第七話 世界樹と神食の武器
鈴音からのあからさまな好意をスルーし続ける武蔵が、断る理由しかない婚約話を受けるはずもなく。
当然のようにスルー。
族王も食い下がってはこなかった。
族王から晩餐のお招きがあったが、皆疲れ果てていたのか、口々に断ってしまう。
では、明日の朝食はご一緒しましょうと、族王が話を打ち切ってしまった。
この流れでは、私だけ夕食を食べたいなどと言い出せない。
鈴音が心配そうに私の顔を見上げる。
困った。
私が抱える秘密のうち、異常な食欲については皆に打ち明けられなかったのだ。
日向君に知られたら、間違いなく私を餌付けしようとするだろう。
空腹時に食べ物で釣られたら、ホイホイとなんでも言いなりになってしまいそうだ。
アレにそんな弱みは握らせたくない。
ハーレムとやらのメンバーにされそうだ。
私にも精神の自由があるはず……食欲によって侵害されがちだけど……。
王城なら大きな食料庫もあるだろう。
夜中にこっそり忍び込もうかしら。
夜は「私たち」の時間。
純血の吸血鬼には及ばないが、ダンピールも夜こそが真骨頂の時間だ。
『響、百面相は楽しいか? それとも表情筋の鍛錬でも始めたのか?』
リュボフィがニヤニヤしながら、私の顔をガン見している。
今まで出会ったエルフたちの中では、彼女が一番、融通と目端が利きそうだ。
私のお腹は字句通り、背に腹は代えられないのだ。
思い切って、小声でリュボフィに耳打ちする。
「その、貴方たちと戦ったせいか、すごくお腹が空いているのよ。何か食べ物を用意してもらえないかしら」
『なるほど、確かに俺たち二人と戦えば腹も減るだろう。いいぜ、後でお前さんの寝室に運んでやろう。何か食いたいものがあるか? この世界の食いもんを知ってるわきゃねえし、任せてくれてもいいぜ』
命がけで戦った相手でも、多少は分かりあえることもあるのか。
「なんでもいいから任せるわ。十人前ほど適当に見繕ってちょうだい」
あ、こいつも唖然とすることもあるのか。
どうでも良い情報を知ってしまった。
今はとにかく、何でもいいから食べたくて仕方がないのだ!
今度は私のお腹をガン見してる。
『どこに十人前なんて入っていくんだ?』
「生き血を啜らないなら、とにかくひたすら食べるしかないの……」
我ながら情けなさにますます小声になる。
「飢えた響が血迷ってエルフを襲えば、せっかくまとまった話もこじれそうだな。キッチリ十人前の食いもんを用意してやる。ただし、貸し一つだぜ?」
相手が高利貸しでも、日向君よりマシだと信じたい。
私たちは全員、城内に個室を与えられた。
約束通りに、リュボフィが用意してくれた食べ物で飢えを満たしてから、私も寝た。
食べたことのないものばかりだったのに、あまりのひもじさに、全く味がわからなかった。
気が付くと、族王に招かれたはずの朝食が終っていた。
お腹が空いていないという事は、何がしか食べたらしい。
鈴音以外の人間もエルフも全員、呆然としている。
『響さまは、その……健啖家でいらっしゃいますのね。料理長も腕の振るい甲斐があったと申しております』
族王が私の顔とお腹を交互に見比べている。
やってしまった。
テーブルを見ると、私の目の前だけ、幾重にも重ねられた皿にとどまらず、鍋のようなものまで積みあがっている。
もう、どうにでもなーれ!
「ご、ご馳走様でした」
『お、お粗末様でした』
族王がわざとらしく咳払いして。
『では、話を戻しましょう。この後、皆さまを世界樹の根元にご案内いたします。何時、ハライソが攻勢に出るか分かりません。神食の武器をお預けいたします』
神食の武器……。
本当にエルフたちの説明通り、勇者と一緒に成長するだけの武器なのかしら?
神喰。
神を食らう?
