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WELT・SO・HEILEN~ウェルト・ソー・ヘイレン~  作者: 稲狭などか
アイドルと魔装解放編
14/46

正義の歌姫と悪のギルド(2)

なんだか、正明の様子がおかしいですな(すっとぼけ)


 戦況は正明の優勢で進んでいた。

 華音は戦闘能力が余りにもお粗末で、ただ暴れているだけだ。殺す戦いではないためややぎこちないが、仲間達も有利になる様に彼女の力を少しずつ、しかし確実に奪っていく。

 彼女は弱いのだ。

 先ほど吹き飛ばしたダメージは消えたわけではない。彼女の身体に無理矢理押し込まれただけであり、いずれ身体がいう事を聞かなくなる。


「京子! 加々美! 引け! アイリスは一気に決めろ!」


 正明の指令で二人は一瞬で正明の両隣に並ぶ。

 一人残ったアイリスは華音が放つ水で作った斬撃を鎌で弾き、人外化施術によって手に入れた身体能力をフルに使い最速で彼女へと距離を詰めると、腹部に鎌の柄を叩き付けて張り倒した。

 みぞおちにモロに打撃を受けた華音は呻き声をあげて動きを止める。

 荒い息遣いで泣きながらうずくまる姿がとても痛々しい。


「ごめんね」


 アイリスはフードを深く被りそう呟くと、華音の首筋にポケットから取り出した注射器を突き刺すと中の液体を押し込む。

 華音は身体をビクンを動かした後に、糸が切れたように動かなくなった。


「ハァー・・・・・・事前情報がなかったら、殺されていたな」


 正明は溜息をつくと華音の身体を魔法で浮かせると、ギルドへのゲートを準備する。


「正明、華音ちゃんは」


 加々美の不安気な声を聴くが、正明は記憶を消す事に戸惑いを感じていた。

 二度も記憶の改竄を行う事は非常にリスクが高いのだ。記憶を消す事が前提での布陣であったが、ここに来て正明の中に迷いが生じていたのだ。

 大丈夫なのか?

 華音の身体に悪影響ではないか?

 もし、彼女が歌えなくなったりしたら?


「記憶は・・・・・・け、消して」


 華音から身勝手に記憶を奪ったばかりだ。

 もう一度奪い取って、彼女を都合がいい人形の様に扱うのか。

 彼女は精神汚染の初期症状で自我を失っている。今は気絶させているが、これもいつまでも持つものではない。華音が身体に宿す正明や八雲の魔法は彼女を守るだろうが、心までは守る事は出来ない、魔法で他人を好き勝手に操る事を得意とする正明だが、華音にはそんな事はしたくなかった。

 そもそも、兄弟達の一人である彼女に普通の方法で落ち着かせることができるのか?

 答えは、不確定要素が多すぎるため実行に移すのはためらわれるだ。


「くそ、無理だ。方法を変えるしかない・・・・・・抑えるしかない、今はスキルの効力を薄くする」


 正明はホルスターから小瓶を五本取り出すと、彼女の周りに浮かせて砕く。中の液体とガラスが光の帯となり魔法陣を形成していく。

 その中心にいる華音は瞬く間に体の中から黒い力の波動を放ち始めた。


「静寂を受け入れよ、愚かな欲望を抑えず過去を歌う者よ。我の領域にてその旋律を奏でし者に制裁を」


 魔法詠唱を行う正明は本当に面倒だと考えていた。

 彼女は大切な友達であった。だが、こちらが縁を切ったそれなのにお節介にも程がある。何でこんなにも守ろうとしてしまうのだろうか、目覚めが悪いからではない、それだけなら正明は躊躇ためらいなく記憶を奪い取ったであろう。

 それなのにこのありさまはなんだ?

 彼女の未来を心配し、気遣っている。今日だって彼女の事は全てオーダーに任せるために情報を伝えに来たはずだった。それなのにどうだ、オーダーを逃がし、華音の身体を気遣いながら専門魔法職が行うような治療術式を組んでいる。こんな事をする程の作戦的価値は彼女にないはずなのに、確実に正明はメリットではなく個人的感情でこんな事をしている。

