第四話 異世界における格差社会
暗闇の中、体が上下左右に揺さぶられる。
何も見えない。
武蔵と鈴音の騒々しい悲鳴が聞こえてくるという事は、追いかける事に成功したようだ。
突然、視界が広がる。
眩しい!と、思ったら、落下した。
「うわあぁああっ!」
「きゃあぁああっ!」
『馬鹿な! 馬鹿な!』
『がははははっ!』
念動で引き寄せた鈴音を右腕に抱き、優雅に着地。
「ぶべっ!」
カエルが潰れたような変な声を上げて、武蔵とエルフもどきが折り重なるように落っこちた。
あー、これは入ってますねえ。
『あーらっよっと』
槍のエルフもどきは文字通り宙返りすると、難無く着地した。
すると武蔵の下敷きになっているのは、長剣のエルフもどきか。
『がははっ! おかしいと思ったら、ついてきやがったか! 定員オーバーだとこうなるのか。面白れえ! お前、面白いぜ!』
エルフもどきが気安くバンバンと私の肩を叩くと、呆然と私に抱かれていた、鈴音が身動ぎして。
「お姉ちゃん? お、お姉ちゃんなのっ! よ゛、よ゛かったぁあ゛! も゛、も゛う゛、会えない、と……」
鈴音の頭を優しく撫でてやりながら。
「鈴音と武蔵だけを異世界になんて行かせるわけがないじゃない。案の定、バカは早速自爆してるし」
ハンカチで鈴音の涙と鼻水を拭いてやると、鈴音もようやく落ち着いたのか。
「あ、そうだ。武蔵ちゃんは? 武蔵ちゃんはどこっ」
慌てて周囲を見渡し始めるが、視点がその高さでは見つかるはずないよねー。
「そこよ」
エルフもどきに覆いかぶさるように、キスしている武蔵を指さすと。
「あ、あぁあああっ! む、武蔵ちゃん! なにしてるのっ!」
鈴音が駆け寄り、武蔵をエルフもどきから引き離すと、頭を振りながら武蔵も自分の足で立ち上がり。
「あたたっ、鈴音、そんなに強く、引っ張るなよ。あ、響っ! 響もいるっ? な、なんで!」
「お姉ちゃんのことは後っ! 武蔵ちゃん! キスしてた! あの人とキスしてた!」
武蔵の口元にはべったりと口紅がついている。
日本の戦国武将も薄く紅をひいてたとか聞くし、まして、あのエルフもどきも女の子。
口紅ぐらいしててもおかしくないわね。
武蔵は異世界にきても歪みねぇな。
どっちが襲いに来たのか、わからなくなるじゃないの。
キスしてたと連呼する鈴音の絶叫が起動スイッチになったのか。
『にゃっ!にゃにゃにゃにゃっ! にゃーーーーーーーー!』
猫のような声をあげ、長剣のエルフもどきが、羞恥に顔を真っ赤に染めて転げまわる。
『がははっ! 面白ぇえ! お前たち、最高に面白いぜ!』
鈴音と武蔵のいつも通りのやり取りと、槍のエルフもどきの哄笑をスルーし、
冷静になって周囲を確認する。
ここは森林の中の原っぱのようだ。
森の中にいるなら、エルフもどきから、エルフ(カッコカリ)に上方修正しよう。
木々の向こう側に視線を向けると、西洋風ではあるけれど、微妙に委細異なる大きな城が見える。
あんな城は見たことが無いから、やはりここは異世界なのだろう。
『ゆ、ゆ、勇者しゃま、にゃ、にゃ、にゃんてことを!』
長剣のエルフ(カッコカリ)が噛みながら、武蔵に詰め寄るが。
「あなたは黙ってて! 今、武蔵ちゃんは私と大事な話をしてるんだからっ」
自宅でエルフ(カッコカリ)に襲われた時は、私の背後で震えていたはずの鈴音が、一喝する。
恋する乙女は強いなあ。
『ゆ、勇者しゃま、ゆ、勇者しゃまっ……』
エルフ(カッコカリ)は音がするぐらい、拳を強く握りしめて、真っ赤な顔して武蔵を睨みつけている。