自問自答しても仕方がない。
最悪の場合は、最終手段に訴えるまでの事だ。
六騎士を従えた族王に先導され、私たちは加賀先生を先頭に、地下へ地下へと階段を降りていく。
やがて、階段を降りた先の踊り場から、光が差しているのが見えてくる。
王城の地下は広大な空間。
真っ暗な地下のはずなのに広い空間ある事を認識出来るのは、空間の中央に強く光り輝く、一本の樹があるからだ。
『これが世界樹です』
世界樹などという大仰な名前にしては小さい。
街路樹程度のサイズだ。
『十年前までは、見上げる程の大木でしたが、唯一神の力が増すに従い、世界樹は痩せ衰えてしまいました。この樹が枯れた時が、母なる大地の終焉です』
なるほど、いざという時は、この樹を切り倒してしまおう。
『神食の武器とやらは、どこにあるのですか?』
加賀先生からの問いに対して、族王が答える。
『どうぞ、こちらへ。世界樹の根元に、黄金の枝が生えているのが見えるでしょうか? 勇者さまが、この枝を引き抜いた時、枝が神食の武器となります』
確かに黄金の枝が七本、並ぶように生えている。
学生たちが躊躇して、枝を引き抜こうとしないなか、加賀先生がツカツカと世界樹の根元に歩み寄る。
無造作に両腕で枝を握りしめたと思ったら、あっさり引き抜いてしまった。
「彩先生、マジ、パネェッス」
日向君が奇妙な感嘆の声を上げる。
本当に加賀先生は思い切りがいいなあ。
加賀先生に握られた枝の形がぐにゃりと曲がりながら形を変えていき……。
いつの間にか、銃剣を装着した自動小銃が握られている?
な、なんで、枝が銃みたいな複雑な構造の武器になるのよ!
皆が呆然として加賀先生を見守る間に、戦争映画に登場する兵士のように、サマになった姿勢で自動小銃を構えてみせる。
「先生、大丈夫ですか? 気分が悪くなったとか、異常は感じませんか? 万が一の時は、私が念動で破壊しますから、すぐに手放してください」
私の発言に、エルフたちが声にならない悲鳴を上げる。
『あーっと、響、今の世界樹の状態だと次の枝が何時生えるのか。さっぱり見当がつかないんだわ。お前さんにとっちゃ、得体のしれねえ枝かも知れねえが、俺たちにとっちゃ最後の希望だから大事にしてくれ』
エルフたちの中ではリュボフィが一番精神的にタフで、頭も柔らかそうだ。
彼女が族王になった方が、この国はまとまるんじゃないかしら。
『……リュボフィが申し上げた通りです。神食の武器を振るう勇者さまが、私たちに残された最後の希望なのです。お願いですから、希望を断ち切らないでください』
これ以上、エルフたちを弄るのは止めておくか。
私の問いに対して加賀先生は。
「問題ないようです。なるほど、それぞれの勇者に相応しい武器、ね。銃を撃った経験なんてありませんが、これをどう扱えばいいのか、銃自身が教えてくれる。必要な事は全て理解できました」
異世界、とんでもないわね。
「先生の直感では、武器を手にしても私たちの身体に悪影響はなさそうです。皆も枝を引き抜いてみなさい」
加賀先生の指示に従い、学生たちは世界樹の根元に歩み寄ると、それぞれの枝を引き抜く。
武蔵が引き抜いた枝は、やがて長剣になる。
武蔵も長剣を握りなおして、素振りを始める。
「こいつは、凄いぜ。西洋剣なんて握ったことが無い俺にも、剣をどう扱えばいいのか理解できる!」
見る限り、やはり特に異常はなさそうだ。
日向君が抜いた枝は柄の長いシャベルに。
高雄さんが抜いた枝は刀に。
鈴音が引き抜いた枝はクロスボウと矢に。
朱理が引き抜いた枝は和弓と矢へと姿を変える。
シャベル?
皆の視線を集めた日向君が得意そうに笑いながら。
「ロシア軍にはシャベルを使った格闘術があるんだぜ。こいつも立派な武器! どう使えばいいのか、俺にも教えてくれるぜ!」
もうなんでもありね。
「鈴音、朱理、矢が一本だけで大丈夫なの?」
鈴音は私に笑顔を見せながら。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。矢は使っても、弦を引くと新しい矢が補充されるみたい」
「そうだね、私の弓も弦に手を添えたら、新しい矢が補充されるみたいだよ」
「先生の銃も、撃てば撃っただけ自動的に給弾されるようね」
尽きない矢よりも、無限に撃ち続けられる銃が一番とんでもないわね。
七本の枝のうち、皆が引き抜いたのは六本。
まだ一本残ってる。
私も枝を両腕で握り、引き抜いてみる。
……武器かあ。取り回しがいいモノって何かしら?
投げやすい武器なら、念動で飛ばしやすいかしら?
