ゲームボード(4)
リアルがヤバ過ぎィ。
言い訳ですごめんなさい。引き続き、こんなクオリティですが、付き合ってもらえれば幸いです
1
竜崎由希子は部下の調査報告書を読みながら釈然としないとしない様子で隊長室の執務机に肘を付ける。
「ギルド・・・・・・か。確実に、あいつも絡んでいるな」
アイツと言うのは死神の飼い猫である。ここまでの情報を部下が収集できたのも彼女の御蔭であり、ギルド勢の攻撃や妨害もソイツと仲間が抑えているからだろう。
いつも以上に腹が読めない。
あの女が由希子は大嫌いだ。恋人を重症にし、部下を傷つけ、犯罪者と言えども殺しをしている。その上でオーダーの存在すら否定する連中を作ったのも彼女達と言って過言ではない。それなのに、今回は助けられてばかりだ。
由希子は悔しさを机にぶつける。硬質な音が響くが、それに対する反応はない。
「あの女、次会ったら叩きのめしてやる。舐めた事を」
脳裏にあの仮面がよぎる。
怪物の顔に、可愛らしい女の声、小さく華奢な身体、莫大な恐怖の波動。
謎の魔法使い。
触れただけでどんな魔法使いも死ぬスキル。かつて、巨大な犯罪者グループが一晩で消えた事件を担当したが、あの光景を由希子は忘れられない。数え切れないほどの死体が転がり、倉庫の天井から吊るされた何体もの死体、壁にも張りつけられて燃やされた死体があった。その奥で死体を玉座に座るあの女の姿と笑い声は彼女の記憶に残り続けている。
由希子が思いつめていると、部屋の扉がノックされた。
許可を出すと、入って来たのは新入隊員の一人の北条美樹だった。亜麻色の長髪に、紅色の髪留めが特徴的な女子生徒だ。
「失礼します。竜崎隊長、突然で申し訳ありませんが伊達正明の件です」
「正明の?」
美樹は新人の中でも特に優秀な隊員だ。しかし、何処か彼女には不穏な空気を感じる時があるのだ。隊員の中でも派閥がわかれているのは知っているが、その中でもこの美樹が作った派閥は傲慢な人間が多い。
正明を怒らせた隊員も彼女の派閥の隊員だ。
「妙だと感じませんか? あの女、いや、名前からして男でしょう」
「いや、女だ。華音は正明と親しい、彼女が正明は女であると聞いている。名前は、両親が男の子が欲しかったと言う理由、ともな」
「だとしても、あの存在は余りにも奇妙です。あの存在感、歴戦の隊員が錯乱する程の恐怖を魔法も無しに放てるのです。警戒は必要かと」
「彼女は、仲間を侮辱された。怒るのは至極当然、その怒りに震える自分自身の未熟さを認めろ。正明は華音を守って怪我をした。それに、SPECTRE,sに襲われているんだぞ? 下手したら死んでいた」
「ですが、それでも異常です。彼女は、蒼の劣等生にはない力を持っています! 確実に戦える程強いですよ⁉ 隊長、どうか伊達正明を警戒対象に加えてください!」
由希子は腕を組むと、少し考える。
今はギルドの犯行を暴き、下手したら潰す事になる。その上いきなり華音のライブがオーダー上層部により企画されていたのだ。
その中で正明を警戒対象に入れるのは余りにも非効率的だ。
だが、この北条美樹は拒否しても無意味だろう。独断で正明の周りを洗い出す可能性がある。
典型的な天才型魔法使いだ。
「美樹、やって見ろ。彼女を洗ってみろ、多分失敗するだろう」
「なぜです! 失敗など」
由希子は何となくだが、そんな事は不可能な気がするのだ。
それに、華音が許さないだろう。隊長の立場では組織の分裂は避けたい、情けないが裏から根回しをするしかないだろう。
頭がいいだけのバカとは北条を指す言葉だとも思える。
「華音が、黙っていないだろうな。どうしても正明を調べたいなら彼女に勝ってみろ、お前では華音には絶対に勝てん」
北条はあからさまに悔しそうな顔をして拳を握りしめる。