武蔵を殴りたい、でも殴るわけにはいかない。
そんな葛藤が伝わってくる。
槍のエルフ(カッコカリ)は、ずっと笑いっぱなしだ。
『がははっ! 口づけを交わしてしまった以上は、勇者さまに、責任を取ってもらうしかねえな、ジリヤ! 六騎士の中で一番の堅物が、まさかの結婚一番乗りたぁ、皆、驚くぜぇ!』
『リュボフィ! あ、あなたは他人事だと思って!』
あ、長剣のエルフ(カッコカリ)が噛まなくなった。
少しは落ち着いたのだろう。
そうなると空気が変わりそうだ。
いい加減、武蔵と鈴音の夫婦漫才を諫めておこう。
「武蔵、鈴音、そろそろ止めなさい。異世界とやらに来てしまったのだから、まずは状況を把握しないとダメでしょ」
鈴音は膨れっ面のまま、渋々と武蔵を開放する。
「お姉ちゃんの言う通りだね。武蔵ちゃん、あとでまたキスしてた事について、説明してもらうんだからね!」
「あれは事故! 単なる事故! たまたま、口がぶつかっただけでキスじゃないから!」
私が咳払いをするとようやく2人は黙り込み、周囲を落ち着きなく見渡し始める。
『がははっ! 他人事だから面白いんじゃねえの! それより、ジリヤ。勇者さまたちを母なる大地にお迎えしたんだ。礼儀にうるせえ、お前さんなら、改めて自己紹介から仕切り直した方がいいんじゃね?』
槍のエルフ(カッコカリ)の指摘を受け、長剣のエルフ(カッコカリ)も真顔に戻る。
『ごほん、勇者さま方、ようこそ! 我らが母なる大地へ! 改めて自己紹介を致します。私の名は、獅子の氏族のジリヤ。どうかジリヤとお呼び下さい』
ジリヤと名乗るエルフ(カッコカリ)は、銀髪はサイドテール、翠色の眼をした長耳の少女だ。
体格は鈴音とあまり変わらない。
甲冑に隠されているが、私にはわかる。
鈴音ほどではないが、巨乳だ。
私の身内以外の巨乳は敵だ。
『俺さまは、狼の氏族のリュボフィ。リュボフィと呼んでくれ。色々あったが、よろしくな!』
リュボフィは短い髪も瞳の色も日本人のように黒いが、エキゾチックな顔立ちで、耳が長いから日本人には見えない。
私と変わらない長身に……。
お前もか!
こいつも鈴音には負けるが、巨乳だ。
なんだよ、エルフって、もっとこう、慎ましくスレンダーな体型じゃないの?
武蔵と鈴音は複雑な表情をしながらも、答礼を返す。
「俺は、大和武蔵だ。無理矢理俺たちを浚ったんだ。きっちり事情を説明してもらうぞ」
「わ、私は望月鈴音です」
私とお母さまを殺されかけた鈴音は、強張った表情のまま、自分の名前だけ名乗る。
「私は望月響。貴方たちが言うところの、勇者さまたちの保護者よ」
私の名乗りを受けて、ようやく私の存在に気が付いたのか。
『何故魔族が! おのれ、王都が魔族に汚されるとは!』
ジリヤとやらに汚物扱いされる私。
別に涙目にはならない。
魔族がダメなのか、吸血鬼がダメなのか、強い嫌悪感を抱いているようだ。
とりあえず、きちんと名乗られた以上、名指しに格上げする。
『ジリヤ、抜刀するなよ。六騎士でも、族王さまの許しなく、王都内での刃傷沙汰は許されねえぞ』
ジリヤは血相を変え、リュボフィに詰め寄り。
『リュボフィ、何を言うのですか! 相手は魔族なのですよ!』
リュボフィは鷹揚に肩をすくめて。
『勇者さまたちだって、俺たちエルフの敵、人間じゃねえか。勇者さまのご縁者とやらなら、魔族でもお客様扱いしても、いいんじゃね?』
やはりこいつらはエルフだったようだが、エルフの敵が人間?
