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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

僕らの箱庭

罪と罰

作者: 東亭和子
掲載日:2016/05/31

 桜が咲いているのを眺めていた。

 今日は入学式だ。

 新入生は体育館前で胸に付ける造花を貰っている。

 酒井歌歩は新入生なのに造花を貰わず、ただ空を見上げて桜を見ていた。

 いつもこの季節が来ると考えてしまう。

 自分が犯した罪を。

 心が重くなる。

 歌歩は眉をひそめ、俯いた。


「歌歩!」

 名前を呼ばれて振り返った。

「ひーちゃん」

 高校二年である大川聖ひじりは、新入生のために造花を配っていた。

 歌歩が桜を見ているのに気付いて、駆けつけたのだった。

「まだ受け取ってないだろう?」

 聖は造花を歌歩の胸元に付けた。

 そうして歌歩の顔を見る。

「どうした?具合でも悪いのか?」

 聖が歌歩に顔を寄せる。そうしておでこを付け、熱をはかる。

 少し熱いか、と聖は呟いた。

 歌歩は聖を見つめた。

 幼馴染である聖は、いつも歌歩の世話をやいてくれる。


「平気だよ。桜がね、綺麗だから見惚れてたんだ」

 歌歩はそう言って誤魔化した。

 そうか、と聖は言って歌歩の頬にふれた。

「もうすぐ式が始まる。

 俺も式には参加するから、具合悪くなったらすぐに言えよ」

 聖の言葉に歌歩は頷いた。

 そうして体育館に目を向ける。 

 青空の下、沢山の新入生が体育館に飲み込まれていく。

「行ってくるね」

 歌歩は聖に告げると体育館に向かった。

 聖は歌歩が体育館に入るまでじっと見ていた。

「おい、何ナンパしてんだよ!」

 クラスメイトの克己が笑いながら近寄って来た。

「可愛い子だな」

 同じくクラスメイトの健太も来た。

「手、出すなよ。俺のだからな」

 聖はムッとして二人に言った。

 そんな聖を見て二人は笑った。


 体育館で校長の挨拶を聞いていたらめまいがした。

 ヤバイな、と歌歩は思った。

 次の瞬間、聖に抱きしめられていた。

 式を手伝った二年生は一年生の隣に並んでいた。

 ちょうど歌歩のクラスの隣だった。

「大丈夫か?」

 心配そうな聖の顔が見えた。

 歌歩は聖にしがみついた。

 めまいが酷い。

 立っているのがやっとだった。

「保健室へ行こう」

 そう言うと聖は歌歩を抱き上げた。

 聖の肩に顔を埋める。

 聖の匂いに安心する。

 歌歩はゆっくりと目を閉じた。


 聖は歌歩を抱え、保健室へと入る。

 いつの間にか歌歩は眠ってしまっていた。

 起こさないようにそっとベッドに横たえる。

 聖はそんな歌歩の頬をなでた。

 春になると歌歩はいつもこうなる。

 怖い夢を見て眠れなくなる。

 不安定になる。

 辛い季節だ。

 聖はため息をついた。

 永遠に消えることのない罪を抱えたままでは、歌歩は壊れてしまうだろう。

 どうすればいいのだろう。

 どうすれば歌歩を解放できるのだろう。

 答えはまだ見つかっていない。

 聖は静かに目を閉じた。

 このまま壊れてしまった方が楽なのかもしれない。

 ふとそんな考えが頭に浮かぶ。

 いや、と聖は頭を振ってその考えを拒否した。

 そうして歌歩を見つめる。

 今までずっと守ってきたのだ。

 これからも守るのだ。

 そう誓った。

 身じろぎした歌歩が目を開ける。

 聖は歌歩に向かって微笑んだ。

 新たな決意を胸に。


 入学式に倒れて抱きかかえられたことは、ちょっとした噂になっていた。

 それは聖がカッコイイからというのと、特定の女子と噂になったことがなかったからだった。

 歌歩はずっと聖といた。

 だからそれは当たり前のことだった。

 何かあると聖が助けてくれる。

 傍にいてくれる。

 それが普通だったのだ。

 中学のときもそうだった。

 でもこんなに噂になることはなかったはずだ。

 この高校には中学からの友達はいない。

 だから二人の様子が異様に見えたのかもしれない。


「二人はつきあっているの?」

 何人もの人から聞かれた。

 先輩からもだ。

 その都度、歌歩は答えてきた。

 ただの幼馴染だと。

 その答えを聞いて安堵する人が多かった。

 ああ、ひーちゃんはモテるんだ。

 そう今更ながらに自覚した。

 ある時、先輩に言われた。

「幼馴染だからって、いつも傍にいるなんて迷惑なのよ。

 彼女でもないくせに!」

 その言葉は心に突き刺さった。

 そうだ、聖には聖の人生がある。

 私に縛られてはいけないのだ。


「今日は先に帰って」

 そう聖に告げると、聖は首をかしげた。

「用事でもあるのか?それなら待っているから」

 歌歩は首を横に振った。

「いいの。すごく遅くなるから、先に帰っていて」

「それなら尚更だ。

 残って待っている」

 それでは駄目なのだ。

 歌歩は眉をひそめて、首を横に振った。

「駄目だよ、ひーちゃん。

 もう一緒に帰れないよ」

「歌歩?どうした?」

 聖が歌歩の腕をつかんだ。

「ひーちゃんは私とずっと一緒にいなくていいんだよ!