今まで負けた事がない人間の顔だ。その表情が、由希子に過去を思い出させた。死神の飼い猫に負ける前の自分だ。
「鳴神華音? あんな、ちやほやされて守られてしか来ていない奴に私が?」
「華音は、お前や取り巻きの連中とは違う。彼女には正明も付いているしな。勝ってみろ、そして、思い知れ。人間は魔法の優劣ではないとな」
「くっ! 失礼します!」
北条は急ぎ足で隊長室を出ていく。
短く息を吐くと、由希子は椅子の背もたれによりかかった。
「華音、すまんな。だが、お前なら勝てる。お前は優しい上に、弱い、怖がりだし、泣き虫だ。そうでなければアイツには勝てない」
由希子は机の上の資料を部屋に魔法で浮かせて並べる。
そして、それぞれの情報をまとめると一つの紙に内容が要約される。
由希子の魔法は戦いに特化しているが、それ以外でも彼女の才能は非凡な物だ。その中でも何かを一つにまとめる情報魔法は一級品だ。
そのまとまった資料を彼女は手に取る。
「そう言う事か、お前達が連中の狙いだったのか」
資料には武装集団の襲撃時の被害者と、その場に二回以上出くわした人間が乗っていた。
一人は、鳴神華音。
そして、もう一人は、伊達正明。
ギルドに狙われる理由なんか、喧嘩を売る以外には一つしか思いつかない。
二人とも、スキル持ちだ。
そして、SPECTRE,sもそれを狙っている。その為に、ギルドにオーダーをぶつけて自分たちは二人を手に入れる。
辻褄が合う。
「正明、華音!」
由希子は壁の大剣を背負うと、二人の元へと走った。
2
鳴神華音は浮かない顔で学園のテラスでコーヒーを飲んでいた。
突然のライブ企画が持ち上がり、二週間後と言われてしまった。あまりにもいきなりすぎる。それに今の彼女には迷いが歌をぶれさせている。
正明にはスキルを話したが、実はそのスキルの力で自分はのし上がった様な物なのだ。
ファンを騙していた自分が許せない。
華音のスキルによって身体に歌が染みついた人々は幸福感に包まれる。それを目的に何度もライブに来る人も少なくはなかった。まるで麻薬だ。
華音は瞳に涙をにじませる。
強くならなければならないとは知っているが、こればかりは心に強くのしかかって離れてくれない。正明に会いたいと強く思う。だが、これ以上彼女に甘えられない。
コーヒーを一口含むが、その苦みすらわからない。
「華音さん」
不意に頭上から声がした。
華音が顔をそちらに向けると、風魔法でテラスに舞い降りて来た北条美樹の姿があった。彼女はオーダーの同期だ。
優秀な魔法でオーダーの即戦力となった彼女は、華音にとっても尊敬できる存在だ。
「あれ? 北条先輩? どうしたんですか?」
「伊達正明をオーダーの警戒対象にするわ。あの女は危険すぎる」
華音は耳を疑った。
北条は見下すように華音を睨む。いや、実際に見下しているのだろう。
「正明が? なんでですか⁉」
「あの女の近くにいて何も感じないの⁉ ホントに、おめでたい頭ね。あの女は、化け物よ? オーダーの隊員を怖気させるなんて、普通じゃないわ。SPECTRE,sの可能性も否定できない」
「死神の飼い猫が持っているスキルは、触れた相手を殺す力です! 正明にはそんな力はありません!」
「証拠はあるの? それに、スキル持ちを見分ける術は実際にその効力を見る以外に存在しない。それとも彼女のスキルを見たっていうの?」
正明のスキルは<恐怖心の増強>だが、それは二人の秘密だ。
華音が言葉に詰まると、北条は華音に腰に刺した銃を抜いて華音に向ける。
「鳴神華音。貴女に、決闘を申し込みます」
「え⁉ 決闘⁉」
操魔学園では生徒同士の決闘が認められている。
だが、必ず一対一で特定のエリアにバリアを張る事が義務付けられている。
