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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕らの箱庭

罪と罰

作者: 東亭和子

 桜が咲いているのを眺めていた。

 今日は入学式だ。

 新入生は体育館前で胸に付ける造花を貰っている。

 酒井歌歩は新入生なのに造花を貰わず、ただ空を見上げて桜を見ていた。

 いつもこの季節が来ると考えてしまう。

 自分が犯した罪を。

 心が重くなる。

 歌歩は眉をひそめ、俯いた。


「歌歩!」

 名前を呼ばれて振り返った。

「ひーちゃん」

 高校二年である大川聖ひじりは、新入生のために造花を配っていた。

 歌歩が桜を見ているのに気付いて、駆けつけたのだった。

「まだ受け取ってないだろう?」

 聖は造花を歌歩の胸元に付けた。

 そうして歌歩の顔を見る。

「どうした?具合でも悪いのか?」

 聖が歌歩に顔を寄せる。そうしておでこを付け、熱をはかる。

 少し熱いか、と聖は呟いた。

 歌歩は聖を見つめた。

 幼馴染である聖は、いつも歌歩の世話をやいてくれる。


「平気だよ。桜がね、綺麗だから見惚れてたんだ」

 歌歩はそう言って誤魔化した。

 そうか、と聖は言って歌歩の頬にふれた。

「もうすぐ式が始まる。

 俺も式には参加するから、具合悪くなったらすぐに言えよ」

 聖の言葉に歌歩は頷いた。

 そうして体育館に目を向ける。 

 青空の下、沢山の新入生が体育館に飲み込まれていく。

「行ってくるね」

 歌歩は聖に告げると体育館に向かった。

 聖は歌歩が体育館に入るまでじっと見ていた。

「おい、何ナンパしてんだよ!」

 クラスメイトの克己が笑いながら近寄って来た。

「可愛い子だな」

 同じくクラスメイトの健太も来た。

「手、出すなよ。俺のだからな」

 聖はムッとして二人に言った。

 そんな聖を見て二人は笑った。


 体育館で校長の挨拶を聞いていたらめまいがした。

 ヤバイな、と歌歩は思った。

 次の瞬間、聖に抱きしめられていた。

 式を手伝った二年生は一年生の隣に並んでいた。

 ちょうど歌歩のクラスの隣だった。

「大丈夫か?」

 心配そうな聖の顔が見えた。

 歌歩は聖にしがみついた。

 めまいが酷い。

 立っているのがやっとだった。

「保健室へ行こう」

 そう言うと聖は歌歩を抱き上げた。

 聖の肩に顔を埋める。

 聖の匂いに安心する。

 歌歩はゆっくりと目を閉じた。


 聖は歌歩を抱え、保健室へと入る。

 いつの間にか歌歩は眠ってしまっていた。

 起こさないようにそっとベッドに横たえる。

 聖はそんな歌歩の頬をなでた。

 春になると歌歩はいつもこうなる。

 怖い夢を見て眠れなくなる。

 不安定になる。

 辛い季節だ。

 聖はため息をついた。

 永遠に消えることのない罪を抱えたままでは、歌歩は壊れてしまうだろう。

 どうすればいいのだろう。

 どうすれば歌歩を解放できるのだろう。

 答えはまだ見つかっていない。

 聖は静かに目を閉じた。

 このまま壊れてしまった方が楽なのかもしれない。

 ふとそんな考えが頭に浮かぶ。

 いや、と聖は頭を振ってその考えを拒否した。

 そうして歌歩を見つめる。

 今までずっと守ってきたのだ。

 これからも守るのだ。

 そう誓った。

 身じろぎした歌歩が目を開ける。

 聖は歌歩に向かって微笑んだ。

 新たな決意を胸に。


 入学式に倒れて抱きかかえられたことは、ちょっとした噂になっていた。

 それは聖がカッコイイからというのと、特定の女子と噂になったことがなかったからだった。

 歌歩はずっと聖といた。

 だからそれは当たり前のことだった。

 何かあると聖が助けてくれる。

 傍にいてくれる。

 それが普通だったのだ。

 中学のときもそうだった。

 でもこんなに噂になることはなかったはずだ。

 この高校には中学からの友達はいない。

 だから二人の様子が異様に見えたのかもしれない。


「二人はつきあっているの?」

 何人もの人から聞かれた。

 先輩からもだ。

 その都度、歌歩は答えてきた。

 ただの幼馴染だと。

 その答えを聞いて安堵する人が多かった。

 ああ、ひーちゃんはモテるんだ。

 そう今更ながらに自覚した。

 ある時、先輩に言われた。

「幼馴染だからって、いつも傍にいるなんて迷惑なのよ。

 彼女でもないくせに!」

 その言葉は心に突き刺さった。

 そうだ、聖には聖の人生がある。

 私に縛られてはいけないのだ。


「今日は先に帰って」

 そう聖に告げると、聖は首をかしげた。

「用事でもあるのか?それなら待っているから」

 歌歩は首を横に振った。

「いいの。すごく遅くなるから、先に帰っていて」

「それなら尚更だ。

 残って待っている」

 それでは駄目なのだ。

 歌歩は眉をひそめて、首を横に振った。

「駄目だよ、ひーちゃん。

 もう一緒に帰れないよ」

「歌歩?どうした?」

 聖が歌歩の腕をつかんだ。

「ひーちゃんは私とずっと一緒にいなくていいんだよ!

