が高い。

 そうされながら、正明は簡易ではあるが探知系の魔法を飛ばす。

 近くにいるオーダーを探すが、正明は一気に冷や汗を噴き出てくる。


「由希子が近くにいるか」


「え?」


「華音ちゃん。あ、ちゃん付けで呼んでいい?」


「華音でいいよ? あ、私も正明って呼んでいい?」


(僕、男なんだけどなぁ。女友達って認識だろうけど、いきなり男の名前を下で呼ぶって何よ? でも、オーダーの中に友人がいれば、より情報を得やすくなるし、この子結構いい子だし、まぁいいか)


「いいよ。華音、オーダーに連絡してあげるよ。多分、隊長さんも近くにいるし彼女の通信魔法に割り込んじゃおう」


「そんな事できるの⁉ それって、オーダーにも出来る人見た事ないよ」


「楽勝だよ~この改造デバイスと少しの探知系魔法が有ればね」


 正明は先程と同じ様に探知魔法を使って由希子の位置を割り出すと、デバイスの通信魔法の矛先を彼女が飛ばしている魔力に引っ掛けて絡ませる。

 無論、身体の外側の魔力を操れる魔装使いしか出来ない芸当だ。


「繋がったね。よしよし、ここで微妙な調節と」


 正明は持っていたメモの紙に何やら不思議な文字を書きながら、何語かわからない歌を小声で歌う。


「成功した! 僕って天才だね! 綺麗に繋がった!」


 ガッツポーズをする正明は、デバイスを華音に渡す。


「話しなよ」


「も、もしもし」


「華音か! 今どこにいる⁉」


「えっと、大通りにあるカラオケ店の前にいます。すみません! 離れてしまって!」


「それよりも警戒しろ! さっきSPECTRE,sと交戦した! 死神の飼い猫がこの近くに潜んでいるかもしれない! 直ぐ行く、それまで警戒を緩めるな!」


 そこで通話は切れた。

 やはり、術者である正明がデバイスを持っていないと効力は短い様だ。


「SPECTRE,sが、この近くに?」


 怯えたような顔をする華音を見て、正明は悲しい気持ちになった。やはり、自分たちは恐怖の対象であるのだろう。


「死神の飼い猫。そいつをどう思う?」


「隊長や先輩方は、化け物だって言ってた。天才の隊長ですら手玉に取って、凶悪犯を狩り殺す程の力と得体の知れない魔法を使うって。頼りないよね、オーダーの一員なのにその人とは戦いたくない。でも、その人達も同じ魔法使いなんだし、もっと別にその力を使って欲しいかな」


「そうだね。そいつら、きっと何処かが壊れているんだよ。僕みたいに」


「正明?」


 華音が正明の顔を覗き込もうとした時、遠くから由希子の声がした。


「隊長。あっ、そうだ! 正明、お礼させて! 今度休みの日に!」


「いや、お礼なんていいよ。僕は助けてもらった方だし」


「華音! 無事か⁉」


 由希子が華音の肩を叩く。息を切らしていない所は流石と言わざるを得ない。


「あ、隊長! ごめんなさい!」


「本当だ! 連絡できるだけの魔力は残しておけ!」


「はい!」


「所で、妙だな・・・・・・華音、どうやって通信魔法を使ったんだ? 魔力は殆ど」


「あっ! それなら、彼女が・・・・・・あれ?」


 華音が振り返るが、そこには誰もいなかった。

 ただ、華音のコートの帯に、


(また会おうね)


 と書かれたメモだけが残されていた。


「なんか、幽霊みたいな子だったな」


 華音はアイドルとしてでなく、同年代の友達として自分を見てくれた彼女を思い出しながらそう呟くと、由希子に自分のデバイスを使ったと嘘を吐いた。

 彼女との関係は秘密にしたかったと言う、華音のわがままだった。

 その日の夜が、一連の事件の始まりであったとは彼女はまだ知らなかった。




 伊達正明

種族・職業:

半ゴースト 魔装使い


得意な魔法:

拘束魔法 拷問術式 精神系魔法 魔装製造技術 人外化施術 人間の魔力化


個人能力: 

表情、声質、脈、動揺、発汗などから少しではあるが考えを読む事が出来る。左目で目の前の相手だけなら身体をスキャンして身体の状態を見ることが出来る。

即死魔法の習得が可能。自分の肌と相手の肌を触れさせて発動する接近戦用と、魔法陣を展開して歌・演奏・踊りなどの儀式を行う事で広範囲にぶちまけるタイプがある。魔装に付与する事も出来る。


アイドルキャラ、強敵でごさいますがやっていこうと思います。投稿遅くてごめんなさい。

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