北条は了承を得る間もなく、バリアをテラスに張り巡らせて他の生徒を締めだしてしまう。
「貴女を倒せば、伊達正明の捜索が出来る。悪く思わないで欲しいわ、あの女を調べれば何か掴める気がするのよ」
北条は銃に魔力弾を装填する。
華音も一応銃を抜く。
「なんで、正明が」
「怪しい上に、たかが蒼の劣等生に出せる気迫じゃない。それに、雑魚に舐められて黙っていられないのよ」
華音の表情が険しい物になる。
「今、なんて言いました? 雑魚? 舐められて黙っていられない?」
「そうよ」
「怪しむのは咎めません、怪しい人物を疑うのはオーダーの中に入れば当然の事。でも、雑魚に舐められて黙っていられない? ふざけないで、そんな理由で正明の日常をひっかきまわそうとしていたんですか!」
華音は銃を投げ捨てる。
そんな華音の行動も気に留めないで北条は華音の顔面に向けて魔力弾を放つ。
魔力弾は彼女の顔に直撃する。
「アイドルなのに顔を守らないとか、アホね」
「貴女の様になるぐらいなら、顔が醜くなっても後悔はありません」
北条はひるまない華音に何発も魔力弾を放つが、華音は魔力弾を防御魔法で少しだけ曲げるとカウンター気味に北条に拳を思いっきり叩き付ける。
衝撃魔法を込めた高威力の拳が胸に直撃した北条は大きく後方に吹き飛び、自身の造ったバリアに背中を強打した。
北条は体制を整えて魔法を放つ。
「中位三級魔法! 白鳴雷砲!」
白い尾を引き、鋭い電撃が華音へと飛来する。
「上位三級魔法! 水翔伝道楯!」
華音は両手を合わせて、その間から水を大量に召喚して飛来した電撃をその中に閉じ込めて散らせてしまう。立て続けに華音は他の魔法を唱える。
「中位二級魔法、水流尖刃! 中位三級魔術、束縛術式発動!」
北条は飛行魔法で空に逃れるが、華音は指揮棒を振るう指揮者のように水で生み出した剣を列にして盾代わりにする。
その直後に頭上から風で出来た刃が連続して撃ちだされて来た。
華音は水の剣を一本だけ握ると、投げ付ける。
矢のように飛んだ剣は華音に弾かれるが、その直後に大量の枷になって北条に襲い掛かる。だが、その攻撃すら北条は全て防いでしまう。
「雑魚に、雑魚と言って何が悪いのよ。ムキになって」
「正明が一倍嫌いなタイプですね。私も、今、貴女が大嫌いになりました」
華音は顔の半分に火傷を負っているが、そんな事は気にしない。直接殴ってやらなければ気が済まないのだ。
北条は銃で頭上から一方的に攻撃しているが、華音は逆に地面に身体を思いっきり沈めると別の魔法を発動する。
「上位三級魔法!、重力降下領域!」
北条はその発動に気付かずに成す術なく地面に降下して来る。
そこを華音は拳で追撃する。拳には高圧風を纏い、北条を吹き飛ばした。
「がぁは⁉ な、なに⁉」
「せぇぇぇいりゃああああああああ‼‼」
北条の身体は張られているバリアを突き破り、見学していた生徒の群れの中に転がった。制服の防御魔法の御蔭で致命傷は在り得ないが、相当の威力だったのだろう。うずくまって立てない様だ。
「私の、勝ちです。正明をそっとしておいてくださいね」
華音は身体の魔力が抜けている疲労感に静かにその場を立ち去る。
北条は立ち去る華音の背中を唇をかみしめながら睨み付ける事しか出来なかった。
3
正明はファミレスの中でくつろいでいた。暇なわけではない、現実逃避をしているのだ。
敵から奪い取ったデバイスに表示された華音のライブ、そして周辺ギルドからの情報によって敵ギルドの場所を突き止めたのは良いが、敵の規模は意外とデカい。
かなりビビらせる事には成功しただろう。
加々美、アイリスコンビの自爆テロ攻撃に加えて幹部クラス(でなくても大きな戦力)の抹殺。ギルドの規模が大きくとも、此処まで一方的にやられては精神攻撃的意味合いでは大成功だろう。これで余裕なら相手は特撮の敵組織以上に図太い。
