第六話 謁見
顔見知りばかり七人が異世界に集まってしまった。
それぞれバラバラにエルフに連れ出されたので、お互いが把握している情報と状況の確認をすることにする。
私だけでなく、加賀先生もエレオノーラという名のエルフに根掘り葉掘り質問したそうだ。
高雄さんたちに、その内容を説明しようとしたところで、私たちがやって来るのが見えたとか。
私の秘密や、預言者が私たち姉妹の父親である事。
そして預言者を排除するまで、エルフたちが私たちを日本に帰す気が無い事。
全てを打ち明けた。
「金髪碧眼で人間と吸血鬼の混血にして、超能力者かぁ。響ちゃん、凄く中二病だね。でも、響ちゃんになら、血を吸われてもいいにゃー」
自覚している事だが、分かり切った事を日向君に指摘されると頭にくる。
だからなおさら、秘密にしておきたかったのよ!
黒歴史的なノートの類なら、捨てるなり燃やすなり出来るけれど……。
生まれ持った自分の身体だけは、どうしようもないじゃないの。
私は脱力するように、大きなため息を吐きながら。
「血なんて吸ったことはないわよ。ダンピールは人間の血を吸えば、吸っただけ吸血鬼に近づいていくの。吸血鬼になってしまったら、今以上に日光に弱くなるから、日中は引きこもり。まともな社会生活は不可能になるわ。「流れる水」を渡ることが出来ないから、海外どころか、北海道や九州にさえ旅行もままならない。プールや海水浴に行けなくなるから、娯楽も制限される。私が人間の血を吸って吸血鬼になるメリットは、基本的にはないのよ」
武蔵が首を傾げながら。
「確かに、俺たちの一家と一緒の家族旅行の時も、マルレーネおばさんだけは留守番だったな。病弱だから、という理由は嘘だったのか? でも、マルレーネおばさんはドイツから日本にやって来たんじゃなかったのか? 飛行機には乗れるのか?」
私は首肯を返して。
「そういう事。あれは嘘だったの。吸血鬼は飛行機にも乗れないわよ? 日本には、お父さまと一緒に瞬間移動して来たの」
朱理が呆然としながら。
「ドイツから、日本まで瞬間移動だって? 響たちのお父さまって、本当に凄い超能力者なんだね。軍隊と一緒に瞬間移動できるって話だけど、そんな相手と戦って勝ち目はあるの?」
「お父さまの瞬間移動にも制限はあるのよ。一度でも自分の足で出向いた場所にしか移動できないし、一緒に移動できるのも、せいぜい百人程度まで、と聞いているわ」
ウリヤーナという名のエルフが話に割り込んでくる。
朱理をこの世界に連れてきたエルフ。
ブラウンの髪と目の色をした、眼光鋭い少女だ。
『何時、突然、望月金剛たちが王都へ奇襲してくるのか、我々も厳戒態勢で防備についていたのだけど。そうか、王都に来たことがなかったから、杞憂だったのね』
「逆にもし、一度でもお父さまの侵入を許せば、何度でも瞬間移動してくるわよ。お父さまが軍の陣頭に立ち、攻め寄せてくる時は……。勝てなくても、せめて侵入を許さず追い返さないと、何時か負けるわね」
百人程度と言えど、何度も敵軍が内部に侵入してきたら、どんな堅牢な防衛拠点でも耐えられないだろう。
戦争には素人の私にも、その程度の想像は出来る。
視線を感じて振り返ると、知的な印象のエルフの少女が微笑みながら声をかけてきた。
たしか、加賀先生を連れてきた、エレオノーラだったかな?
