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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
アイドルと魔装解放編
15/46

正義の歌姫と悪のギルド(3)


 目を覚ました鳴神華音は学園の医務室の中だった。腹部に鈍痛があるが、何があったかは思い出せない。その代りにモヤモヤするような強烈な違和感を覚える。

 何かをしたが、何をしたかわからないのだ。


「私、どうしんだろ」


「それは、こっちが聴きたいな・・・・・・華音」


 いきなり聞こえて来た由希子の声に華音はびくりと身体を震わせる。

 胸元が切られたコートが戦闘があった事を物語っているが、彼女のコートを斬るなんて真似を出来る魔法使いがいたと言う事はかなりの緊急事態だったのだろうか。言葉を紡ごうとするが言葉が聴きたい質問と今の状況に付いて行けない志向が絡み合い、言葉に組み立てられない。


「お前は、スキル持ちなのは知っていたが・・・・・・死神の飼い猫が言うに、お前は兄弟達の一人との事だったな」


「え? なんですか、それ・・・・・・」


 華音は自分が何を言われているか解らなかった。

 何でこの時期に、このタイミングで最悪な事が続くのだろうか、北条美樹には絡まれてそこから先は殆ど思い出せない。その上に、兄弟達と言う自分には全く見当もつかない事を言われている。


「いや、知らないならいい。それより、ライブの件だが・・・・・・やめた方が、良くないか?」


「え・・・・・・え⁉ どうしてですか‼ 私は歌えます! それとも、何か問題を起こしましたか⁉」


「お前の身体に、異変が起きている。今、自分がどんな顔をしているか解るか?」


 由希子は心から心配している表情で、手鏡を華音に渡す。

 そこを覗き込むと、瞳を深紅に輝かせた自分の顔が映っていた。虹彩は獣の様に縦に裂け、瞳が光を発している。

 昔の映画に出て来るヴァンパイアの様な形相だ。


「ひ、い・・・・・・いやぁ‼ な、なんですかこれ⁉ 私、どうなっているんですか! 何も思い出せない! 私さっきまで何していたんですか! 思い出せない、ど、どうして⁉ 何でこんな事に!」


 手鏡を放り投げ、華音は狂ったように叫び声を上げる。何かを叫んでいないと心が壊れてしまいそうで、そして、壊れかけた心の奥に自分とは違う何かが滲み出てくるような不快感が彼女の身体を舐める。

 強烈な不安と恐怖に、吐き気が胃の中で爆発し近くのごみ箱に嘔吐してしまう。

 

「華音! 落ち着け、大丈夫だ! 大丈夫、落ち着け・・・・・・いつかは向き合う事になってた事だ! 大丈夫、華音は華音だ」


 頭を掻きむしり断末魔の様な叫びを上げる華音を由希子は力強く抱きしめると、精神安定の魔法を掛けて落ち着けようとするが、その効果も即効性がない所から彼女の精神的苦痛は相当な物であると容易に想像できる。


「嫌だ嫌だ嫌だ‼ 助けて! 誰か、やめてやめてやめて‼」


 精神を喰われていく感覚が華音の正常な思考を奪い取る。

 由希子が抱きしめてくれているが、華音はその程度では収まらない程の恐怖を感じている。


「飼い猫・・・・・・なんで、正明と合わせたらいけないんだ」


 苦虫を噛み潰したような表情で由希子がぼやくが、飼い猫の言葉に従うほか今はない。華音を落ち着かせるには唯一の親友とも言える正明に合わせる事だが、奴の事だからきっと正明の記憶すら消しているだろう。