 自分の好きな人と一緒にいていいの。

 もう私に縛られなくていいんだよ?」

 歌歩の目から涙がこぼれる。

 聖は驚いて歌歩を見つめた。

「だって罪を犯したのは私なんだもの。

 ひーちゃんじゃない…」

「歌歩!」

 歌歩は聖の手から逃れた。

「やめろ!それ以上言うな!」

 歌歩は聖を見つめて言った。

「お父さんを殺したのは私なんだもの…!」


 あれは歌歩が小学六年の春だった。

 休日だったため、歌歩はリビングで漫画を読んでいた。

 すると父がリビングに入ってきた。

 歌歩の姿を見て眉をひそめる。

「来年は中学生だろう?

 勉強しなくていいのか?」

 父は真面目な人だった。

 だから勉強のことは少しうるさい。

 歌歩はいつものことだと無視をした。

 それが気に入らなかったのだろう。

 父は歌歩の漫画を取り上げ、頬を叩いた。

 あまりのことに呆然とする。

 そうして、また始まったのだ、と思う。

 父は歌歩や母に対して暴力をふるう時があった。

 それは真面目な父のストレスのはけ口のように思えた。

 一度暴力をふるうと、性格が変わったようになり、怖くなる。

 だから歌歩はひたすら耐えるしかなかった。

 お腹に、足に、頬に、痛みを受けても大人しく嵐が過ぎ去るように待っていた。


「おじさん!」

 聖の声が聞こえた。

 それでも歌歩は顔をあげることは出来なかった。

「おじさん、やめて!」

 聖が必死に止めようとしているようだった。

 やがて歌歩に対しての暴力がなくなった。

 歌歩はそっと目を開ける。

 視線の先には、殴られている聖が見えた。

「ひーちゃん!」

 いけない。

 このままでは聖まで怪我をしてしまう。

 歌歩は必死に父を止めようとした。

 背中にすがり付いても振り払われて駄目だった。

 何かないだろうか?

 ふと果物ナイフが目に留まった。

 それを握り締め、父の背中に向かって突き刺した。

 重い感触が手に残る。

 歌歩はナイフから手を離すことが出来なかった。

 父が背中を振りかえる。

 驚きの表情をしたまま横に倒れる。

 父の背中から血が床に流れ出した。

 歌歩を血に染まった手を握り締め、震えた。

「歌歩!」

 聖が歌歩を抱き寄せる。

 二人、どうすることも出来ずにただ抱き合っていた。


 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。

 玄関から物音がした。

 母が帰ってきたのだ。

 何も知らずにリビングに来る母。

 そうして惨状を見て立ち止まる。

 震える二人に視線を寄越し、全てを理解した母は一瞬で答えを出したようだった。

「二人とも、お風呂に入りなさい。

 温まって、着替えるのよ」

 歌歩は動くことが出来なかった。

 だから聖が歌歩をお風呂に入れた。

 真っ赤な血が流れていく。

 それを見て恐ろしさが増す。

 震えが止まらなかった。

「大丈夫だよ。歌歩」

 そう聖が告げる。

 優しく血を流してくれる。

 髪の毛を、体を、優しく洗ってくれた。

 今は聖に全てを任せるしか出来なかった。

 二人がリビングに戻ると、母は血を拭いていた。


「お母さん…」

 歌歩の声で母が振り向く。

「落ち着いた?ありがとう、聖君」

 母はそう言って微笑んだ。

「お母さん…どうしよう…」

 歌歩は聖の手を握った。

 聖が強く握り返してくれる。

 歌歩の声を遮るように聖が言った。

「僕がやったんです。歌歩を守るために」

「違う!ひーちゃんじゃない!私が…!」

 歌歩は慌てて聖の言葉を訂正した。

「大丈夫よ。もう少し暗くなったら、裏庭に埋めてしまいましょう」

 いつか、こうなると思っていたわ。

 そう母は言った。

「歌歩がやらなければ、お母さんがやっていたのよ」

 もう限界だったのだ。

 だからこれで良いの、と母は微笑んだ。


「歌歩、落ち着け。平気だ。大丈夫だ」

 聖は錯乱した歌歩を抱きしめ、なだめた。

 泣き続ける歌歩の背を優しく撫でる。

 急にこんなことを言い出すなんて、一体何があったのだろうか?

「どうした?何があった?」

 泣きながら、歌歩は話した。

「だって、彼女でもないのに、ずっと一緒にいるのは変だって。

 ずるいって…!」

 誰だ、そんなことを歌歩に言ったバカは!

 聖はそいつを恨んだ。

「俺が傍にいるのは、いたいからだ。

 お前を守りたいからだ」

 それ以外に何がある?

「それなのにお前は俺から離れるというのか?」

 聖は歌歩の涙を拭った。

 歌歩は首を横に振った。

「離れたくないよ…」

 でも聖を失うことは、父を殺した罪に対する罰なのだ。

 だから、それは受け入れないといけない。

 いつまでも甘えてはいけない、と。


「ほかの誰が何と言おうと、傍にいる。

 罪の意識で耐えられなくなっても、ずっと一緒にいる」

 例え壊れてしまっても、傍にいよう。

 歌歩が父を殺したあの日から、聖はずっと歌歩の傍にいると決めたのだ。

「ひーちゃん」

 歌歩が聖にすがりつく。

 犯してしまった罪は消えない。

 罪悪感も消えることはない。

 それなら共に苦しめばいい。

 俺も歌歩の母も共犯者だ。

 一人で苦しまなくていい。

 罪に捕らわれたまま、永遠に一緒にいればいい。

 それだけのことなのだ。

「一緒にいていいのかな?」

 いい、という聖の言葉に安堵する。

 また、苦しくなることがあるかもしれない。

 それでも聖が一緒なら乗り越えることが出来るような気がした。

 もう一度、聖は歌歩に言った。

「これからもずっと歌歩を守るよ」

 永遠の秘密を抱え、二人は教室をあとにした。


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