肌が黒いから、ファンタジーのダークエルフっぽいけれど、彼女が最も聡明そうに見える。
『ジリヤとリュボフィが、響さんをこの世界に連れてきたのは、結果的に私たちには幸いだったかも知れませんね。お父さまの力については、響さんが一番詳しいご様子。頼もしいですわ。響さんが私たちにお力を貸してくださるなら、勇者さまに準ずる扱いを受けられるように、私から族王さまに進言申しあげましょう』
『馬鹿な! 魔族ごときに、そのような扱いは過ぎたるものだ!』
ドレッドヘアーのエルフ、リンマが怒声を上げるが、ジリヤが諫めるように。
『働きには相応に報いるのが道理です。私とリュボフィは万全の状態ではなかったと言え、響は私たちと互角に戦って見せました。機転が利き、母なる大地にやって来ても、冷静にふるまいました。私も認識を改め、族王さまに進言申し上げる事にします』
リンマが口を大きく開けて呆然としている。
『私以上に魔族を嫌う、ジリヤが彼女を認めるというのか……。お前の見る目は信用できる。不本意だが、私も彼女に対する態度を改める事にしよう』
鈴音が嬉しそうに声を上げる。
「そうよ! お姉ちゃんは凄いんだから! だから、もうお姉ちゃんに酷いことをするのは絶対に止めて!」
加賀先生も他のエルフたちに見渡しながら。
「私の教え子をぞんざいに扱う事は容認できません。他の皆さんも、響さんを丁重に遇するよう、貴方たちの上司に上申してください。魔族などと、響さんを侮蔑する事も許しませんよ。いいですね」
高雄さんも加賀先生に追随する。
「その通りよ! 響さんは私が最もその才覚を認めた同級生。響さんへの侮辱は、私への侮辱と認識するから、覚えておきなさい」
目頭が熱くなる。
私の秘密を知った後も、私の事を肯定してくれる。
空気を読まずに、日向君が口を挟む。
「敵軍にいるのは、魔族。混沌の洞窟とやらにいるのは、魔物。魔族と魔物にはどんな違いがあるんだ?」
金髪をツインテールにした、インガという名のエルフの少女が答える。
『えーと、基本的に知性があるのが魔族。知性がなく、本能だけで動くのが魔物だよー。魔物の中でも、天使たちに無理矢理従えられてるのは魔族扱いだねー。魔族は全部、天使の下僕扱いなんだよー』
リュボフィが両手を叩いて、皆の注目を集める。
『そろそろいいか? 日が暮れる前に、族王さまの元へ、皆を案内してえ。済まないが、これ以上のおしゃべりは、謁見の後にしてくれ』
私たちが自宅で襲われたのは夕暮れ時だったのに、言われてみれば、ここではまだ日が落ちていない。
時差があるのね。
エルフたちに連れられて、王城の正門前までやって来た。
ジリヤが声をかけると、衛兵は私たちをそのまま素通りさせた。
「エレオノーラさん。私たちは、この世界での貴人に対する礼儀作法を何も知らないのですが、問題ないのですか?」
『託宣の巫女が選んだ勇者さまは、族王さまよりも格式が上と扱われます。最低限の礼儀に注意していただくだけで大丈夫ですよ。族王さまとも気楽にお話し下さい』
ジリヤに先導されて城内を歩く。
身ぎれいな服装のエルフたちと何度もすれ違う。
華美に着飾っていない彼女たちは、侍従とか官僚といった存在なのかな。
男性のエルフは殆ど見かけない。
やがて衛兵が左右を固める、大きな扉の前に辿り着いた。
この先に玉座があるのだろう。
私たち全員が門の前に揃うのを待ってから、衛兵が扉を開く。
『ジリヤ以下、六騎士。大和金剛さま、望月鈴音さま、高雄泉さま、日向祐也さま、最上朱理さま、加賀彩さま、以上、六名の勇者さまと、勇者さまのご縁者、望月響どのをお連れし、無事帰還いたしました』
大きな毛皮が敷かれた床の先に、玉座なのだろう。
黒檀の立派な椅子に鎮座する、ティアラを被った銀髪の少女の姿が見える。
よく見ると、ジリヤにそっくりだ。
『よくぞ参られました。異世界の勇者の皆さん。私がアルフヘイムの族王、エカチェリーナです。強引に我らの母なる大地へとお招きしたご無礼、誠に申し訳ございません』
エカチェリーナと名乗る少女は玉座から立ち上がり、私たちに深々と頭を下げる。
『どうぞ、椅子におかけください』
床の一部が丁度良い高さまでせりあがって来て、丸椅子の形に変わる。
私たちがそれぞれ椅子に腰かけても、族王は立ったままだ。
ジリヤたち、騎士は立ったまま壁際に控えている。
もう一度私たちに深々と頭を下げてから、族王が口を開く。