この世界はエルフと人間が戦争でもしているのかしら。
『響の姉ちゃんは、見た感じ、勇者たち達より冷静だぜ? ジリヤも冷静になって、話し合ってもいいんじゃね?』
『……分かりました。魔族の処遇については、族王さまのご判断を仰ぎましょう』
咳払いしてから、ジリヤは私に向き直り。
『何故、貴方まで、我らが母なる大地に来ているのです。何をしました?』
「貴方たちに引っ張ってきてもらっただけだけど、何か?」
ジリヤは血相を変え、私に詰め寄る。
『な、何ですって! あの門は四人だけの為に開かれたのです! 五人目がいたら、世界の狭間に流されるところだったのですよ!』
私は嘆息してから、ジリヤを睨み返す。
「約束通り、私は動かないまま、武蔵と鈴音を貴方たちに引き渡したじゃない。その後、私が何をしようと、こちらの勝手でしょう? 世界の狭間とやらが、何なのか知らないけど、無事、ここに辿り着いたなら、結果オーライじゃない。それより、最初に聞きたいことがあるわ。貴方たちと私たちは、明らかに使用言語が違うのに、何故、会話が成立しているのかしら?」
ジリヤはギリギリと歯を噛みしめて私を睨み返す。
ジリヤと私の間にリュボフィが割って入る。
『響の姉ちゃんの言う通り、結果オーライでいいんじゃね。俺さまは楽しませてもらったし、何一つ文句ねえな。響の姉ちゃんの質問には俺様が答えてやろう。エルフは全員、力の差はあるが、言霊使いだ。言霊使いの言葉は、相手が知性ある存在なら、誰にでも理解できるし、逆に知性ある存在が発する言葉は、言霊使いにも通じるのさ』
言霊なら日本にも言霊学という学問がある。
「言霊というのは、言葉に宿る霊的な力。言霊使いというのは、言霊に宿る力を行使する存在。このような解釈でいいのかしら?」
リュボフィは獰猛な表情から相好を崩し。
『そう!響の姉ちゃんの言う通りだ! 俺の見立て通り、姉ちゃんは頭が回るし、理解が早いな。話が早くて助かるぜ!』
とりあえず何故言葉が通じるのか、辻褄をあわせてきたので、半信半疑ながら納得しておくことにする。
「次に、勇者さまってのは何? 何故、貴方たちは武蔵と鈴音を強引に、この世界に連れてきたわけ?」
「響の言う通りだ! 勇者ってのは何なんだよ! 何故、マルレーネさんと響を襲ってまで、俺たちをさらおうとしたんだ?」
武蔵は私に追随し、鈴音はエルフたちを睨みつける。
『十年前、忌まわしき唯一神の預言者が、再び人間と魔族の国、ハライソに現れ、人間と魔族どもを煽り、エルフの国、アルフヘイムに宣戦布告。以後今に至るまで戦争の最中にあります。人間個人の力は私たちエルフに劣りますが、数が多く、魔族と、唯一神の忠実な下僕、天使は恐るべき力を持つ存在。戦線を国境まで押し戻し、現在は膠着状態にありますが、戦況を打開する為、約九百年前の戦争時と同様に、勇者様を召喚することにしたのです」
一度咳払いしてからジリヤは話を続ける。
「九百年前の戦争時は、託宣の巫女が選んだ、三人の勇者様がエルフ達を導き、預言者源頼朝を倒し、戦争を終結させました。大和武蔵さまと望月鈴音さまもまた、託宣の巫女が選んだ勇者様なのです』
源頼朝って、鎌倉幕府はどうしたのよ!
日本の武士が異世界の預言者ってのはなんなのよ!
横目で見ると、武蔵と鈴音も唖然としている。
「その、三人の勇者の名前も教えて頂けるかしら?」
なんとなく想像できるけど、まさかなあ。
『過去の勇者様のお名前は、源義経様、武蔵坊弁慶様、那須与一様です』
あー、やっぱりそうか。
あの兄弟は異世界にまでやって来て戦争してたのか。
因果な兄弟ですこと。
『大和武蔵様は、武蔵坊弁慶様と名前が似てるよなぁ。武蔵様は、弁慶様の子孫なのか?』
リュボフィの問いに、武蔵は呆れた口調で。
「全然、関係ねえよ! なんなんだよ、武蔵坊弁慶とか! 源平合戦の連中じゃねえか!」
そんな事は本当にどうでもいい。
改めてジリヤとリュボフィを睨み。
「源頼朝と源義経一党は、因縁があったから貴方たちに加勢したんでしょうけれど、武蔵と鈴音は、預言者とやらとは無関係よ。強引に連れ去られて、貴方達の戦争に加勢すると思って?
ジリヤとリュボフィの表情が強張る。
ジリヤが躊躇する間に、リュボフィが口を開く。
『響の姉ちゃんと、鈴音さまの名前を聞いて、何故、鈴音さまたちが勇者なのか、納得したぜ。俺たちの敵、預言者の名前は望月金剛。お前さんたちに所縁のある人物なんじゃないか?』
望月金剛。
それは十年前に失踪した、お父さまの名前だ。
拙作はどうも他の作家様の作品に比べて、
改行がおかしくて、読みにくいですね。
皆様、どのように改行しておられるのかしらorz