運ばれて来たチョコーレートパフェを食べる正明は女の子の顔になって表情を溶かす。食べている顔が可愛いとよく言われるが、他人の幸せな表情にたとえ高評価でも価値は付けて欲しくないが、それで有益に事が進むなら正明はこの表情も自然に、不快感を与えない範囲に抑えながら行えるように訓練しようと考えている。
だが、今はサボり・・・・・・ではなく、休憩時間。
こんな時にまで脳を使うのはそれこそアホみたいだ。正明はじっくりとパフェの甘みを味わいながら一人で「ん~、おいしい」などと独り言を呟きながらパフェ上層部を攻める。
腰のホルスターに目を向けると瓶の一本が光っているのが目に入った。
「華音に渡した瓶が反応してる。スキルを使ったか、魔法戦をしたねこれは」
スプーンに付いたチョコレートを小さな舌で舐めながら光る瓶を引き抜いてテーブルに置く。
「補給が必要だね。食べ終わったら探しにいこ、彼女の事だからガチ喧嘩なんてしないでしょ」
その直後、小瓶が紅く光る。これは華音の小瓶の中の魔法が消えたと言う意味だ。
正明は固まる。
「あ、うぇ⁉ なんで⁉ あの小瓶一つで一週間持つんだよ? どうして、ガチ喧嘩したのかな?」
そこで正明は悟った。
彼女は絶賛狙われ中=襲われる可能性大。
今の彼女に見張りを付けてはいるが、連絡はない。使用人が敗けたことは無いだろうが、どちらにせよ華音に何かあった可能性は高い。
「ぎゃあああああああ! 華音! 不味い! 宗次郎カモーン!」
正明はデバイスを開いて宗次郎を呼び出すために店のトイレに向かう。店内にいきなり霧が立ち込めてその中から人間が出てきたらそれこそ危険だ。
トイレの中なら普通の転移でも来れる。店の中で対魔法の防衛壁が薄いからだ。
正明がトイレに入ると、先に入っていたおっさんが驚いた顔をする。
「あの、ここ男子トイレですよ?」
「僕男ですよ?」
「え? えぇ⁉」
正明は何食わぬ顔で個室に入るとデバイスの現在地を宗次郎に伝える。
その瞬間、正明の目の前に宗次郎が現れた。
「どうした?」
「華音に何かがあったようで、固有能力で探して!」
正明は弱った顔で手を会わせる。
宗次郎は数秒間固まっていた。そして、
「なにぃ‼ 華音ちゃんが⁉ ふぁ◯く! この猫! 彼女から目を離しやがったな!」
「わかってるよ! ごめんよ! でも速く! 宗次郎以外にいないんだよ!」
宗次郎は個室から飛び出す。手を洗っていたおっさんがまたもや驚く。
「君は? 今までどこに?」
「個室ですが?」
「宗次郎、店内でするの?」
正明の言葉におっさんは目を丸くする。
「えっ? するって、何を?」
「な、なんでもないです!」
出て行った二人をおっさんはきっと誰かに話すだろう。
正明もその事をおっさんの表情から読んでいたが、気分のいいものではない。確実に勘違いされている。
「華音ちゃん! 待っててねぇ、今からナイトが行くよぉ!」
「宗次郎! 待って、この場から遠視してよ。動いたらその固有能力は精度が落ちるんだから」
「そうだった!」
宗次郎は正明に席に案内されて、腰掛けると同時に固有能力を発動する。
デバイスで正明も彼の視界を共有する。
「病院⁉」
「怪我でもしたのかな?」
「狙撃するか・・・・・・俺のガチ装備で消し炭にする! 彼女の事を傷つけやがって!」
デバイスの画面の中の彼女は顔に包帯を巻いていた。
今の自分もカモフラージュではあるにしろ、腕に包帯を巻いているが、彼女はアイドルとして命ともいえる顔に傷を負っている。
その事は宗次郎も重々承知だろう。
「宗次郎、落ち着いてよ。視界が砂嵐だよ」
何処に向かっている?
