正義の歌姫と悪のギルド(5)
宗次郎君、大変なことやりそう・・・
*
準備は整った。
宗次郎は心の中で呟くと何知らぬ顔で、ギルド内の一室でミーティングを受けていた。一室とはいうもののかなり広い会議室だ。
宗次郎は幹部たちの顔を見ながら固有能力を発動する。
幸三とか言う男は武装と言える物を持っていない。参謀である霧島勇樹は姿を見せていないが、そんな事は百も承知だ。問題は完全武装している朝倉将だ。
宗次郎はある事を実行に移そうとしていた。
かなりの博打になる上に、正明にバレたら怒られるだろう。
「この中に、間者が混じっている!」
朝倉将が探偵の様な事を叫ぶ。
思わず笑ってしまいそうだが、宗次郎は唇を噛んで必死にこらえる。
「いいな! 仲間を疑え! 疑わしきは罰せよ!」
アホだろコイツと宗次郎は呟いてしまう。
その瞬間に宗次郎はお粗末なごり押し作戦を決行した。
「はーい。俺でーっすよ! 間者は俺ですよ」
小学生が先生に挙手するような軽い感じで宗次郎が自己宣告した。
当然、視線は宗次郎へと一気に集まる。周りにいた構成員達は蜘蛛の子を散らすように彼から距離を取っていく。
朝倉将は喜々として壇上から降りて来る。
手に握るは巨大な斧だ。身体は鎧に包まれ、まるで歩く城の様だ。
「やはりお前か! タダ者ではないと思っていたが!」
「お前と違ってタダ者じゃないからな? 見掛け倒しの完全武装で俺に勝てるか?」
周りの制止も振り切り、朝倉将は宗次郎へと斧を振り上げた。
6
伊達正明は自分に化けているハンゾーから連絡を受けて、頭を抱えた。
何から何までおかしなことばっかりだ。
「なんで? 俺がおとりって気付いたんだ?」
ハンゾーからは由希子が自分の護衛を薄くする事と、スキルの有無を確認してきたとの事だった。
スキルの使えないハンゾーは素直に「使えない」と答えたそうだが、どうやら由希子は伊達正明をスキル持ちと勘違いさせたのは<ディミオス>の仕業と考えているのだろう。
それは良い。だが伊達正明という、か弱い保護対象に価値が薄いと考えられると戦力も分断できない上に、華音を守る事が難しくなる。
それは、
正明はデバイスから情報を映像として取り出して空中に浮かべる。
そこには宗次郎が送って来た情報が張られていた。人員の増加に金を傾けて幹部同士の仲が険悪になった事は計画の内だが、その中でも若いギルドメンバーが数人姿を消している。
最初は朝倉将に疑われて始末された人間だと考えていたが、ハンゾーの連絡で正明は操魔学園の生徒名簿に照らし合わせたのだ。
転校生が数名みられる。総勢で五人、一気にこんな数の転校生が来るのもおかしいが、宗次郎の情報でいなくなったと言われた人数と同じなのだ。
その中で三人はオーダーに入っている。
何と言う間抜けだ。決戦での戦力削減を狙った伊達正明と言うおとりが相手にとっては華音に触手を絡ませる隙間となってしまった。
「バカじゃないね・・・・・・宗次郎もヤバいかな?」
正明は椅子から立ち上がるとデバイスで加々美に宗次郎の援護に向かう様に伝える。
だが、今の状況では難しいだろう。
既に宗次郎の方は戦いが始まっている予感がする。霧島勇樹の暗殺は必須事項だが、宗次郎の事だから少し強引な手に出る可能船も十分ある。
「僕も、どうするものかな。華音を守る事は重要だけど、それは八雲とメイド長が見張っているし」
正明は腰のホルスターの魔力が満タンである事を確かめると、魔法を発動する。
それは彼の肉体を強化する多重の強化)がけだ。すると、彼は短い時間だが二〇歳ほどの見た目になる。変装とは少し違うが、彼にとっては気に入っている魔法だ。
腰のホルスターに入っている小瓶の中にある魔力が全て尽きるまでがタイムリミットだ。その時間はこの姿でいるだけなら一時間ほどだ。
「まずは情報収集だ。ハンゾーと入れ替わる必要があるな~あーぁ」
この時期にギルド長が出向くのは危険なのだが、今の状況でオーダーの内部までのコネを持っているのは正明だけだ。それに他のメンバーにはギルド復活に備えて上位ギルド達に掛けあうように言ってある。
使い魔のハンゾーの力ではいずれバレる可能性もある。得策としては正明が動く事だ。
「しかし、妙な気分だね。この身体・・・・・・大きいんだよね」
今の正明は身長が伸びて一八〇センチ程になっており、服は指輪型の魔装で作り直したが今の状態では魔力を消費する魔法と魔具を作っての戦いは出来ない。使えない訳ではないが、使えば使うほど変身の時間は短縮されていく。
魔力消費の無い魔装で戦う他ない。
「後、数日だけど・・・・・・耐えるしかないか」
顔つきもすっかり一人の青年で女性らしさは消えている。
仲間達からはその姿の方がカッコイイからそのままでいろと言われるが、彼はこの姿はあまり好きではない。魔法は使えない上に、バランスを取る事が難しいのでよく転ぶのだ。