 苦しそうにうめく華音を見るたびに正明の心に痛みが走る。仲間が同じく苦しんでいたなら同じように心が痛むだろう。

 だが、その痛みとは違う。

 その心は、正明には存在するはずもない感情だ。彼は必死に頭の中で浮かんだ幻想を振り払う。


「お客さんだね。オーダーの皆様」


 加々美が仮面の下で鋭い燐光を光らせる。それは仮面の目に当たる部位に輝きとなって現れる。

 正明は集中しているため見る事は出来ないが、どうやら由希子を含めたオーダー達がやって来たらしい。あちら側からしたら仲間を拉致した犯罪者はこちらなのだがから。

 しかし、今のメンツでオーダーとの全面衝突は不味い。

 京子によって物量での戦いは可能だが、それでは死人を出してしまうだろう。手加減して無力化できる集団ではない上に、ギルドメンバーの力は勢員殺傷に特化した力ばかりだ。バランス良く魔法を振り分けて使うのは正明ぐらいだろう、だから正明は後衛での戦闘がメインなのだ。

 単騎の戦闘能力では志雄が最も強いのだが、今はいない。このタイミングで呼び出しでもしたら殺されるかもわからないのだから。風呂に入っている女性を引っ張り出すほど正明は酷い男ではない。

 ならばどうする?


「アイリス」


「はーい」


 抑揚よくようの無い返事を返したアイリスは大鎌を構えて魔装を発動する。

 鎌の刃が白銀に輝き、その状態でアイリスは鎌を回す。それにより、辺り一帯に銀色の粉が散布された。身体に悪そうな粉であるが、事実身体に悪い。彼女が取り出すものは大概身体に有毒な物が多いのだが、今回振りまいたものは致死性が低い毒だ。

 吸い込むと、幻覚症状が現れ自分の一番近くにある物を攻撃するといった奇行を起こしてしまう。

 最も、簡単に防がれてしまうものであるが今の状況では効果的だ。

 本当に愚かと思うのはオーダーの面々の装備の薄さだ。如何に相手が死神の飼い猫といえども勝つことが出来る自負心があるのだろうか、魔具の類を装備している隊員が少ない。

 正明は詠唱後の魔力の流動を調節しながらホルスターの小瓶を一本だけ加々美に投げ渡す。それをキャッチした彼女は「ふふ~ん」と笑うと、それを握りつぶして走り出した。その瞬間彼女の姿か掻き消え、転移で襲い来るオーダー達を転移に割り込むことで迎撃していく。小瓶に込めていた強化バフによってスピードを上げた彼女とナイフ型魔装の魔法に割り込む力によって可能となった芸当だ。

 邪魔になるものは足止め可能の範囲内であったが、一番の強敵はやはり由希子だ。

 正明は小瓶の残りが少ない事に少し焦りを覚え始めていたが、少しで精神の浄化が完成させることが出来るが、その前に彼女がこちらに斬りかかるのが速そうだ。


「飼い猫! 華音を離せ!」


 呆れたタフネスだ。

 彼女だけ完全武装な上に、転移に割って入った加々美が弾き飛ばされてしまった。魔法的なものではない、加々美が現れた瞬間に投げ飛ばしたのだ。

 殴り合いでもしようものなら正明は一撃で戦闘不能だ。


「電撃ドーン」


 京子が軽い口調で腰に下げていた札を一枚取り出してそこから青白い電撃を滞空している由希子に向けて撃ち放った。矢のように飛んだ電撃は由希子に直撃すると爆発するように四方へと電気をぶちまけ、花火の様な形状になると消える。

 正明はそれを尻目に華音への術式を完成させる。


「よし、ギリギリだけど・・・・・・完成かな? 難しいが、少しの間ならスキルと精神汚染が抑えられるだろうよ」


 もう少し、あと一歩で完成するその刹那、正明の魔法陣に巨大な氷の竜が殴り込ん出来た。


「なぁ⁉」


 魔法陣が無残にも踏み抜かれてしまう。

 当然、術式は失敗。


「まずい! 華音!」


 正明は服に込められた魔法を発動して防御を固めると華音の身体を抱きかかえ、自分と彼女を囲むようにシールドを張る。その直後に練り上げていた魔力が逆流し始めた。

 魔法での儀式を行う際には魔法陣だけは死守しなければならない。

 今の様に術式の途中でかき乱されては、発動予定の魔法が攻撃でなくとも逆流する魔力の勢いで術者が死亡することがある。魔法使いでも同じような事故が毎年何度かはニュースで見かける。