表情から悩み事だろうが、どうやら誰かに会いたいとかは思っていない様だ。だが、この表情は助けを求めている顔でもある。
彼女の視界を宗次郎が見るが、何処となく見た事がある光景だ。
店に入った。どうやらファミレスの様だ。奥の席に猫耳のフードを被っている客がいるって!
「なにぃ⁉」
「此処⁉」
正明は反射的に頭を低くする。それは宗次郎も同じで、固有能力を解除して机に伏した。
華音は浮かない溜息を吐くと、正明の後ろの席に座った。学園はもう放課後だからいてもおかしくはないのだが、ここまで探していた人物がいきなり近くに現れたら何か話しかけ辛い。
彼女は悩んでいる様だが、正明が出て行っても解決にはならないだろう。
「正明、なんで話かけないんだよ?」
宗次郎が小声で問いかけるが、正明は首を振る。
「昨日の時点で何か悩んでいたの」
「なら何で? 正明なら悩みぐらい聞いてあげられただろ!」
「声が大きいよ」
正明は猫耳のフードを深く被り伏せる。
宗次郎はそんな事は関係ないと言わんばかりに席を立つが、股間に正明の正拳突きを喰らい崩れ落ちてくる。サインでもねだりに行くつもりだろうが、華音は普通の女の子として見られたいと言う願望が強い。ここで宗次郎の印象をただのファン、しかも節操のない奴だと思われてはいけない。
こっそり彼女に持たせた魔装に魔力を充填するのがいい。
テーブルに突っ伏すバカを尻目に正明は椅子の背もたれによりかかり、彼女の言葉でなく、息遣いに耳を傾ける。呼吸から察するに、彼女は誰かを待つわけではないらしいが、何かを期待している様でもある。
今の状態で彼女には会わない方が良いような気がする。正明は小声で歌を歌うと、魔法を発動し、背もたれに腕を通す。
物質通過魔法で彼女の懐まで手を伸ばし、小瓶を掏る。
「さてと、彼女のボディーガードに給料を支払おうかな」
正明は目の前で動かない阿呆の魔力を少し吸い取ると、小瓶の中に補充する。
魔法使いは魔装が使えない。身体の外にある魔力を操る事が出来るのは魔装使いと人間を辞めた人外だけなのだ。
魔装使いは、魔装を介して魔力を奪い、魔法を分解し、詠唱と歌や音楽で魔法を放つ。魔法使いがその真似をしようものならば、魔力が暴走して身体に魔法が逆流すると言う大惨事になる。
だが、華音に持たせた小瓶はそれ自体が正明によって魔法を常時起動させた魔装であるため、華音に魔法が逆流したりはしない。
小瓶を戻そうと、手を再び伸ばすが、聞きなれない男の声に正明は腕を引っ込めた。
「華音? 華音か⁉ 久しぶりだな! 僕だよ、佐島望。覚えている?」
正明は今とんでもない顔をしている。白目を剥いて、口は魂でも抜けていくかのようにあんぐりと開きっぱなしになっている。
やって来た男に華音は驚きと、嬉しさを滲ませて返事を返す。
「望君? えぇ⁉ 望君なの⁉」
「あははは! 変わってないね。元気なままだ」
正明はその男を知っている。
モノクロームが特徴的な長身の男、手には細長いケースに入った魔具を携帯している。ギルド・ディミオスの頭目である佐島望が、直ぐそこで華音と相席でお茶をし始めた。敵側は正明やメンバーの顔は知らないだろうが、もしばれたら一触即発だ。
もしそうなったら華音すら敵に回る可能性も捨てきれない。昔からの知り合いで、かなり親しい間柄の所を見るに、もしもの時には彼女が佐島望を庇うのは必然。そうなれば正明も全力で彼女を倒さなければならなくなる。
そんなのは嫌だ。
「華音、どうしたんだい⁉ 顔に包帯なんて」
「学校で決闘してきて、顔に魔力弾を受けちゃって・・・・・・少しずつ傷は消していくから気にしないでよ」
「いや、気にするに決まっているだろ。華音はアイドルなんだぞ⁉」
「・・・・・・そうだね。私は、アイドルって呼ばれているんだよね」
声の感情が悲しみに一気に傾いた。
正明は佐島望に心の中で突っ込む。
(バカ! 禁句だ!)