 暴れる華音を抑えるはずみで、ベッドのそばにあったテーブルから薬品の入った瓶か床に落ちて大きな音をたてて砕け散った。

 その音に華音は嘘のように落ち着きを取り戻した。


「華音?」


「瓶・・・・・・瓶?」


 何か、貰っていたような。

 彼女は考えるよりも先に、自分の制服の内ポケットに手を伸ばす。

 そこにあったのは、一本の小瓶だった。


「その小瓶⁉」


 由希子には覚えがあった。

 死神の飼い猫が使う詳細不明な魔具だ。彼女の主力武装であり、その小瓶には魔法使いから魔力を吸い取る力がある。

 その小瓶の中に、赤い色の液体が入り込んでいるのに気付く。


「綺麗、この小瓶・・・・・・誰かのプレゼントだったかな? 思い出せないけど、少し落ち着きました」


 そう絞り出すように呟くと、華音はぐったりとベッドに沈み込む。

 意識を失ってはいないが、その瞳にはわずかだが光が戻っている様だった。


「華音・・・・・・ゆっくり休め、私は他の隊員も見てこなくてはいけない。何かあったら連絡しろ、何時でも構わない、私はいつでも相談に乗る」


 力を抜いて優しく華音を抱きすくめる由希子は彼女の頭を撫でると、それだけ言い残し静かに医務室を出て行った。

 小瓶を握りしめる華音は深い悩みと、不安と、恐怖と、顔を知らない大好きな人の影を抱きながら眠りについた。



 医務室の前には大勢のオーダーの隊員が集まっていた。

 由希子は表情を必死に鋭いものにする。組織の長として、情けない姿を見せる訳にはいかないのだ。部下が苦しんでいる時こそ、リーダーは腰を据えて落ち着いていなければならない。寄り添うことはいつでも出来るが、由希子はそれを行うにはあまりにも心が優し過ぎる。


「隊長、我々はどうすれば・・・・・・死神の飼い猫が示す通りに物事が動いている。この状態では連中にいいように操られておるようではないですか!」


 隊員の怒りは妥当過ぎる。

 死神の飼い猫がいなければ華音も落ち着くことがなく、下手すれば死人が出てもおかしくなかった。そもそもが彼女が警告した事を無視して不利益を被っている事が殆どだ。

 だが、由希子は嘘を吐いた。


「いや、怖がることは無い。実は、作戦を実行する前に飼い猫に動かれてしまい混乱が生じたが、我々の持った情報は大きい。飼い猫の狙いは邪魔者の排除をオーダーにやらせる事だ」


 由希子は写真を取り出すと隊員達に見せる。

 それは佐島望の写真だ。


「この男が率いるギルド<ディミオス>の殲滅こそ飼い猫が我々に行わせようとしている事だ。そして、この組織と飼い猫が狙っている共通した標的が、鳴神華音と伊達正明の二名。オーダーは、この策略には乗らん、両方の組織に攻撃を仕掛ける」


 由希子は正明の確保を隊員の複数人に命じると、デバイスで副隊長へと連絡を出す。

 メールでだが、彼なら動いてくれるだろう。彼と二人掛かりなら死神の飼い猫が相手でも押さえつけられるだろうが、そう上手くいくほど相手はバカではない。


「華音は、あの状態だ。みんな、絶対に彼女を刺激するような事を口にするな。私自身も先程、彼女を大きく動揺させてしまった・・・・・・華音には当たり障りのない言葉を選べ。ここでオーダーの顔を潰されるわけには行かん」


 一見非情だが、由希子も辛い言葉だった。


「我々は、死神の飼い猫と情報戦を行っている。華音と正明の身の安全を確保して、あくまでも戦いたくても戦えない人々の代わりに剣となる! それを忘れるな! 死神の飼い猫が持つのは命を刈る鎌だが、我らは剣だ! 紅の聖剣、それが我らだ!」


「「「「「おぉ‼‼‼‼」」」」」


 声が重なり勢員が両足を揃え、左腕を胸の前に添える。

 揺れ動くオーダーも、由希子と言うシンボルに辛うじて理性を保っていた。しかし、由希子はそれすらもあの女の手の内なのではないだろうかと感じてしまう。



「子供達は家に帰したの?」


「えぇ、父親は家に帰っていない上に確認すら出来ていないでしょうね。男の子には母親がいますが、彼女にも情報は漏れていないですね、バカにも程があります」


「そう言うと可哀想だよ。帰れない上に、妻ごと攫ったと言ったのは僕だし」


「そうだったのですか? なら初めから」


「子供達には何もしないよ。楽しく遊んで、頭悩ませて勉強して、友達と思い出を沢山作って、大きくなっていくのが・・・・・・幸せになるために戦う事が出来る大人になるのが、子供達の仕事。その資格がない僕は、せめてその子供を見守ることしか出来ない。でも、こんな騙しの道具に利用する僕はやっぱり化け物だよ」