 魔装使いでなくてはとても一人で儀式などは行えない。一人では危険な行為であるが。

 華音でなくても人間ならミンチになる。無属性の力が身体をすり潰してしまうのだ。


「由希子の奴!」


 歯ぎしりする正明は凄まじい音を立てて軋むシールドに気を配りながらも、正明は身体の後ろで小瓶を発動させて逆流する魔力を分解する。


「みんなギルドに撤退。三人とも魔力を借りるぞ、俺は話を付けてから戻る。宗次郎に作戦開始の合図を送れ、霧島勇樹の死と共にハンゾーを動かせ。以上だ」


 懐のデバイスを起動させ、メンバーだけにその声を届けると正明は魔力の暴力を全て分解して小瓶の中へと戻す。

 正明は華音を魔法で軽くすると、身体を抱えながら後方へと飛行魔法で下がる。


「勉強不足の様だな。儀式の最中に魔法陣を打ち砕くとは」


「何を言っている! 自爆したんじゃないのか!」


 由希子は先程まで正明がいた場所に剣を振り下ろしていた。

 下がっていなければ真っ二つだったろう。

 だが、正明は彼女の返答に首を傾げた。だが、少し考えるとすぐに納得した。

 いくら天才であっても、儀式は特殊な術式だ。最低でも大学に進学していなければ儀式の危険性も概要すらもわからないだろう。一般人が医療の技術の種類は知っていても、その内容までは知らない上に実践も出来ないのと同じだ。

 天才も学んでいな事柄を理解する事は不可能だ。


「魔法使いの分野では儀式は高等技術の類だったな・・・・・・まぁ、いい。鳴神華音は返そう、お前たちがいたら、荒療治を許可してくれないと感じたからな。それに、仲間のスキルで死にたくはあるまい? 言霊を抑えるのは骨が折れる」


 正明は溜息を吐くと、華音を由希子の方へと空中を滑らせるように飛ばすと正明は飛んできた魔力弾を服で受ける。

 つまりは直撃したわけだが、正明の魔装は高等な防御魔法を常時発動している。

 生半可な打撃や魔法では傷一つどころか、装着者にダメージすら与えられない。だが、正明は仮面の下で顔面を真っ青にしていた。

 反応できずに攻撃を受けたからだ。


「なんだ? そんな粗末な武装で勝てるか!」


 正明は叫ぶと一本の杖を召喚して、地面を突く。

 その直後に正明を囲んでいたオーダー達の魔力が吸い込まれていく。その様はまるで魂を吸い取る悪魔の様に移ったのだろうか、腰を抜かす隊員が現れる。好都合だと正明はその隊員を念動力で浮かせると、振り回すようにして周りの隊員へとぶつけて陣形を崩す。


「飼い猫ぉ!」


 斬りかかる由希子の大剣をシールドで防ぐ正明は杖を空間へとしまうと、代わりに何本もの黒い刀身に金の装飾がされた剣を召喚すると自分と由希子の間に割り込ませ、薙ぎ払う。

 慌てて回避する由希子だが、オーダーのコートの胸元が切り裂かれる。


「準備も無しにお前たちを待ち構えたと思っているのか? 甘い、天才気取りのバカに負けてはやれないな」


 由希子は警戒心を解く事無く、召喚した竜と共に正明を睨み付けて来る。

 正明は仮面の中で歯が鳴る程小刻みに震えていた。この剣の力は一度だけ防御魔法を無効にするだけの代物だ。つまり、一回切ればそれがどんなに脆いものであってもその効力はなくなる。

 バレれば付け込まれてしまうだろう。

 準備はしていたし、この展開も大体は予測できた。だが、怖いものは怖い。本来の正明は真正のビビりなのだ。


「飼い猫・・・・・・お前は何者だ? お前の行動には一貫性がない。華音の身体を治し、今は我々に剣を向けている。街でもそうだ、弱者をお前たちは守っているが犯罪者とはいえ、人間を大量に狩っている。何がしたいんだお前は!」


 正明は剣を盾にするように身体の周りに突き立て、複数の剣に守られているその姿は羽を広げた悪魔のようだ。


「俺達の事を理解しようとするだけ無駄だ。それに、今は戦う暇はないんだがな? 仲間を逃がす殿だよ。用はもうないし、華音の心も調節したしな」


 由希子は剣を下げる。


「華音には味方してくれるんだな」


「そうだな」


「ファンなのか?」


「ファンになって初めてのライブを楽しみにしている」


 正明は自分の言っている事に驚く。

 こんな会話は意味がない所か、下手すると相手側の作戦かもしれないのだ。案の定動こうとしていた隊員の足元へと剣を振り返ることなく突き刺し、牽制する。


「ふん、こんな話に意味はない。せいぜい、俺が残したパン屑を追って行くがいい」


 剣を自分の元へと戻すと正明は霧の中へと歩いて行き、消えた。

 船の上に戻った正明は大きく息を吐き出すと、仮面を外して呟く。


「なんで、彼女が気になる? 在り得ない、僕は」


 死神の飼い猫、人ではないのだから。

さて、彼女にももっとヒドイ目にあってもらおうかの(棒)

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