「ファンのみんなが華音を待っている。俺もアイドルの華音を応援しているよ」
(待て待て待て待て! 華音のメンタルがガリガリ削られて行く!)
「そうだよね。みんな・・・・・・私、騙していたんだよね」
正明は席を立っていた。
休憩時間を華音に決闘を仕掛けたゴミといきなりやって来たクソ野郎に邪魔をされたことに腹を立てていたこともあるが、これ以上放置すると華音が持たない。昨日話していた自分のスキルの事で悩んでいるのだろう。
正明が本音を刺激した事も原因の一つである事は本人も知っている。フォローを入れておかないと彼女との友人としての関係にヒビを入れるかもしれない。
「泣かないで、華音」
華音は背後から聞こえて来た正明の声に目を丸くして振り返る。
彼女のエメラルドグリーンの瞳には涙が浮かんでいる。正明にはその気持ちが罪悪感から来るものだと理解できた。
「偶然だね~声からして華音かな? って思ったら大当たり」
正明はぐずる華音の頭を優しく撫でる。
柔らかい髪の感触と温かい彼女の体温を堪能すると、正明は猫のように身軽な動きで華音の隣に座った。
その後に復活した宗次郎も現れた。
「正明! 卑怯だぞ! なでなでするとは! 貴様は俺の心を裏切った!」
「うっせーぞ変態野郎、お前だと絵面がヤバいだろ脳をちぎるぞ」
佐島望があからさまに嫌な顔をしているのがわかる。
ここは挨拶だろう。例え敵でも礼を失すれば、それだけで自分の株を下げる事に繋がってしまう。
「あっ、突然ごめんなさい。僕、華音の同級生で伊達正明って言います。ここのボケは宗次郎って名前の何かです」
「いや、宗次郎でいいよね? 何かってなに?」
「宗次郎、大人しくして、お願い」
宗次郎は小さく口角を上げる。彼も目の前の男が敵のボスである事は知っているからワザといつもの調子で話しているのだ。
あえて暴言を言い合う悪友という設定で今は接している。
「あぁそうかい。なわけねーだろーい!」
「焼きコロ」
「ごめん」
「な、仲良いね」
「「それはもう」」
華音が少し笑顔になる。
彼女の顔の様子をスキャンするが、かなり酷い。そうとう上質な魔力弾を受けたのだろう。
だが、アイリスに頼めば元の肌よりもスベスベにしてくれるだろう。こっそりモバイルを操作してアイリスにも連絡を取る。女性の顔が傷つくのはみていて忍びない物がある。正明はフェミニズムを持つわけではないが、華音が落ち込んでいる上に怪我までしているのが嫌だった。
「お、男なのかい?」
「望君もひっかかった。正明は女の子だよ。名前だけ男の子なの」
「ははは、少しコンプレックスだけどね」
華音の心のつかえがとれたことが正明には感覚で理解できた。
そして、目の前の男の隠しきれてない嫉妬も同じく正明には手に取るように見えていた。
華音は隣に座る正明の頭を撫でて癒されたような顔をしている。まるで子猫でも撫でている様だ。この絵面が醜くないのは正明の顔が女の子であり、身体も小さく華奢だからだろう。
「華音、その、ファンに見られたら問題になるぞ?」
「女の子だから大丈夫だよ。望君は昔から心配性なんだから」
「幼馴染なんだ?」
「うん、望君は私達の一つ上の先輩だよ。昔は毎日遊んでいたんだその頃からモノクロームをかけていたから仇名が子爵様だったんだ。懐かしいな~、幼稚園で大きな発表会で劇をした時に私がお姫様で望君が王子様になったりなんかして」
正明は相槌を打ちながら笑顔を作るが、佐島望は正明に嫉妬の視線を崩さない。