具体的なイメージが湧かないわね……。
気が付くと、私の両手には二振りの短剣が残された。
はたと気が付くと、武蔵たちだけでなく、エルフたちも呆然としている。
『そんな、バカな。神食の武器は勇者にしか引き抜けないはずなのに!』
何事も思い込みは視野を狭めるわよ。
「これまで、響さんのような特殊な体質の人間が、枝に手をかけた事はあったのですか?」
加賀先生は私と同じことを考えていたようだ。
族王は頭を振りながら。
『いいえ、勇者さま以外は手にしたことがありません。私たちエルフは、神食の武器に触れることが出来ないのです。天使だけでなく、唯一神をも食らうと伝えられる、神食の武器。勇者さまにしか扱えないはずなのですが……』
控えていた、エレオノーラが一歩前に出て。
『彩さまのご指摘の通り、エルフでもなく勇者でもない誰かが、枝に触れたという記録はありません。世界樹が響さまを勇者として認めたのではないでしょうか?』
託宣の巫女とやらに認められるよりも、世界樹に認められる方が有難味があるのかしら?
エルフたちが畏敬の念が込められた視線で、私を見つめはじめる。
エルフ、案外チョロいわね。
短剣を握りしめていると、私にもコレの扱い方が理解できる。
血を武器に吸わせると、武器と勇者が成長するんだっけ。
両手に握った短剣で、交互に自分の腕に傷をつけてみる。
刃を通して力が抜けていき、刃を通して力が戻ってくる。
自分自身を斬りつけても成長できないのね。
でも試してみた価値はあった。
短剣は真紅に染まり、淡く輝き始める。
ダンピールの血を吸う事で、より強力な武器へと成長した事を短剣自身が教えてくれる。
鈴音が慌てて私に走りより、私の腕に縋り付きながら。
「お、お姉ちゃん……。大丈夫なの?」
鈴音が安心できるように微笑みを返しながら。
「鈴音、大丈夫よ。私の血では、私自身は強くなれないようだけど、短剣は強化された事がはっきり分かる。貴方たちも順番に、自分の武器で私の腕に傷をつけてみなさい。小さな傷程度、簡単に治るから遠慮は無用よ」
皆もエルフたちも、ドン引き。
空気を読まない日向君は私に歩み寄ると、シャベルの先を軽く私の腕に突き立てる。
「響ちゃんには、もっと違う形で俺を刻み付けたかったにゃー」
シャベルに力が奪われるが、この程度の傷なら問題ないようだ。
傷口もすぐに塞がる。
「キタコレ! みwなwぎwっwてwきwたwww」
日向君が歓喜の声を上げながら真紅のシャベルを手にして飛び跳ねる。
……助走もしないで、三メートルは跳躍してるわね。
本当に、勇者の身体も強化されるんだ。
「見ての通りよ。皆も日向君と同様に、私にチクリとやってしまいなさい」
加賀先生と高雄さんが私に走り寄る。
「響さん、本当に大丈夫なの? 女の子なんだから、もっと自分を大切にしないとダメよ」
「加賀先生が仰る通りよ。響さんは向こう見ず過ぎて、見ていてハラハラさせられるわ」
「先生、洞窟の魔物だって危険なはずです。先生たちが危険を冒さずに強くなれるならメリットだけで、何も問題ないじゃないですか。小さな傷程度では私を消耗させることは出来ません」
流石に神食の武器で大怪我させられると、どれ程力を奪われるか心配だ。
とりあえずは、小さな傷から始めよう。
私自身が洞窟の探索で強くなってから武器で傷をつければ、更なる強化を期待できるはず。
生産性がある「自作自演」もあるものね。
やはり発想には柔軟性が必要だ。
「お姉ちゃん。ごめんね。そして、ありがとう」
鈴音がおそるおそる矢の鏃で私の腕を軽く突き刺す。
鈴音に続いて、皆も私に謝罪と感謝の言葉を告げながら、それぞれの武器で私を傷つける。
他のエルフたちが呆然とその様子を眺める中、リュボフィ一人が哄笑を上げる。
『がははっ! 流石だぜ! 響! その発想はなかったぜ!』
エルフが唯一神とやらに苦戦するのは、硬直的な発想が一因なんじゃないかしら。
RPGに例えると、響に傷をつけた経験血(誤字に非ず)で、
ファンファーレが20回連続で鳴り響いたようなものです。