 自分の好きな人と一緒にいていいの。

 もう私に縛られなくていいんだよ?」

 歌歩の目から涙がこぼれる。

 聖は驚いて歌歩を見つめた。

「だって罪を犯したのは私なんだもの。

 ひーちゃんじゃない…」

「歌歩!」

 歌歩は聖の手から逃れた。

「やめろ!それ以上言うな!」

 歌歩は聖を見つめて言った。

「お父さんを殺したのは私なんだもの…!」


 あれは歌歩が小学六年の春だった。

 休日だったため、歌歩はリビングで漫画を読んでいた。

 すると父がリビングに入ってきた。

 歌歩の姿を見て眉をひそめる。

「来年は中学生だろう?

 勉強しなくていいのか?」

 父は真面目な人だった。

 だから勉強のことは少しうるさい。

 歌歩はいつものことだと無視をした。

 それが気に入らなかったのだろう。

 父は歌歩の漫画を取り上げ、頬を叩いた。

 あまりのことに呆然とする。

 そうして、また始まったのだ、と思う。

 父は歌歩や母に対して暴力をふるう時があった。

 それは真面目な父のストレスのはけ口のように思えた。

 一度暴力をふるうと、性格が変わったようになり、怖くなる。

 だから歌歩はひたすら耐えるしかなかった。

 お腹に、足に、頬に、痛みを受けても大人しく嵐が過ぎ去るように待っていた。


「おじさん!」

 聖の声が聞こえた。

 それでも歌歩は顔をあげることは出来なかった。

「おじさん、やめて!」

 聖が必死に止めようとしているようだった。

 やがて歌歩に対しての暴力がなくなった。

 歌歩はそっと目を開ける。

 視線の先には、殴られている聖が見えた。

「ひーちゃん!」

 いけない。

 このままでは聖まで怪我をしてしまう。

 歌歩は必死に父を止めようとした。

 背中にすがり付いても振り払われて駄目だった。

 何かないだろうか?

 ふと果物ナイフが目に留まった。

 それを握り締め、父の背中に向かって突き刺した。

 重い感触が手に残る。

 歌歩はナイフから手を離すことが出来なかった。

 父が背中を振りかえる。

 驚きの表情をしたまま横に倒れる。

 父の背中から血が床に流れ出した。

 歌歩を血に染まった手を握り締め、震えた。

「歌歩!」

 聖が歌歩を抱き寄せる。

 二人、どうすることも出来ずにただ抱き合っていた。


 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 玄関から物音がした。

 母が帰ってきたのだ。

 何も知らずにリビングに来る母。

 そうして惨状を見て立ち止まる。

 震える二人に視線を寄越し、全てを理解した母は一瞬で答えを出したようだった。

「二人とも、お風呂に入りなさい。

 温まって、着替えるのよ」

 歌歩は動くことが出来なかった。

 だから聖が歌歩をお風呂に入れた。

 真っ赤な血が流れていく。

 それを見て恐ろしさが増す。

 震えが止まらなかった。

「大丈夫だよ。歌歩」

 そう聖が告げる。

 優しく血を流してくれる。

 髪の毛を、体を、優しく洗ってくれた。

 今は聖に全てを任せるしか出来なかった。

 二人がリビングに戻ると、母は血を拭いていた。


「お母さん…」

 歌歩の声で母が振り向く。

「落ち着いた?ありがとう、聖君」

 母はそう言って微笑んだ。

「お母さん…どうしよう…」

 歌歩は聖の手を握った。

 聖が強く握り返してくれる。

 歌歩の声を遮るように聖が言った。

「僕がやったんです。歌歩を守るために」

「違う!ひーちゃんじゃない!私が…!」

 歌歩は慌てて聖の言葉を訂正した。

「大丈夫よ。もう少し暗くなったら、裏庭に埋めてしまいましょう」

 いつか、こうなると思っていたわ。

 そう母は言った。

「歌歩がやらなければ、お母さんがやっていたのよ」

 もう限界だったのだ。

 だからこれで良いの、と母は微笑んだ。


「歌歩、落ち着け。平気だ。大丈夫だ」

 聖は錯乱した歌歩を抱きしめ、なだめた。

 泣き続ける歌歩の背を優しく撫でる。

 急にこんなことを言い出すなんて、一体何があったのだろうか?

「どうした?何があった?」

 泣きながら、歌歩は話した。

「だって、彼女でもないのに、ずっと一緒にいるのは変だって。

 ずるいって…!」

 誰だ、そんなことを歌歩に言ったバカは!

 聖はそいつを恨んだ。

「俺が傍にいるのは、いたいからだ。

 お前を守りたいからだ」

 それ以外に何がある?

「それなのにお前は俺から離れるというのか?」

 聖は歌歩の涙を拭った。

 歌歩は首を横に振った。

「離れたくないよ…」

 でも聖を失うことは、父を殺した罪に対する罰なのだ。

 だから、それは受け入れないといけない。

 いつまでも甘えてはいけない、と。


「ほかの誰が何と言おうと、傍にいる。

 罪の意識で耐えられなくなっても、ずっと一緒にいる」

 例え壊れてしまっても、傍にいよう。

 歌歩が父を殺したあの日から、聖はずっと歌歩の傍にいると決めたのだ。

「ひーちゃん」

 歌歩が聖にすがりつく。

 犯してしまった罪は消えない。

 罪悪感も消えることはない。

 それなら共に苦しめばいい。

 俺も歌歩の母も共犯者だ。

 一人で苦しまなくていい。

 罪に捕らわれたまま、永遠に一緒にいればいい。

 それだけのことなのだ。

「一緒にいていいのかな?」

 いい、という聖の言葉に安堵する。

 また、苦しくなることがあるかもしれない。

 それでも聖が一緒なら乗り越えることが出来るような気がした。

 もう一度、聖は歌歩に言った。

「これからもずっと歌歩を守るよ」

 永遠の秘密を抱え、二人は教室をあとにした。


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