宗次郎は正明のパフェをやけ食いして彼をガン見している。その顔にははっきりと殺意と書いてあるが、演技に託けた本音がにじみ出ているのだろう、此処がWELT・SO・HEILENだったなら大喧嘩しているかもしれない。
正明は華音の悩みの根幹は大体理解している。今の標的は目の前の佐島望だ。
この場で性格や精神的弱点を探ってやろうと言う魂胆なのだが、近いうちにこの男は必ず殺すことになるだろう。彼女の幼馴染なのだろうが、手を抜くことは許されない。
ギルドの頭目とはそう言うものだ。国の法には縛られないが、逆に守られもしない。ギルド戦では頭目と幹部の全滅で決着と考えられ、そうなった際はギルドの技術の完全凍結あるいはそれを全て奪われる。
「華音がお姫様か~、確かにらしいね。そして、佐島さんが王子様・・・・・・うん、凄いお似合いだねぇ」
正明は悪戯っぽい笑みを浮かべて華音をからかうようにそう言うと、彼女は顔を赤くしてワタワタとして佐島望を横目で見る。
彼も照れた様子で少し目を伏せているところをみるに、佐島望の感情がなんとなく正明には読めた。
この男、偶然でここにはいない。
(後を付けていたのかな? いや、この男はそんな事はしない。効率がいい方法を選ぶはずだ)
「んん~怪しいな。華音、もしかして」
「ち、違うよ! 正明、からかわないでよ~」
正明は無邪気な笑顔の裏に冷徹な死神の飼い猫を隠し、華音の身体を左目でスキャンする。
身体には魔法の反応はない。魔力量は少ないが、行動に制限を出すものではない。彼女には後、身体に何かを身に着けているかだけだ。
華音の隅々まで正明はバレないように注意深く観察する。
(刺青なし、装飾品なし、まっさらだな~何も身体には装飾してないや、ピアスすら開けていないし銀歯も入っていない。なら、何もないのかな?)
正明は視線を外そうとするが、何をしていたか理解している宗次郎が正明の口にパフェのアイスを突っ込んだ。
小声で宗次郎は血涙でも流しそうな表情で正明に告げる。
「お前、覗きなんて最低だ。下着だけじゃなく華音ちゃんの裸まで見たなぁ」
その言葉に、正明はハッとする。即座に視界を彼女に戻し服を調べると、魔具の反応が有った。
場所はブラジャーのパットをつなぐ紐の部分、調度彼女の心臓がある所だ。
「宗次郎、ごめんね。パフェ手伝ってもらって」
「イイエ、タダデタベラレテトクシテイルヨ」
若干サイボーグじみた声ではあるが、宗次郎はその行為の意味を取り繕ってくれた。
パフェを受け取ると、正明は半分ほどの層を食べ始めた。
「か、華音。最近、仕事の方は順調か? オーダーは危険が多い。この街には、ギルドが集まっているし、SPECTRE,sも活動が活発になっているらしいからな」
佐島望はまだ赤い顔のまま華音に話を振る。
正明はご機嫌と言う顔でパフェを食べるが、華音に着けられた魔具は発信機だけじゃないと考え、佐島望を左目でスキャンした。
「大丈夫だよ。この前、正明とSPECTRE,sの一人を追い払ったんだから、こう見えても強いんだよこの子。頭も良くて、繊細な水の魔法も使いこなすんだから」
「褒め過ぎだよ。華音の御蔭で助かったんだよ?」
「そんなことないよ! 正明が私のことを強くしてくれたんだよ⁉」
佐島望の顔がヤバいことになってるが、彼の右耳にはイヤホンが刺さっていることが見えた。
スキャンで見たが、どうやら音声を再生する魔具の様だ。何を聴いているかはわからないが、何か嫌な予感がする。