『数々のご無礼、幾重にもお詫び申し上げます。アルフヘイムは、預言者、望月金剛が率いるハライソの軍勢により、存亡の危機にあります。身勝手なお願いである事は承知の上で、勇者の皆さまにお願い申し上げます。勝利の暁には、可能な限り、皆さまのお望みを叶える形で報いさせていただきます。何卒、何卒、お力添えをお願い申し上げます』
再度、深々と族王が頭を下げる。
言い分は身勝手だけど、腰が低い女王様だなあ。
加賀先生が立ち上がり。
「私の教え子たちを連れ去ったことは断じて許せません。しかし、望月さんたちのお父さまを正気に戻さなければ、戦争は終わらないのでしょう? いずれにせよ、望月さんたちのお父さんも日本に連れ戻さなければなりません。預言者を洗脳から解き放つまでは、貴方たちと共に戦いましょう。しかし、教え子たちを戦場に送りたくはありません。私が子供たちの分まで戦います」
武蔵が椅子から立ち上がり、加賀先生の話を遮る。
「加賀先生、待ってくれ。俺と響も戦うぞ! 族王さま、別に六人の勇者全員が戦わなくても、戦う意思があるものが戦い、戦争に勝てば、それでいいんだろ!」
族王は加賀先生と武蔵に対して、それぞれ一礼してから。
『彩さまと、武蔵さまのお申し出。尊重させていただきます。預言者、望月金剛を倒すことが出来るなら、参戦して下さる勇者さまの人数は問題とはいたしません。ただ、戦場に出るおつもりが無い勇者さまも、神食の武器はお受け取りになり、混沌の洞窟にて自衛に必要な力だけは、御身たちのお体に宿してください。王城に勇者さまを匿ったとしても、ここが何時まで安全な場所であるのか保証できないのです』
加賀先生と武蔵が名乗りを上げてないのに、それぞれの名前を認識している?
これも言霊使いの力っていうわけかしら。
それより族王からの言質は確実にしておきたい。
「戦いたいものだけが戦い、戦いを避けたいものは匿ってもらう。当然、その間の衣食住は保証してもらうわ。お父さまを正気に戻した後は、私たちと一緒にお父さまも日本に帰してもらう。預言者がいなくなった後の戦争の決着はエルフだけで片付ける。以上の条件を約束して頂けるかしら」
族王は大きく目を見開きながら、私の話を黙って聞いていたが。
『貴方は不思議な方ですね。私たちエルフとも、勇者さまとも明らかに異なるお体をお持ちながら、その目に宿す意思は、エルフと変わりがないように見えます』
ジリヤ達が族王に声をかける。
『その女性が、望月鈴音さまの姉上、望月響どのです。そして、預言者、望月金剛はお二人のお父上にあたります。響どのはエルフでも人間でもありませんが、勇者さまのご縁者でいらっしゃる以上、勇者の皆様と同様の接遇をお願い申し上げます。これは我ら六騎士の総意でございます』
族王はジリヤ達に首肯を返してから、私に向き直り。
『委細承知いたしました。響さまのお申し出も全て受け入れます。何卒、響さまのお力も、我らエルフにお貸しください』
族王は私にも深々とお辞儀をする。
「言い分を聞いてもらえるなら、出来るだけの事はするわ。状況の変化によっては、要望を追加するかもしれないけど、聞き耳持っていただけるかしら?」
『こちらが無理をお願いする立場なのです。私たちに出来る事でしたら、なんなりとお申し出ください』
リュボフィが玉座まで歩み寄り、膝をつきながら。
『族王さまにご報告申し上げる事がございます。ジリヤが、勇者、大和武蔵さまと口づけを交わしました。祝言のご用意が必要でございます』
族王は初めて明るい笑みを浮かべながら。
『それは誠に喜ばしい事です。勇者さまが婿殿になっていただけるとは。ジリヤ、今後は騎士である前に、妻として武蔵さまを支えるのですよ』
鈴音とジリヤが同時に大声を上げる。
「ダメ、ダメ、ダメ、ダメーーーー! そんなの絶対、絶対にダメなんだから!」
『母上……。ゴホンッ、族王さま、あれは事故、事故なのです! 決して誓いの口づけを交わしたわけではないのです!』
顔を伏せたリュボフィをよく見ると、笑いをかみ殺しているのか、体が震えているのがわかる。
あいつ、面白がってるな。
族王は満面の笑みを浮かべたまま。
『では、とりあえずは婚約という形にいたしましょう。鈴音さま、ご安心ください。男性が少ないアルフヘイムでは、一夫多妻なのです。ジリヤだけでなく、鈴音さまも同時に婚約者になるのであれば、問題ありませんよね』
鈴音と日向君が絶叫と奇声を上げる。
「問題、問題、大問題よぉおおおおお!」
「ハーレムキター! これで勝つる! みなぎってきたぁあああ!」