正明は指輪の転移魔法を発動させて自分に化けているハンゾーの元に飛んだ。
視界はギルドの中ではなく、学校の裏庭。薄暗い雰囲気に冷たい水を噴水が無気力に吐き出している、いつも仲間達とたむろしている場所にたどり着く。
学校の魔法防壁でのジャミングは魔装で完璧に無効化している。
「どう? そっちは」
「あっ、兄さん」
正明はハンゾーの返事に一瞬で状況を理解した。
誰が来る。見られてはいないだろうが、此処は芝居を打つ必要があるだろう。
「正明、心配したぞ? いきなり連絡が来たからな」
自分に対して兄のフリをするのは非常にシュールだが、ハンゾーの演技力は正明以上だ。
「ごめん、身体の調子が良くなくて・・・・・・兄さんには迷惑かけたくなかったけど」
「良いんだ。大丈夫なのか?」
正明は自分の姿をしたハンゾーの頭を撫でる。
甘えた顔で満面の笑みを浮かべる自分の顔をまじまじと見つめ、もう少し笑顔を柔らかくした方が甘えん坊として見てもらえるだろう。
そんなやり取りを近づいてくる者に見せつけるが、その姿を見た正明は思わず目を見開いてしまう。
「正明って・・・・・・今、その子の事言いましたよね」
そこにいたのは、鳴神華音だった。
ここで焦ってはいけない。正明は必死に取り繕うが、彼女はハンゾーへと話かけてくる。
「もしかして、伊達・・・・・・正明ってあなたの事?」
はい、その隣の男です。
正明は心の中で呟くが、この状況は面倒な事この上ない。多分この状況を八雲とメイド長は見ているだろうが、全く本当の意味で正明は付いていないと言えるだろう。
「う、うん」
「え、えっと・・・・・・そちらの人は、お兄さん?」
「始めまして、伊達正峰と言います。なんだ? 正明、友達か?」
「え、し・・・・・・知らない」
ハンゾーには記憶が奪われていると言う設定を教えてある。
正明は落ち着いた雰囲気を全力で構築しつつ、彼は彼女の顔色をうかがっていた。
報告では聞いていたが、意外と元気そうに見える。しかし、正明の左目は知らなくても良い部分まで見えてしまう。彼女の身体がスキルの発動を始めていたのだ。
精神には大きな動揺が見られ、彼女の感情は失意、落胆、悲しみ、そしてその感情よりも遥かに強い喜びが見て取れる。
「正明さんって・・・・・・女の子?」
「そ、それは・・・・・・」
ハンゾーに命令してないワードだ。
この状態で会話を続けるとボロが出てしまう可能性が高い。
「ははは、よく疑われるね。この子は女の子だよ」
「へ、変だよね。こんな、名前で」
ハンゾーは目で全力で謝罪している。しかし、怒る事などできない彼の言っている事は実際に自分でも言う事なのだから。
「そ、そんなことないよ。正しい事を、明かすって意味なのかな?」
その通りの名前だ。
由来なんて考えた事も無かったが、何とも正明に不釣り合いな名前の意味だろうか。
「そうかもね。でも、僕の事なんで伊達正明ってわかったの?」
「そ、それは・・・・・・先輩から聞いて」
彼女はどうやら断片的ではあるが自分が何を聴いたか、覚えているのだろうか。しかし、八雲は何も覚えていなくて自我崩壊しかけていたと言っていたから多分改めて誰かから聞いたのだろう。
ハンゾーはその言葉を聞いてから、その場を離れようとする。
「はは、おかしな先輩もいるんだね僕なんて知っているなんてね。もうそろそろ行かなきゃ、ね? 兄さん」
正明はうなずくと、爽やかな作り笑顔を華音に向けて会釈するとハンゾーと裏庭から出て行こうとする。
彼女が何故この裏庭に来ていたのかは定かではないが、此処は去った方が状況的にベストな選択だ。
だが、その後に華音は正明の腰に巻かれているホルスターに目を止めた。その事には正明もすぐに気付いた。
「あ、あの! その小瓶!」
正明は直ぐに魔法を発動する。ハンゾーをつれて少し離れた場所に転移すると、正明は変身を解く。
「なんで、華音が」
「私にもわかりかねます。私は第一船長殿が転移して来られると思い、人気のない場所を選んだのですが」
「紅の優等生である彼女が、なんで? 普通ならこの場にいないはずなんだけどな」
正明はぶかぶかの服を魔法でただすと、ハンゾーに入れ替わる意図を伝える。だが、彼女がなぜ蒼の劣等生の校舎にやって来たのか。
知る必要があるかもしれない。
「ハンゾー。子供達の情報は相手側に渡っていないけど、念のため志雄やアイリス達と一緒に子供達と遊んであげて」
ハンゾーは頭をさげると正明が作った霧の向こうへと消えて行った。
その時、彼は気付いていたのだろうか?
彼女の元には、メイドでも執事でも使用人を向かわせれば済んだ話なのだ。それでも、彼が一人で彼女の元に向かうと考えた事には意味があるのかと、正明が考え付くのは全てが終わった後の事だった。