「正明! 華音ちゃんと秘密の訓練でもしたのか!」
「パフェやるからだまれぇ」
「アリガトウゴザイマス・・・・・・」
宗次郎が脳が解けたような顔で正明のパフェを食べる様を見て、華音は正明の耳元に口を近づける。
「宗次郎さんって、正明の恋人?」
正明は彼女の様に耳に口を近づけて囁く。
「違うよ。志雄と同じ、仲間。もう一人来るよ、彼女は凄い魔法使いだから期待してて」
その時、正明は彼女に着けられた魔具の正体を理解した。
何度も女性の胸を見るものではないが、その魔具は盗聴兼発信機、魔力の道をたどると佐島望の魔具につながっているのだ。
つまり、彼は華音の心臓の鼓動を聴いていることになる。
(変態じゃないか! あれ? もしかしてコイツの目的って、華音を手に入れる事⁉ 大事をとって消そうと考えたけど・・・・・・まぁ、消すかな。はっきり言って邪魔だし、それに、いつか華音に非道な事しないとも限らないし)
佐島望は正明を睨むと、席を立ち、正明を少し離れた場所に来るように言う。
正明はキョトンとした表情を浮かべるが、その裏は邪悪な笑みを浮かべていた。
「君は、華音のなんなんだい?」
「友達ですよ? 仲良しです」
「僕は騙されない。正明なんて名前の女の子はいない。君は男だろ⁉」
正明は驚いた。
初めてだ、彼を男だと断言したのは
「ふふふ、じゃあ・・・・・・そうならどうします?」
「君から華音を取り戻す。彼女は僕のものだ」
「華音はいい女だよね。きっと、あと四年もしたら美しい女性になるんだろうね。その時、隣には誰がいるんだろうね?」
「僕だ」
「一つ言うよ? 僕は、彼女の友達。それ以上でもなければ、以下でもない。嫉妬はかっこ悪いですよ?」
正明がそう言ったところで、店にアイリスが入って来た。
うさ耳パーカーに七分丈のズボン姿に丸眼鏡と言うみょうちきりんな格好だ。
「正明ー来たー」
抑揚の無いやる気の無い声でアイリスは正明を見つけて右手を上げる。
正明は佐島望に視線を移すと、初めて素の邪悪な笑みを浮かべる。
「せっかくだし、華音にも、佐島さんにも、僕の仲間を紹介しちゃおうかな? 場所を変えて」
:
由希子は学園の中に二人がいない事を確認すると、完全に一人の力では探せないと悟り他のオーダー達に指令を思念系魔法で飛ばす。
殆どの部下から返事が届くが、北条の配下にいる部下からは返事が返ってこない。
だが、今は好都合だ。正明の身柄を確保してくれればそれでいい、敵組織に渡るよりは万倍マシだ。しかも操作能力は高い連中がいる事も見つけてくれる確立を十分高めてくれている。
スキル持ちはかなり高価な存在だ。
魔力消費無しで超常現象を引き起こす。言うなれば魔法を主軸とした超能力だが、人によっては代償が付きまとうものがあるらしい。
「華音、もう少しだ。ライブは直ぐそこだ、私は下賤な連中にそれの邪魔をさせたりしない」
由希子は背中の大剣とは別の、右手に持つアタッシュケースを開放する。
彼女の身体に鎧の様な装甲が装着され、その姿はさながら中世の女騎士だ。身体を覆うタイプの魔装である<正義>と呼ぶ竜崎由希子の魔具の一つである。背中に取り付けられた飛行魔法が込められたユニットで高速移動が可能な代物だ。
顔を覆うヘルムは情報収集系の魔法が込められており、探す人間に辺りが付いて入れば探知可能だ。
彼女は天へと舞い上がる。
オーダーは核心へと一気に近づいていく、そこが、正明の誤算であった。