 正明は志雄にそう呟くと、第一船の甲板をゆっくりと歩いて行く。

 主人の帰りに一斉に頭をさげる執事とメイド達に魔装を預けると正明はデバイスを取り出して八雲に伝令を飛ばす。


「八雲、そっちは?」


(今の所、彼女にスキルの暴走は無しだね。発動を自分で抑制しているみたいだけど、それだけじゃ無いみたい)


「僕の小瓶の力だよ。まさかこんな風に役立つとは思わなかったけど、それがスキルで生み出された力を吸収している」


 正明は執事から渡された佐島望のデータを眺めながら八雲の話を聞いていたが、どうも解せない。佐島望の行動があまりにも計画性がない。自分たちの行動も褒められたものではないが、それにしても相手側が間抜け過ぎる。

 オーダーはこちらの思惑通りに、華音と正明の身の安全は保証してくれるだろう。勝手の良いボディーガードにするためには目的を誤認させるために挑発して、華音との接触を多くして警戒心を上げる必要があったが、下手なバカよりも賢い人間の方が時には操りやすい。

 だが、まるで豆腐でも斬るかのように佐島望には歯ごたえがない。


「八雲、念のためメイド長も行かせたけどどう?」


(僕より仕事できるよ。強いし、一人で良くない?)


「ダメ、彼女は強いけど執事長ほど万能ではいないんだよ。戦闘向けのメイド長と防御の八雲は相性がいいからね」


 だが、心配する必要はないだろう。

 今は華音の身柄は病院だ。あの状態で自宅に返す訳には行かないだろう。八雲とメイド長は念のために護衛に就かせているが、佐島望が動く可能性はゼロに等しい。

 華音の状況を知らない程間抜けではない。宗次郎から佐島望が怒り狂いながら正明達への恨み言を吐いていたという情報から向こう側がしっかりと監視をしている事を示している。ならば、八雲とメイド長の存在ぐらいには気付いているだろう。


(正明君、少し・・・・・・動揺してない?)


「え? いや、別に」


 今の状況は圧倒的にWELT・SO・HEILENの優勢。問題は華音がライブを断念する可能性が出て来た以上、相手側がプランを変えてくる事を考えなくてはいけない。そうなれば華音を中心とした奪い合いを本当に短期間で制する必要がある。


(嘘つきだね。声が暗いよ? 少し落ち着きなよ、華音ちゃんとは事件が終わった後にでも友達に)


「そんな事は出来ない」


 つい闇を含んだような声色でそう返してしまった。通信魔法の向こう側で八雲が動揺しているのが伝わって来る。


「あ、いや・・・・・・都合がよすぎるよ。身勝手にも程がある」


 正明はそう言うと何とも言えない気持ちになって通信を切ってしまった。

 何が嫌なのか? 佐島望の力に怯えているのか? 違うだろう。華音を巻き込んでおいて守れなかったことだ。

 だが、それでなぜ自分の気持ちがこんなにもかき乱されているのかわからない。


「身勝手だよ・・・・・・あんな目に遭わせておいて、記憶を奪っておいて、今日だって傷つけておいて・・・・・・華音の歌が、聴きたいなんて」


 正明は自分の欲望を噛み潰す。

 今はギルド戦の最中、佐島望の動きには警戒しなければならない。正明が勝手に揺れ動いているだけ、仲間達は自分の仕事をしっかりとこなしている。

 正明は大きく息を吸い込んで心を落ち着かせ、デバイスを開き宗次郎へメッセージを送る。


「参謀の霧島勇樹を殺せ」

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